6話 もしかして二人は✕✕なのかな?
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「――響くん、君は最近なにかいいことでもあったのか?」
空いた食器とグラスを引き下げ、テーブルをきれいに整えてから厨房に戻ると、響は先輩スタッフの女性から声をかけられた。
「え? どうしてですか?」
「今日の君はいつもよりやる気があるっていうか、ウキウキしてるっていうか、なんだか輝いてる感じがするからさ」
「まるで僕が日頃からやる気なくて、モジモジしてて、暗く沈んでるみたいな言い方されてるんですけど」
「すまんすまん、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。気を悪くしないでくれ」
「わかってます。これでもバイト中は明るく振る舞ってるつもりだったんですが」
「いや、実のところ君はよくやってくれてるよ。君の許可を得られるなら、他のアルバイト連中に君の爪の垢をこっそり飲ませてやりたいと思ってるくらいだ」
「みんなから恨まれるような行動は控えてください。あとそれ本気で言ってませんよね?」
「はは、ものの例えだよ。君は根が真面目だからな。だからその若さで接客のなんたるかを学ぼうとしている。店長もよく言ってるじゃないか、うちの接客は作り笑いと偽善の心が大事だって。精進したまえ、響くん」
「いや、そこは嘘でも笑顔とおもてなしって言ってください、綾瀬さん」
「くく。そうだったな。これは一本取られたぞ」
と、綾瀬は我が物顔で答える。
そんな彼女の態度に、響はいつものように呆れ顔で返した。
ここは市街地の一角にあるご当地ファミレス。響のバイト先だ。
駅から歩いて5分。大通りの奥、裏通りに面した場所に建つこの店は、駐車場の広さと料理のコスパの良さからそれなりに繁盛している。
時刻は夕方の6時。土曜の今日はファミリー層の客がメインだ。学生や社会人、カップルにその他もろもろ、老若男女問わず利用するこの店では、客層の割合は曜日や時間帯によって偏りがある。
例えば平日。土日に比べて一人で利用する客はぐっと増える。時間潰しやデスクワーク的な作業をするには都合のいい場所だからだ。近所のおばさま方や常連のご年配の方々にとってもおしゃべりできる憩いの場所にもなる。
冷暖房完備、安くて味がそこそこの料理を頼めるし、コーヒー一杯からでも長居できるとなれば当然だろう。ときには店員がおしゃべりの相手をしてくれることだってあるのだ。願ったり叶ったりである。
来週からのゴールデンウィークを控えてか、今日はいつもより来客の数は少ない。どちらかと言えば落ち着いている。
バイトは学生、主婦、フリーターで占めているが、土日に関しては学生とフリーターばかりだ。幸い、サービス業に人手不足なこのご時世で、この店は人手が潤っているため、人員不足で個々の業務負担が増える心配はない。
その人員不足を補っている理由が立地の便利さと時給の高さにある。
最寄りの駅まで歩いて行ける距離と、高校生でも時給1✕✕✕円からの条件はとても魅力的だ。
響がこの店をバイトに選んだ理由も、自宅から自転車で通える距離にあることと、この破格な時給の良さからだった。
学園に入学して最初の夏休みに入る前、響はたまたま訪れたこの店の中でバイト募集の案内を見かけ、その場で店員に訊いてみたらすぐに面接となった。
そのとき面接してくれたのが、目の前にいる彼女、綾瀬だ。
即決だった。理由は高校生くらいの若くて初々しい男の子が欲しかったからだそうだ。今思えば、ほとんどセクハラである。
入った当初は接客どころか働くことさえド新人な響だ。数多くの失敗を経験した。しかし、持ち前の呑み込みの早さと几帳面なほどの真面目さでみるみる成長し、今では中堅を束ねるポジションにまで上りつめた。ちなみに綾瀬はここのバイトリーダーだ。
そろそろ来月あたりに時給が上がるのではと胸を弾ませる響でもあった。
響は食器とグラスをトレーごと所定の位置に戻し、店内の様子をうかがう。
来客が少なかった一日でも、さすがにこの時間帯になると混み始めてくる。テーブルの7割近くは埋まりつつあった。
出入口やレジに客の姿はない。テーブルからの呼び出しもない。フロア担当のスタッフも今日は他に2名いる。一息つくなら今だろう。
「綾瀬さんこそ、厨房の中で油売っててもいいんですか? 店長に見つかってもしりませんよ?」
「構わないさ。どうせ店長はなにもしないんだ。私に文句なんて言える立場じゃない。店の裏方をほとんど私に押し付けてるんだからな。スタッフ管理だって私がいないと回らなくなっている。まったく、どっちが店長なんだか分からないよ」
辛辣な言いようだがその通りだった。実際、響もこの店で働くまでは綾瀬が店長だと思っていたくらいだ。
「ところで、響くん。話を戻すんだが、やっぱり今日の君変だぞ。なぁんかソワソワしてるっていうのかな? 普段の君は休憩中を勉強するか寝てるかしかしないのに、今日は携帯ばかり気にしていた様子だったぞ」
「ちょっと待ってください。休憩中の僕を観察してたんですか? それ、けっこう怖いんですけど」
「勘違いしないでもらおう。スタッフの動向を観察するのもバイトリーダーの役目なんだ。いいかい、響くん。上に立つってのはね、身体じゃなく頭と目と耳と口を動かすものなんだよ」
「綾瀬さんの場合、圧倒的に口の割合が多いように感じられます」
「……響くん。もしかして君、彼女できただろ?」
「――え?」
響の反応が一瞬だけ硬直する。
綾瀬はその一瞬を見逃さなかった。鋭い観察眼が疑惑から確信へと切り変わる。
「なぁんだ。やっぱりそうか。いつの間にできたんだ? 私に教えてくれないなんて、水臭いじゃないか」
「勝手に話を暴走させないでください。僕に彼女はいません」
「はは。照れるな。隠すこともないだろう」
「本当です。嘘ついてどうするんですか」
「むむ。おかしいな。私はこういう勘を外すことはないのだが。しかし響くん、君はよく見ると顔はそれなりなんだし、頭もいいんだから、ちょっとくらいはモテるんじゃないのか?」
「まったくですよ」
「実は見えないところで乳くり合ったり、しけ込んだりしてないか? つくづく若さとはいいものだな。私ももう一度学生に戻れるなら、君のように青春を謳歌したいものだ」
「ちちくりって、いったいいくつの人ですか?」
「二十五歳独身だ。女性に年齢を訊ねるのは失礼だぞ」
「いや、先に答えちゃってるじゃないですか」
「だが諦めたまえ。私はこれでも彼氏持ちだ。まあ、響くんがどうしてもって言うなら一晩くらい考えてあげなくもないが、……いや待てよ、童貞の君は今が食べごろかもしれん。ここは一つ頂いておくのもありかもしれんな」
「僕は綾瀬さんにそんな気まったくありませんから」
「思春期童貞のこそっと舐め回すようないイヤらしい視線を浴びるのも悪くないな。この背徳感はなかなか味わえん。くく、どうにかなってしまいそうだ」
「もうそういうの結構ですから。それよりここで駄弁ってたら給料泥棒になりますので、僕はそろそろフロアに戻ります」
「給料泥棒って、響くん、君こそいったいいくつの人だ」
「綾瀬さんもたまにはレジ打ちくらいしてください」
「私は算数が苦手だ。そこはお利口な君に任せるとしよう」
「あんなの画面ボタン押すだけじゃないですか。誰にだってできます」
「レジ打ちを侮ってはいかん。一瞬の判断ミスが命取りになるからな」
「なんかカッコいいことみたいに言ってますけど、単に綾瀬さんがやりたくないだけですよね?」
「ははは。響くんは手厳しいなぁ。ほら、そんなことよりお客様が来店されたようだぞ。君の出番だ、行きたまえ」
背中を押され、響はなされるがまま店内に出た。
――まったく。
と心の中で響はぼやく。
綾瀬の傍若無人さは今に始まったことではない。響が気になっていたのは綾瀬が言っていた言葉だった。
――僕が変? そわそわしてる? そんなことは……。
行動を振り返る。響は休憩中に自分が携帯を触っていたことを思い出す。ほとんど無意識の行動だ。条件反射、または習慣といってもいい。
いつもなら携帯は着信があったときくらいしか触ったりしない。なのに、どういうわけか、響はメッセージの届いていない携帯の画面を見るようになっていた。
――これって、彼女を意識してるってことなのか。
響は否応なく自覚する。自分が彼女に、九重祈鈴に惹かれつつあることを。
たかが数回のLINEのやりとり。会ったのだって2度だけだ。
なのに、響は祈鈴と携帯を通して言葉を交わせることに少しずつ特別ななにかを抱き始めていた。
――どうかしてる。
響は雑念を取り払うかのように頭を振った。
相手は学園のアイドルだ。難攻不落の美少女だ。どこにでもいそうな平凡な自分が釣り合えるような人間じゃない。誰が見たって彼女は特別だと分かる。
今はあんなことがあったから、こうしてちょっと仲良くなってLINEを交わしてるだけで、お互いそれ以上の意味なんてない。
響は柄にもなく自惚れていた自分を恥じた。今は彼女のことを忘れ、バイトに集中すべきだ。こんな浮かれたこと考えているから、綾瀬さんにあんなこと言われてしまうんだ。
しかし、響は一つのひっかかりを覚えていた。
今朝も頻繁にやりとりした祈鈴とのLINE。それが、それ以降ぱったりと止まってしまっていた。数日前の響ならそれが当然と思っていたことだが、昨日なんて授業中以外のほとんどをやりとりしてきた彼女なのに、今日はまったくの静かだった。
――そう言えば、今日はお姉さんと出かけるって言ってたな。
だからかもしれない、と響はそう自分に言い聞かせた。
もともとLINEを頻繁に交わす約束なんてしていない。ただなんとなく祈鈴が送ってくれるから、それを返す、その繰り返しを続けていたにすぎない。
なら、彼女から止まってしまえば、当然、このやりとりも終わってしまう。それだけのことだ。
――ええい、だから僕はなにを考えてるんだ。
響はもう一度だけ頭を振って、出入口に現れた客の対応に向かった。
自動ドアのガラス越しに二人の人影。背格好、服装からおそらく男女。カップルか……。
響はメニューを二名分持ち、接客スマイルで出迎えた。
「いらっしゃいま――せ……」
語尾がしぼむ。
本日二回目、響は硬直した。
あまりにもできすぎてると言わないばかりに。
「――え? 響先輩?」
相手も動揺を隠せない様子だった。
聞き覚えのある声。見覚えのあるワンピース姿。
そして三日ぶりの再会。
――九重祈鈴だった。
隣には若い男が一緒だ。しかもイケメン。祈鈴の肩には自然なくらいに男の手が添えられていた。
「ん? どうしたんだい、祈鈴」
男、しかもイケメンは言った。祈鈴の名を、自然なくらい呼び捨てで。
響は立ち尽くす。祈鈴も立ち尽くす。
ただ一人、イケメンだけがその様子を見て訊ねた。
「あれ? もしかして二人は知り合いなのかな?」
読んでいただきありがとうございます。
決して従兄妹だったってオチではございません。




