7話 ――は? ✕✕なのかい?
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「こちらは綿貫栄二さんです。私の家庭教師をお願いしていただいてます」
「やあ、はじめまして。綿貫です」
「こちらは音倉響先輩です。星ヶ丘学園の先輩です」
「……はじめまして。音倉響です」
夕食時の賑わい始めたファミレスーー。
店内の奥角にある四人掛けテーブル席で。
響はバイト先に訪れた祈鈴との再会に少々戸惑いを隠せなかった。
彼女とこうして会うのは実に三日ぶりだ。
桜色のパステルカラーなワンピース姿は今朝LINEで見たのと同じ服装だ。自撮りの画像だけでは伝わらない、本物ならではの色香が伝わってくる。
一言で言うなら、とても女の子らしく、とても可愛らしかった。
制服姿の清楚な美少女とはまた一味違う、年齢相応の幼さがあった。
響と目が合い、祈鈴がにこりと笑う。
対して祈鈴と向かい合って座る若い男、祈鈴を連れ添って店に現れた超イケメン。
綿貫と紹介された彼もまた祈鈴の美貌に見劣りしない容姿をしていた。
シャープな顔立ち、引き締まった身体、そのうえ高身長。年は二十代前半だろうか、流行りの髪型、ブランドものの小洒落た服装、さらには仕草や言葉遣いまで、どれもが自信に満ちているように見える。
一言で言うなら、間違いなくリア充人生を現在進行形で送っているはずだ。
国内屈指の名門校を首席で入学した祈鈴の家庭教師を務めるくらいだ。学歴もさぞかし高水準なのだろう。
背中に感じる多く視線がムズ痒い。響はそう思った。
当然だ。目の前に座る二人は誰もが認める美男美女だ。これほどの理想のカップルはいない。店内に入ったときから、客の視線を独占しても誰も責められないだろう。
敢えて言うなら、あまりにも場違いな二人であったところか。
「祈鈴……祈鈴さんに男の子の知り合いがいるとは思わなかったよ」
これまでの積んできた人生経験が違うのか、それともそれが自然なことなのか、そんな視線を物怖じともせず、綿貫は優雅に会話を進めた。
「あら。私にだって異性のお友だちはいますよ」
祈鈴もこの異様な状況にすでに慣れてしまっているのか、自然な振舞いだ。
「お友だちね……」
綿貫は絶妙な角度で首を傾げながら、意味深に呟く。
その響に向けられた視線は彼を品定めするかのようだった。
「確かに。祈鈴さんに言い寄ってくる男はきっと星の数ほどいるだろうね。俺としては多くの人に祈鈴さんの魅力を知ってもらえるのは鼻が高いけれど、でも皮肉な話それだけで俺の心は気が気でなくなってしまうんだよ。彼だってその一人じゃないとは言い切れないだろ?」
綿貫はうっすらと笑う。
「だから、ついつい警戒してしまうんだ。俺は祈鈴さんのお父上にもくれぐれと頼まれているからね。――目障りな虫は振り払うようにって」
僕はハエや蚊じゃないんだけどなぁ、と心の中で呟く響。
「綿貫さん。音倉先輩は決してそのような人ではありません。以前、私が間違えて失礼なことを言ってしまったとき心広く許してくれましたし、さらに私がその異性に言い寄られる件で悩んでいたところ心温かく相談にのってくれました。音倉先輩にはとても感謝していますし、とても頼りになる方だと思っています」
祈鈴は綿貫の言葉にやんわりと反論する。
綿貫は意外そうな顔で祈鈴を見据える。
「へぇ。祈鈴さんが他人にそのようなことを言うなんて珍しいね。……もしかして彼とは結構仲が進んでいるのかな?」
綿貫がにっと笑って質問を投げる。気のせいか、響は彼の目が笑ってないように見えた。
「い、いえ。そのようなことは。音倉先輩とは先日会ったばかりですので……」
「ははは。そうだよね。今まで誰一人として異性に特別な関心を持たなかった祈鈴さんが、出会って間もない男の先輩と親しくなるなんて、俺としてはいささか違和感を覚えてしまうからね」
綿貫の目が響に向けられる。まるで狐のように細長い。
「えっと、音倉くんだっけ? 気を悪くしたなら謝るよ。けれど、君だって祈鈴さんのような美しい女性から声をかけられ、頼られでもしたら勘違いしてしまわないかい?」
「……はあ。……まあ。一概にそうとは言い切れませんが、否定はしません」
「ははは。正直で結構。なら君は祈鈴さんのそれを好意とは思っているのかな?」
「――は?」
響は顔をしかめた。
なんでどうなったらそういった話になる、と響は疑問を抱いた。
綿貫がどんな理由で祈鈴のことを心配してるのか響は知らないが、その考えはあまりに突拍子すぎるのではないかと理解に苦しんだ。
「綿貫さん、それは音倉先輩にあまりに失礼じゃありませんか?」
祈鈴がその空気を読み取ってか、救済を入れた。
「ああ、すまない。これこそ余計な心配だったようだね。失言した。許してくれ、音倉くん」
「いえ、僕は気にしてません」
少しも悪びれた気もない綿貫の謝罪をそのまま受け流す響。
「それはなによりだ。せっかくできた祈鈴さんの異性のご学友にケチつけたなんてことがお父上の耳にでも入ったら、俺が叱られてしまうからね」
「私はそのようなこと父に告げ口したりしませんよ」
「もちろん、冗談だ。ちょっとした食事の前のおしゃべりとしてはそれなりに楽しめたんじゃないのかな。なあ、音倉くん」
「……はあ」
響はため息のように口から言葉をこぼした。
かれこれこのテーブルに立って数分は経過している。綿貫は一向に渡したメニューを開く気配がない。周囲を見渡せば、店内は混みつつあるが、まだスタッフ2名でなんとか回っている。
響としては二人の関係が気になるところではあるが、勤務中である以上、一刻も早くオーダーを受けとって業務に戻りたい思いだった。
「あの。そろそろ注文を――」
「しかし、本当にこの店で良かったのかい? 俺はもっと祈鈴さんに見合う高級なお店にお連れしたかったのだけれど、ここは少しばかり……庶民すぎないかな?」
オブラートに包んでいるようだが、十分に失礼な発言だった。
けれど、響は勤務中なので何も言わずにオーダーを待っている。
「私はこのお店で構いません。それよりも綿貫さん、先程から言葉が過ぎると思います……」
「すまない。これも失言だったね。でも俺の立場も分かって欲しい。俺は祈鈴さんをエスコートする側だ。こういった五月蠅くて居心地の悪い場所にはどうしても連れて行きたくないんだよ」
「私は賑やかでとても温かみのあるお店だと思っていますよ」
「まあ、祈鈴さんが喜んでくれるなら、俺はそれで構わないが」
にこやか顔で答える祈鈴に、綿貫は苦笑して返す。
先から綿貫はメニューを開こうとしない。見ているのは祈鈴の顔ばかりだ。
――勘弁してほしいなぁ。
響は心の内で愚痴をこぼす。あまりないことだ。
響の綿貫に対する印象は正直言ってあまり好意的ではない。彼の人を見下すような発言が少なからず響の気に触れていたからだ。
まあ、いろんな人いるしなぁ、と。それは響がこのバイトを通して学んだ一つだ。
響は祈鈴を見た。クスクスと笑っている。綿貫の失言や失礼な態度に気を悪くしている様子はない。好意的?とまではいかないが、まんざらでもない様子だ。どちらかと言えば愛想良く応えているのかもしれない。
響は複雑な気分だった。
祈鈴からのLINEでは今日、姉と出かけているはずだ。なのにどうして綿貫と一緒にこの店を訪れたのだろうか。
そして祈鈴のワンピース姿。まるで響にだけ見せたかったかのようにしてた彼女の可愛らしい姿を、目の前の男はずっと独り占めしているのだ。
……ちょっと面白くない、と響は無意識のうちに握る拳に力がこもっていた。
「あの。そろそろ注文聞いてもいいですか?」
響は二人の会話を遮るように話を切り出した。
「ははは。随分と性急なウェイターくんだな。まあ、これも庶民ならではかもしれないね」
綿貫は興味なさげにメニューを開く。
かなり時間をロスしている響だったので、これもやはり何も言わず、綿貫の言葉を受け流すことにした。
「わあ。たくさんありますね。どれにしよう……」
対して、祈鈴はなんだかメニューを見ながらわくわくしている。まるでおもちゃ箱を覗く子供みたいだ。
「音倉先輩のオススメってなんですか?」
「え? 僕の?」
響は急に振られた質問にぎこちない態度で返す。
先ほどから上の名前で呼ばれているせいかもしれない。
「音倉先輩の好きな料理にしてみようかと思います」
響は顎に手を当て、考えるフリをする。実のところ彼の中では一択しかない。
「……そうだね。僕はタラコスパが好きかな。安いし美味しいしお腹膨れるし」
選ぶ基準がまるで貧乏学生みたいなそれだった。
「では私はそのタラコスパにします」
祈鈴がにこやか顔で注文を決める。
綿貫はメニューを見ているのか見ていないのか分からない顔で呟く。
「タラコスパか……。ぷっ、280円って安すぎないか? 音倉くん、これ本当に大丈夫なんだよね? 祈鈴さん、もっと別のものでもいいんじゃないかな?」
酷い中傷の言われようだが、勤務中の響は何も言わない。ただ苦笑いを浮かべるだけだ。
「私はタラコスパが食べたいです。音倉先輩、タラコスパをお願いします。なんでしたら、大盛りにしてください」
「い、祈鈴さん?」
綿貫が動揺する。いや、若干引き気味かもしれない。
「まあ、大盛りのほうが値段的にお得だけど、意外と量あるよ?」
響は念のため、確認する。
祈鈴は少し悩んだ後、やっぱり、と普通に変更した。ちょっとした綿貫に対する反抗だったのかもしれない。けど、あれは本当に量が多いのだ。
「綿貫さんはどうしますか?」
祈鈴がたずねる。
「……俺はコーヒーだけにしておくよ。ブラックにしてくれ」
「あ、ならドリンクバーですね。九重さんはどうする? セットでつけれるけど?」
「ドリンクバー?」
あ、これはまるっきり素人だと響は思った。
「あっちのコーナーにあるんだけど、自分で好きな飲み物選んで持ってくるやつかな」
「――は? セルフなのかい?」
と、綿貫。こちらもまるっきり素人な反応に響は驚く。
「そうですね。やり方分からなかったら聞いてください。教えます」
「えっと、なら、それも一緒にお願いします」
祈鈴はちょっと戸惑い気味に言った。
心底信じられないと呆れ顔のイケメンも、なんだかんだでドリンクバーに落ち着いた。
響は心の中でため息をつく。
「以上でよろしいですか?」
「はい」
と祈鈴が返事して答える。綿貫からの返事はかなった。
響はオーダーをハンディ端末に打ち込み、データを厨房に送信する。
ハンディをエプロンのポケットに入れ、二人分のメニューを脇に挟んで回収すると、
「では少々お待ちを」
と、軽く会釈して、接客スマイルでその場を離れた。
その離れ際、立ち去る響の耳に二人の会話が聞こえてきた。
ささやくようにだ。
「――祈鈴。どうしていつもみたいに栄二さんって呼んでくれないんだい?」
――は?
「え、えっと、それはその……」
「彼に遠慮してたからなのかい? 別にいいじゃないか。どうせ学校の先輩ってだけで、ただの知り合いなんだろ?」
「彼はその……お友だちです。……大切な」
「一緒じゃないか。まあ俺も思わず君を“さん”付けて呼んでしまったのは申し訳ないと思っている。一応、俺にも体裁ってものがあるからね。けど、分かって欲しい。俺の気持ちは祈鈴だけってことを。約束したじゃないか。二人きりのときはお互い下の名前で呼び合うって」
去りながら、聞き耳を立てるように、響は後ろを少しだけ向いた。
――は?
テーブルの上。祈鈴と綿貫が互いに手を置き、そして綿貫が祈鈴の手を上から包むように握っていた。
「……気をつけます、栄二さん」
響は思わず目を逸らした。
心臓がやけにバクバクしている。――なんで?
「分かってくれて嬉しいよ、祈鈴。お父上もきっと君が素直でいたらさぞかし喜んでくださるだろう。だって俺たちは――」
どんっ。
響の足元で小さな子供がぶつかってきた。
「あ、ごめんよ。大丈夫?」
「へーき!」
響はしりもちをついた子供に手を差し伸べるが、子供はにっこりと笑って立ち上がると、そのまま家族の待つテーブルに走っていった。
視線を奥のテーブルに戻すと、二人の会話は平常に戻っていた。
手も握られていない。
けれど、響はそのとき確かに見てしまった。祈鈴の顔を。
見覚えのある表情。初めて祈鈴と会ったとき、祈鈴に手紙の差出人と間違えられて告白を断られたときと同じ面持ち。
――まるで何ものにも関心のない、すべてに辟易したかのようなそんな顔だった。
読んでいただきありがとうございます。