第十六話 『不愛想な男』
【輝夜】
身の振り方は考えねばならないが、ここにとどまっていたところで何一つ解決するわけではない。
おとなしく輿に乗る。
急な斜面を避け、大回りして峠道に到着すると、吉平が用意したと思われる牛車が停まっていた。
傍には手持無沙汰の牛飼い童の姿もあった。
谷の向こうの朝日の当たった山腹とは対照的に道は薄暗い。
その先に黒い塊が蠢いている。
吉平に何ごとかと聞くと、言葉を濁し、「お車に」と促す。
その言葉を聞き流し、制止も聞かず、輿から降りて黒い塊に近づいた。
数え切れぬほどの鴉が、何かに群がっていた。
鴉たちが不満げな鳴き声を上げ、飛び去ると、そこには山賊たちの死骸が転がっていた。
目の前が暗くなり、危うく倒れそうになった。
改めて義守の判断が正しかったことに感謝した。
吉平に、峠道沿いの山側の窪んだ地にある岩を取り除くよう命じる。
積み重ねた岩を除くと岩穴がある。
入口は狭いが奥は少し広くなっているという。
昨夜、義守が、わたしの供をしてきた者たちの死骸をここに移したのだ。
人を手配し、菩提を弔ってやらねばならない。
民は最も経済的な風葬を選ぶほかないという。
せめて火葬にして供養塔の一つも建ててやりたかった。
だが、二人がかりでも岩は、なかなか持ちあがらない。
もう一人が、鴉を追いはらおうとするが、反撃にあっていた。
驚いたことに頭をつつかれると、その男の姿は小さな人形の札に変って、ひらひらと舞い落ちた。
驚いて吉平に目をやると、何事もなかったかのように、
「皆、式神です」と、答えた。
ここであったことが外に漏れることはない、と言うことだろう。
さらに、「先ほどの男、あれは何者でしょうか」と、問うてきた。
見られていたようだ。
これだから陰陽師は油断がならない。
「それを調べるのが……」
責めようとして言葉を飲み込んだ。
この男の父であれば、たやすくできるだろう。
昨夜のことまで調べあげられ、一言一句再現されてはたまったものでは無い。
だんまりを決め込もうとしたが、
「あの岩を動かすところをご覧になりましたか?」
と、尋ねてきた。
「ええ、軽々と」
眉をひそめた吉平に、
「弓の腕も確かです」
と、少々誇らしげに答えていた。
「邪気こそ感じられませんが、人にしてはいささか霊力が強すぎます。人並み外れた豪傑であればともかく、十代半ばのものとは思えませぬ」
吉平の歯切れは悪い。
男であれば、たくましき武士であれば、できるというものでは無いらしい。
*
「あなたは何者なのです」
昨夜、問い詰めるように訊いた。
弓の腕からすると、選択肢は多くない。
滝口の武士でないなら、公家の邸や市中の警護にあたっている武士か仕官を目指して上京して来た土豪の子弟であろう、と。
だが、返って来たのは、
「おれは、おれだ」
と言う、禅問答のような答えだった。
どこぞの家人、というわけでもないらしい。
言葉の訛りからすると西国の出だろう。
身に着けている狩衣に似た衣も麻ではあるが、質は悪くない。
動きやすくしたような一風変わった意匠だが、色の組み合わせも洒落ている。
なにより小ざっぱりした身なりである。
謝礼を求めるような卑しい真似もしない。
義光様から愛想と見栄えを奪えば、このような男になるのではあるまいか。
武士の中には、貴族のつてを頼って上京し家人となり、官位を得ようとする者も多いと聞く。
のちに地方に戻り、その官位を背景に小領主たちをまとめ、力をつけていく武士も多いのだと。
地方の武士には内所の豊かな者も多いという。
そのような武士は、貴族同様幾人もの妻を持つ。
子の中には優遇されていない者もいよう。
下僕を連れていないのはそのためで、つてもなく腕だけを頼りに出てきたのではないだろうか。
この男には、そのような背景が良く似合う。
「どうやって生計を立てているのです」
「食うには困っておらん」
背を向けたまま、相変わらず可愛げのない答えを返してくる。
確かに先ほどの弓の腕なら獲物も取れよう。
愛想などなくても、人並み外れた腕や力があれば雇ってくれる者もいよう。
「ならば、都には、どのような用向きで訪れたのです?」
「祠と墓を見て回わるつもりだ」
仕官ではなく、誰かのために墓でも建てようというのか。
――ああ、と納得がいった。
昨夜、話に出たミコというおなごが鬼籍に入ったに違いない……それこそが、不愛想で武骨なこの男にはふさわしい。
これ以上かかわるべきではないとわかっていた。
それでも、この男が喜ぶ顔が見たかった。
「腕の良い工匠を紹介しましょう」
と、背中に向かって声をかけた。
たやすいことだ。たとえそれが仕官の口であろうとも。
――何を言っているのだ。
できるはずが、ないではないか。
誰に口利きを頼もうというのだ。
嘘で塗り固め、洛外に出た挙句、十人もの従者の命を奪われ、のこのこと、あの場所に戻ろうというのか。