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19話 なんだよ、✕✕にでもなったのか?

よろしくお願いします。



 週明け。朝のホームルーム前。

 二年A組の教室は今日も生徒たちの声で賑やかだ。


 ひびきは机にカバンを置き、席に着くと、携帯電話を取り出した。

 画面にLINEの新しいメッセージは届いていない。

 昨日は希海のぞみとのデートやら主夫の初仕事やらで気にかける暇がなかったが、昨日の朝から祈鈴いのりからLINEは届いていなかった。

 綾瀬あやせの話から察するに、祈鈴もバイトの件は知っているはずだ。祈鈴が口添えしてくれたおかげで、事態は大事にならなかったのだ。

 響はどうしたものかと頭を悩ませる。


 ――考えたら祈鈴さんから連絡はしづらいよなぁ。責任感じてるかもしれないし、心配させちゃってるよなぁ。……一言、お礼を言っておくべきか。……いや待てよ、それはそれで逆に祈鈴さんに余計な気を使わせちゃうかもなぁ。う~ん。


「よう、響。朝からなに悩み疲れた顔してんだ? 辛気臭ぇぞ」


 クラスメイトの御手洗健みたらいたけるだった。

 今朝もニヤついた軽薄な笑みを浮かべている。


「おまえのことだ。どうせ週末はバイト三昧だったんだろ」

「……バイトは辞めたよ」

「辞めたぁ? バイト中毒のおまえがか?」

「いろいろあったんだよ」

「なんだなんだ、ワケありな顔しやがって。バイトでヘマでもしたのか? それともイヤガラセされたのか? パワハラか? まさかセクハラなのか?」

「どうして辞めた理由が後ろむきなものばかりしか出てこないんだい? 別にバイトが嫌になって辞めたんじゃないから」

「じゃあ、どうしてだよ」

「それこそ、いろいろあったんだよ……」


 理由を話さない響の素振りを見て何かを悟った健は、ニヤニヤしながら空いた隣の席に座った。


「ま、人畜無害が取り柄のおまえだもんな。何があったかは知らないが、これ以上の詮索はしないでおくさ」

「そうしてくれると助かるよ」

「当たり前だろ、俺たち親友じゃないかっ。あっはっはっ」


 響の肩をポンポン叩きながら笑う健だった。


「でもさ、おまえ、親からの仕送り断ってんだろ? 生活費どうすんだよ。他にいいバイトでも見つかったのか?」

「見つかりそうって言うか、見つかったって言うか、これからおいおい探すって言うか」

「なんだよ、煮え切らない言い方だな。じゃあ、次のバイトはまだ見つかってないってことだよな?」

「……そういうコトになるのかなぁ」


 さすがに隣人のきれいなお姉さんの主夫になって働いてるなんて、口が裂けても健には言えない響だった。

 響の返事を聞いて健がにんまりと悪巧みな笑みを浮かべる。

 健がちらっと教室にいる女子生徒に視線を向ける。

 黒縁メガネに黒髪ツインテール、小柄な体躯に生真面目そうな丸い童顔。どこか委員長気質が感じられる、実際にクラス委員長の藤森茜ふじもりあかねだった。

 茜は二人の様子を覗っていたようで、健の視線に気づくと肩をビクッとさせて慌てて視線を逸らそうとしたが、健が手招きしたため、渋々顔でやってきた。


「な、なによ健。私になにか用なの? 私、忙しいんだけど」

「そういう前置きいらないから。おまえが()()()こっち見てたの知ってるし」

「な、な、なに言ってんのよバカタケル! どうして私があんたのこと見てなくちゃいけないわけ⁉」

「あ、そっか。正確には()()()()俺たちを見てたって言えばいいのか。ん?」


 茜の顔が一瞬にして熟したリンゴのように真っ赤に変わる。


「にゃ、にゃ、にゃにを言いだしゅのよっ! そ、そ、そんなんじゃないしっ!」


 ムキになって健をぽかぽか叩く茜。二人のやり取りを微笑ましく眺める響。


「やっぱり二人は仲がいいね。見てて飽きないよ」


 茜の叩く手が止まり、健も苦笑い。


「ほらな。だから茜が心配することねえよ。こいつ、思った以上に()()だからな。この程度じゃ勘違いさえしないぜ」

「……それはそれですごく複雑な気分なんだけど……」


 両手の指を交差させながら、茜が響のほうをちらっと向く。


「お、おはよう。音倉おとくらくん」

「おはよう、藤森さん」


 響がにこり顔で挨拶を返すと、茜は慌てて顔を逸らした。


「(おはよう、藤森さんって言ってくれた。今日は朝からツイてる私っ!)」


 なにやら小声で呟いている様子だ。

 コホン、と咳払いして茜が調子を元に戻す。


「と、ところで健。なんの用なの」

「そうそう、実は響のことでおまえに相談しようって思ってな?」

「音倉くんのことで、私に相談?」


 再びちらっと響を見る。茜には響が悩みを抱えている様子には見えなかった。


「こいつ、バイト辞めたらしいんだわ」

「え⁉ 音倉くん、バイト辞めちゃったの⁉」

「あ、うん。まあね」


 何故か予想以上に驚かれてしまい、響は反応に困ってしまう。


「その……、私がこんなこと聞くのも余計なお世話かもしれないけど、……大丈夫?」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 響の生活事情を知っている茜も、心配顔を浮かべていた。


「でも、次のバイト見つかってないんだろ? それまでどうすんのさ」


 健が問い質すと、響は返答に困った様子で答えた。


「そこはなんとか考えるよ」


 健と茜が心配してくれているのは分かるが、それでも響の新しいバイト先を教えるにはいささか抵抗があった。主夫の聞こえはいいかもしれないが、見方を変えればヒモ同然に思われても仕方ないからだ。

 そんななか、茜が何か言いたげにそわそわしていた。

 言い出せない茜の態度を見て、健が残念そうにため息をつくと、仕方なく背中を押すことにした。


「なあ茜。おまえんち、喫茶店やってんだよな」

「え? 今さらなに言ってんの。よく無銭飲食しに来てたじゃない」

「小さいんときの話だろ。人聞きの悪いこと言うな。って今はそういう話をしたいんじゃなくてさ」

「じゃ、じゃあ、なんなのよ」

「……はあ」


 それでも言い出せない茜にやきもきした健は、面倒くさくなって響に直接言った。


「響、茜んとこでバイトしろよ」

「――え? 藤森さんのとこで?」

「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ」

「なんだよ、ネコにでもなったのか? にゃあにゃあうるせえぞ」

「にゃに勝手に決めてんのよっ!」


 茜が肩をわなわなさせ、顔を真っ赤にして言った。


「そうだよ健。藤森さんの事情も考えないでさ」

「いや、おまえにまでそれ言われちゃうとなぁ。俺の立場ってなにってなっちゃうんだけど」


 健は裏切られた友人よろしくな表情で肩をすくめた。


「前に茜がぜんぜん店を手伝ってくれないっておじさん嘆いてたぞ」

「なっ、そ、そんなことないもん。週末は手伝ってるもん。……ちょっとだけど」

「もう一人くらい人手が欲しいって言ってたから、響でちょうど良くね? 響なら茜も知っての通りだし、それにこいつ意外と家事できるみたいだし、何より金のためなら必死で働くやつだぞ?」

「……なんか多少悪意を感じる物言いだけど、そこはスルーしておくよ」


 茜が響をチラッと見る。見つめる。

 顔は赤くなったままだ。


「……お、音倉くんさえ良ければ、お父さんに話してみるけど……?」

「えっと……」


 響は言葉を濁らせた。

 バイトを紹介してくれるのは、今の響にとってこの上なくありがたい話だ。しかし、バイトを決めたら、希海との関係を続ける理由がなくなってしまう。いや、そもそもそれは響がもとから望んでいたことでは? 希海との関係に執着があるわけでもない。なのにどうしてすぐに返事を出せないのか。響はその本心こたえを分からずにいた。


 ――これで契約完了だね。よろしくね、私の主夫さん。


 二人で交わした指切りを思い起こす。


 ――いってらっしゃい。


 響の胸にあのとき包まれた感情ぬくもりがよみがえった。


「……買い物一緒に行くって約束しちゃったもんなぁ」


 響は小さな声で独り言のように呟いた。


「え? 買い物がどうかしたの」


 訊ねる茜に、響はフッと笑みをこぼす。


「ううん、こっちの話。藤森さん、ありがとう。せっかくの話だけど、実はちょっとアテがあって、なんとかなりそうなんだ。だから、大丈夫だよ」


 響が当たり障りなくやんわり断ると、茜はしゅんと落胆する表情を見せた。


「……そ、そうなんだ」


 健はそんな二人のやり取りを見て、呆れ気味にため息をついた。


「こりゃ、先は長そうだな。残念だったな、茜。まあ落ち込むなって」

「お、落ち込んでなんかないし、なに言ってんのバカタケル!」

「あのな。バカバカって言うけど、俺は響と違って空気読めないほどバカじゃないぞ」

「無神経なトコよ!」

「あ~、なら納得だわ。あっはっはっ」


 と豪快に笑い出す健。そんな健の態度にぷんすか腹を立てる茜だった。

 そんなとき、ふと教室の外が妙に騒がしいことに健が気づいた。


「なんか廊下が騒がしくね?」


 健が教室の外の廊下を向く。響と茜もつられて同じほうを向いた。


「お、おいっ、音倉!」


 廊下からクラスメイトの男子が急ぎ足で駆け寄ってきた。


「お、お、お、おまえに用があるって子が来てるぞっ!」

「僕に?」

「そ、そ、そうだって!」


 鼻息を荒くし、口調も早い。かなり興奮している様子だ。


「早く行けって! 待ってるぞ!」

「あ、うん。わかったよ」


 強引に腕を引っ張られ、「?」と立ち上がる響。

 健と茜も「「?」」と顔を見合わせている。

 そんなクラスメイトの興奮状態を見て不思議に思いながらも、響は廊下に向かった。

 気のせいか、クラス中の生徒が響を注目視しているようにも見える。


 ――誰だろ?


 しかし、響の疑問は教室を出てすぐに吹き飛んだ。



「――え?」



 響は思わず目を丸くして驚いた。


「おはようございます、響先輩」


 そこに立っていたのは見間違えるはずもなく学園のアイドル、九重祈鈴ここのえいのり本人だった。




読んでいただきありがとうございます。


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