13話 蛇王妃
俺は思うんだよ。
こんな単調な景色が続く森で、何の目印も無しに目的の場所を目指すなんて無理じゃないかと。
いやぁ、舐めてたね。何が深奥部に行ってみようだよ。そもそも、この前白熊と戦った位置にすら到達出来てねぇよ。
「おかしいな・・・。アレスタさんと来た時、こんなに歩いたっけ?」
何でこんなに迷ってるんだっけ?
・・・ああ、確か近道をしようとか考えたんだっけ。
よく考えたら、それって迷子になるヤツの典型的な行動じゃないか?
マジで、あの時の俺を殴ってやりたい。
「ん?ここは・・・」
変化の無い景色に辟易していると、それは唐突に現れた。
少し開けた広場に、鋭い刃物で根元から切り倒された木々。
「確か・・・おっさんと初めて出会った所だよな」
おそらく間違いないだろう。
何かが焦げた跡や乾いた血痕まであるし・・・。
「ってことは、ここは・・・中部か」
何だかんだで一応中部までは来れたことに感動を禁じ得ない。
「少し休憩するか・・・」
スタミナ的には全然問題無いのだが、如何せん自分の居場所がまるで分からなかったことの精神的疲労が凄まじい。
俺は近くにあった少し盛り上がった土に腰を下ろし、【蓄蔵】で保管していた無限水筒を取り出す。
この無限水筒は一度水を入れないと使い物にならないので、昨晩アレスタさんの水筒の水を少し分けて貰っている。
「・・・ふぅ。ちゃんと冷たいままなんだな」
改めて、魔法ってすげえと思う。
これのスープ版のような物があれば俺は即買いする自信がある。
しかしその場合、スープのみが再生するのだろうか、それとも具材も再生するのだろうか。
まあ、どちらであれ便利なことには変わらないが。
「もし、そこの旅人よ。物思いに耽っているところ悪いが、それはわしの尾でな。ちと、退いてもらっても良いだろうか」
「!?誰だ!」
「ひょっひょっひょ。見事な狼狽ぶりじゃのう。下じゃ、下。お主が腰掛けておるのがそうじゃよ」
俺は即座に転がるように盛土から離れ、月光牙の柄に手を掛ける。
「ひょっひょっひょ。そう警戒せずともお主に危害を加えるつもりなど毛頭ない」
独特の笑いと地響きを轟かせ、ゆっくりと首を持ち上げたのは巨大な翠色の大蛇。
巨大な大蛇なんて、頭痛が痛いのような間違った使い方だと思うかもしれないが、この場合はおそらく適切な表現だと思われる。
要するに、very very big snakeである。
目測20m近くの巨体がこれだけ近くにあったのに気付かないなどおかしな話もあったものなのだが・・・。おそらくは──
「言葉を話す魔物なんて居るんだな・・・。
しかし、これだけの巨体を隠しておけるとは・・・。相当高度な気配隠蔽スキルを持っているっていると見て間違いないか?」
「ひょっひょ。正解じゃ。
じゃが、1つ訂正をしておくと、わしは魔物ではなく、精霊に属する者じゃ。
名を【トールリヤ・マリルナータ・ヴェテロ・ディ・ミドカルズオルム】と申す」
「ト、トールリヤ・・・何だって?」
「覚えずとも良い。辺りの精霊からは親しみを込めて【老】と呼ばれておる。お主もそう呼べば良い」
どうやら、この覚えにくい名前の蛇爺さんこと、老は魔物では無く、精霊らしい。
しかし考えてもみて欲しい。
筋肉ゴリゴリの強面色黒のおっさんに職業を聞いた時に、【保育士】だと答えた時の衝撃を。
軍隊に所属していると言われた方がまだしっくりくると言うものだ。
今回の案件はまさにそれと同じだ。
「む?なんじゃその疑いの眼差しは」
「いや別に。ただ、本当に精霊なのかなぁって思っただけだ」
「何が別にじゃ!思っておるではないか!
何故、先に否定しおった!?」
「悪かったって。んで?本当に精霊なの?」
「言葉遣いがなっとらんのぅ。まったく、近頃の若いもんは目上の者に対する敬意がまるで感じられん。・・・いかんいかん!すまんのぅ。歳を取るとどうも説教臭くなっていかん。じゃが、わしが精霊じゃという証拠なぞ無いしのう・・・。おお!そうじゃ、ならばお主をわしの隠れ家に招待しようではないか」
隠れ家?そこに何か決定的な証拠があるのか?
「行きたいのはやまやまだが、生憎俺は現在依頼遂行中なんだ。それをほっぽり出しちゃうと、あらゆる方面から叩かれかねないからな・・・」
「ふむ。依頼か・・・。もしやそれは、この森での異変の調査といった類のものではないか?」
「おお!よく分かったな。その通りだ」
「なれば尚のこと。わしは長年この森に住み着いておるからのぅ、森の出来事には人一倍、いや精霊一倍敏感じゃ。何なら、知っておる情報をお主に渡しても構わぬぞ?」
「やけに精霊押してくるねぇ。まあ、そういう事ならちょっとだけ、話を聞いてみるのも悪くないかも・・・」
「そうか!では、言質は取ったぞ?
それでは参ろうか。【隠されし生家への入口】」
老はそう言い放ち、口から白い霞のようなものを噴出する。
霞はものの数秒で視界を白く染め上げた。
それはもう、数センチ先の老の顔が全く見えないほどに真っ白に。
しかし、それも長くは続かず、霞は晴れると──
「・・・・・・は?」
俺の眼前にはぽっかりと空いた大きな穴と、その穴の周囲ではしゃぐ子ども達という到底先程までの森の中だったとは思えないカオスな光景が広がっていた。
「ようこそ精霊の隠れ家、【秘密の畔】へ。
ここでは、森中の幼い精霊やはぐれ精霊を保護しておるのじゃよ。
ただし、今現在この隠れ家に精霊では無いものが、2人おる」
「2人?1人は俺だとしてもう1人って誰だ?」
「つい最近、森を彷徨っておった珍しき種族【蛇王妃】じゃよ。確か【ライラ】と名付けたかのう。即ち、ここにおる精霊以外は【蛇王妃】と【吸血鬼】の上位魔族の2名という事じゃな」
「!?へぇ・・・やっぱり気付いてたんだ。黙ってりゃあ普通の人と見分け付かないと思ったんだけどなあ」
「ひょっひょっひょ。確かにわしじゃ無ければ、そのまま騙し通せたかも知れぬ。じゃが、気配の察知と隠蔽はわしの得意分野じゃ。そうそう、遅れは取らぬわい」
なるほど。じゃあ、この爺さんは俺が魔族だと知っててこの場所に呼んだってことか?
まあ、メドゥーサちゃんも居るようだからそこら辺の忌避感は無いんだろうけど・・・。
「あ、おじいちゃん!おかえりなさい。お客様?」
「噂をすれば何とやらじゃな。ほれ。あの娘がライラじゃ」
「は、初めまして!ライラと申します!以後、お見知り置きを!」
丁寧に挨拶をしてくれたこの娘が噂のメドゥーサのライラちゃんらしい。
見た目は、肩まで伸ばした薄紫色の髪に蛇のような縦割れの瞳孔を持った金色の双眸、身長は今の俺とほぼ同じぐらいの少しあどけなさを残した可愛らしい娘だ。
そして、何故かすみれ色の和服のような者を着流している。
「初めまして、セレーネです。こちらこそよろしく」
そう言って、俺は右手を差し出す。
すると、ライラちゃんの顔色がパアっと喜色満面になり、「よろしくお願いします」と言いながら、両手で俺の手を掴み上下に激しく振り回した。
「そう言えば、わしもお主の名前を聞いたのは初めてじゃのう」
「ん?そう言えばそうだな。じゃあ、俺のことは今度からセレーネって呼んでくれ」
「承知した。して、セレーネよ、どうじゃ?わしのことを精霊と認めてくれたかのう?」
「うーん・・・まあ、周りの精霊達も爺さんのことを怖がっていないようだし大丈夫なんじゃないか?」
「そうかそうか。では、そろそろお主が知りたかったことを教えてやろうではないか」
えーっと、何の話だっけ?
ああ、依頼の件か。ってか、一番大事なヤツでしょこれ。
「ふむ。では、話すとするかのう。
この森で起きた【白の事件】について」
今作のヒロイン(予定)登場です。
その割にはどうもセリフが少ないような気がしますが、ここから増えていく予定なので心配ご無用です。




