15話 たまに✕✕するよ?
よろしくお願いします。
デート編その②です。
30分後――。
「こ、ここに入るつもりですか?」
「せっかくの響くんとのデートだもん。いつまでも響くんに服借りたままじゃいられないしね」
響と希海を乗せたタクシーが次に到着した場所は、市街地の駅前表通りの一等地にある、高級ブティックの店だった。
ビルの一階と二階を占めるそのフルラインストアは、二階まで突き抜ける全面ガラス張りのショーウインドウで見る者を圧倒し、惹きつけている。入口から覗き見える店内は上品で、とてもオシャレな雰囲気だった。
響は普段着のラフな格好だ。場違いすぎて、とても入る気にはなれなかった。
「なにしてるの、響くん。行こっ」
「ちょ、希海さんっ」
希海はウキウキしながら店内へと入っていく。デートの主導権を握られ、他に選択肢のない響は、仕方なく希海の後についてくことにした。
「いらっしゃいませ」
スーツ姿の若い女性店員が出迎えた。
「本日はご来店ありがとうございます。ご用があればいつでもお申し付けください。お手伝いさせていただきます」
「なら、これからデートなんで、私に合いそうなの、何着か見繕ってもらえませんか?」
と、希海が軽いノリで店員に頼んだ。
「お客様に合いそうな、ですか?」
店員が希海の全身を見る。まるで客の基準を図る様な目だ。
「失礼ですが、ご予算はどのくらいで考えておられますか?」
「さっきタクシー代で使っちゃって現金はそんなに持ち合わせてないけど、カードがあるからあんまり考えてないかなぁ」
「左様でございますか……」
店員の反応はやや困り気味だ。
「お客様、当店は海外の専属デザイナーによる商品のみを取り揃えております。そのため、一着からでもそれ相応のお値段で付けさせていただいております。今、お客様が着られている服を拝見した限り、お客様のご予算内でお気に召す商品を探すのは難しいかと思われますが……」
響は店員の客を見下すような物言いに多少なりとも不快感を覚えたが、それでも自分たちが場違いなのは理解していた。希海がどうしてこんな高級な店を選んだのか知る由もないが、服を買うだけならこの通りに店はいくらでもある。
「希海さん、他の店にしませんか?」
「え~っ、この店の服、けっこう気に入ってるのになぁ。ここでしか手に入らないブランド服だってあるんだよ」
まるで何度か利用したことのある言い様に、店員がピクリと反応を示す。
「お客様、当店をご利用されたことがおありなのですか?」
「私? たまに利用するよ?」
「「――は?」」
響と店員の声が重なった。
「あなた、初めて見る顔だから新人さんだよね?」
「はい……。今期、入社ですが……」
「じゃあ、美和子さんいたら呼んでもらえる?」
「美和子って、……えっ? も、もしかして神崎オーナーのことですか?」
店員はぎょっとした顔で聞き返す。
「うん」
「お、お客様は神崎オーナーとお知り合いですか?」
「知り合いと言えば知り合いになるのかな……。あ、希海って言えば分かると思うよ」
「しょ、少々お待ち下さいっ」
慌てた様子でその場を離れ、奥のカウンターに立つ店員に声をかけた。相手は30代後半くらいの女性だ。こちらを見ると顔色が変わり、若い店員に何かを告げた。
「ええええええええええええええええええっ!」
と、若い店員の驚き声が店内に響く。
二人が血相を変えて急いでこちらにやってきた。
「の、希海様、いらっしゃってたのですね。ご来店ありがとうございます」
「咲子さんじゃん。こんにちは」
「この度は、うちの従業員が希海様とは知らず、大変失礼な態度を取りまして、誠に申し訳ございませんでした」
咲子と呼ばれる店員が深々と頭を下げる。隣に立つ若い店員も続けて頭を下げた。
「も、申し訳ございませんでしたっ!」
態度が急変し、平謝り状態。もう頭が床につく勢いだ。
響は事態がまったく飲み込めず、その光景を茫然と眺めていた。
「……あの、希海さん、これは一体?」
「ここのオーナーとはちょっと顔見知りでね」
「とてもちょっとのようには見えませんが。……先ほどのレイカさんと言い、この店のオーナーと言い、希海さんって本当にただの大学生なんですよね?」
「私はこう見えてすごく顔が広いんだよ」
希海はドヤ顔で答えた。上手くはぐらかされた気もする。
「ねえ、そろそろ顔上げてくれないかな? 私は別に失礼だなんて思ってないから」
希海に言われて、二人の店員は恐る恐る顔を上げた。
「それよりも美和子さんはいないの? 挨拶しようかと思ったんだけど」
「申し訳ございません。神崎は只今、外出しております」
咲子が答えた。若い店員は未だ恐縮してしまっている。
「そっか。美和子さんとはなかなか会う機会ないもんなぁ」
「よろしければ連絡して呼び戻しますが?」
希海が首を横に振る。
「いいよ、美和子さんだって忙しいはずだもん」
「そう言っていただけると助かります」
「ところで、デートに着ていく服が欲しいなぁって思って寄ったんだけど、私に合いそうなの、何着か見繕ってくれないかな?」
「それでしたら、ちょうど最新の春モデルが入荷したばかりですので、そちらをお持ちしましょうか?」
「最新の春モデルか……」
「もっとも、希海様なら何を着ても似合いますが……」
「あはは。咲子さんは相変わらずお世辞がうまいね。ねえ、響くんはどう思う?」
「僕に訊くんですか?」
「響くんとのデートだから響くんに気に入ってもらわなきゃ着る意味ないよ」
「……デート?」
咲子が響のほうに目を向けた。
「もしかして、そちらのお連れのお客様が希海様のデートのお相手でしょうか?」
「へへ~。実はそうなんだよね」
デレ顔で答える希海を見て、咲子は何か思いついたかのように両手でぱちんと合わせ叩いた。
「それならば、お連れのお客様に選んでいただくのはいかがでしょうか?」
「おおっ。それはいいアイデアだね」
希海が咲子にサムズアップする。
「だから、僕に服選びを求められても困るんですが」
さらにハードルをあげられ、戸惑う響。
「響くんが選んでくれるだけで私は嬉しいからいいのっ」
不意打ちにそんな照れるようなことを言われ、響は思わず赤面してしまった。
隣で咲子が微笑ましく見ている。響は恥ずかしくなった。
「わ、わかりました。協力しますから、行きましょう」
「まずはこっちから見て行こっ!」
「わ、希海さんっ!」
希海は響の手を握り、歩き出す。二人は一緒に店内を見て回ることになった。
これでは傍から見たらまるで恋人同士みたいじゃないか、と響は心の内で呟いた。
服選びは、正直のところ難航した。
そもそも異性と出かけた経験のない響だ。自分の服を買うときでさえ、安ければ何でもいいくらいの考えなのに、初デートで相手の服を選ぶとなるとかなり難易度の高いミッションだった。
それでも真面目な性格の響は、希海の期待に応えるべく服選びに必死になった。
けれど――。
「ねえ、響くん。これ、どうかな?」
「いいと思います」
「ねえねえ、これは。ちょっと派手かな?」
「いいと思います」
「思い切ってこんなのとかはどう?」
「いいと思います」
「さすがにこれはちょっと幼すぎるかな」
「いいと思います」
「……これはどう? 響くん」
「いいと思います」
「これ、メンズだよ?」
「――え?」
希海が頬を膨らます。
「響くん、探す気ある?」
「ええっ? これでも一生懸命探してるつもりなんですけど⁉」
「だって、響くん、全然選んでくれないし、私がどう?って聞いてもみんな同じ答えだし……」
どうやらご機嫌斜めの様子だ。響はどうしたものかと考える。そのとき、ふと響の目にマネキンに飾られた服が止まった。
淡いラベンダー色のブラウスに白のフレアスカート。シンプルなデザインだが、とても女性らしい色合いだ。そのシンプルさがむしろ清純な雰囲気を演出しているとも言える。黒系の小物も一緒に飾られ、品よく引き締まっていた。
「…………」
響は希海がそれを着ている姿を想像する。
――希海さんに似合いそうかも……。
「おや、響くんはこういった服がお好みなのかな?」
背後から希海が顔をにょきっと出してきた。
響の肩がびくっとする。
「響くんは派手なのより、こういった大人しめの清純派がいいんだね」
「そういうわけじゃないですけど、ただ似合いそうかなって思っただけです」
「うんうん。じゃあ、これ試着してみよっかな」
機嫌を戻したのか、希海が楽しそうに咲子を手招きして呼んだ。
「その前に値段を確かめてからのほうが……げっ!」
と、響は値段を見て驚愕する。目が飛び出そうになった。
ブラウス一着だけでかなりの金額だった。マネキンが着ている服すべて合わせたら、おそらく響の月のバイト代を軽く超えるだろう。
「やっぱり他のを探します」
「響くんが私に似合うって思って選んでくれた服なんだから、これでいいよ」
「でも、値段が……」
希海が値札をちらっと見る。けらけらと笑った。
「これくらいならへーきだって。響くんは心配性だなぁ」
咲子に服を一式用意してもらうと、希海はフィッティングルームに入っていった。
――希海さんって、何者?
今日一日だけで希海のいろんな一面を知り、ただただ唖然茫然するばかりの響だった。
しばらくして希海がフィッティングルームから戻ってきた。その姿を見た響は、希海のあまりの美しさに見惚れてしまった。
服のおかげもあるかもしれないが、中身は絶世の美少女だ。抜群なボディラインが印象づけされ、希海の美貌はより一層際立って響の目に映っていた。
「どうかな、響くん」
響はごくりと唾を飲んだ。
「……とても似合ってます」
「私が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだけどなぁ」
希海が不満そうにちょっぴり頬を膨らます。
最近、覚えのあるやりとりに響はデジャヴを感じてしまう。
「……とってもきれいです。見惚れてしまいました」
「お。その褒め言葉はお姉さん的に好印象だぞ」
希海が子供っぽい嬉し気な顔で微笑んだ。
さすがに今のは自分でも恥ずかしいこと言ったなと響は顔を赤らめる。
「そうだ。今度は私が響くんの服選んであげる」
「えっ?」
「デートに付き合ってくれてるんだから、お礼に響くんに服買ってあげるよ」
「僕はいいですよっ」
「遠慮しないの。今日はこの頼れるお姉さんに任せなさいって言ったでしょ」
「で、でも……」
「ほら、これなんか響くんに似合いそうだよ~。春っぽくオシャレにストールなんか巻いてみる?」
「もう結構ですからっ!」
結局、トップスからボトムス、さらにはジャケットまで希海に買ってもらった響。しめてウン万円。これだけで食費一ヶ月分を賄えるのかと思うと、日頃バイトに勤しむ身としてはため息しか出てこない響だった。
読んでいただきありがとうございます。
次回、デート編その③(ランチ編)に続きます。