閑話 組合長
ちょっと書いてみたかった閑話をお送りします
「【転生者】か・・・。クッククク、面白い称号を持っておるではないか」
セレーネ本人しか知らないはずの情報をギルドの自室にてギルドマスター、チェルニィは独り呟く。
チェルニィは過去に【深闇の令嬢】と呼ばれた元A+ランクの有名な冒険者だったのだが、3年前に冒険者組合総帥の提案により引退した。
「ギルドマスターになってみないか?面白いことが起こるよ?」
「やはり、あやつの提案を蹴らずして正解であった。【予言】、恐ろしいスキルよ。本当にその通りになって来ておる」
グランドマスターのスキル【予言】は、10年以内に起こる大きな事件をランダムで見ることが出来るスキルである。
冒険者はスキルを無闇に人にひけらかすことはしない。
冒険者の元締めグランドマスターなら尚のことである。
しかし、チェルニィにはバレた。当然、グランドマスターが彼女に教えたわけでは無い。
この世界で相手のスキルを知るには、教えてもらうか特殊な魔道具を使うしか無い。
ある程度の仲なら教えてもらうことも出来るかもしれないが、チェルニィはグランドマスターとはあの時が初対面。
特殊な魔道具は王族ぐらいしか所持していないので彼女が持っているはずも無い。
まあ、これはあくまで一般的にはの話である。
でなければ、ルナがセレーネにスキルやその他諸々を見せた方法に説明がつかない。
チェルニィの場合は、スキルの同時展開。
エクストラスキル【閲覧】と同じくエクストラスキル【並列思考】、そして種族スキル【遠視】の3つ。
詳細は
【閲覧】・・・封筒や本などを開かなくても中の内容が分かる。料理などに入ってる物が分かる。
【並列思考】・・・2つの事を同時に行えるようになる。このことにより、情報過多による脳の負担を軽減出来る。
【遠視】・・・本来はライフルのスコープのような用途で使われる。要するに視力の超上昇。これを【閲覧】と併用することにより、対象の情報を深く知ることが出来る。
種族スキルから分かるようにチェルニィは人族では無い。
いや、人族ではある。半分は。
つまり、ハーフである。
父親が【鷹族】と呼ばれる顔が鷹で、翼を持つ大柄の獣人の1種である。
彼女の全てを見透かすような金の双眸も父譲りである。
しかし、彼女のあの小さすぎる体格は父譲りでもなけば、母譲りでもない。
あ、言い忘れていたが、チェルニィは100年と少し生きている。
獣人の寿命は人族とそう変わらない。そのため、そのハーフであろうと寿命は両親と同じくらいである。
この世界には地球では無かったような病気がある。
例えば、魔力や呪いなどの地球に無かったものによって引き起こされるものだ。
チェルニィの場合は【魔力過畜症】と呼ばれる魔力に関するごく稀に発症する病である。
【魔力過畜症】とは、莫大な魔力は身体へ負荷を加える。その時に負荷に抵抗する力、【魔抵抗力】が発生するのだが、負荷と魔抵抗力による均衡が取れず、魔抵抗力が勝ってしった場合に発症する病だ。
因みに、その逆、負荷が勝ってしまった場合は【魔力暴走症】という病になる。
魔力暴走症の場合ならば、一度暴走させてしまえば、その後は問題無く病も治るのだが、魔力過畜症の場合はそうもいかない。
この病の最大の問題点は完治するまで魔術が使えないことにある。
いくら強大な魔力を持っていようと、使えなければ宝の持ち腐れである。
逆に完治するまで持ち前の抵抗力による抵抗でそれ以下の魔術ならば威力を激減させることが出来るというメリットもある。
完治する方法は分かっておらず、難病認定されている。
しかし、彼女はそれを克服した。
寿命と体格を引き換えとして。
彼女は無駄に有り余る魔力を別の力に運用出来ないかと考え、実験を行った。
そして、それは成功でもあるし、失敗でもあった。
彼女が行ったのは魔力を生命力に変換するということ。
生命力、即ち寿命である。
しかし、彼女は出力を誤った。前代未聞の試みだったため、探り探りやっていく予定だったのだが、まるで決壊したダムのように次から次へと流れ出す魔力を御し切れず、実験中に意識を手放してしまった。
目が覚めた時には、当時20代後半だった彼女の身長は縮んでしまい、反比例するかのように生命力が湧き上がっており、魔力も通常とは言い難いが、魔術を行使出来るまで収まっていた。
見た目は子供、魔力は化け物、寿命も化け物。
その名も深闇の令嬢チェルニィ!
いや、何でもない。
その後、何年経っても彼女の体格が変わることは無く、なまじ大きかった時代を知っているため、見た目が子供だからと侮られることを酷く嫌った。
これがあの体格と禁句の秘密である。
そのチェルニィがセレーネを視た時に得た情報を思い返し、呟いたのが冒頭の一言である。
「それに、ユニークスキルや固有魔法、契約宝具まで。・・・クッククク、面白い奴じゃ。ただ、何故か奴には階級の表示が無かった。それに、吸血鬼でありながら光属性を使うか。ふむ・・・まあよい。新しい玩具じゃ、隠しギミックの1つや2つあった方が面白い」
ニヤリと悪意に満ちた顔をしていると・・・
ガチャ
「ギルドマスター、仕事をして下さい」
「いや、副ギルマスよ、仕事云々の前に上司の部屋に入るのじゃからノックぐらいしたらどうじゃ?」
「申し訳ありません。ただ、仕事をほっぽり出してソファで寛いでいらっしゃる貴女に常識を問われる筋合いは無いと思われるのですが?」
先に言っておくが、この副ギルドマスターの女性は今のように棘のある言い方をするような人物では無い。
普段はもっとニコニコしており、見た目の美しさもあり、冒険者からの人気は高いのだが・・・。
現在の彼女は一見するといつも通りニコニコしているようには見える。ただ、チェルニィの遠視をもってすればはっきりと分かる。額にくっきりと浮かぶ青筋が。
「・・・怒っておるのか?」
「いえいえ、急に下に降りたと思えばすぐに帰ってきて、執務室に目もくれず自室に篭っていらっしゃるからと言って怒ってなどいませんよ?」
「眉の端がピクピクと痙攣しておるぞ?」
「仕事して下さいませんか?あと、吸血鬼の登録を許可した理由もお聞かせ下さいませんかね?」
チェルニィは思う。言えるわけない、と。
完全に自分の好奇心であるなど。退屈な仕事を紛らわせるためであるなど。口が裂けても言えない。
「なるほど・・・。全部口に出てますよ。ギルドマスター?」
「ハッハハハ!妾にその手の引っ掛けは通用せんわ!貴様の心を覗き見ればそのようなこと嘘であると・・・・・・ヒッ!?怒り一色ではないか!
さ、さあ!仕事をしようではないか!早う行こうぞ。可愛い書類ちゃんが待っておるぞ?」
「そうですね。では、その可愛い書類ちゃんを追加で用意しておきますね?」
チェルニィは確信する。この女には逆らうまいと。
戦闘では負ける気は全くしない。だが、有無を言わさない何かが彼女にはあり、本能が逆らうなと警告しているのは分かった。
その後、チェルニィは1日中監視し続られ、本来の仕事+副ギルマスの分を2日分させられた。
その間、何をするでも無くひたすらこちらを見て微笑む副ギルマスにチェルニィは静かに脱帽した。