5話 ✕✕しちゃいました
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ぺこん、と携帯電話が鳴った。
響は携帯電話を手で探り、重い瞼を開けて画面を覗く。
『おはようございます』
LINEに届いたメッセージ。
送り主は祈鈴だった。
響は目をこする。意識はまだおぼろげだ。
画面をぷにぷにタッチし、メッセージを送り返す。
『おはよう』
画面に表示されたメッセージに既読がすぐにつく。
ぺこん、と新たなメッセージが送られてきた。
『もう起きてたんですか?』
『今起きたとこだよ』
『もしかして起こしちゃいましたか?』
『どうせ起きる時間だった』
『今日もバイトですよね?』
『10時から19時まで』
『バイトがんばってください!』
『みっちり働く』
『私はこれからお出かけです』
『お姉ちゃんとデートです♪』
『お姉さんいるんだね』
『はい。とてもきれいなお姉ちゃんですよ』
『それは一度見てみたいなぁ』
『ちょっと困ったところもありますけどね。(笑)』
『でも見てみたいなぁ』
『ぶう。お姉ちゃんばかりずるいです』
『私だって響先輩に見てもらいたいのに……』
『いやいやいや』
『今度、響先輩の教室に行ってもいいですか?』
『それはちょっとかな』
『どうしてですか?』
『この前の噂もあるしね』
『私は気にしませんよ』
『いやいやいや』
『響先輩は私に会いたくないですか?』
『私は会いたいです』
『僕はどちらでもかな』
『ぶう。響先輩いじわるです』
『じゃあ会いたいほうで』
ぱあっ。と、目を輝かせた犬のキャラ。
『後で画像を送りますね』
『なんの画像?』
『内緒です。楽しみにしてくださいね』
響は枕元に携帯電話を置いた。
ふうっとため息をついて、瞼を閉じる。
――なんかこれ、どう見ても先輩後輩って間柄じゃないよな。
室内はカーテンで閉め切っているが薄明るい。
時刻は8時をすぎている。今日は土曜、学園は休みだ。
三日前。祈鈴から告白違いの件で謝られた日、どんな流れでこうなったのか、響は祈鈴と携帯電話の番号を交換し、LINEを交わすまでの仲となった。
『今日はありがとうございました。これからも仲良くしていただけたら、とても嬉しいです。おやすみなさい』
てっきり社交辞令的なやりとりだけで終わるかと思っていたが、その日の夜に早速、祈鈴からメッセージが届いたのだ。
とても律儀な子だなぁ、と感心しながら響も社交辞令的なメッセージを返してその日は終わった。
終わると思った。
その翌朝、再び祈鈴からメッセージが届いた。よくある朝の挨拶だ。響もそれに応えるように挨拶を送った。その夜も、祈鈴から同じようにメッセージが届いた。今度は挨拶以外の文面も含まれていた。
――あれ?
メッセージの内容は相談とは程遠い、他愛もないただの世間話的なものだった。
祈鈴から相談を受けるときくらいしかLINEのやりとりなんてしないと考えていたのに、これではまるで本当に――友だちみたいではないか。
けれど、響も律儀にこれを返す。
届けば返し、返せば送られ、その繰り返し。次第とその数は増えていった。
もちろん響は祈鈴とLINEを交わすことを躊躇っているわけではない。むしろ学園のアイドルと頻繁にお近づきになれるなんて光栄の極みだし、喜ばしい限りだ。
ただなんとなく素直に喜べない自分がいた。
きっかけは何であれ、本来なら響は祈鈴とこのように仲を築くことはなかった。ちょっとした手違いで、たまたま出会ってしまったが故に、それぞれの糸が絡み合ってしまっただけのことだ。
所詮、人の出会いなんてそんなものと人は言うかもしれない。しかしその相手が祈鈴になると、響は自分だけ楽して仲を築けていけることに後ろめたさを感じていたのだ。
あの日より、響は祈鈴と会っていないし、話してもいない。LINEでのやりとりだけだ。
祈鈴が二年の昇降口で響を待っていた事件(?)に、多少は噂になるのではと危惧していたが、それも杞憂にすぎなかった。
それどころか、響が祈鈴にフラれた噂も意外と早く終息に向かい、今では実に落ち着いたものになっている。
実際、後輩の女子に好かれて悪い気はしない。LINEのやりとりだって面倒だとは思っていない。昨日なんかメッセージが届くのが楽しみになった感さえある。
――あんなことあったのに、僕って全然成長してないなぁ。
響は自分の過去を戒めるように眉間を手の甲で叩く。――数秒。気を取り直して、響はベッドから起き上がった。
ぺこん、と携帯電話にメッセージが届く。
『おめかししちゃいました。響先輩にだけ特別です』
ぺこん、と続けて画像が届く。
「――っ!」
祈鈴の私服姿だった。膝から上の自撮り画像。レースやフリルの要素を取り入れた、可愛らしいパステルカラーのワンピース姿。春らしい桜色は清楚な祈鈴にとても良く似合っていた。
『そのうち直接お見せしますね♪』
『それは楽しみだ』
『要保存ですよ。待ち受けでもOKです』
『さすがにそれは……』
『冗談です♪』
響は携帯電話を置いた。
「……なんかこれってやっぱり、先輩後輩ってより――」
――彼氏彼女の会話みたいだよなぁ……。
なんて思ったりしてみる今朝の響だった。
***
朝食をとり、支度を終え、響はアパートを出た。
自転車置き場から自転車を引っ張り出し、ハンドルを手で押しながらアパートに隣接するコンビニの前を横切る。そのとき、コンビニからちょうど買い物を終えた希海が姿を現した。
「あ、おはようございます。希海さん」
「おっはよ。響くん」
響に気づいた希海がにこやか顔で挨拶を返す。
「響くん、今からバイト? 相変わらずよく働くね~」
「これが僕の生活源ですから。そういう希海さんは……」
響は希海の姿に思わず見入ってしまう。
休日は昼まで寝てるか、部屋姿で一日だらだら過ごすのが希海だ。それがどういうわけか、今朝は髪をゆるふわなウェーブに巻いて顔に薄い化粧をし、服装も上品で落ち着いたデザインのスーツをオシャレに着こなしている。
普段は年齢よりも幼く見える希海だが、今日ばかりは大人の女性の色香を感じられるほどに彼女本来の魅力を十分に醸し出していた。
「これからイベント行事か何かに向かわれるんですか? ……就活ってわけでもないですよね?」
「え~、最初の質問がそれぇ? そこはせめてデートって訊いてよぉ~」
「だって希海さん、彼氏いませんよね?」
「そりゃ今は募集中だけどぉ。ねぇ、響くん。キミも男の子なんだからさ、オシャレしてる女の人を見て他にかける言葉はないの?」
「……じゃあ、バイトの面接とかですか?」
「この格好でバイトの面接になんか行かないわよ」
ふてくされ顔で、希海が響を面白くなさそうに睨む。
「すみません。なんかいつもの希海さんじゃないみたいで、見間違えたかと思いました」
「ホント失礼しちゃうなぁ。これでも私なりに頑張ってるんだよぉ~」
「スーツすっごく似合ってます」
「――っ」
響のストレートな褒め言葉に、一瞬だけ希海の動きが止まる。
「ふ、ふふんっ。そうでしょ。私が着てるんだよ。似合わないわけないじゃん。って言うか先に髪型とか褒めなさいよっ」
余計に不機嫌にさせてしまったようだ。女性の褒め方にどうにも苦しむ響だった。
これでも響はきれいに着飾った希海を見て動揺を隠すのに必死だった。
希海は誰もが息を飲むほどの美少女だ。つぶらな瞳をもつ彼女の顔立ちは言葉を忘れるほど可愛らしく、それでいて美しい。
細身でありながら健康的な曲線美のスタイルは、異性ならずとも同性さえも心を奪い、多くの視線を釘付けにしてしまうだろう。
もし美の女神アフロディーテが人間に生まれ変わったなら彼女かもしれない、そう思えるほどに希海には希海だけが持つフェロモンのような魅力があった。
「それにデートじゃないからね。私はいつだって響くん一筋だよぉ」
「……僕は別に希海さんが誰とデートしてても構わないんですけど……」
「も~、なぁんか可愛くなぁ~い。可愛くないぞぉ。そ~んな可愛くない響くんはこうしてやるぅ~」
と、身体のあちこちを左右の人差し指でぐりぐりする。
「ちょ、やめてください。ほかの人が見てるじゃないですか」
「いいじゃん。見せつけちゃおうよ、私と響くんの仲をさ。ええい、ほらほらほぉらっ」
「ちょ、まじで、まじで、まじでやめてください。まじで……怒りますよ?」
「う……。ごめんなさい」
響の冷たい口調と視線に、希海はいたずらがすぎたと反省する。
「――今日はね、お仕事的なあれなの」
「えっ? 希海さん、働いてるんですか?」
「なにその言い方~」
「だって仕事ですよ、働くんですよ?」
「私だって働くことくらいするわよ~。……でも、今日のはちょっと違うかぁ。仕事と言えばそうとも言うし、そうとも言わないかも」
「煮え切らない言い方ですね」
「まあね。私の本業は一応、大学生だもん。けどまあ、私が割り切れてないだけかも」
「どっちなんですか」
「慈善事業、ってとこかしら?」
「余計に似合わないです……」
「響くん、お姉さんだって怒っちゃうよ~」
希海がお姉さんっぽく、弟を叱るようにメッとする。
「……なんか行きたくなさそうですね」
「あ、わかっちゃう?」
「モロわかりです」
希海は面倒くさそうにため息をこぼす。
「勝手なんだよねぇ。結局、アポだってあの人が私の断りなくとったわけだし、私は顔出すだけで済むからって言われてもさ。そりゃ私が行けば事が円滑に進むかもしれないよ」
「……はあ」
「でも私の身にもなってよって言いたいの。……どうせ話すことなんかないし、黙って座ってるだけなんだから」
「……はあ」
響は希海の言葉に何一つ理解できず、ただ返事するしかなかった。
「けど、やっぱり一番の問題はあの子なのよねぇ……」
「あの子?」
響の問いに希海がはっと返った。
口を走らせた、そんな顔だった。
「あ、ううん。こっちの話。なんか朝っぱらから愚痴っちゃってこめんねぇ。最近、いろいろあって滅入っちゃってたみたい。ありがと、話聞いてくれて」
「いえ、僕はとくに」
「行く前に響くんに会えて良かった。これで今日は頑張れる気がする」
希海はコツコツとヒールを鳴らしながら響に身体が触れる距離まで近づく。
柑橘系の香りが響の鼻腔をくすぐる。いつもの酒臭さはどこにもない。
希海が響の耳元でそっとささやいた。
「ねぇ、響くん。この前の話、考えてくれた?」
「この前の話?」
「しゅーふ。私の専業主夫になってくれる件だよ」
「あれ本気だったんですか?」
「もちろん。その気になったらいつでもおいでね。お姉さん、響くんのためにずっと隣を空けておくからさ。――お仕事でも私生活でも、ねっ」
希海が小悪魔なウィンクをする。
響の顔が赤くなった。
「いってくるね~。響くんもバイト頑張って~」
希海は手を振りながら駅の方へと歩いていった。
ぼうっと希海の背中を見送る響。
ちょっとした春の朝夢の、小さな嵐のような出来事。
響は現実に帰ると、遅れた時間を取り戻すかのように急いでバイト先に向かった。
読んでいただきありがとうございます。
長かった伏線回がここでようやく終わりです。
次回から話が動き出します。




