始まりは突然やってきて―春・仙台―③
「あおいが言ってた先輩ってどれ?」
「えーと…まだ来てないのかなぁ」
あおいは集合している人混みを必死に探したが、『あの人』は見当たらなかった。
あおいは大学の友人である高橋かえでと隣の大学のキャンパスに来ていた。今日はここの大学のフットサルサークルの新歓があるということで来てみたのだが…かなりの人数である。新入生だけでも30人はいそうである。
「本当にこのサークルなの?一目惚れした人…」
「しーっ!声大きいよ!」
あおいは急いでかえでの口を塞いだ。一目惚れした人を探しに来たって、合ってはいるのだが恥ずかしくて周りには知られたくない。
「もしかして新入生?」
突然、先輩と思われる女の人が話しかけてきた。めちゃくちゃかわいい…。あおいは思わず見惚れてしまった。
「ん?どうした?」
「えっ、はい!そうです!」
あおいは再度話しかけられて、やっと我に返った。
「おお!新入生!しかもかわいい!確保!」
そう言うと、その先輩らしき人が急にあおいの後ろに回り込み、後ろから抱き着いてきた。「ひゃっ!」
突然の出来事に、あおいは変な声を出してしまった。隣にいるかえでに助けを求めようと視線を送るが、かえでも状況を飲み込めていないらしくポカンとしていた。
「こら!新入生戸惑ってるだろ!」
声がした方を見ると、サークルのスウェットとパーカを着ている男の人が立っていた。あれ、この人確かあの時のビラ配りにもいたような…
「えーいいじゃんいいじゃん。もしかして新もしたいの?」
「あほか。絵麻と一緒にするな」
「えーひどいなー女の子にあほとか酷すぎますー」
この男の人は『新』で、女の人は『絵麻』というらしい。絵麻先輩はブーブー文句を言っていたが、あおいからは離れていた。新先輩の方が絵麻先輩よりも強いんだなとあおいは思った。
「だいたいな、ここに来てる男のほとんどがお前目当てなんだぞ!変に読モなんかするから…」
「しょうがないじゃん!スカウトされたんだから!」
「そうではあるけれどもだなぁ…」
新先輩がため息をつく。ああ、だからこんなにかわいいのかこの人。そしてこの人の多さ。納得。
「で、この人なの?」
意識がどこか飛んでいたような状態から戻っていたかえでが、あおいに小声で聞いてきた。
「いや…あの日いた人ではあるけれども…」
違う。この人じゃない。確かに新先輩はあの日、うちの大学でビラ配りをしていた。覚えている。でも『あの人』はこんなに金髪じゃないし、こんなチャラチャラした感じではなかった。
「お、誰か探してるの?ねえねえ!」
新先輩と言い争いしていた絵麻先輩が、突然あおいたちの会話に入り込んできた。この人、地獄耳だ…。
「いや、探してはいなくて…」
「うちの大学でビラ配りしていた先輩を探してるんです!」
あおいは必死に隠そうとしたが、かえでが余計なことを言ってくれた…勘弁して…。
「君ら大学どこ?」
新先輩がかえでに聞いてきた。
「福祉です」
「あー、福祉なら俺と泰樹で行ったわ」
ということは…
「泰樹ー!お客さん!」
絵麻先輩が泰樹先輩のことを呼ぶ。
「んー?絵麻どうしたー?」
遠くの方で新入生数人と話していた泰樹が振り返る。
…まちがいない。
「だーかーらー!泰樹にお客さん!ちょっと来て!」
「お客?」
泰樹さんが話していた新入生に「ごめんね」と両手を前で合わせると、こちらに向かって歩いてきた。
この人。絶対、この人。
「あおい、顔赤いよ?」
かえでが自分の顔が赤くなっているのを指摘してきたが、そんなもの今は耳に入らなかった。
「この人…」
「え、この人!?」
「何が何が!?」
あおいの言葉にかえでが驚き、その驚きに絵麻先輩が食いついてきた。
嫌な予感がする。早くかえでの口を押えな…
「この子、泰樹先輩に一目惚れしたんです」
ああ…言ってしまった…
「ええええええ!!!」
絵麻先輩は目を見開き、口に手を当てる。
「まじで!?お前モテモテだな!」
「え?なにが?」
状況をよく分かっていない泰樹先輩の肩を新先輩はバンバン叩く。
「モテモテー!このこのー!」
絵麻先輩はというと、肘で泰樹先輩の脇腹をつついていた。
ああ…帰りたい。あおいは赤くなった顔を手で隠すので精一杯だった…が、
肘で小突く絵麻先輩の顔が一瞬、こわばっていたのをあおいは見逃さなかった。