24話 しよっ✕✕
よろしくお願いします。
「響く~ん。お~い、響くんったら~」
「え? はい、なんですか?」
呼ばれて、響は返事をした。
「なんですかじゃないよぉ。さっきから話しかけてるのに~」
と、希海が呆れ顔で言葉を返す。
「はは……。ちょっとぼーっとしてました」
苦笑いで誤魔化す響。
放課後の校舎裏での出来事が頭から離れず、響は希海の呼ぶ声に気づいていなかった。
「せっかくこんな美人なお姉さんと一緒なのになぁ」
希海のアパート、そのリビング。
二人はテーブルを挟んで向き合い、響が用意した夕食の時間を過ごしていた。
「学校から帰って来てから、なんか変だよ? 買い物のときだって上の空だったし、体調でも悪い?」
希海が心配そうに響の様子をうかがってくる。
希海は栗色のセミロングの髪を後ろで束ね、身体の線にフィットしたシャツにジーンズの短パンとラフな格好だ。
白いうなじが見えてたり、シャツの胸元から谷間のラインが覗いてたり、艶めかしい太腿があらわになってたりと、男子高校生にはかなり無防備とも言える。
一方、響は学生らしく、制服姿のままだった。
「そうですね。最近、希海さんに振り回されっぱなしだったから疲れてるのかもしれませんね」
響がいたずらっぽく言う。
それを聞いて、希海が頬をぷくっとを膨らます。
「え~、私ってそんなに響くんを振り回してたかな~」
「自覚なしですか……」
「……もしかして私って迷惑?」
上目つかいで訊ねてくる。まるで反省中の仔犬のようだ。
お世辞でなく、かなり可愛い。
そんな希海の仕草を見て、響はクスリと笑ってしまう。
「冗談ですよ」
「もお。響くんのイジワルっ! 年上をからかう響くんはこうだ! えいっ、えいっ!」
と、響の頭をぐしゃぐしゃ攻撃。
「ちょ、やめてください、希海さんっ」
「えいっ、えいっ、えいっ」
希海の攻撃は止まらない。
髪がくしゃくしゃになる響。
それに目の行き場にも困ってしまう。
テーブルで前屈みになる希海。そのせいで見事な双丘が重力に従い、シャツの胸元が伸びて谷間のラインがより強調されていた。
目を逸らし、手を振りほどこうとするが、希海は諦めてくれない。
「希海さん、僕が悪かったですから、もうやめてください」
希海の手がとまる。響の頭をつかんだままだ。
「なんかこういうのいいね」
「……こういうのってなんですか?」
にんまりと笑う希海。
「誰かと一緒にごはんを食べることだよ。響くんもそう思わない?」
「……どうでしょう」
「素直じゃなぁい。一人で食べるより、ぜったい楽しいって」
希海はもう一度だけ響の頭をぐしゃぐしゃすると、気が済んだのかイスにもたれた。
イスの上で足の裏を合わせ、行儀悪く足を開いて座る希海。
片手には缶ビール。
ぷしゅっと開けて、ぐいっと口に運ぶ。
ごくごく。
ぷはっ。
テーブルにはビールの空き缶が並んでいる。
本日3本目である。
「……酒やめる宣言はどこにいったんですか」
響が乱れた髪を手で直しながら言った。
「これはお酒じゃないよ。ビール」
「どっちもアルコール入ってるじゃないですか」
「かたいこと言わないの。だって、一日の疲れを癒すにはこれが一番なんだもん」
「疲れって……。希海さん、学生ですよね」
「もちろん現役の女子大生だよ」
「この前、酔いつぶれて大変な目に遭ったのを忘れたんですか?」
「だ~いじょうぶっ。もし私が酔いつぶれても、響くんがちゃんと介抱してくれるもん。ねえ、私の主夫さん」
「それ、職権乱用ですよ? そこは自己責任でお願いします」
「その代わり、ちょっとくらいなら酔いつぶれてる私にえっちなことしてもいいから。ほら役得でしょ?」
「はあ……」
ため息が出る。これ以上言っても馬の耳に念仏なので、響は言うのを止めた。
「……」
「……」
会話が止まり、静けさが戻る。
響は箸をテーブルに置き、神妙な面持ちで希海を見た。
希海と目があう。
「……あの希海さん、一つ質問していいですか?」
「なぁに改まって。もしかして私のスリーサイズ知りたいとか? なら上から……」
「違います」
「直接見たいってこと?」
「だから違います」
「響くんは私の裸に興味ないんだ……」
「そうじゃなくて、僕が聞きたいのは……」
響はどう話を切り出そうか、言葉を考えた。
そして、
「……結婚についてなんですが……」
「ええっ! け、結婚ンっ⁉」
希海が大袈裟なほど驚きを表す。
「響くん、私と結婚したいの⁉ それってプロポーズ⁉」
ぱあっと顔を輝かせ、鼻息を荒くしながら、前に身を乗り出す。
その気迫に、後ろに引いてしまう響。
「どうしたらそうなるんですか⁉」
「やぁん。響くんたらそんなに私と一緒になりたかったの~!」
「あの~希海さん。僕の話聞いてます?」
と言っても、希海は妄想に入っているのか、耳に届いていない。
「そっかそっか。なんだかんだ言いながら、やっぱり響くんは私といたいんだね」
希海がキリっと顔になる。
「いいよ。しよっ結婚」
響の手を両手でがしっと握り締め、
「私、響くんのこと幸せにするね」
茫然とする響。希海のペースに完全についていけない。
「希海さんに相談しようとした僕が間違いでした。忘れてください」
手を振りほどき、箸を手にする響。
「あはは、ごめんごめん。さっき響くんにからかわれたからつい……」
けらけら笑い。
「で、結婚について何を聞きたいの?」
仕切り直して希海が訊ねてくる。
響は気持ちを切り替えて訊ねることにした。
「結婚ってよく知らない相手でもできるものなんですか?」
希海が目をぱちくりさせる。
「どういう心境の変化? 響くんがそんなこと聞いてくるなんて」
「そうですか?」
「なになに、もしかして好きな子でもできた?」
「どうしたらそうなるんですか。知り合いの話です」
「へぇ~、知り合いね~」
と、疑いの眼差しを向ける希海。
響の性格を考えたら、希海が不審を抱くのも当然だ。
言いわけとしてはかなり苦しかったが、希海は気にする素振りを見せず、あっけらかんと答えた。
「まあ人によるんじゃない」
「なんか他人事ですね」
「実際、他人事だしね」
意外と言えば意外、らしいと言えばらしい、そんな回答だった。
「人が持つ好意のベクトルは人それぞれだよ。それこそ他人が口を挟む必要はないんじゃないかな?」
「それはそうですけど……」
「それに、恋に理性や常識なんて通用しないものだよ。出会った瞬間、びびっときちゃったら、それがもう運命なんだって諦めるしかないよ」
「……ちょっと僕には理解できませんね」
響の口から思わず本音が出てしまう。
響は行動より思考が先に働いてしまう。
感情より理性を無意識に優先してしまう。
だからこそ、響にとって運命という概念は、なおさら理解できないものだった。
「そっか……」
希海がしんみりと呟く。
「響くんはまだ知らないんだね」
「何をですか?」
希海が優しく微笑む。
「本当の恋」
「……」
実のところ、響は今まで誰かを好きになった経験がない。
覚えている限り、一度もだ。
特別な感情が芽生えたりすることもなければ、その機会もなかった。
だから、希海の言葉はどこか遠く絵空事のように聞こえ、実感がまったく湧いてこなかった。
そんな響の表情を読み取ってか、希海がにやりと笑う。
「ねえ、響くん。私もね、実は一度だけそんな経験があるんだぁ」
「えっ?」
希海の突然の告白に、響が反応する。
「私の初恋だったんだけどねぇ」
「ええっ?」
「しかもね、プロポーズまでされたんだよぉ」
「えええっ?」
「もちろんオッケーしちゃったぁ」
「ええええぇぇぇぇぇぇーーっ⁉」
驚く響。
その反応を見て、希海が笑いを堪えながら、
「……一〇年以上も前の話だけどねっ」
「――へ?」
ぽかんとする響。
にんまり顔の希海。
してやったりと言った表情だ。
希海がぷっと吹き出す。
「あはははっ。響くん動揺しすぎ。そんなに私が誰かと結婚するのがショックだった?」
「なっ⁉」
響の顔がぼんっと赤くなった。
「ホント、響くんはかわいいなぁ」
「ぼ、僕をからかったんですか⁉」
腹を抱えて、けらけらと笑う希海。
「心配しなくても大丈夫。子供のころの話だし、相手の男の子の顔や名前だってもう忘れちゃったから」
「し、心配なんかしてません」
「うんうん、そーいうことにしておくね」
と、希海は満足気にビールを口に運んだ。
からかわれた響はご機嫌ななめな様子だ。
ぐびぐび。
ごくん。
ぷはっ。
中身が空になる。
響が目を合わせてくれない。
希海は甘えた声で話しかけた。
「ねえ響く~ん」
「……なんですか」
「そんなに怒んないでよ~」
「怒ってません」
「本当に怒ってない?」
「本当に怒ってません」
と言いながらも、響は目を合わせようとしない。
懲りずに希海は甘えた声で話しかけた。
「ねえねえ、響く~ん」
「だから、なんですか?」
「デートしよっか」
読んでいただきありがとうございます。
お気づきの方がいるかもしれませんが、今回、某アニメのある場面をオマージュしてます。