6話 母娘
門をくぐると遠くから見た通りの真っ白い町で、だいたい中世ヨーロッパの様な街並みだった。
やっぱり、魔法があるせいで技術がそこまで進歩していないって話は本当みたいだな。
「おい。入口でボーッとしてんじゃねぇよ。通行の邪魔になるだろう?」
「あ、悪い」
「何か珍しいモンでもあったのかよ」
そりゃそうだろ。少なくとも俺はこんな真っ白な街なんて見たこと無いし、その中で周りの風景をぶち壊す様な真っ黒な建物も見たこと無い。
「なぁ、アレだけなんで黒いんだ?」
「・・・やっぱり目に付くよな。あれが冒険者組合の支部だ。ギルドの方で支部は黒、本部が白って色が決められているせいであんな自己主張が激しい建物が出来上がっちゃったって訳だ」
「・・・・・。」
領主が街を白くしたせいで、ギルドがひどく目立ってしまっているのか、それとも街を白くしたお陰でギルドの場所が分かりやすくなっているのか。
うーん。前者じゃないか?
まあ、本人がいたら多分後者だと主張するんだろうけどな。
「立ち話もなんだし、取り敢えず家に向かうぞ」
「あいよ。そう言えば、家族とかの了承取らなくて良いのか?」
「・・・・・・大丈夫だろ」
バルトラさん声震えてますよ?
「本当に?」
「俺が痛い目に遭うだけだから・・・大丈夫だ」
「それを大丈夫とは言わないだろ。因みに誰が1番恐いんだ?」
「・・・妻、かな」
ここで衝撃の事実!!バルトラは結婚していた!
しかも、恐妻家のようです。
「へぇ、奥さんいるんだ」
「なんだその意外そうな顔は!俺だって結婚ぐらいしてるわ!娘だっているぞ!」
衝撃の事実2!!バルトラには娘もいた!
「だから何だその顔は!」
「いや、別に・・・」
よし。バルトラの言うその恐妻を見てやろうじゃないか。
あ、俺そこで居候するんだった。大丈夫か?
「ここが俺の家だ」
「普通だな。可もなく不可もなくって感じか?」
「そう言うな。俺の稼ぎで頑張って買った家なんだぞ?」
バルトラの家は中央の市場から少し離れた所にある白い石造りの二階建ての住居で、周りに隣接する建物が無かった。
「着いてこい」
ん?敷地内に入った途端にバルトラの足音が聞こえなくなったぞ?
「この家の敷地内はな、ある理由で常に防音と防振の結界が張ってある。だから、外からの音は聞こえないし、中の音も聞こえねぇんだ」
「理由?」
『ズドォォォォン!!』
「うお!?何だこれ!?」
「これがその理由だ」
「これが?何か危ない奴でも飼ってんのか?」
「まあ、当たらずも遠からずって感じか。正解は『母娘の手合わせ』だ」
「は?」
「そうなるよなぁ。俺の妻はハイエルフで優秀な魔術師で娘は剣術と魔術のどちらにも秀でたAランク冒険者で、よく娘の方から妻に手合わせを申し込んでいるんだよ」
「その衝撃を緩和するための結界か?」
「そうなるな」
「いや、他所でやれよ。近くに森あっただろ。結界張ってまで敷地内でやることじゃ無いだろ」
「それがそうもいかないんだよ。アイツらの使う魔術のほとんどが『火』に関するもので、そんなモンを森でぶっ放したら火事になっちまうだろ?」
・・・・・・一度火事にしかけた人がここにいますけどね?
「もしかして、こんなことやってるから近隣に建物が無いのか?」
「そうだな」
「すごい迷惑な家だな!」
「ああ、でも一応街公認の手合わせってことになってるから問題無いだろ。了承してないのは領主ぐらいだし」
「あ、街公認なのに領主非公認なんだ」
「知ってるか?この街の今代の領主、領民から嫌われてるんだぜ?っと、そろそろ良いかな?」
そう言うと、バルトラは扉を開け──
「帰ったぞーー!!・・・・・・よし。今日も応答無し」
そう言った。・・・バルトラ可哀想。
「・・・取り敢えず入ってこいや」
「お、おう」
えぇっと、靴は脱がなくて良いよな?
どうでもいい話だが、俺の高校は土足OKだったので、今も革靴である。
「この部屋で待ってりゃ、アイツらもそのうち来るだろ」
そう言われて案内されたのは、客間ではなく、おそらくリビング。
「まあ、座れや」
「何で客間じゃないんだ?」
「そりゃ、手っ取り早くアイツらに紹介するために決まってんだろ?」
「それこそ、客間で俺が待っている間に、バルトラが2人を呼びに行けば良いんじゃないか?」
「嫌だよめんどくせぇ」
「それが本心か・・・」
出されたお茶とお茶請けを飲み食いしていると、部屋の扉が開き2人の人物が入ってきた。
1人はローブを着た、金髪に翠色の瞳をした20代前半の女性で、エルフ特有の長く尖った耳を持っていた。
もう1人は、邪魔にならない程度に鎧を付けた同じく金髪に翠色の瞳をした俺と同い年ぐらいの少女で、1人目の女性より少し短めの尖った耳を持ち、顔や体が煤汚れていた。
因みに、どちらもかなりの美人さんだ。
「今日も手酷くやられたようだな、アレスタ」
「うっせーな。親父なんて数分ももたず終わるだろうがよ」
アレスタと呼ばれた口調の荒い少女は、むくれながらバルトラにそう返す。
てか、今親父って言ったよな。マジかぁ。
「似てねぇ・・・」
あ、思わず口に出ちゃった。
「バルトラ、その人は?」
「お?不倫か?」
アレスタさん、貴女すごい度胸してますよね。
「んなわけねぇだろ?金が無くて困ってるって言うからしばらく泊めてやることになったんだ」
そこで俺に目配せをしてくる。
これは、自己紹介をしろってことかな?
「初めまして。死にかけのバルトラを助けたら、家にお呼ばれしちゃったセレーネです。宜しくお願いします」
「ばっ!?お前何て自己紹介してんだよ!?」
ふっふふ。俺は人見知りでも何でも無いからな、こういう茶目っ気溢れた自己紹介もお手の物よ!
「ふふふ。バルトラぁ?」
「違う違う!!お前撤回しろ!俺が殺されちまうぞ!」
「バルトラ・・・骨は拾ってやるよ」
「骨も残らず始末してあげるわ〜」
「セレーネ、あんたえげつないな」
◇◆◇
「ってな事があって今に至ります」
俺は大まかにここに至った経緯を伝えた。
一応、バルトラに言われた通り吸血鬼に関することは全部伏せておいた。
「そうだったの。その節は主人がお世話になりました」
「いえいえ、それに、お礼を申し上げるのはこちらの方ですよ。バルトラさんにはお金を貸してもらったり、部屋を貸してやると言って下さったりと大変助かりましたからね」
「その助けてもらった奴に対する仕打ちじゃねぇだろ」
「ん?何か聞こえましたか?」
「いいえ、何も」
そう、全く聞こえない。あの勢いのままボコボコにされたバルトラの声なんて全く聞こえない。
「アンタらいい性格してるな」
「アレスタさん、一体何のことでしょうか?ねぇ、セリエナさん?」
「全くです。ふふふふ」
「うわぁ、ドンマイ親父」
「とまぁ、ふざけるのもここまでにしておいて、俺当分ここに居て大丈夫ですかね?」
「どうぞどうぞ。こんな家でよければ構いませんよ。そうです、アレスタ。貴女、セレーネさんと一緒にお風呂に入ってきなさい」
「「え?」」
俺とアレスタさんの声が被る。
そりゃそうだ。今日出会ったばっかりの人と一緒に風呂に入るなんてハードルが高いだろう。
じゃなくて、俺の問題はそこじゃない。
当然だ。俺の見た目は完全に女の子だ。だが、心は健全な男子高校生だ。アレスタさんとは違った意味でハードルが高い。
「え?じゃないわよ。仲良くなるには裸の付き合いが1番手っ取り早いわ。ってことで、2人とも入ってらっしゃい」
「・・・。」
目を合わせる俺とアレスタさん。
どうにか断ってくれないかなぁ。この場において俺の発言権弱すぎるんだよなぁ。
「はぁ、仕方ねぇ。行くぞセレーネ」
え?マジで?
◇◆◇
「ここが我が家の風呂だよ。ちょっと待ってな」
まさかの自宅の風呂でした。
これはもしかして、1軒に1つ風呂があるパターンの世界か?
「お風呂ってどこの家庭でもあるんですか?」
「だいたいどこの家でもあんじゃねぇの?
よ、『水創造』」
おぉ、便利そうな魔法!この魔法があれば飲み水とか困らないんじゃないか?
「『加熱』」
なるほど。魔法で水を生み出し、魔法で加熱か。こりゃ、技術進歩しないわな。
「まぁ、こんなもんかな。ほら、服脱ぐぞ」
来たよ最難関!
どうにかして先に入ってもらって目を瞑っていればアレスタさんの裸を見ることは無いハズだ。
「どうした?急にキョロキョロして」
あ、鏡発見。
洗面所に付いていた鏡に目が止まる。
「鏡か?そんなに珍しい物じゃないだろ?」
「これが、俺の顔か・・・」
すげぇ可愛いじゃん。それにしても、全く前の顔の面影無いな。瞳の色は赤・・・いや、もっと濃いな。深紅とかその辺が適当だな。
「お前まさか、自分の顔に見蕩れているのか?ナルシス・・・」
「違います!ただ、自分の顔を見たこと無かっただけです!」
「自分の顔を見たことない?そうか、変わってるな。まぁいいや、先風呂入ってるぞ?」
あれ?追求しないんだ?
それに、図らずも目論見通りになったよ・・・
ま、まぁそれならそれで良いけどね。
「あ、じゃあ俺後から入るんで待ってて下さい」
「どこ見て言ってんだよ。ちゃんと入ってこいよ?」
正面見れるわけ無いでしょ・・・。
アンタ今全裸でしょうがぁぁ!!
はぁ・・・。第一関門突破。次、第二関門。
『自分の身体と言えど、女の子だという件』
大丈夫かなぁ・・・。
大丈夫でした。というより、ずっと目を瞑っていたから何も起こりようが無かったんだけど・・・。
いや、問題はあったか。服を脱ぐ時、たびたび手に胸が当たるという問題が。
うーん。大きいのか?何がとは言わないが・・・。
「何で目瞑ってんの?」
「深い理由はありません」
「じゃあ、目開けたら?」
「これには深ーい理由があるんですよ」
「どっちなんだよ・・・」
「アレスタさんって、ハーフエルフなんですよね」
「あぁ、そうだな。珍しいか?」
「珍しいんじゃないですかね?」
地球にはいないからな。エルフも込みで。
「ふーん。ま、アタシからしたらこうやって普通に接してくる魔族の方が珍しいけどね」
「ッ!?」
「お?当たったか?」
何で・・・。怪しい行動なんて何も・・・。
鏡の件も決定打足りえないハズ。
「何で・・・」
「何で・・・ねぇ。分かんないかなぁ。魔物や魔族、魔獣に分類される連中はな、微弱ながらも人族とは違う気配、俗に言う『邪気』を放ってんだ。そして、エルフはその邪気を感知できる能力を持つ限られた種族で、ハイエルフは特にその能力が強い傾向がある。そのハイエルフの血を受け継いだアタシがアンタのそのダダ漏れの邪気に気付かないわけないだろう?」
おうふ・・・。どうしようもねぇやそりゃ。
そんなの分かるわけ無いもん。ってか、ルナよそういう事は教えておくべきなんじゃないの?
「ってことは、最初に顔を合わせた段階でもう分かってたんですね?」
「あぁ。母ちゃんも分かっててアンタと風呂入れって言ったんだよ。なぁ、目閉じてないでこっち見なよ」
アレスタさんは俺の頬に手を当て、目を開けるように促す。
・・・この状況で羞恥心がどうたらとか言ってられないな。
「やっと、目開けたな。なぁ、アンタの目的は何だ?何でこの家に入った?」
「目的・・・ねぇ。特に無いですね。そもそも、この家に入ったのもバルトラに誘われたからですし」
「特に無いだと?本気で言ってんのか?」
「本気も本気ですね。あ、目的ありましたわ。目下の、ですけどね」
「何だよ・・・」
「冒険者をやって金を貯めることですね」
こっちは、真面目に答えているのにそんな呆けた顔しないで下さい。
「は?じゃ、じゃあ金を貯めた後は?」
「取り敢えず、旅にでも出て世界を見て回りますよ。まだ、生まれたてホヤホヤですからね。なーんにも知らないんですよ」
「そうか・・・。まあ、完全に信用したわけじゃないが、要観察ってことでアンタのこと見させてもらうよ。そろそろ上がるか?」
「そうですね。大分長い間浸かってた気がしますし」
ザパァァン・・・。
・・・・・・ぶっ!
「あれ?鼻血?のぼせちゃったか?」
アレスタさんの声が遠く・・・聞こえ・・・る。
◇◆◇
「母ちゃ〜ん。ちょっと来てくれ〜」
風呂場でぶっ倒れちまった、魔族の少女セレーネを介抱するために母セリエナを呼ぶ。
「結局、何の種族なのか聞けなかったな・・・」
「どうしたの・・・・・・この子?」
「のぼせたんじゃないの?」
「レディがこんな顔しちゃいけません」
「アタシとこの娘はそのレディの範疇に収まって無いからね」
「で?聞きたいこと聞けたの?」
全く・・・この人は分かってているくせに。
「この娘は変に隠し事できる性格してないよ」
だから、明確には伝えない。
これだけ伝えれば、自分で聞き出すだろうから。
「そう。意地悪なのね」
「誰に似たんだろうな?」
「まあ、いいわ。早く涼しいところに連れて行ってあげましょう?」
「じゃあ、アタシの部屋にでも運ぶから、母ちゃんは親父の足止めでもしといてくれるか?」
「いいけど、せめてタオルくらいは巻いてあげてね?」
「わーってるって、湯冷めさせちゃ悪いからな」