8話 いい✕✕をしてるぞ
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「響くんはあの美男美女カップルと知り合いなのか?」
響が厨房に戻ると、綾瀬が厨房の中からひょっこり顔を出して訊ねてきた。
「女の子は学園の後輩です。相手の方は今日初めてですね」
「ほう。あの美少女は君の後輩か。少し話し込んでいたようだが、彼女とは親しいのかい?」
その質問に響は返答を悩ませる。
親しいわけではない。しかし、LINEを交わす仲にはなったのだから、まったくの交友がないわけでもないだろう。
響は当たり障りない事実だけで答える。
「最近、出会ったんです。LINEを交わすくらいです」
それを聞いて、綾瀬は面白くなさそうに残念がる。
「なんとも味も色もない答えだな。まあ響くんらしいが。それとも君が最近浮かれていたのは彼女が原因なのかな?」
「どうしてそうなるんですか?」
響は平静に答えたつもりだった。しかし、綾瀬の観察眼は響のわずかな動揺を見逃していなかった。
「あれほどの美貌の持ち主だ。君の学校ではさぞかし高値の花なんじゃないのか?」
「まあ。学園のアイドルって呼ばれてるみたいですね」
「ほほう。なら君はその学園のアイドルとどうやってお近づきになったんだい?」
綾瀬の尋問が続く。好奇心に火が付いたようだ。
響は仕方なしに答えた。
「ラブレターの差出人と間違えられて、断られたのがきっかけです」
綾瀬がぷっと吹き出す。
「なんだいそれは。ずいぶんと偏屈な出会いだな。でもそれも一興か……。うん、実に響くんらしい」
「絶対に褒めてませんよね?」
「私としてはむしろ過大評価しいてるつもりだ。期待以上の答えをもらって、大いに満足だよ」
「それはなによりです」
「あんなハイスペックな年上の彼氏がいたら、高校生の男子なんて子供にしか見えんだろうな。まったく私の彼氏とはえらい違いだぞ」
綾瀬の視線がフロアに向けられる。その先は件のテーブルだ。
綾瀬の言う通り、綿貫は同性の響から見ても認めるほどのイケメンだ。
甘い顔立ちは大人の色香があり、190近い背丈と服の上からでも分かる鍛えた身体は憧れさえある。
おまけに身に着けている服やアクセサリはどれもが名立たるブランドの一級品ばかりだ。腕にはめている腕時計でさえ、そこらのお父さん連中の月収を遥かに上回る代物だろう。
そんな綿貫が連れ添っている相手が祈鈴だ。
祈鈴もまた綿貫ほどではないが、実に見栄えのするワンピースを着ている。レースやフリルが装飾されているが、デザインはどちらかと言えば大人しめだ。なのに、祈鈴のあり余る美貌が綿貫よりもその存在を際立たせている。
――二人は誰の目からも見てもお似合いのカップルだった。
響は胸の中で何かがくすぶっているのを感じた。
穏やかなのに、ぐつぐつと沸き立つ感覚。まるで静かな海面の下で渦を巻く海底のようにだ。
祈鈴と綿貫がテーブルの上で手を握り合う姿を見てから、響は妙な感覚にあった。あの光景が頭から離れない。二人がただの家庭教師とその生徒だけの関係じゃないことを知ってしまったからだ。
――――。
「なんだ。君もそんな顔ができるんだな」
綾瀬が響の顔を覗きこみながら言った。
なんだか嬉しそうにニヤニヤしている。
「私の勘では君は自分に壁を作って、そこから出られないタイプだと思っていたんだがな」
響は顔をしかめた。
「僕が心の壁に閉じこもってると言いたいんですか?」
「心の壁か。……心の壁とは人と人との交わりを遮断する踏切のようなものだぞ」
「そういう哲学的な例えはいりませんから」
「だが君の場合は敢えて言うならば現実の壁だ」
「……つまり僕は現実逃避してるんですか」
「逆だ。君は現実を受け入れることを正しいと思っているんだ」
響はさらに顔をしかめた。
「それ、普通ですよね」
「自由気ままに生きてきた私からすれば、君のそれは病的なくらいだ。響くん、君は物分かりが良すぎるんだよ」
「物分かりが良すぎる……ですか」
響は考える。自分の性格を、そして生き方を。
真面目に生きてるつもりだ。もしかしたらそれは小利口な生き方かもしれないが、誰かを傷つけたり、悲しませるよりかはずっとマシだと思っている。
なぜなら響は身をもって知ってしまったからだ。我がままを言ってどうなったか。
あのとき、響が我がままを口にしてしまった結果、彼女の運命がどうなったかを。
――兄様なんて、死んでしまえばいいのに。
思い出すだけで腹が煮えくり返る記憶。
無知で世間知らずだった忌々しい自分。
響が一人暮らしを始めた理由はそれだった。中学を卒業して実家を出たのは、それこそ受け入れられなかった現実から逃げるためだ。
なのに、綾瀬はどうして逆のことを言うのか。
現実から逃げ出した響が、現実を受け入れる壁を作っているなんて。
――わからない。
「それっていけませんか?」
響は自分を否定された思いで、綾瀬に疑問をぶつけた。
「私としてはちょっとくらい我がままを言ってくれるほうが安心するね。だって私もすごく我がままなんだかならなっ」
「威張って言うことじゃないですよ」
「感情を受け入れられない人間のほうが面白くないじゃないか。君は感情と素直になれたら、今よりずっといい男になるはずだ。私が保障しよう」
綾瀬は響の胸に指を差した。
「だから、今の君は出会ったころよりも断然いい顔をしてるぞ、響くん」
「…………」
響は自分が今どんな顔をしてるのか分からない。でも綾瀬に言われた言葉は背中を優しく押されたようで、少しだけ心が軽くなった。
「なぁに、心配はいらない。あの二人は君が思ってるほどの仲じゃない。上辺だけ、つまりはハリボテと同じさ」
「それは綾瀬さんお得意の勘ですか?」
綾瀬は可笑しそうに、くくっと笑う。
「あの二人に関して言えば勘に頼るまでもない。二人の目を見れば一目瞭然だ。あの程度なら私にだって見抜けるよ。ただ――」
と、綾瀬は少し顔を曇らせた。まるで言うべきかどうか悩んでいるようだ。
すると、何でもないと言わんばかりに頭をふって、綾瀬はフッと笑みをこぼした。
「いや、きっと私の考えすぎだな。それよりも響くん。君は一度顔を洗ってくるといい。そんな腑抜けた顔でフロアに出られてもこっちとしてはいい迷惑だ。受けた注文の品は私が持っていくとしよう。なぁに、礼はいらない。今回は君だけの特別サービスだ」
と、今度は背中を直接押されてトイレに行くよう促される響だった。
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