表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『あさきゆめみし』  作者: 八神 真哉
15/105

第十四話  『空木』

【輝夜】


媼には、納屋にある葛籠を置いていく旨を伝えた。

むろん、礼としてである。


岩の墓に手を合わせたのち、足を庇いながら再び竹藪を下り、昨夜、命を絶とうとした滝のある川原に向かった。

義守の姿が見えたからだ。


媼と話しているわずかな刻で、八丈はあろう、あの崖から降りたということになる。

昨夜の弓の腕と言い、わたしと薪を背負って山の斜面を上り下りしたことといい、人並み外れた体力と技量を持っているようだ。


その手に笛はない。懐に仕舞い込んだのだろう。

声をかけようと傍によると、羽を広げた鷹が、上流からこちらに向かって滑空して来た。

足には何かを掴んでいる。

思わず、あとずさりした拍子に体勢を崩した。


転びそうになったわたしの背に義守が手を回した。

そして引き寄せる。

まるで愛しい人を抱きしめるように。


男に――殿方に抱きしめられるなど初めての経験だった。

息をすることさえ忘れ、その状況に身を任せた。

顔を見ることなどできなかった。

白く涼やかな空木(うつぎ)で埋め尽くされた対岸だけが鮮やかに焼き付けられた。


その時、上空から何かが降ってきた。

義守が、それを左手一本で、いともたやすく掴んだ。

手にしていたのは子兎(こうさぎ)だった。


下流上空で鷹が向きを変え、こちらに向かって来る。

義守がわたしを離し、ユガケを巻いた右腕を差し出すと、鷹はゆっくりと、その腕に舞い降りてきた。


鷹は、羽をそろえると「なんだ、お前は」とばかりに、わたしを睨みつけてきた。

鷹の雄雌の区別などわからなかったが、いかにも嫉妬深そうなその眼差しを見て、雌に違いないと決めつけた。


義守が「足は大丈夫か?」と、聞いてきた。

痛みは残っていたが、虚勢を張る。

「すっかり良くなりました」

と答えると、ならば良い、とばかりに兎を突き出してきた。

「おばばに渡せ。お前から渡した方が良かろう」


もちろん受け取らなかった。

貴族は穢れを嫌う。

が、それ以前の問題だった。

死んだ獣を掴むことなどできるはずがないではないか。

なんと野蛮で鈍感な男だろう。

そのようなおなごしか傍にいなかったのだ。


そもそも、あの媼には関わりたくなかった。

わたしが口にした山姥という表現は、あながち見当違いではなかったのだ。


あのあと、媼は続けた。

子をなした時、その子がどのような子であっても……と。

そして口を閉ざした。

わたしと義守を、手枕を交わした仲と見たに違いない。


義守に、義光様の姿を重ねたとは言え、そのような関係に見られたことに腹が立った。

無神経で得体の知れない媼にくわえ、野卑な義守の言動に腹を立てた。

「あなたから渡した方が喜びましょう」

と、言い捨て、後先も考えず再び急な斜面に向かった。


足の痛みがぶり返していた。

近くの木にすがり、一息も二息もついていると、後方から人の気配がした。


義守は、ああ見えて困っている者を放っておけない性質だ。

背中に乗れと言えば乗ってやらぬでもない。


ただ、こたびは、背負子を背負っていなかった。

直接、背負われることになるだろう。

そう考え、頬が火照った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ