15話 小白虎
いつもより非常に長いです
冒険者組合ロークス支部組合長室。
そこには4人の人物がいた。
その内の2人の若い女性はソファに座り向き合っていた。
「お久しぶりですチェル二ィさん。突然押し掛けてしまい申し訳ありません」
1人は当然この部屋の主チェル二ィ。
彼女の場合、若いと言うより幼いと言った方が適当のような気がするが、それは置いておこう。
彼女は現在、ギルドの支部に配給される黒いローブのような制服を脱ぎ、黒いワンピース姿で自ら淹れたコーヒーに口を付けている。
「ふぅ・・・。相も変わらずお主は硬いのう。マーム」
そしてもう1人は、以前風見鶏亭にて一騒動起こした領主の娘マームだ。
しかし彼女の服装はと言うと、全く貴族だという事を感じさせない一般的な町娘のような物であった。
「お主も久しいのう、メナルド」
「お久しぶりですチェル二ィ様。この度は突然の訪問にも対応して下さり有難うございます」
「お主も硬いのう」
最後の1人、メナルドと呼ばれた人物はこの場に居合わせた唯一の男性である。
金髪翠眼に端正な顔立ちをしたこの男は、ロークスに2人しかいないAランク冒険者である。
彼は筋骨隆々とはしていないものの、その身体はしっかりと引き締まっており、腰には曲刀という剣を帯刀していることからも近接戦闘を得意とするのだろうと想像が付く。
「ところで、ナミとアンナは来ておらぬのか?」
「彼女達は私が抜け出したと悟られぬよう工作してもらっていますの」
「・・・また無断で孤児院に行っておったのか。
まあ、あの男に言ったところで許可は出んじゃろうがな」
ナミとアンナと言うのはマームの専属侍女の名だ。
マームはよく孤児院の子供達のために料理を振る舞いに行っているのだが、その都度あの男──マームの父親──に断りを入れるのが億劫になり、それ以来無断で屋敷を抜け出してきているのだ。
まあ、チェル二ィの言う通りそもそも許可など出ないのだが。
と言うのも、マームの家族──マームを除く全員──が相当な権威主義者なのだ。
領民は搾取の対象。それがこの街の領主の考えだ。
しかし、この街の税が重いのかと言えばそういう訳でもない。
この街はイルティミシアという国の領地にある。
この国の王はここの領主と違い民主主義を掲げており、定期的に各領地に査察が入る。
その際、もし領主が領民を苦しめていようものなら即お縄となる。
「本当に、あの権威主義者には困ったものじゃのう。捕まるのを恐れるのであれば、最初から権威主義などと宣うでないわ・・・」
「ふふふふ、まさにその通りなんですがね・・・。
本当にどうしてあの様になってしまわれたのでしょう・・・」
心底呆れたように言い放つチェル二ィの言葉に同調するマームだが、目元は笑っておらずその目には父親に対する軽蔑の色が見て取れた。
「マーム様お戯れは程々に。チェル二ィ様もです。我々は別に世間話をするためにここに参上したのでは無いのですよ?」
「むう、分かっておる。お主も釣れないのう。
それで?どういった要件で来たのじゃ?」
「では率直にお尋ねします。
ここ最近、森で猫のような魔獣を見たという報告はありませんでしたか?」
「猫?猫とはあの四足歩行の愛くるしい生き物の事かの?」
チェル二ィはほぼ毎日毎時間スキルを展開している。
しかし、幼少期から知っているマーム達には極力スキルの使用は控えていた。
そのため、マームの唐突な質問に疑問符を浮かべ、確認のため聞き返したのだ。
「その猫です。ただ、その猫は一般的に飼われている猫では無く、【小白虎】という強力な魔獣に進化する恐れがある魔獣なんですけどね・・・」
「リトルティグルスじゃと・・・。何故そのような魔獣がこの辺りにおるのじゃ?」
魔物と魔獣の決定的な差は繁殖するか否かである。
魔物は魔素溜まりと呼ばれる魔素の密集地から生まれるため、繁殖能力を持っていない。
それに対し魔獣は、動物が魔素溜まりに入ったり、過剰な魔力に充てられたりする時に起こる変化であるため、繁殖能力を有している。
そして、魔物と魔獣どちらにも共通して起きる現象が【進化】である。
進化の条件などは個体によって様々で詳しくは分かっていないのだが、総じて進化前と進化後では魔力量や身体能力が10倍近くも差があると言われている。
この【小白虎】はその進化の変化が他の魔物や魔獣より顕著に現れる。
某ポケットの中のモンスターの鯉の王様のようなものである。
「実は父が裏取引で仕入れたらしく・・・」
「またあ奴か!あ奴は他人に迷惑を引き起こさねば生きていけぬ生態でもしておるのか!」
「私はそのリトルティグルスをシロちゃんと呼び可愛がっていたのですが、ある日いつの間にか居なくなってしまいまして・・・」
数ヶ月前、いつもの如くマームは孤児院へと足を運んでいた。しかし、今回はシロという同行者を連れ立って。
孤児院の子供達は初めて見る白い毛むくじゃらにおっかなびっくりながらも興味津々だった。
子供とは適応能力が高いものだ。
数時間共に遊ぶ内にもうシロを仲間に受け入れていた。シロの方も初めて出来たマーム以外の遊び相手に心做しか嬉しそうだった。
皆の影が長くなって来た頃、マームは恒例の夕飯の準備を始めた。
子供達やシロも匂いに釣られ集まり始めた時にそれは突然訪れた。
顔を布で覆った武装集団。唯一覆われていない目元からは獰猛な眼がこちらを睥睨していた。
そしてその男達は一斉に剣を抜き襲い掛かって来た。
「・・・運の無い奴らじゃのう。まあ、なまじお主もそんな見た目じゃから侮られるのも仕方ない事じゃが・・・」
チェル二ィはマームが襲われたというのにまるで心配した素振りを見せなかった。
それどころか、襲撃した男達に同情するようにしみじみと語っていた。
それもそのはずで、マーム、ナミ、アンナはチェル二ィを師と仰ぎ、地獄の鍛錬を耐え抜いた。
そんな彼女がそんじょそこらのゴロツキに負けるはずも無い。
実際、同じくチェル二ィに鍛えられたメナルドはAランク冒険者にまで上り詰めているのだ。
その鍛錬が如何に効果的かなど語るまでも無いだろう。
「・・・いえ、最善は尽くしたのですが、如何せん数が数でして、1人1人に注視出来ず気づくと孤児院の女の子とシロちゃんがいなくなった後でした」
「む?孤児院を襲ったところを鑑みるに襲って来た奴らは人攫いか何かじゃろう?何故リトルティグルスまで攫ったのじゃ?」
「確かに捕えられた彼らは人攫いの集団でした。しかし、彼らは金で雇われ、雇い主の指示に従っただけだそうです」
「指示とな?では、孤児院の子供達が目当てでは無かったという事か?しかしそうなると・・・そうか。狙いはマーム、お主じゃな」
「はい。指示の内容はマーム様の殺害。
恐らく、孤児院の子供達を守るために人攫いに抵抗して殺された、という筋書きでも考えておられたのでしょう。しかし、予想以上のマーム様の戦闘能力に計画は失敗したと言ったところでしょうか」
「そうなると、その雇い主はマームが孤児院に通い詰めておることを知っている者という事になるのう。なるほど、またあ奴か・・・!」
チェル二ィは犯人に凡その検討が付いていた。
領主ブルティオ・ジオ・ロークス。
おそらくその理由は・・・
「領主様は領民の人気が高いマーム様を疎んでおられます。いくら自身が権威主義を掲げようとも、国王が民主主義を謳っているため領民の意見を蔑ろには出来ません」
「もし、領主が自身の愚息を後釜に据えようものなら領民の不満は高まり、不満が一点を越えた領民が王都に苦言を呈しに行く可能性もある」
蛙の子は蛙。ブルティオの息子2人も権威主義者である。それも、ブルティオより重度の。
しかもその内の1人、弟のオベールはその事を隠そうともせず公言しているような男である。
貴族の制度として基本長男が家を継ぐ事となっている。
しかし、あまりにその家督が不安だという場合、王都の役所にその旨を記した文を提出し、一定数貯まることにより《不信任査察》というものが入る。
この査察は査察対象に前情報を一切伝えずに行われる。更に、領民への領主に対する評価を聞き不満が高まっているのであれば、厳重注意が入る。
まあ、大概の貴族の場合、この厳重注意になると領民に八つ当たりをする傾向があるため、この辺りまで来ると再犯による解任となることが多い。
「そこで、マームを殺して継げる者が愚息だけにしようとしたという事じゃろうが・・・あまりに愚策。そもそも、領主が家系の者でないとなるぬと誰が決めた。・・・まったく少し頭を使えば分かることであろうに。それで、行方不明になった女子は帰ってきたのか?」
「ええ、それも無傷で。彼女は追い掛けてきたシロちゃんが助けてくれたと言っていたそうです」
「それではリトルティグルスは・・・?」
「その女の子を助けるために犯人を追跡していたという事ですね。そして、犯人に追い付き交戦。女の子を逃がすに至った・・・。元々足が速い子でしたからね・・・」
「その後、すぐに私は交戦していたという川の上流に駆け付けたのですが、シロも犯人も発見には至りませんでした」
「上流じゃと・・・?メナルドよ、お主の言うすぐとはだいたいどれくらいの時間じゃ?」
「ええっと、だいたい15分くらいだと思います。身体強化魔法を使っていましたから」
「お主が身体強化を使って15分なら、おそらくその女の子が帰宅に有した時間は迷わずに帰ってだいたい2時間。休憩を入れたとするとおよそ2時間半。メナルドよ、お主が駆け付けた時の周りの状況はどうじゃった?」
「え?ええっと、そんなに際立った物は無かったと思いますよ?」
「本当にそうか?どんな些細な物でも構わぬぞ。例えばそうじゃなあ、木が折れていたや大量の血痕を見つけたなどでも」
「そうは言っても、辺りは普段と変わらな・・・い・・・。あれ?」
そこでメナルドは気付いた。あの場の違和感を。
戦闘があったにも関わらず、辺りは普段と変わらない?そんな事があるのか?
「それは妙じゃのう。子供1人を安全に逃すために一体どれだけ時間が掛かると思うておる。現に女子は帰ってきておる。その事を鑑みるにリトルティグルスとその相手の実力は拮抗しておる。にも関わらず、周りへの被害は皆無。おかしいじゃろう?更に、最短2時間半も森を歩いて魔物と遭遇しないなぞ有り得ぬことは無いが、かなり低い確率じゃ。どうして無傷で帰ってこれたのか。以上、2つの疑問がこの件には存在する」
魔物と言えど、皆が皆人を襲う訳では無い。
しかし、この森に生息する人を自ら襲わない魔物など、バルトラが狩っていたホーンラビットくらいである。そのホーンラビットでさえ、自身の縄張りが侵されるとなれば容赦無く襲い掛かって来る。
「しかし、ではどうやってあの娘は助かったのですか!?」
「妾が思うに、その娘は端からただの餌じゃ。
その犯人の目当てはおそらくリトルティグルス。わざとリトルティグルスに見つかるように女子を攫い、わざと追い付かれるように逃げ、わざと女子を逃がした。そして、リトルティグルスを何らかの方法で一瞬で片付け、その場から姿を消した」
「そ、そんな・・・シロちゃん・・・」
「マーム様・・・」
飽くまで推測の域を出ないが、チェル二ィの言葉には確信めいたものがあった。
それを聞いたマームは自身が孤児院に連れて行ったばっかりにシロが酷い目に遭ったのだと自責の念に駆られ、視界を滲ませた。
「マーム、お主のせいではない。それに、まだそうと決まった訳でもあるまい。そうじゃ、メナルド。聞きそびれておったが、その女子は犯人を見ておらぬのか?」
「それが・・・」
「なんじゃ?何か言いづらいことでもあるのか?」
「その女の子は・・・白き翼、大きな盾、純白の鎧が特徴的な大男だと申しておりました・・・。ですが、この特徴は・・・」
「守護天使【忍耐のザフキエル】か・・・!」
瞬間、この場の空気が凍り付いた。
チェル二ィの放った殺気がマームとメナルドを押し潰したのだ。
「チェ、チェル二ィ様!どうかお納め下さい!」
この場合、声を発せるメナルドが異常なのだ。
普通の者なら失神、最悪精神が壊れてしまうところだ。
マームでさえ、顔を青褪めガタガタと震えているのだから。
「くふふふ、くははは、はっははは!
そうか、貴様か。本来ならセレーネに全て任せようと思うておったが、貴様が関与しておるのであれば話は別じゃ!マームよ、残念じゃがリトルティグルスはもう駄目かも知れぬ。奴め、次の大罪獣候補を探しておったという事か!」
メナルドとマームは大罪獣という存在を知らない。
物語では突如現れた大罪獣が数々の街を滅ぼした時、天使がやって来て大罪獣を討伐したとあるが真実は全く違う。
真実は、大罪獣の生産者こそが天使。
【七つの美徳】と呼ばれる集団こそが元凶である。
「妾の愛しき両親を殺した報い、今度こそ妾が葬ってくれる・・・!」
【七つの美徳】
謙虚・・・???
寛容・・・???
忍耐・・・ザフキエル
祝福・・・???
純潔・・・???
勤勉・・・???
救恤・・・???




