unconditional
私の手が、足が、感覚が、世界に埋没していく。それをただ、私は抵抗をすることもなく、ゆだねている。どうせ、いつもの夢なのだから。
その日は朝から上手くいかなかった。模試の成績が良くなかったとかで、父親の機嫌が昨日の夜から悪いままで、だから私は逃げるように家を飛び出した。といっても、結局ただ学校に向かうだけ。道中に、水たまりを踏んでしまった。泥がはねた。うつむきながら歩いていたのに、どうして視界に入らなかったのだろう。嫌な気分になった。
席について鞄から中身を取り出していると、今日までに出さなければいけない宿題を家に忘れてきたことに気がついた。でも、ただそれだけのために家に戻るわけにはいかないし、あの女性がどうせ家にいるのだから、父親にもバレてしまう。仕方なく私は、直接先生に忘れたことを伝える。とはいっても、どうせ高校の課題程度、忘れたからといって特に罰則があるわけでもない。ただそれでも、嫌な気分にはなる。どうせ忘れるのなら、昨日やらなければよかったなんて、くだらないことを考えたりして。
それから、体育の授業で思い切りころんでしまって、足を捻ってしまった。今日は周りがよく見えていない。幸いそこまでひどくもなかったけど、顔色が悪いと保健室の先生に言われて、軽くベッドで休むことにした。早退してもいい、と言われたけれど、とてもじゃないが家に帰る気分にもなれなかったので、大丈夫ですと断った。
教室へ戻ると、心配そうな顔で、真菜が私のことを見る。そこでもまた、大丈夫だよとだけ言って、席へついた。真菜はとてもいい子だ。どうして私なんかと仲良くしてくれているのか不思議なくらいで、事実私は友達が多くない。真菜は違っていて、友達も多いし、誰とでも上手くやっていけるし、実際、いわゆるスクールカーストなんていうやつでも、上の方にいるんだと思う。それなのに、どうして私なんかと。本当に不思議で、だけど嬉しくて。面と向かっては言えないけど、感謝もしている。だから、私は真菜が嫌いだ。
放課後になって、足を引きずりながら帰る。痛みはそこまでだと思っていたけど、今になってずくずくと痛み始めた。真菜は送るよと言ってくれたけど、それを断って、ひとり。
嫌な女だな、と思う。自分でもどうして断ったのか分からない。普段、一緒に帰ることもあるのに、どうして強がりなんかを。
家に帰ると、あの女性がいるリビングには向かわずに、まっすぐと二階の自分の部屋へと向かう。部屋着に着替えるのも面倒で、そのままベッドに倒れ込んだ。
意識を失いそうになっていくと、だんだんと感覚がなくなっていくのが分かる。いや、本当はもう失っているのかもしれない。けれど、私がなくなっていくのを感じるのは、きっと確かなんだと思う。よくよく考えてみると、なくなっていくことを感じているだなんて、ひどく不合理だ。だけど、私が溶け出して、最後には私と世界の区別がなくなって。この瞬間だけ、私は自由になれたのだと感じる。たとえ、これが夢だとしても。
何も見えない。何も聞こえない。だけど、確かに私はそこにいる。
妹の、ご飯ができたよ、という声で目を覚ます。まだ少し頭がぼーっとしているが、嫌な気分はもうどこかへいってしまった。とはいっても、これからまた顔を合わせなきゃいけないから、憂鬱であることには変わりはない。ふと、真菜の顔が思い浮かんだ。後で謝っておこう。そう決めて、わざとらしく大きなため息をついてから、リビングへと向かった。