3話 ……✕✕なの?
よろしくお願いします。
翌々朝のホームルーム前。
二年A組の教室は今日も生徒たちの声で賑やかだ。
「よう、響。おまえ、あの九重祈鈴に告白して、こっぴどくフラれたんだってな。ご愁傷さま」
「…………」
クラスメイトで友人の御手洗健だった。
ニヤついた軽薄な笑みを浮かべている。
いろいろとツッコミたいのを我慢して、響は黙ることにした。きっと健なら問い質す前にあれこれ語ってくれるだろうと。
「昨日からその噂でクラス中持ちっきりだぞ。二年の首席が、一年の首席にして学園のアイドル九重祈鈴に告白してフラれたってな」
健は楽しそうに語る。
おそらく一昨日の件だろう。他に心当たりがない。
どうりで教室に入ったとき、クラス中の視線を受けたわけだ。
「しっかし、またなんでよりによって九重なんだ。相手は入学式以降、毎日のように告白を受けては断り続けてる難攻不落の美少女だぞ、我が学園の超有名人だぞ」
そんな長い肩書きのある有名人だったのか。知らなかった。
「容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、周りからの評判も良くて、しかも大企業社長の娘らしい。こんなハイスペック相手によく告白する気になったな」
なんとテンプレなキャラ設定。僕の妹が聞いたら怒りそうだ。
とりあえず噂の中身は見えてきた。
なんてとばっちりだ。誤解も甚だしい。
どうしたら事実をこうも捻じ曲げ、暴走させられるのか。
「健、信じるかどうかは君の自由だけど、僕は僕自身の潔白を晴らすために言わせてもらうね。まず僕は告白をしてない。たまたま告白の場所に居合わせたに過ぎない。君も知ってるだろ、図書室に行くなら新校舎と旧校舎の間にある裏道を通ったら近いって」
「そう言えば、おまえ、あの裏道使うもんな」
「だろ? そうしたらそこに一年の女子が立っていて、僕を見た瞬間にごめんさない、あなたとは付き合えませんって言われたんだ。それだけの話だよ。ただの人違いさ」
健はぶはっと吹き出し笑いする。
「じゃあ、おまえは告白もせずにフラれたってことか? もっと最悪じゃないか。あっはっはっはっ!」
腹を抱えて笑う健。
「どうしたらそんな解釈になるんだい。僕だっていきなりそんなことを言われて驚いたんだからね。まさか健が変な噂を広めたんじゃないよね?」
「くっぷぷぷ。まさか。俺だったらもっと誇張させるぜ。やってみせようか?」
「遠慮しておくよ。僕にメリットはないからね」
「俺は楽しめるけどな。くぷぷぷっ」
笑いを堪える健、忌々しい。
今日もチャラい髪の色に、チャラい制服の着こなし、ニヤつき顔もいつもと変わらない。
けれど、こんな響と正反対のタイプな健だが、なぜか出会ってすぐに馬が合ってしまった。理由なんてない。友達になるのは、大抵そういうものだ。
「そもそも僕は健の話を聞くまで九重さんがどんな人か何も知らなかったんだ。君は名前も顔も知らない女子に告白する勇気はあるかい?」
「そりゃそうだ。俺もちょっと変だなって思ってたんだよ。響ってどっちかって言うと、女子に乾いた態度って言うか、偏見持ってるイメージだったからな。美少女ってだけで群がって告白を競おうとする連中とは違うって思ってたし」
「……なんか多少悪意を感じる物言いだけど、分かってくれて嬉しいよ」
「当たり前だろ、俺たち親友じゃないかっ」
肩をポンポン叩く。
響は苦笑する。
「親友の定義も時には良し悪しだよ」
「おまえは相変わらず難しいこと言うな」
「僕は逆に健が羨ましいよ」
九重祈鈴という少女。
彼女の容姿は尋常ないほど美しかった。
年下と思えないくらい大人びていて、その姿形は異質にさえ感じた。
だからと言ってそれだけで告白するほど響の恋愛観は無節操ではない。
外見と中身は別。響はそこに前提を置きたがる。
容姿だけで告白しようとする考えが響にはまったく理解できなかった。
だからこそ、九重祈鈴が言った言葉に共感を覚えたのかもしれない。
しかし、相手はそれでも美少女、しかも人を超越したレベル。
響だって思春期の男子だ。祈鈴を見て動揺しても不自然でない。
もともと響はある程度美少女に対して免疫を持っていた。
――桐生希海。
祈鈴と同レベル、彼女なら祈鈴と一緒に並んでも何ら遜色はないだろう。
それに九重祈鈴と桐生希海はどことなく似ている気がした。
理由はない。なんとなく、祈鈴を見てそう思っただけのこと。だから、祈鈴を見ても響は心を取り乱さなかった。
ただ一つ、気になる点がある。
この噂の出処だ。
「なあ、健。その噂、どこから広まってるのか知ってるかい?」
“誰”と言わず、“どこから”と響は訊く。
犯人捜しのような言動はあまり好きじゃないからだ。
「俺は昨日の帰り、クラスの連中が話してるのを聞いただけだからな。誰かに見られなかったのか?」
――見られた?
あの場に居たのは呼び出された祈鈴本人と、たまたま居合わせた響。そして彼女を呼び出したおそらく一年であろう男子生徒くらいだ。
状況からして祈鈴がそんなこと吹聴するとは考えにくい。
一年の男子生徒ならなおのこと、響が誰か知らなかったはずだ。
あのとき響は自分の名前を口にしなかった。響の名前は学園でそれなりに知られているが、顔は同じクラスの生徒くらいにしか知られていない。
放課後の校舎裏。
あそこは時間帯関係なく人通りが少ない。校舎の壁に面しているから、窓から覗き見られることもない。
……じゃあ、一体誰が?
疑問はつきない。が、深く詮索しようとも思わない。
要は響が気にしなければいいことだ。
人の噂も七十五日。そのうち風化するだろう。こんなのは当人が気にしなければ何ら問題ない。とくに響はこの件に関して言えば被害者だ。泣き寝入りは好きじゃなくとも、何もしないのも一つの手段になる。
「まあ、二度も会うことなんてないだろうし……」
一年と二年の校舎は別だ。同じ部活、同じ通学路、なんらかで重ならない限り、一年の女子とはすれ違わない。ちなみに響はバイトをしているため帰宅部だ。
「ならさ、誤解だけでも解いたほうがいいんじゃないか?」
「どういうことだい?」
健が顎でクイクイっと示す。
視線を向ける。
その先には響のクラスメイトの一人で友人の藤森茜がいた。
茜はこちらを覗っていたようで、響たちの視線に気づくと、慌てて顔を逸らした。
「藤森さんがどうかしたの?」
「あ、いや、それならそれで別に俺はいいんだけど。なあ茜?」
健が呼び掛ける。
茜がよしっと肩で決した動きをして、席から立ち上がり、こちらにずんずんとやってきた。
小柄な体躯。生真面目そうな丸い童顔。黒縁メガネと黒髪ツインテール。それが茜を見た特徴だ。どこか委員長気質が感じられる。実際、クラス委員長だが。
「おはよう、藤森さん」
「よう、茜」
「お、おはよう。音倉くん。……あと、健も」
「俺はついでか。それ幼なじみに対して冷たくない?」
「え? 幼なじみだからでしょ」
「幼なじみは最強萌えってのがお約束なんだけどなぁ……」
二人は小学校からの幼なじみらしい。
仲はいつもツンツンしているが、決して悪いわけではない。
「お、音倉くんっ!」
「え、はい」
響はかしこまった。茜の顔が気迫に満ちて……もとい真剣だったからだ。
「ちょ、ちょっと小耳に挟んだんだけど。その……音倉くんって一年の九重さんに、その……告白したって本当?」
茜が不安げにたずねる。
「音倉くん、九重さんのこと、……好きなの?」
指をからませ、遊ばせながら、茜が目で真相を求めてくる。
「響、話してやれよ。こいつ、おまえが学園のアイドルに獲られるんじゃないかってヤキモキしてるんだからさ」
「そ、そんなんじゃないわ。なにいってんの、バカタケル!」
「バカって、俺は空気読めないほどバカじゃないぞ」
単純にからかってるだけだ、と健は言いそうになる。
「根も葉もない噂だよ。僕は九重さんに告白なんてしてないからね」
「そ、そうなんだ。(よかった……)」
茜が胸をなでおろす。平らな胸を。
「なにがよかったって? んん?」
「う、うるさい。どうして健はいつも余計なことに首ツッコみたがるの」
「どうしてって、そりゃ楽しいからに決まってるだろ」
「最低ーっ!」
茜がぷんすかする。
健があははと笑う。
響は黙って二人のやりとりを眺める。
二人のやりとりは見ていて微笑ましい。仲睦まじいからだ。
「なら、この噂知ってる?」
茜が切り出した。
「昨日も九重さんに告白した男子がいたんだけど」
「まさか、OKもらったとか?」
「ううん。そうじゃなくて、断られたときに言われたんだって。他に気になる人がいるから付き合えませんって」
「え? まじで? それ初耳!」
「……へぇ、そうなんだ」
「びっくりだよね、今まで九重さんにそんな噂なかったのに。今じゃこの話題の方が大きくなってるよ」
三人の反応は様々だ。
「九重祈鈴の気になる相手かぁ。めちゃ羨ましすぎだろ。俺だったら即OKしちゃうのになぁ」
「健じゃないってことは確かね」
「そりゃ分かんないだろ」
「いいわね、今日も能天気で。あ、いつも能天気か」
「なにを~!」
「二人とも仲いいよね。やっぱり二人は付き合ってるの?」
響はクスクス笑いながら聞いた。
健と茜が顔をそろえて答える。
「「誰がこんなやつ!」」
響は思い出す。
一昨日、祈鈴に言われた言葉を。
――あなたのことを何も知らないのにお付き合いすることはできません。
彼女はそう理由をつけて断った。
けれどあの後。
――毎日、告白されて困っているんです。どうしたらいいのか……。
――他に好きな人がいるとでも言っておけばいいんじゃないかな?
――え?
――ほら、好きな人がいるって臭わせておけば、少しは抑制になるかもってね。
――ああ。そうですね、気付きませんでした。
――ありがとうございます。
初めて彼女が笑った顔を見せた。
去り際。そんな相談をぽつりとされ、響は流す程度に助言しただけだ。
深い意味はない。ただそんなに多く告白されるなら、元を絶ってしまえばいいのではと思っただけのこと。
――むむ。
僕が不用意に変なことを言ってしまったからだろうか。それならそれで余計なことをしてしまったかもしれない。
まあ、いい。これ以上考えても仕方がない。
どうせ、彼女と二度も会うことなんてないのだろうから。
読んでいただきありがとうございます。




