27話 俺たちは✕✕、だからな
長らくお待たせしました。
よろしくお願いします。
「ん? どこにいくんだ響。昼メシ食わないのか?」
「うん。今日もちょっと用があるんだ。先に食べてていいから」
昼休憩の教室。弁当袋を片手にやってきた健と入れ替わりで、響が席から立ちあがる。
「おう、そっか」
「ごめん」
「いいって。気にすんな」
行き先を告げず教室を出て行く響の後ろ姿を、健は詮索せず黙って見送った。
大抵は響と昼を一緒に過ごしている。なんだかんだ言って健は響のことを気に入っているし、話して楽しい友人だと思っている。
だからこそ、今週に入っての響の様子は明らかにおかしかった。
理由を言わず、むしろその理由を濁すようにして毎日、昼の時間になると姿を消すのは、あまりに響らしくなかった。
「なにしょぼくれた顔してんのよ」
黒髪のツインテールを揺らしながら、茜がやってきた。
「誰がしょぼくれた顔してるって?」
「あんたの他に誰がいるの? 鏡貸そっか?」
「いらねえよ」
面倒くさそうに健は響がいた席に座る。
茜がきょろきょろと見回す。
「あれ? 音倉くんは?」
「……知らん。どっか行った」
「へぇ、今日も一緒じゃないんだ」
「用があるんだとよ」
「行き先聞いてないの?」
「とくに言わなかったから聞いてない」
「ふぅ……ん。そうなんだ……。今週に入ってからずっとそうだよね? どこにいってるんだろ……」
「さあな」
「気にならないの?」
「……別に」
健は仏頂面をしながら、袋から弁当箱を取り出す。
「つまり音倉くんにフラれちゃったわけだ」
「なんで俺が響にフラれるんだよ」
「だってあんたを置いてどっかにいっちゃったんでしょ?」
「あのな、人の話聞いてる? 用があるんだから仕方ねえだろ」
「とうとう音倉くんもあんたのウザさに愛想つかしちゃったのね」
健の話をスルーして、茜がここぞとばかりに追い打ちをかける。
それを健はムキになって否定するわけでもなく、冷静に返した。
「仮にそうだとしても響が理由も言わず、こんな回りくどい避けかたするような奴じゃないことくらい、おまえだって知ってるだろ」
「う……」
正論を言われ、ぐぐっと口を噤む茜。
「そ、そんなこと、あんたに言われなくても分かってるわよ……」
茜の煮え切らない態度に、健は呆れを通り越して苛立ちを覚える。
「ったく、おまえこそどうなんだよ?」
「え? わ、私がなんだって言うのよ?」
急に振られて、茜が動揺する。
茜の反応を見て、健が「ちっ」と舌打ちする。
「自覚症状ナシかよ。これらだから恋愛初心者は面倒なんだ」
「はあ? なにか言った?」
ぶつぶつ呟く健に、茜が聞き返す。
「子供だなって言ったんだよ」
「私のどこか子供なのよ。あんたのほうがよっぽど子供じゃない」
「全部だろ。見た目も中学のときから成長してねえしな」
「し、失礼ね。せっかく心配してあげてるのに!」
頬を膨らまし、子供のように怒る茜。
「……そりゃこっちのセリフだってぇの」
茜の容姿は、幼い頃から知る健にはあまり変わっていないように見える。
変わったのは中学に入って視力が落ちて今の黒縁メガネをかけるようになったことくらいで、髪型は小学生からずっと同じ、身長もあまり伸びていない。
高校二年生の女子にしては小柄な体躯で、それに比例するかのように胸のあたりも健の目を惹くほどは成長してない。
異性として意識できる要素が感じられないのに、それなのに……
――ったく。人の気も知らねぇくせに。
茜とは家が近所で、健の母親と茜の母親が同級生だったことから家族ぐるみの付き合いもあって、中学に入るまではよく二人で遊んでいた。
だから、健は茜のことをよく理解していたつもりだった。
なにが好物で、なにが苦手で、そしてどういう異性が好みなのかも。
茜はバカがつくくらい真面目で、すぐに顔に出てしまう。それが魅力でもあるのだが、逆にそこが心配なときもある。
面倒見がよく、世話好きで、たまに鬱陶しく感じることもあったが、それでも健は嫌だと思わなかった。
反面、茜は自分のことにからっきしで、消極的になりがち。自分の感情に鈍感で、幾度となく背中を押したこともあった。
もちろん、恋愛に関してはまったくと言っていいほど免疫がない。
茜が響に好意を持っていることは、すぐに分かった。本人は否定しているが、幼なじみのフィルターをなしにしても、その好意は一目瞭然だった。
響はいいやつだ。今まで知り合った連中のなかでも特に気が合うし、高校で出会ったばかりだけれど一番の親友だと思っている。
響なら惹かれる理由も分かるし、幼なじみとして喜んで祝福できる。
少しずつ距離を縮めさせていけば、いつかは二人が付き合うのではと思い浮かべては、いずれそうなってくれたらと願っていた。
しかし先日、予想さえしていなかった最強の相手が現れたのだ。
――九重祈鈴。
学園のアイドルにして難攻不落の美少女が、響に興味を持ち始めているのだ。
告白の件は誤解だったとは言え、九重祈鈴は響を一度フッている。なのに九重祈鈴本人が響に会いにわざわざ教室までやってくるなんて。
あのときの彼女の態度は脈がないどころか……
――むしろありゃその可能性十分ありだろ。
さすがの響だって九重祈鈴が相手ならどうなるか分からない。
健は頭を悩ませながら、重いため息をついた。
「ちょ、そんなに落ち込まなくてもいいじゃない」
「……」
じっと横目で見る健。
誰のせいで気苦労してると思ってるんだか。
まったく、どうすればこんな勘違いできるのやら。
健はうんざりそうに、あっちに行けと言わんばかりにしっしっと手を振った。
「わかったわかった。そういうことにしておくから」
「な、なによ。一人で分かった口しちゃって」
「へいへい、そりゃ悪かったな」
「……」
すると、茜が気まずそうにしながら、前の空いた席にすとんと腰を下ろした。
「なに座ってんだよ」
「わ、私がどこに座ろうと私の自由でしょ? ちょうどここ空いてるみたいだし」
「俺、今からメシ食うんですけどぉ?」
「見れば分かること、いちいち説明しなくてもいいわよ」
「だったら……」
と健が言い終わる前に、茜が同じ机に弁当袋をちょこんと置いた。
「なにしてんだ?」
「しょ、しょうがないから今日だけは私があんたに付き合ってあげるのよ!」
顔を赤らめながら茜が言った。
ぽかんとする健。
「……熱でもあるのか?」
「なわけないでしょ。だ、だってあんた寂しそうにしてるから……」
「同情はいらないぞ」
「あんたにかける情けなんてとっくに使い切っちゃったわよ」
「じゃあ放っておけばいいだろ」
「ま、前はよく一緒に食べてたじゃない」
「はあ? 小学生のときの話だろ? それにおまえはいいのかよ。友達と食わねぇのか?」
「たまにはいいわよ。それに愛子たちにはもう言ってあるし」
「ふぅん。……そう言えばおまえいっつも給食食べるの遅かったよな」
「うっさいわね。食べるの苦手なの知ってるでしょ」
「昔から小食だったもんな」
「……よく覚えてるわね」
「忘れたくてもこんだけ付き合いが長けりゃ忘れらんねぇよ」
「……そうだね」
茜の表情が自然と柔らかくなり、口元が少しだけ上がる。
「ぷぷ。思い出した。それで健が私の分の給食を勝手に食べちゃって、先生に叱られたんだっけ」
「なっ! おまえと違って育ち盛りだったんだよ」
けらけらと笑う茜。
健は不機嫌そうに弁当の蓋を開けると、箸を手にした。
「ったく、今日はおまえで勘弁してやるよ」
「素直じゃなぁい」
「俺が素直じゃないのは知ってるだろ」
「うん、そうだね」
と、茜も袋から弁当を取り出す。
「そう言えばまだ言ってなかったね」
「あん? なにがだよ?」
「……あのときは助けてくれてありがと」
「……そりゃどーも」
茜は弁当の蓋を開け、箸を手に取ると、食べ始めた。
健も歯痒い感情を隠すようにして、弁当を食べ始めた。
「相変わらずおばさんの弁当、手がこんでるし、うまそうだな。俺のなんか冷凍ものばっかで手抜きもいいとこだぞ」
「……食べてみる?」
「いいのか?」
「別にいいわよ。おかずの一つや二つくらい」
「じゃあ、この卵焼き」
「あんた、昔っから卵焼き好きよね」
健がひょいっと茜の弁当箱から卵焼きをつまむと、ぽいっと丸ごと口に放り込み、むしゃむしゃと咀嚼した。
「久しぶりに食ったけど、やっぱおばさんの卵焼きは絶品だな! 味が全然変わってねぇし、ってかむしろ俺好みになってんじゃね?」
「そ、そう」
急に健から顔を逸らす茜。その耳はほんのり赤く染まっている。
健は茜の態度に気づくことなく、弁当を食べている。
茜ははあっとため息をつき、卵焼きを箸でつまむと口の中に入れた。
もぐもぐと噛むと口の中で甘さが広がる。砂糖は多め、食感はほんわり柔らかい。
「……一番頑張ったんだから、当然じゃない」
ぼそりと呟く。
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもないわよ。そ、それより音倉くん、どこに行ったんだろうね」
歯切れ悪そうにして、茜が話題を響に戻す。
「まさか彼女んのとこだったりしてな」
「ふぇ⁉」
茜が箸をカシャンと落とした。
「お、お、音倉くん彼女できたの?」
今日一番の動揺を露わにして、茜が問い詰めた。
「じょ、冗談だって。響だぜ? 俺の知らないうちに彼女作ってるとは思えないって」
「はは。ソウダヨネ」
苦笑いする茜。でも目が笑っていない。
――やべ、ちょっといじりすぎたか。
「そんなに気になるなら、あとでどこに行ってたか響に聞いてやるから心配するな」
「な、ど、どうして私が心配しなくちゃいけないのよ!」
ムキになって否定する茜。
健はあっちもあっちならこっちもこっちだなと、やれやれと肩をすくめる。
「……こりゃホント先行き大変だな」
と、気苦労が絶えない彼に、さらなる気苦労が待ち受けているとは夢にも思わない健だった。
――まあでも、ここは俺が一肌脱いでやるしかねぇか。
……なんてったって俺たちは幼なじみ、だからな。
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