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26話 ✕✕です

よろしくお願いします。



 翌朝。

 ぺこん、と携帯電話が鳴った。


 ベッドに入ったまま手を伸ばし、ひびきは携帯電話を手に取る。

 今朝はあまり眠れずにいたからか、少し身体がだるい。

 重いまぶたを半分開けて携帯画面を覗く。


『おはようございます』


 LINEに届いたメッセージ。

 祈鈴いのりからだった。


 ドキリとする。


 昨晩も祈鈴とLINEしたばかりだ。内容は今週末のデートの打ち合わせ。と言っても、何時にどこで待ち合わせするかを確認した程度で、実に短いやり取りだった。

 それから祈鈴とはLINEしていない。


 ――私と結婚を前提にお付き合いしてください。


 結婚を前提に交際を申し込まれた昨日。響はまだ気持ちの整理ができずにいた。

 相手は容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、学園のアイドルとまで呼ばれるほどの有名人。響から見ても高嶺の花であり、とても釣り合うとは思っていない。

 だからこそ、疑問はつきない。


 ――どうして僕なんかを?


 響は挨拶を返そうとする。


 ぺこん。

 そこへ新たにメッセージが届いた。


 ――ん?


 響は眉根を寄せる。


『今日、一緒にお昼しませんか?』


 ――え?


 ぺこん。

 さらにメッセージが追加される。


『お弁当、作っていきますね』


 ――は?


 思わず響はベッドから起き上がった。

 メッセージを二度見する。


 ――一緒にお昼? お弁当?


「ちょ……」


 響は慌ててメッセージを送り返す。


『おはよう。一緒にお昼?』


 送ったメッセージに既読がすぐにつく。


『はい。もしかしてご迷惑でしたか?』

『迷惑じゃないけど』

『響先輩、苦手な食べ物ありますか?』

『とくにないけど。いやいや、祈鈴さんにそこまでしてもらうわけにはいかないよ』

『私が作りたいだけです。響先輩は遠慮しないでください』

『でも』

『もう二人分作っちゃってますし』



『ダメですか?』



 響は返事を詰まらせる。

 悩んだ末にため息をつくと、


『わかったよ』


 と、折れて了承のメッセージを送った。

 すると、ぱあっと目を輝かせた犬のキャラが届いた。


『ありがとうございます! お弁当、楽しみにしていてくださいね♪』


「…………」


 響は枕元に携帯電話を置くと、再びため息をついた。

 瞼を閉じ、自分の意思の弱さを痛感する。


 ――やっぱり、このままじゃいけないよな……。


 響の答えは変わらない。祈鈴に期待を抱かせる態度をとるのは間違っている。

 だから、響は決めていた。週末のデートでもう一度はっきり伝えようと。

 例え祈鈴を悲しませるような結果になったとしても、響はその覚悟をしている。


 室内はカーテンで閉め切られ、薄暗い。外はどうやら曇りのようだ。昨日、天気予報で午後から雨だと言っていた気がする。


 時刻は6時半。そろそろ希海のぞみの朝食を支度しなければ。響はベッドから出ると、着替えることにした。




   ***




 そこは教室の半分ほどの広さの部屋だった。

 壁には資料棚が並び、中央には長方形のテーブルが置かれている。


「えへへ。来てくれてありがとうございます、響先輩」


 顔をほころばせ、祈鈴は用意したパイプイスに腰を下ろした。

 隣には響が座っている。少し表情が固い。


「あ、うん……」


 歯切れの悪い返事。響はイスをずらして祈鈴から少し距離を空けた。


 ここには二人だけしかいない。

 外の廊下からは、生徒の声どころかその気配さえ感じない。

 ここは一般教室が並ぶ校舎から離れた、部室や会議室が並ぶ特別棟。昼の時間帯に生徒が立ち入ることは少ない。


「…………」


 完全に二人きりの状態だった。


 祈鈴がイスをずらし、響との距離を縮める。

 さっきよりも近い。お互いの腕と腕が触れそうな距離だ。


「お弁当を作るのは初めてですので、響先輩のお口に合うといいのですが」


 照れ臭そうに祈鈴が手さげのランチバッグから二つの弁当箱を置く。

 蓋を開けると、中身はおにぎりに唐揚げや卵焼きといった、お弁当に定番のものばかりだった。きれいに色形よく盛りつけられ、とても美味しいそうに見える。


「飲み物も用意してあります」


 ステンレス製の水筒をバッグから取り出し、あらかじめ用意したコップに二人分注ぐ。ほんのりと温かい匂いが漂ってきた。紅茶のようだ。


「どうぞ♪」


 祈鈴が箸を両手に乗せて差し出す。

 響はそれを受け取った。


「ありがとう……」


 横目でちらりと祈鈴の様子をうかがう。

 とくに変わった様子はない。ただ視線は先からずっと響に向けられ、手に箸を持とうとしない。響が食べなければ口にしないのだろうか。


 ――えっと、これどういう状況?


 普通なら女子の手作り弁当を食べられるなんて男の夢であり、一度は経験したいはずだ。しかもその相手が学園のアイドル的存在である美少女なら泣いて喜ぶどころか、発狂するやからだっているだろう。


 響も思春期真っ盛りの男子高校生だ。もちろん、こういったシチュエーションは嫌いじゃない。どちらかと言えば、好きなほうだ。

 もし昨日の件がなければ、ここまで複雑に感情を巡らすことはなかった。



 ――僕は祈鈴さんの気持ちに応えられない。



 あのとき響ははっきりと断った。なのに、祈鈴の態度は変わらないどころか、前よりも積極的になった気がする。


「食べないんですか?」


 祈鈴が上目遣いで催促してくる。


「もしかして嫌いなものでもありました?」

「…………」


 ここは腹をくくるしかない。

 響は箸を右手に持ち替え、卵焼きをつまんだ。


「いただきます」


 ぱくり。


 ――!


 ちょうどいい柔らかさと甘さが口の中でとけていく。絶妙な食感と味覚のハーモニー。こ、これは……。


 そのとき、響の脳裏に母親の言葉がよみがえる。卵焼きで料理のうまさが分かると。

 響は母親から卵焼きを認められるのに、随分と苦労した覚えがある。

 この卵焼きはその記憶を思い起こさせるくらい、インパクトがあった。

 つまり一言で言ってしまえば、


美味うまい」


 感想がそのまま口に出ていた。

 祈鈴の顔が満面の笑みに変わる。


「よかったぁ! もし響先輩のお口に合わなかったらどうしようと思ってたんです」

「いや、これ本当にすごく美味しいよ」


 お世辞でもなく響は素直に驚いてみせる。


「唐揚げも食べてみてください。隠し味に自信があるんです♪」


 言われて、響は唐揚げもつまんでみた。


「ンん⁉」


 これまた絶品だった。ほんのり酸味がきいている。この風味は……梅干しだ。


「これもすごく美味しい」


 にわかに料理をかじった程度では作れないレベル。表面はこんがりキツネ色、中は冷めているのに揚げたてのように柔らかく、ぷりっとしている。

 響は他のおかずも口に入れてみる。どれもが文句つけようないくらい美味だった。


 祈鈴が容姿だけでなく、学業や運動に優れていることは今や周知の事実だ。その上、料理もできるなんて完璧すぎる……響は脱帽するばかりだった。


「祈鈴さんって、料理上手なんだね」


 響が褒めると、祈鈴は「えへへ」と幸せそうに笑う。


「喜んでもらえて、とっても嬉しいです。頑張った甲斐がありました」


 と、胸のあたりで両手の指を絡め、喜びを隠しきれない様子だ。

 響はそのときようやく祈鈴の指に絆創膏ばんそうこうが巻かれていることに気づいた。

 一ヶ所だけじゃない。指のあちこちにあった。

 響の視線に気づいた祈鈴が「あ」と声をもらす。慌ててテーブルの下に両手を隠すが、手遅れだった。


「……見ました?」

「うん……」

「その……ちょっと失敗しちゃいまして……」


 と、顔を赤くする祈鈴。


「……恥ずかしい、です」


 耐え切れなくなったのか、そのままうつむいてしまった。

 そんな祈鈴の姿を見て、響は思わず「ぷっ」と吹き出す。


「ど、どうして笑うんですか⁉」

「ごめん。なんか意外って言うか、安心したって言うか。ほら、祈鈴さんって何をやってもできちゃいそうなイメージだったから」


 完璧だと思っていた彼女の意外な一面を見れて、響の頬が自然と緩む。


「私って響先輩からそんなふうに思われてたんですか?」

「僕って言うより、この学園のみんながそう思ってるよ」

「私、そんなに要領よくないですし、結構おっちょこちょいなんですけど……」

「あ、確かにそうかも。僕をラブレターの差出人と間違えたくらいだからね」

「そ、それは言わないでください~」


 黒歴史をほじくり返され、祈鈴がさらに顔を赤らめてしまう。

 響はクスクスと笑うばかりだ。


「……もう。響先輩ってやっぱりイジワルです……」


 顔を逸らし、響と目を合わせようとしない。拗ねてしまったのか、少しからかいすぎてしまったようだ。

 響は話題を変えることにした。


「でも、特別棟にこんな空き部屋があるなんて知らなかったよ」


 と、室内を見回す。

 ところどころ埃が見られる。最近まで使用されていた形跡が見られない。おそらく長いこと空き部屋だったのだろう。


「ここは三年前まで生徒会室に使われていたんです」

「へぇ、そうなんだ」

「ここなら、誰にも邪魔されず響先輩と二人きりになれると思いましたので……」


「……え?」


 振り向くと、祈鈴と目が合った。

 まだ恥ずかしいからか、祈鈴は両手で顔を隠している。けれど、その指と指の隙間から覗く瞳は響の瞳をしっかりと捕らえていた。


「……響先輩」


 祈鈴が愛おしそうに名前を呼んだ。




「好きです」




 ぽつぽつと窓に雨があたり出す。

 天気予報で言っていた通り、午後から雨が降り始めた。




読んでいただきありがとうございます。


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