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25話 ✕✕はちゃんとしなくちゃダメだよ?

よろしくお願いします。



「デートですか?」

「そ。デート」


 ひびきは呆れ気味に「はあ……」とため息をついた。


「……どうしたらそうなるんですか?」

「私が響くんとデートしたいからだよ?」


 希海のぞみはさも当り前のように答え、不思議そうに首を傾げて見せた。


「先週デートしたばかりじゃないですか」

「したばかりじゃないよぉ。まだ一度しかデートしてないんだよ? もっとしようよ」

「……バイトはどうなるんですか?」

「なら、バイト代出そっか?」


 呆れを通りこして、ぽかんとする響。

 本気なのか冗談なのか、希海の考えていることがさっぱり分からない。


「さすがにお金はもらえませんよ」

「じゃあ、デートしてみる?」

「どうして疑問形?」

「じゃあ、デートすべきだね」

「オススメされても……」

「じゃあ、決まりだね、響くん」

「……」


 前にもあったやりとりだ。

 またも希海とのデートが決定事項になってしまうのか。


「でも」


 と、希海が付け加える。


「響くんの気持ちも大事だから、無理にとは言わないよ。私だけ楽しんでちゃ、デートとは言わないもんね。迷惑なら断ってくれてもいいんだよ」


 響の箸が止まった。


 希海とのデートが迷惑とは思っていない。初めてのデートは随分と希海に振り回されてしまったが、嫌な気分になるどころか、楽しかったくらいだ。

 希海は自分には勿体ないくらい魅力的な女性だ。本来なら肩を並んで歩けるような相手じゃないと、響は身の程を弁えている。だからこそ、希海がどうして響に執着するのか、なおさら理解できなかった。


「……どうして僕なんか――」

「違うよ」


 響が言い切る前に、希海がはっきりと否定した。


「響くんだからデートしたいの。響くんだからいいんだよ?」


 その瞬間、響の脳裏にあのときの言葉がよぎった。




 ――私は響先輩がいいと思ったんです。響先輩がいいんです!




 ざわり、と響の心がざわつく。


「買いかぶりすぎですよ……」

「もお。可愛くなぁい」


 希海が響の頭をつかんで、ぐしゃぐしゃ攻撃する。


「ちょ、希海さん。それホントやめてください」

「あのね、響くん」


 希海の手が止まる。


「響くんは何も気にしなくていいの。この美人なお姉さんにいっぱい甘えちゃえばいいんだからね。その代わり、私も響くんにいっぱい甘えちゃうんだから」


 希海がにかっと白い歯を見せて満面の笑みを浮かべた。


「――っ」


 そのあまりにも無防備で無邪気な笑顔を見せられて、響は胸の内にくすぶっていたもやもやが晴れていくのを感じた。

 まるで心を見透かしたような、けれど欲しかった言葉ぬくもり

 好きとか楽しいとか、そんな感情を抜きにして、一緒にいて安らぐ気持ち。


「ほんとうに希海さんって、ずるいなぁ」

「もっと褒めていいよ」

「褒めてませんから」


 ――でも、


 ――ほんとうにずるい。


「そんなこと言われたら、断れないじゃないですか」


 あれこれ悩む自分がなんだか馬鹿らしくさえ思えるほど、希海の笑顔と言葉は効果的だった。不思議と心も軽くなった気がする。

 自然と響の表情に笑みが戻った。


「そうですね。……そうします。僕も希海さんにちょっと迷惑をかけれるくらいには努力してみます」

「そこは甘えるって言ってよ~」


 二人はクスクスと笑った。


「でも、妙なとこに連れ回すのだけは勘弁してください」

「あはは。もちろんだよ。とりあえず響くんと行きたい場所は決めてあるし、オッケーってことでいい?」

「よろしくお願いします」


 希海がにんまりと微笑む。とても嬉しそうだ。


「じゃあ、デートは()()()()に決定だね」

「はい。……って、次の土曜ですか……」




 ――今度の土曜は予定を空けておいてくださいね。




 響は言葉をつまらせた。


 よりによって祈鈴いのりとのデートと被ってしまうとは。

 確か今夜、待ち合わせの時間と場所をLINEで知らせると言っていたはずだ。

 今さら断るわけにもいかない。


「もしかして用事でもあった?」

「え、ええ。まあ……」


 響はバツが悪そうに返事する。

 やましさがあるわけではない。そもそも祈鈴とのデートを果たしてデートと呼んでいいのかさえ分からない。


 ――って僕は何を考えてるんだ。祈鈴さんとデートの約束をしてるのに、希海さんとデートの約束をするなんて!


「響くん?」

「は、はい」


 思わず声が上ずってしまう。


「どうかした?」

「えっと……」


 きょとんとした目で見つめてくる希海に、響は後ろめたさを感じずにいられなかった。


 ――話すべきだよな。


 でなければ希海に対して誠実じゃない。

 響は口を開いた。


「希海さん、あのう、実は……」

「あ~、もしかしてその日デートとか?」


「えっ?」


 先に言われ、ギクリとしてしまう。

 もちろん希海はその反応を見逃していない。

 じっと響の顔を見据える希海。


「なぁんだ」


 希海がにんまりと嬉しそうに笑みを浮かべた。


「だったら早く言ってくれたらいいのに~。いつの間にそんな子がいたの? 響くんも隅に置けないなぁ~。お姉さんは嬉しいやら悲しやらだぞぉ」

「……」


 予想に反して、希海の反応はあまりにも不自然すぎるくらい自然だった。それは響を拍子抜けさせるほどに。

 いくら鈍感な響でも、希海が自分に好意的な感情を持ってくれていることは気づいている。そこに恋愛感情が含まれているかどうかは別として。


「ならしかたないね。響くんのデートを邪魔するわけにもいかないもん」

「デートってわけじゃ……」

「相手は女の子なんでしょ?」

「まあ……」

「もうそれはデートだよ。いや、デートです!」

「……すみません」

「どうして響くんが謝るの? もしかして私がデート誘ったから? あはは。響くんは気にしすぎだよ。そりゃ響くんとデートできないのは残念だけど」

「……」

「なんだったらお姉さんがアドバイスしよっか? 大人の階段の上り方とか教えちゃうよ?」

「希海さんっ!」

「あはは。冗談だって!」


 けらけらと笑い飛ばす希海。

 響はなんだか複雑な思いだった。

 希海がビールを口に運ぶ。中身がすでに空だと気づいて、すぐにテーブルに戻した。



「――ねえ。響くん」



 飲み口に視線をすうっと落とす。

 その声音はとても落ち着いてた。


「なんですか?」


 響は希海を見た。

 希海は缶ビールの蓋に人差し指でゆっくりと円を描いている。



「質問……していい?」



 希海がゆっくりと視線だけを響に向ける。

 その眼差しにはどこか陰りがあった。


「希海、さん?」


 希海の雰囲気が変わった気がした。

 場の空気が変わった気がした。

 笑っていた希海から、まるで()()だけ抜け落ちたかのように……。




「デートの相手って、()()後輩の女の子だよね?」






「――え?」




 響は動揺を隠せなかった。

 希海が祈鈴のことを言い当てたからじゃない。

 希海の声が、視線が、表情が、一度も見たことのない、無機質なものだったからだ。


 希海はビール缶に視線を戻すと、深いため息をついた。


「……やっぱり、そうなるのかぁ」


 じわじわと緊張らしきものが張り詰めていく、そんな錯覚。


「希海さん?」


 響が希海の様子をうかがう。すると、希海の肩がぷるぷると震え出した。


「ふふ。ふふふ」

「の、希海さん……?」


「あはっ、あはははっ!」


 希海が笑いながら顔を上げた。その表情は眩しいくらいに輝いている。


「学園のアイドルとデートなんてやるじゃん、響くん!」

「――は?」


 それまでの緊張が嘘のように解け、希海が響の肩をぽんぽんと叩いてきた。


「まったく、このこのっ! 羨ましいぞっ!」

「ち、違いますって! そんなんじゃ」

「そっかそっか。さすが響くん。私が見込んだだけはある!」

「ちょっとは僕の話を聞いてください」


 響は希海の手を振り払いながら訴えるが、希海に聞く耳はない。

 いつもの希海だ。

 さっきの()()はなんだったのか。

 きっとからかわれたのだろうと、響は思った。


「響くん、その子のこと好きなんでしょ?」

「どうしたらそうなるんですか」

「じゃあ、好きじゃないの?」

「……」


 返事が止まる。

 少し悩んでから、響は正直な気持ちを打ち明けた。


「……あえて言うなら妹みたいな感じですかね」

「なるほど、そうきたか。まあ、響くんだもんね。でもちょっと残念」


 納得しつつも、残念そうにうんうんと頷く希海。


「何を期待してたんですか」

「響くん()()()()()()もんね。響くんらしいと言えば響くんらしい答えなんだけどさ」


 ぷーくすくすと一人笑う希海に、響は呆れるばかりだ。それでも嫌な気分にはならない。


「デート、楽しんできてね」

「はあ……。って、あれ……?」


 響は急に違和感を覚えた。

 希海を見ると、また新しいビールを開けて、ぐびぐびやっていた。



「僕って希海さんに()()()()こと話しましたっけ?」



 希海の喉がごくりと鳴る。

 あまり家族のこと、とりわけ妹のことは語らないつもりでいた響は、希海がそのことを知っていたことに驚きを覚えた。


「ん~? だいぶ前に話してくれたよ」

「そうでした?」

「実家のことも聞いたよ。旅館を経営してるんでしょ?」

「はい」

「忘れちゃった?」

「実家のことは話した覚えがあるんですが……」

「私は覚えてるんだけどなぁ。妹さんの名前って確かかなでちゃんだよね?」

「……ええ」


 響は眉をひそめた。やはり記憶にない。

 なにかの拍子に口にしてしまったのだろうか。

 まさか、奏のことまで話してしまうなんて。


「ところで、ヒ・ビ・キ・くん。一つ注意しておかないとね」

「な、なんですか急に」


 希海はにまにまと笑みを浮かべながら、


「避妊はちゃんとしなくちゃダメだよ?」


 響の顔が真っ赤に変わる。


「そんなことには絶対なりませんから!」





   ***





「響くん、はい」


 夕食の片づけを終え、希海の部屋を出ようとしたとき、希海が声をかけてきた。

 その手には響のスクールカバンがあった。


「あ、すみません」


 置き忘れていたことに気づき、響は受け取る。


「明日もよろしくね、主夫さん」

「その主夫さんって呼び方止めましょうよ」

「え~、だって夫婦みたいでいいじゃない」

「僕は雇われているだけで、結婚したわけじゃありません」

「あはは。そうだね」


 響はドアを開け、玄関口から出て行く。


「おやすみ、響くん」

「おやすみなさい、希海さん」


 ドアが閉まり切る、その間際。



「忘れたりしないよ……」



 それは聞こえるか聞こえないかの呟く声だった。




「あの子のこと、よろしくね」




 その願い(ことば)は決して響の耳に届くことはなかった。




読んでいただきありがとうございます。


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