10話 白熊
「おや?今日はバルトラさんは一緒ではないのですか?」
「・・・・・・だれ?」
話しかけてきたのは、30代半ばぐらいの顎髭が特徴的な強面角刈りのオッサンだ。
俺の反応から分かるように、俺はこの人を知らない。
いや、相手は俺のことを少なからず知っているようだし、覚えていないって言ったほうが適切かな?
「あぁ、これは失敬。私、この街の自警団に勤めておりますテラリオと申します。貴女としては、門番と言った方が分かり易いでしょうか?」
・・・ん?強面、オッサン、門番、バルトラと一緒。
「ああ。あの時の門番さんですか。あの時は鎧を着ていましたからね。そっちの印象の方が分かりませんでしたよ。今日は非番なんですか?」
「はい。なので、風見鶏亭で昼ご飯を食べようとしたのですが、何やら疲労困憊といったご様子でお店から出てくるお方がいらっしゃったので気になってお声を掛けた次第でして」
いやぁ、人気だなあ風見鶏亭。
味については普段のものを知ってるわけじゃないから何とも言えないが、この分だとトライさんもかなりの腕だったんだろう。
まあただ、あの店に行くなら1つ忠告を。
「ハハハハ・・・。確かに、今あの店に行くとちょっとぐったり出来ますよ」
「・・・何かあったので?」
「簡単に言うと・・・店主号泣、店大盛況ですね」
「おお、大雑把ぁ・・・。まあ、そんなに気になるなら行ってみれば良いんじゃねぇの?」
「ふむ。百聞は一見にしかずですね。
もとより、行く予定でしたし・・・取り敢えず行くだけ行ってみますかね」
「どうなっても知りませんよ」
怖いもの見たさというヤツだろうか。
取り敢えず俺も、頃合いを見計らってトライさんの料理食いに行くかなぁ・・・。
◇◆◇
「はい、手続き完了。気を付けて行ってきなよ。
まあ、アレスタも一緒だし心配いらねぇか」
入街時に手続きがいるのだから、当然出る時も必要になる。
ただし、金は一切かからないし、手続きもかなり簡素なものだ。
何せこれからの予定を大まかに説明するだけなのだから。
入る者は歓迎し、去る者は放置する。
まあ、街を出て行く者までいちいち管理出来ないからな。冷たいようだが、街から出た者が襲われて命を落としたから責任を取れなんて街からしたら堪ったものじゃないだろう。あくまで街が責任を持てるのは街の中のみ。ある程度割り切ってもらった方がこちらとしても仕方ないと思えるものだ。
「さて、今から森に入るわけだが・・・注意点が3つある。
1つ目は迷わないように道筋を記憶しておくこと。
目印や走り書きでも良い。洞窟などでも言えることだが、単調な景色が続くと、人は自身の場所を把握しづらくなる。そのため、道に迷ってあらぬ方向に行ってしまわないように把握する術を確保しておくことが必要だ。ってことで、紙とペンな。アタシからの冒険者登録祝いだ」
「あ、ありがとうございます」
なるほど。確かに森に入るたびに道に迷ってたら、時間を浪費するだけだしな。
それに、紙とペンを貰えたことも嬉しい。
何せ、鐚一文持ってなかったからな・・・。
「んで、2つ目。
どの地方にある森にも言えることだが、森ってのは中央に近づけば近づくほど攻略難易度が上がっていく。よって、獲物を深追いして奥に入らないことだ。
自身の実力を過信して深入りしてしまい命を落とすってのが、ランク上がりたてや登録したての連中にはよくあることだ。お前にはそうなって欲しくないからこうやって教えているんだぜ?」
どうやら、アレスタさんは真剣に俺を心配してくれているようだ。
「俺、割といつも慎重だと思うんですどねぇ」
「どこがだ。普通慎重なヤツが初めて見る魔獣に突っ込んで人助けしようとなんて思わねぇよ」
「ウッ・・・」
それを言われると耳が痛い。
言われてみれば、人が熊に襲われている!よし、くまを倒そう。なんて、地球では絶対思わないことだよなぁ。
実力を過信・・・。魔法や人を越える身体能力を手に入れて俺は調子に乗っていたのかもしれない。
「俺、慎重なヤツになります!」
「お前はどこか抜けてるなってつくづく思うよ」
「ひどい!?」
「・・・最後3つ目だ。
これはこの森限定の話なんだがな。ここ数年、森の様子がどこかおかしい。吸血鬼のお前が生まれたこともだが、本来ここに上位魔族が生まれるほどの魔素は存在しない。それに、最近になって身体が白く変色した魔物が何体も発見されるようになった」
俺はルナによっての転生だからイレギュラーだとして、白く変色した魔物ってなんだ?アルビノ個体か?いや、あれはそんな何体も同じ森で発見されるほど産まれる確率は高くなかったはずだ。
「まあ、アタシはうじうじ考えるのは苦手だからな。こういうことを考えるのはギルマスの仕事だしな。何か分かったらギルドで通達されるだろ。まあ、話は以上だ」
それでいいのかAランク冒険者!
ギルマスに知恵を貸すとかいろいろあるだろ。
何だよ丸投げって・・・。
「ほい」
「ん?何ですか?これ」
アレスタさんに心の中でツッコんでいると、唐突にピンクの丸い花が先端に咲いた植物手渡される。
「それ、薬草な。目印はそのピンクの花だ。
花が咲いていないのは効果が薄いから採るなよ。それと、採るときは根っこから抜くこと」
おう・・・。見た目は完全に鈴蘭だな。
しかし、これが薬草だとすると・・・
「この辺めっちゃ生えてません?」
「薬草の群生地は光が当たりやすい植物が多い所だ。奥に行くと木々が大きくなり、光が届きにくくなる。だから、奥には少ない。まあ、少ないだけで生えてないことは無いがな」
「でもここで採取出来るなら森に入る必要無くないですか?」
「何言ってんだよ。ここじゃ、熊出ないだろ?」
ん?何を言ってるんだこの人は・・・。
俺、ホーンベア討伐の依頼なんて受けたか?
「本当に熊を倒せるのかの確認とどれだけ魔法を制御出来ないのかの確認だな」
「・・・熊ってどこら辺に出るんですか?」
「森を街に近い『近郊』、木々が入り組む『最奥部』、その間の『中部』に分けると・・・『中部』だな」
「中央に近づいてません?」
「だって熊はそこにしか出ないし・・・」
「別に熊に拘らなくて良いんじゃないですかね」
「・・・よし!行こう」
「話を聞いてくださいよ!」
ま、まあ。1度倒した相手だ、そこまで身構える必要ないだろう。
問題は力加減だが、そこら辺はあとで教えてもらえば大丈夫だろう。
悪いな、熊よ。お前には犠牲になってもらおう。
「あ、薬草って必要数以上採っても大丈夫ですか?」
「いや、他は大丈夫なんだが、群生地が決まっている場合、個人による乱獲を防ぐために指定数以上採っちゃいけないことになってるんだ」
「まあそりゃそうですよね。じゃあ、依頼を受けてない分の魔物をたおした場合はどうなるんですか?」
「それはよくある事だからな。解体して素材を買い取ってもらって生活費や路銀の足しにしてるよ」
そっちはありなんだ。
「じゃあ、これから行く熊とか割と高値だったりします?」
「まあ、数日は風見鶏亭で飯を食えるぐらいには稼げるな」
それはそれは。だが、前みたいに灰になってしまうと素材かゴミかも見分け付かないレベルだからな。
やっぱり、第一は火力の調整を早く覚えないことには始まらないな。
◇◆◇
はい。やって来ましたロークスの森『中部』。
今更だが、ロークスの森ってすごい安直だよな。
それだけ、重要視されてないって事なんだろうか。
「俺の生まれたのここら辺ですよ。たぶん」
「ん?『最奥部』とかじゃないのか?」
「違うと思いますよ。だって、生まれた場所からそんなに動かないうちに剣戟音が聞こえてきましたから」
「耳良すぎるだろ・・・。剣戟音なんてそこまで響くものじゃねぇぞ?」
言われてみればそうか。
でも、聞こえすぎるってほどでも無いから問題無いとは思うが・・・。
「しっ・・・。居たぞ」
指を唇に当て、顎をあれを見ろと言わんばかりに動かす。
「ん?何だもう1匹?」
黒い熊に向き合うようにして佇む白い熊。
それは低く唸り威嚇する黒熊に対し、感情の抜け落ちたような白い目で臆すること無く前進する。
「あれが例の白い個体ですか?」
「いや、何か違うような・・・。何か違和感がある」
「ガアァァァ!?」
「「!?」」
突如、白熊が腕を振り上げたと思えば次の瞬間には黒熊の胸部から白熊の腕が突き出ていた。
「ガ、ガアァァ・・・」
「何だ・・・腕が伸びたのか?」
「そのようですね。ちなみに、ホーンベアにあの様な攻撃方法は?」
「ある訳ねぇだろ・・・。何だアイツは?取り敢えずあいつを野放しにしておくといけねぇ気がする。仕留めるぞ」
「了解しました」
俺とアレスタさんはほぼ同時に飛び出し、俺が左側からアレスタさんは右側から白熊との距離を縮める。
「はあぁぁぁ!!」
アレスタさんが剣を一閃し、白熊の首を刎ねる。
「な!?嘘だろ!」
しかし、白熊は絶命することはなく腕を撓らせアレスタさんを吹き飛ばそうとする。
アレスタさんも最初こそ驚きはしたものの、危なげなく攻撃を躱していく。
・・・何故だ?何で生きていられる。
「喰らえ!【黒炎伝導衝波】」
跡形も無くなれば動けないだろうという完全な脳筋思考で放った一撃により白熊は完全に蒸発した。
《ユニークスキル【報酬】の効果により、エクストラスキル【威圧】を獲得しました》
おう・・・。【報酬】が発動したってことは、今さっきようやく死んだって事だよな?
どうなってんだ、あの白熊の生命力。
「セレーネ、あんたなかなかやるじゃん!確かに、跡形も無く吹き飛ばしちまえば再起も不能だよな」
「ただ、あの奇妙な生物をギルドに持ち替えることは出来そうに無いですけどね・・・」
「そりゃ、仕方ねぇよ。取り敢えず、報告は必要だろうから一旦戻るぞ」
「そうですね。本来の目的は達成出来ているんですし・・・ん?」
「どうした?」
「いや、何でもないです。帰りましょうか」
何だろうか・・・さっき、角張った白い石がコロコロと移動していたような・・・。そんなわけ無いか。




