第二十一話 『梨の花』
【輝夜】
唖然とする女房たちの顔を見て満足した。
父は、帝の気を惹くために権力と財に物を言わせ、和歌や随筆、物語に秀でている才媛をかき集めた。
加えて、宋の調度品や貴重な書物や珍しい品々を、ここに置いていった。
それでも、帝は興味をお持ちにならなかった。
なかでも、妻とは名ばかりのわたしには。
「藤壺様……」
女房の一人が、わたしの通称を口にする。
女房達には、中宮はもちろん、藤壺の宮と呼ぶことも禁じている。
后とは名ばかりなのだから。
「お預かりするのはよいお考えと思いますが、立太子の話はいささか早うございましょう」
「そうですとも。藤壺様が皇子様をお産みになれば、その皇子様が次の帝につかれるのですから」
顔を赤くした女房がまくしたてる。
皇子であれば、おそらくそうなるだろう。
帝の意向よりも後見がものをいう。
なにごとにも首を突っ込みたがる恋多き女房が自信ありげに続けた。
「五倍子水、引眉になさいませ……そうすれば主上も頻繁にお見えになりましょう。藤壺様は比肩する者とてない優美なお方なのですから」
「藤壺様は輝いておいでです」
と、歌にすぐれた女房の追従が続く。
本来であれば、裳着と同時に引き眉にする。
一旦は、わたしもそれに倣った。
だが、ある時からそれをやめた。
妻となっても、化粧をしないというのは異例のことだ。
白粉を塗りたくり、眉を引き抜き、歯を真っ黒に塗るなどわたしの美意識が許さなかったこともある。
しかし、それよりなにより、
そもそも、わたしは妻と認められていないではないか。
それでも――そうすれば帝がおいでになる、というのであれば、考えを曲げたかもしれない。
だが、今は違う。
左大臣の娘という理由だけで遠ざけられているのではない。
わたしには、おなごとしての魅力がないのだ。
それは、とうに理解していた。
だからこそ、「清ら」「輝く」などと言われれば言われるほどみじめになる。
男とのうわさが途絶えない浮かれ女はともかく、見目形に恵まれない他の女房に言われても真実味がない。
わたしは美しくないのだ。
すべて後見の父に対する追従だったのだ。
近頃、貴族の間では、かわいいおなごを『撫子の花』に、かわいげのないおなごの顔を『梨の花』に例える。
まさにわたしは男たちにとって『梨の花』なのだ。
ゆえに帝も訪れぬのだ。
こたびのような話になると、普段はろくにしゃべらない女房が力説するのも腹が立つ。
何やら物語を書いており、たいそう面白いのだと父が口にしていた。
その父が、えらく親しげに声をかけているのも気に入らない。
わたしを美しいというのなら、なぜ、このようなおなごに手を出すのだ。
父の女癖の悪さが、美しさの基準を一層あいまいにする。
はっきりしているのは、わたしが世の殿方の好みから外れていることだ。
「何が皇子です。夜御殿に召されたこともないというのに」
言うまでもなく、忍んでこられたこともない。
昼間でさえ、月に一度しか足をお運びにならないのだ。
「藤壺様。なりません。そのようなことを口になさっては……」
女房の表情が曇る。
言霊に支配されてしまう、というのだろう。
まったく主人の気持ちを汲めぬ者ばかりだ。
戯れ言として、わが身を笑い飛ばしでもしなければ、正気でいられぬではないか。
物の怪にとりつかれてしまうではないか。
貴族の姫君は、おっとりとして上品なのが良い、という。
まさに梅壺様が、そうであった。
漢文、和歌に通じ、女房たちへの気配りも忘れなかったという。
関白であった父を突然失い、兄弟が流罪となり、後見を失った梅壺様を親身になって支えたのが彼女の女房たちである。
立場が逆であれば、目の前の女房達は即座に暇乞いをするに違いない。
それがわたしの人望不足だとしても腹立たしいことに変わりはなかった。
どこかで懲らしめてやろうと心に決めた。