始まりは突然やってきて―春・仙台―⑤
「悪い!もう少しで抜けるから!あと1時間以内に駅行くわ!」
泰樹は(半ば強引に)戸田への電話を切ると「はぁ」と大きくため息をついた。
本当はサークルの花見を早々に切り上げる予定だったが、同じブルーシートにいた新が『ごめん、ちょいと野暮用ができちゃって』と早々に抜けたこともあって中々切り上げられずにいた。
俺が用事あるってあいつ知ってるはずなのに…なんで先抜けるんだ…てか野暮用ってなんだ…?
このままだと戸田を長い時間待たせてしまうと思い、泰樹はトイレに行くと半分嘘をついて公衆トイレの裏で電話を掛けていた。しぶしぶ了承はしてくれたが、さすがの戸田でも『なるべく早く来いよ』と言っていたので早く行かなければ。その前にどうやって抜け出そうか…。
泰樹はそう考えながら花見へ戻ろうとしたとき、
「うわっ!」
「きゃっ!」
トイレの入り口付近で誰かとぶつかってしまった。相手がよろけて倒れそうになったので思わず腕を掴む。
「すいません大丈夫で…って、あれ?新入生の子?」
「あっ…」
泰樹が掴んだのは女の子の腕で、しかも見たことのある顔だった。
この子は確か、集合した時に新や絵麻たちと一緒にいた子だ。相手も自分のことを覚えているらしく、泰樹の顔を見るなり大きく目を見開いた。泰樹は慌てて掴んだ腕を離す。
「ごめんごめんつい咄嗟に…」
「あっ…その…」
その子は大分戸惑っているようだった。
そりゃあ急に先輩から腕を掴まれたら戸惑うだろう。本当に申し訳ない…。
ふと、泰樹はその子の顔が赤くなっていることに気づいた。
「もしかして君、お酒飲んだ?」
「えっ、いや、その…」
「新入生は飲んだらだめよ?いい?」
泰樹は右手人差し指を左右に振った。飲まされた可能性もあると考えて、なるべく優しく声をかけた(つもりだ)。未成年飲酒はダメ。当たり前だが、そこはサークル内で徹底して厳守されていた。
「じゃ、俺は戻るね」
泰樹は再び花見に戻ろうとしたとき、
「あ、あのっ…!」
新入生の子に呼び止められる。
「ん?どうした?」
「えっと…いや、その…」
「ああ、もしかして俺の名前?」
さっきからもじもじしているのは名前を聞きたかったからなのか?と泰樹は思った。
「俺は佐藤泰樹。二年で一応副部長。周りからは泰樹って呼ばれることが多いかなぁ。えっと、お名前は?」
「えっと…その…」
泰樹はその子が話し出すのをじっと待っていた。が…
「その…、そんなに見られたら話せません…あとお酒飲んでません…」
泰樹はその子の顔をついまじまじと見てしまっていた。こうして見ると案外かわいい顔立ちだなと泰樹は思った。
「ああ、ごめんごめん」
泰樹は両手を前で合わせて謝った。お酒のことはともかく、じっと見ていたことを気持ち悪がられていないだろうか。女の子から悪い印象を持たれたら、いくら彼女持ちでもさすがに凹む。
「私、あおいっていいます」
「おお、あおいちゃんね!名前は『あおい』のに顔は赤いね」
「……」
あおいが下を向いてしまう。
冗談を言ったつもりだったが…キャラに似合わないことはすべきではない。やらかしてしまったか…
「えっと、その、さっきの冗談!ごめ…」
「あのっ!!泰樹先輩!!」
泰樹が謝ろうとしたとき、あおいが突然意を決したかのように顔を上げると泰樹に詰め寄ってきた。泰樹はびっくりして少し身構える。
「ど、どうした!?」
「私…」
あおいがひと呼吸置く…1秒…いやそれよりもっと短いかもしれないが、感覚的には5分くらいたっているかのような感覚に泰樹は陥った。
時間が、空気の流れが、止まる。
「泰樹先輩に一目惚れしましたっ!!」