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『あさきゆめみし』  作者: 八神 真哉
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第十九話  『出自』

【輝夜】


西国で起きたという脱出行を耳にした、その瞬間、恋に落ちた。

以降、阿部義光という名の殿方に恋焦がれていた。


目もと涼やかな凛々しい若武者だという。

武士としての腕があり、教養があり、機知に富み、おなごに人気はあるが主人である姫君のことしか考えていない。

伝えられる話の端々から、そのような男の像を作り上げていた。


義光様のことを考えるだけで胸が早鐘を打った。

だが、今は義守のことが頭から離れなかった。

義光様と一致するのは武士としての腕ぐらいだ。


不愛想で粗野。教養もあるとは思えない。

理想の男には程遠い。


にもかかわらず、気にかかって仕方がなかった。

もう一度会いたいと願っていた。

鷹のような雄々しさこそあるものの、礼儀も愛想もない男のことがなぜ気になるのだろう。


あの男の目は孤独をたたえていた。

まるでわたしの心を映しているように。

この男とは分かり合えるような気がしたのだ。

根拠など何一つないにもかかわらず。


――その名に義の文字を使う武士は多い。

言うまでもなく、諱で呼ぶことは礼儀に反する。

身分差があっても、そうそう口にはしない。


とは言え、野蛮で大雑把な鄙びた地のことである。

諱で呼び合っている武士も多いと聞く。

ゆえに、その名が知られているのである。


そもそも、名乗ったものが本当の名とも限るまい。

西国の生まれで武士としての腕が良いからと言って、結びつけるほうがどうかしている。

にもかかわらず、未だに、その考えを払しょくすることができない。


義守は否定したが、義光様の弟か親族ではないだろうか。

ならば、義光様の仇を討つために都に上ってきたのではないか。

阿岐の国の騒動から五年近く経つ。

散り散りになった一族を結集するために、それだけの年月が必要だったのではないか。


いや、それはあるまい、と即座に否定する。

あれほどの腕があれば、徒党を組まずとも、父や、わが一族を葬ることが出来よう。

なにより、義光様につながる者であれば、その仇の娘であるわたしを助けるはずがない。


むろん、山賊に襲われていた者と出くわして、助け出したのが、たまたま、わたしだった、という可能性はあるが。


――なんと罪深いおなごだろう。

無辜の民を巻き添えにしながら、まだ、男の事を考えている。

発覚すれば、父が失脚し、国を揺るがしかねないほどの大事を引き起こしているというのに。


それでも、会いたかった。

そばにいてほしかった。


義守のことを、もっと知りたかった。

どのように育ってきたのか。兄弟、親のこと。


なにより好いたおなごがいるのか。

ミコというおなごは、今どうしているのか。

この世を去ったがゆえに墓を作ろうとしているのか――確かめなかった自分に腹が立った。

言葉を濁した義守に腹が立った。


その反動だろうか。義守の出自を夢想した。

義守が口にした、祠や墓を見るために都に出てきたという話を、今の今までうのみにしていた。

だが、その信憑性は薄い。

要件のついでに、というならわかる。


――ああ、きっとそうだ。

地方の武士たちの間では、領地をめぐっての争いが絶えぬという。

その地盤を固めるため、国衙はおろか大臣にまで荘園を献上する者もいると聞く。


貴族社会同様、政治的駆け引きも重要なのだ。

義守一人の腕がとびぬけていようが、正しかろうが、それだけではどうにもならないことはいくつもあろう。


一門が土地を失い、調停を求め、都に出てきたのではないか。

訴訟を起こしても稟議に回るまで時がかかると聞いたことがある。

都に頼れるものもおらず、長居ができず、あの媼の家に泊まらせてもらおうとしていた、と考えればつじつまも合う。


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