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2話 ✕✕さわっちゃったかな

よろしくお願いします。



「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいのですが、あなたとはお付き合いできません」


 九重祈鈴ここのえいのりは深々と頭を下げ、細い糸のような声で言った。


 放課後。校舎裏――。

 夕焼けに染まる大樹の下の、定番な告白スポット。

 この場所でこれまで多くの生徒たちの恋が実り、または散っていった。

 成功の割合は時期よってばらばら。夏休み前、学園祭の後、とくに十二月のような恋人たちのイベント季節になればその成功率は著しく高くなる。


 春うららかな四月中旬。

 例年ならこの時期の成功率は半々くらいだろう。

 しかし何故か今月に入って異常な数値を示していた。

 圧倒的な失敗率、大量発生した敗者たち。

 原因は彼女、九重祈鈴だ。


 この学園に入学して半月も経たないうちに、彼女は失恋の発生率を更新してしまった。

 もっともそんな記録、誰も知りはしない。この学園が創立して以来、ずっと同じ場所で生徒たちを見守ってきた大樹だけが知る楽しみだ。


 今回の告白も失敗に終わる。彼女に最初から脈などなかった。断るのを前提に来ていたであろう彼女は、相手を待っているときからすでに表情は上の空だった。


 ――はあ。


 祈鈴いのりは辟易していた。

 これで何回目だろう。呼び出されるたびに告白を断ってきた。入学してからほぼ毎日。多いときは一日に三回も呼び出されたことさえある。


 ――私のどこがいいんだろう。


 それは悲観でなく、単純な疑問だった。

 見た目なんて個性の一つに過ぎないのに。どうして言い寄ってくるのか。


 祈鈴の存在が生徒たちに知れ渡ったのは入学式のときだ。

 国内でも屈指の名門校、私立星ヶ丘(ほしがおか)学園に首席で合格し、新入生代表を務めた彼女は、新入生の前で壇上に立った。

 祈鈴が姿を見せた瞬間、どよめきが起きた。

 多くの視線が集まり、祈鈴はとても恥ずかしい思いをした。

 スピーチの最中、緊張で手の震えが止まらなかった。顔が赤くなっていないか終始ヒヤヒヤもしていた。

 あんな思い二度としたくない、そう心から叫びたくなるほどの苦い体験だった。


 祈鈴は自分の容姿が他人より優れていることを自覚している。

 自惚れでなく、客観的な事実としてとらえている。

 人の身長がそれぞれ違うように、人の性格がそれぞれ異なるように、容姿も人を区別するただの記号程度にしか考えていない。


 容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備。

 美が人の目を引き寄せるのは仕方ないことだ。それも一つの人間の欲求なのだから。

 過去歴史、いつだって人は美しいものに憧れ、惹かれ、求め続けてきた。絵画、彫刻、工芸、版画、建築、文学、音楽、そして人間もしかり。


 祈鈴は類まれな美貌を持って生まれてしまったが故に、いつどこでも人々の注目を集めるようになった。

 もちろん、これが恵まれた者の我がままだと分かっている。

 けれど、祈鈴にだって彼女にしか分からない悩みがある。

 一体、それを誰がどれほど理解してくれているのだろう。

 好奇、羨望、性欲の眼差しで見られ続けてきた彼女は、次第に自分の容姿にコンプレックスを持つようになった。

 誰でもいい。九重祈鈴わたしを見てくれる人はいないのだろうか、と。

 だから――


「あなたのことを何も知らないのにお付き合いすることはできません」


 いつしか定着した言葉せりふで断りを告げた。

 あとは相手がこのまま引き下がるか、諦めずに押してくるかだ。

 何度も同じ場面を繰り返してきた。それぞれ対応は心得ている。

 どう言われようとも、祈鈴が冷静さを欠くことはない。

 ……そう、思っていた。

 しかし、目の前にいる男は違った。

 祈鈴がまったく想定していなかった答えを口にした。



「――うん。僕もそう思うよ。君の意見には賛成だね」



 ――――は?


 今までにない切り返しだった。


「ただね、何も知らなくても、せめて僕の話は聞いて欲しかったかなぁ」


 男は何やら愚痴を始めた。


「今さらこんなこと言い出して申し訳ないんだけど、でもこれは君にも責任があることだし、僕だけ責められるのもこの場合どうかと思うからね……」

「…………」


 意味が分からない。

 告白相手に説教されてしまった。

 祈鈴は内心穏やかじゃなかった。


 そもそも彼はどうして上から目線で言ってくるのだろう。

 いや、ネクタイが赤いので二年生だから年上なんだけれど、それにしてはあまりにも上から過ぎる。

 しかも非常識だった。

 手紙で呼び出しておきながら、約束の時間より10分も遅れてやってきたのに謝罪の一つもなかった。こちらが用件を手短に終わらせようとして責められる筋合いはない。


 少しばかり不愉快になった。


「気にさわっちゃったかな」


 すると、男は付け足すように言った。

 どうやら無意識に顔に出てしまったらしい。

 気遣ったのだろうが、それこそ今さらだ。

 彼への印象は悪いほうへと傾いている。

 言葉使いは丁寧なのに、こうもあけすけに言われて、気分を害さないとでも思っているのだろうか。


 見た目は……悪くない。顔立ちは整っている。あまり印象に残りそうにないが。

 髪型も制服の着こなしもきっちりしている。おそらく彼の性格だろう。背筋もピンとしていて、背丈は祈鈴よりも頭半分高い。気になるのは男のわりに細すぎるくらいか。

 良く言えば真面目なタイプ、逆に言えば理屈っぽくも見える。


 ――私を断られた言い訳にするなんて、最低な人だわ。


「気をつけます」


 祈鈴は不満そうに言った。

 同調したのは注意された点に思う節があったからだ。


 男が言うように、祈鈴はしっかりしているように見えて早とちりすることが多い。自分に真っ直ぐすぎて、他人を見落としがちになる。こればかりはどうしようもない。そう育てられてしまったからだ。この男以上に堅物であろう父親に。

 だが、自分の非を認めることに躊躇ためらいはない。

 間違っていれば正す、それは他人だけでなく自分も同じ。そこに甘さはない。

 けれど、頭で理解していても感情が追い越してしまう場合もある。


「用件はもうよろしいでしょうか?」


 腹立たしくなった。

 祈鈴は真面目な性格が災いして、これまですべての呼び出しに真摯に応じてきた。相手の気持ちに自分の口で返事を伝えるのが最低限の誠意だと考えていたからだ。

 しかし今回ばかりは例外だった。

 貴重な時間がこの無神経な男に無駄にさせられた。

 祈鈴だって好んで放課後に残っているわけではない。学力を維持するために日々の勉強を疎かにしたくない。これ以上の会話は無意味だろう。


 祈鈴はぺこりと軽く会釈をして立ち去ろうとする。


「あ。ちょっと待って」


 男が呼び止めた。この期に及んでまだ何かあるのだろうか。


「君の待ち人が来たようだよ」

「……え?」


 男が指差す方向。校舎の角からこちらに急いで駆け寄ってくる別の男の姿があった。


「今度はちゃんと彼の話を聞いてから、どうするか決めてもいいんじゃないかな。応じるにしろ、応じないにしろ」


 祈鈴は顔をしかめた。


「その手紙、差出人は()()()()()よ。言い出そうとしたんだけど、なかなか言い出せなくてごめんね」


 その言葉に祈鈴の頭は真っ白になる。


「でも考えてみて。()()()()()()()()()女の子から突然“ごめんなさい”って言われたんだ。驚いちゃうのも無理ないでしょ? だから、まあここはお互い様ってことでいいよね?」

「え? あ? え?」


 言葉にならなかった。

 勘違いならぬ、人違い。

 すべてを理解したとき、

 祈鈴の顔はゆでダコのように真っ赤になっていた。




読んでいただきありがとうございます。



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