始まりは突然やってきて―春・仙台―①
「え、まじかよ」
泰樹は携帯に入っていたメッセージを見て、思わず声を出してしまった。
大学生活二年目。一年目はとにかく「初めての一人暮らし」に慣れるので精一杯だった。
今まで親にしてもらっていたすべての家事を、一人でこなさなくてはならない。洗濯は洗濯機に入れるだけなので思ったより苦労しなかったのだが、問題は食事と掃除だった。
特に食事。最初は毎日自炊しようと意気込んでいたのだが、日に日に自炊の回数は減っていき、終いに月に数回の自炊代の方がスーパーで出来物を買うより高くつくといった状態になってしまい、ほとんどしなくなってしまった。改めて母親の偉大さを知った。
ただ、その分自由があった。何時に帰っても怒られない。何時に寝ようがこっちの勝手。まあ、それと同時に自由を謳歌するには自律も必要であることも知った。何回か、痛い目を見た。
そして大学二年、4月中旬。ビラ配りを終えてへばっているところへサークル同期からメッセージが来ていた。所属するフットサルサークルの新入生歓迎会兼花見が急遽土曜日になったらしい。いくら何でも急すぎるだろうと思うのだが、今年は桜の開花が非常に遅く花見の日程をなかなか決められないでいたので、仕方ない部分もあるかもしれない。
泰樹は大学に入学後、このままサッカーを続けるか、それともほかのことを始めるか迷った。サッカーを続けたいという気持ちはあったのだが、部活に入ってしまっては遠距離恋愛中の彼女に会いに行きづらくなる。ということで、間(と言えばいいのだろうか)をとってフットサルサークルに入ることにした。
フットサルサークルはかなりの数があったのだが、入学式後のオリエンテーションでできた友達といろいろ回った結果、今いるこのサークルに落ち着いた。他大学のメンバーもいるので、知り合いの輪が広まりやすいと思ったから…という理由で入ったはいいものの、運営学年の2年にもなると早速他大学へビラ配りをしに行かなければならず、かなりの重労働だった。
「ん?どうした?」
隣で原付にまたがりながらヘルメットをかぶろうとしている新が泰樹の方を見る。
オリエンテーションで仲良くなった友達とは、まさしく新のことである。大学生活の中では一番仲がいい友達かもしれない。
「土曜、新歓と花見だって」
「まじかよ!誰からメッセきたの?」
「絵麻。全体に向けて連絡してたから新にも来てるだろ」
絵麻は泰樹らと同じサークルの同期であり、マネージャー兼イベント幹事をしている。そこそこかわいい方だと思う。
「うわ、ほんとだ…予定入れちゃったわ…」
新が携帯を確認して嘆いている。わかる、気持ちはすごく分かる…
「俺も予定入れちゃってるわ…これ俺ら行かないとだめだよな?」
さすがに運営学年だしな?という意味を込めて新に聞いてみる。が、
「予定って?京都の彼女くるの?」
花見ではなく泰樹の用事の方に食いついてきた。何故そっちになる…。
「違うって、高校の同級生が仙台に遊びに来る」
「彼女も同級生だったって前言ってたじゃん?やっぱり彼女?」
「だから違うって!福岡の友達!」
「おまえ、福岡にも彼女いたのか…」
「だから…」
泰樹は呆れて言い返すのをやめた。これ以上何を言っても無駄なような気がする。
「まあ、とりあえず土曜日は俺ら参加だな。腹減ったからとりあえず帰るわ、じゃ」
「おお、お疲れ」
新は原付のエンジンをかけると、街中へと繋がる坂道を颯爽と下って行った。
俺も帰ろう。泰樹も自分の原付にまたがると、ハンドルにかけていたヘルメットを被った。
ん?
ふいに視線を感じたので振り向くが、誰もいない。気のせいか。講義終わりに急いで移動してビラ配りしたから疲れているのだろう。
泰樹は気を取り直してエンジンをかけると、新が下って行った坂道に原付を走らせた。