9話 風見鶏亭
「あ、そうだ。せっかく冒険者登録したんだし、何か依頼受けてみたら?」
ふむ。確かに登録だけして帰るなんて味気ないな。
それに、帰ったところでする事なんて無いし・・・。
「じゃあ、そうします。何か初心者にオススメの依頼とかってあります?」
「おお!やる気だねぇ。それじゃあ・・・」
「無難に《薬草採取》か《スライム討伐》とかが良いんじゃねぇの?」
「えっ!?さっき、セラさんが採取クエストは簡単じゃないって言ってましたよ?」
「そりゃ、金になる貴重な素材の時の話。今回は一番難易度の低い《薬草》の採取だ。どこでも生えてるから見つけるのは簡単だぜ?」
「そうそう。それに、《スライム》の方も初級魔術が使えたら十分倒せるしね」
「そうですか・・・」
やはり、どこの世界でもスライムは雑魚認定らしい。
ただ、魔術で簡単に倒せるってそれ即ち、魔術じゃないと手間取るって事じゃないか?
大丈夫か?俺の使える魔術っていうと・・・アレだぞ?
オーバーキルになる未来しか見えないだけど・・・。
「まあ、取り敢えず《薬草採取》の方だけでも受けておきます」
「およ?スライムの方は良いの?あ?もしかして魔術使えないクチ?」
「いや、使えることは使えるんですけどね。火力調整が苦手と言うか・・・」
オーバーキル=討伐部位の損失に繋がってしまう。
スライム遭遇→ファイヤー→全焼→次のヤツ探そっ。
火力調整を覚えない限りこれのエンドレスに嵌りかねない。
「アハハハハ。そんなに心配しなくても、スライムの討伐部位は《魔石》だからそこまで脆くないよ?」
「角が生えた熊が塵になる程の火力でもですか?」
「・・・アハハハ。そんなに心配しなくても、スライムの魔石だよ?耐えれるわけ無いじゃん」
「ですよねぇ・・・。ってことで、薬草採取だけでお願いします」
「りょーかい。ちょっとちょっと、アレちゃん。あの娘なかなかに手掛かりそうだけど大丈夫なの?」
「問題児上等だ。アタシが手取り足取りしっかり教えてやる!」
もしもーし。お2人さーん。
この場にいる人を問題児呼ばわりするなら、もっと声を潜めるとかそういう配慮をして欲しいなぁ。
「はい受注完了。これが薬草の絵だよ」
「・・・セラさん?こんな色も付いてないような絵じゃ植物の見分けなんて出来ないと思うんですけど」
「あのね、セレーネちゃん?色を塗るのってなかなか大変なんだよ?絵の具の材料費だって嵩むし」
え?これ一枚一枚手書きなの?
そりゃ、大変だわ。俺だったらそんな作業やりたくないもん。
「ちなみに、色付きの絵も銅貨5枚で売ってるよ?
でも、先輩冒険者とかに教えてもらえるからそっちの方が安上がりなんだよね」
「それじゃあ、絵なんて売れないんじゃないですか?」
「まあ、たまにいるんだよね。意地張って誰の手も借りないってヤツが。そういうヤツが買っていくし、元々こっちで儲けようとも思ってないからね」
ってことは、色付きの絵を買っていくヤツは頼んでもないのに金を落としていくいいカモってことか?
「まあ、今回はアタシが一緒に行ってやるから絵は要らねぇな」
「あ、一緒に来てくれるんですね」
「当たり前だろ?アンタを1人にすると何しでかすか分かんねぇからな」
「何もしませんって・・・」
信用無いなぁ・・・。
◇◆◇
「あ、そうだ。せっかくだし、飯食ってからにしようぜ。金はアタシが払うから」
ギルドを出てすぐにアレスタさんに呼び止められた。
「良いんですか?」
「アタシが払うって言ってんだから、良いも悪いねぇだろ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ゴチになりまーす」
「おう!」
心做しかどこか楽しそうなアレスタさんだった。
アレスタさんに連れていかれた店は、ギルドを出て少し進んだ先の大通りにあった。
「ここがアタシがよく来てる店【風見鶏亭】だ。
ここは冒険者の間では人気の店で、他の店に比べてかなり良心的な値段設定で尚且つ美味いんだ」
「へぇ。確かに、目つきの悪そうな客ばっかりですね」
「ハッハハハ。言うねぇ嬢ちゃん」
「あれ?トライさんじゃん。何でここに居んの?厨房は?」
豪快に笑いながら俺たちの座ってる席にやって来たのは、筋骨隆々とした肉体にエプロンを纏わせた大男。
名前はトライと言うこの人は、アレスタさんの言葉から察するに・・・
「おっちゃんがこの店の料理人?」
「おう。俺がギルドの酒場より安いって話題の【風見鶏亭】のコック兼オーナーのトライだ」
「そのコックが何でここに?」
「そうそう、それだよ。注文来てるんじゃねぇのか?」
「今は若ぇモンに任せて俺はちょっと休憩だ」
「あれ?トライさんって料理出来る従業員なんて雇ってたっけ?」
「いやあ、それがな・・・ちょっと来てみ」
「?」
何だ?何か言いづらいことでもあるのか?
まあ、着いてこいって言ってるんだし行ってみるか。
「ほれ。あれだよ・・・」
「ん?おいおい、ありゃ・・・」
厨房にいたのは、10代半ば頃の若い金髪の女の子で、
エプロン姿がよく似合っている。
「ああ、領主の娘、マームちゃんだな」
え?領主の娘?何でそんな地位の人がこんな冒険者御用達の店で働いてるんだ?
「店長さん、休んでて下さいって、言ったじゃないですか?」
「いやいや、普段厨房に掛かりきりの俺が急にふらふらしてたら皆不自然に思うんだよ。こいつらも同じクチでな。何でだって聞いてくるから連れてきてやったんだよ」
「むぅ・・・。それでは、店長さんが倒れてしまいますわ。そうなると、困るのは新人冒険者の方達なんでわよ?」
「そりゃ分かってるが・・・」
「だからって、何でアンタがその代わりを請け負ってんだよ」
「アレスタさん・・・ですわね。Aランク冒険者の」
「ああ。こんな事してたらまた領主にドヤされるぞ?」
「お父様は関係ありませんわ。あの様な領民を蔑ろにする男にとやかく言われる筋合いは御座いません」
おうおう。すげえ、嫌われ様だなぁ。領主さん。
これは、反抗期とかそういうヤツじゃ無さそうだしなぁ。
「とにかく、厨房は私に任せて、店長さんは休んでいて下さいませ」
「おおい!飯まだなのか?」
「お客様も催促しておられることですし、早く出ていって下さいませ」
「おい。ここは俺の店──うぉっと!」
凄いなこの娘。あの巨漢を手で押し出したぞ。
「ほら、貴女方も」
「はいはい。アンタも程々にしとけよ」
俺たち、一体何しに厨房に来たんだろ・・・。
それより、あの娘料理出来るのかな?
いや、出来なきゃ、一時的にでもトライが厨房任せたりしないか。
「取り敢えず、飯食いません?あの人があそこまで啖呵切ってるわけですし、食べてみましょうよ」
「よく孤児院とかに飯を届けに言ってるって話だから悪いヤツじゃ無さそうなんだがな・・・」
「どうも、こうと決めたら梃子でも動かない性格らしいな」
「聞いてます?」
「ああ、聞いてる聞いてる。トライさんもどうだ?一緒に」
「まあ、俺としては可愛い娘2人と一緒に食事が出来るのは嬉しいが、自分の店で金払って飯を食うのは些か不服と言うか・・・」
そりゃそうだろう。何が悲しくて自分で仕入れた食材、自分で手入れしている調理器具を他人に使われて、あまつさえそれに金を払うなんて・・・納得いかないよなぁ。
「じゃあ、ここはアタシが3人分払うから好きなの注文しなよ」
「そうか?悪いな」
「アレスタさん男前っす!じゃあ、トライさん。この店のオススメは?」
「そりゃあ、店の名前の由来でもある、《風来坊》の唐揚げだな。《風来坊》は脂っぽく無く、さっぱりとして食べやすいことで有名なランクEの魔獣だ」
「ただし、名前の通り一所に留まっていることが少なく、頻繁に生息地を変えるため捕獲しにくい魔獣でもあるな」
「そんな魔獣を卸しているんですか?」
「まあな、専門の狩猟者に頼んで狩ってきてもらってんだ」
へぇ、ハンターか・・・。冒険者とは違うのかなぁ?
「風来坊専門のハンターか。そりゃあ、すげえ。
需要も多いし、さぞかし儲かるんだろうな」
「そうでも無いらしいがな。まあ、ってことで俺は唐揚げ定食で」
「じゃあ、俺もそれで」
「それじゃあ、アタシも」
「・・・・・・どうやって注文するんです?」
「ご注文は?」
「うおい!?」
ビックリした!誰この人!?いつから居たんだ?
茶髪で細身のイケメンは物音一つ立てず、俺たちの座るテーブルの近くに立っていた。
ってか、この世界に来て初めてのイケメンとの遭遇じゃないか?
今まで確か、オッサンしか出会ってないよな?
「そこまで驚くことでもねぇだろ・・・」
止めてアレスタさん!そんな憐れむような目で俺を見ないで!
「ご注文は?」
「唐揚げ定食3つだ」
「承りました。水はそちらの店長にお聞き下さい」
そう言って、彼は厨房の方へと消えていった。
「冷たくね?」
「気にするな。ああいうヤツなんだ。
あ、そうそう。さっきのが風来坊ハンターのザラムだぜ」
へぇーあの人が。でも、そこまで体格も良いってわけじゃないし・・・。いや、そんな事言ったらアレスタさんだってそうか。
「風来坊相手に戦闘能力は大して要求されねぇんだ。必要なのは気配を断つ能力だ。臆病なアイツらは気配察知に優れていてな。それを掻い潜るレベルの気配遮断があれば食っていけるんだよ」
「何でそれを常時発動してるんだよ・・・」
2分後・・・
「お待たせ致しました。唐揚げ定食です」
「!?だから、何で常に気配を断ってるんですか!急に出てこないで下さいよ!」
「アハハハハ!セレーネ、アンタ今すごいビクッてしてたよ!」
「こちらグラスとスプーン、フォークでございます」
「貴方もブレませんね!」
「それでは何かあればお呼び下さいませ」
「会話のキャッチボール!!」
「アハハハハ!!」
「ホント、うちのモンがスマン・・・。グラス寄越せ。入れて来てやるから」
トライさんにグラスを渡すと、立ち上がり厨房横にあるオーブンくらいの大きさで蛇口のようなものが付いている四角い箱状の機械の所に歩いていく。
「何ですかあれ?」
「あれは、無限水袋の魔法陣を応用して家庭的なサイズにした魔道具で、名前は・・・【水道】だっけか?確か異世界から来た勇者が開発したとか何とか」
「・・・・・・。」
どういう事だ?俺とクラスの皆が異世界転移した時間に誤差があるのか?
「よくは知らねぇが、最初に一定量入れた液体が魔力が尽きるまでストックされるって物だったハズだ。
んで、この店では見ての通り3台あって、今トライさんが入れてるのが水、右にオレンジジュース、その奥が酒の順番だ」
「それって、貴重なアイテム・・・例えばポーションとかでも効果あるんですかね?」
「知らねぇよ。ただ、紅茶やコーヒーとかは人の手で淹れた方が良いってヤツらが多くいたらしく、あの魔道具に入ってることは滅多に無いな」
そうこう言ってるうちに3つ分入れ終わったトライさんが戻って来た。
「何だ?俺のこと待っててくれたのか?先食ってても良かったのに」
「セレーネがあの魔道具について聞いてくるから教えてやってたんだよ」
「ああ、なるほど。ここに初めて来る田舎出身のヤツは物珍しそうにしてるからな」
「ここも十分田舎じゃ・・・」
「セレーネ、それは言わない約束だ」
そんな約束した覚えないんですけど・・・。
「まあいい。取り敢えず食おう。料理が冷めちまう」
「そうですね。では、いただきます」
まずは、定食に付いてるスープから。
見た感じは濁りのない澄んだ琥珀色の液体だが・・・。
美味い。やっぱり、コンソメスープか。
しかし、コンソメスープは冷めやすいことで有名なスープだったハズ。ハンターや魔道具のくだりを合わせるとだいたい5分くらいかかってるが、少しも温度が変化した様子がない。
「ふむ。どうやら火属性中級魔術【温度維持】で冷めにくくしているらしい」
それ反則・・・。さすが魔法何でもありか・・・。
【完成されたスープ】と言われるコンソメスープに魔法を追加したってことは、どうなるんだ?
【すごく完成されたスープ】か?
・・・さて、次だ。本命《唐揚げ》
地球では絶対に食べることの出来ない魔獣《風来坊》の肉。
いざ、実食!!ハムっ。
これは!?口の中に溢れる肉汁!まるで、内側で吹き荒れる風が肉汁を押し出しているかのような感覚だ。
これは米が進む!
そう!この世界、なんと米が普通にあるようです。
バルトラ家での夕食で米が当然のように出てきた時は噴き出しそうになったからね。
「なるほど。高温で一気に揚げることにより、風来坊の持つ風属性の魔力と肉汁を一緒に閉じ込めているのか・・・。しかし、これではさっぱりとした風来坊の肉の特徴を殺してしまっているのでは・・・」
本当に風が押し出しているようです。
確かにこれは地球では味わえないですよねぇ。
「多く知られているのが脂身の少ない部位、ササミだったと言うだけの話」
「だから、急に出てくるなって言ったでしょう!?」
「風来坊の最も旨みが多い部位はササミではなく、ムネ。他の部位に行き渡るハズの脂を一点に集めているためコッテリとした味わいと溢れんばかりの肉汁が特徴だ」
「話を聞けよ!」
「2日前に俺はあの女に質問された。
風来坊の他の部位はどうなっているのか、と。
別に隠しておくことでも無いから素直に答えると、それを融通して欲しいと言われ、その通りに行った」
「あの娘、計画犯だったのかよ!?」
「だが、何故そのムネ肉のことを俺に言ってくれなかったんだ?」
「聞かれなかった。それに、貴方は最初にこう言った。噂のさっぱりとした肉を卸してくれるというハンターはお前か、と。だから俺はその通りにさっぱりとしたササミやモモだけを卸した。それだけだ」
ああ。こりゃ、仕事は出来るが、融通の利かない系の人だ。
1羽丸々卸せば良かったのにわざわざササミやモモだけを切り取って卸していたのか?
「くぅ・・・。俺の負けだ・・・」
「何が!?いつから勝負事になってたの?」
「あの娘の方が一枚も二枚も上手だった・・・だが、この店だけは勘弁してくれ!」
「いや、別にあの娘もこの店を乗っ取ろうとしてるわけじゃないと思うよ?」
必死の形相で土下座をするトライさんに思わず口が出る。
ってか、誰に土下座してんだよ。マームちゃんはまだ厨房で、目の前にいるのは風来坊ハンターだから。
「顔を上げてくれよ、親父さん・・・」
「何か新しい人来たァァ!」
隣のテーブルで飯を食っていたオッサンが何やら立ち上がり、トライさんの肩に手を置く。
「今日の飯は確かに美味かった。だが、俺は長く親しんだあのさっぱりとした唐揚げを忘れることが出来ねぇ」
「俺もだ」
「俺もだよ、おやっさん!」
「おやっさんが居ねぇ風見鶏亭なんて風見鶏亭じゃねえ」
「誰もトライさんを解雇するなんて言ってないでしょうが!」
トントン
「ん?」
「セレーネ、出よう。何というか、見るに耐えない」
「えー!?それは、あんまりですよ!」
「だが、このまま長居すると依頼終わりが暗くなっちまうぞ?」
「それは困りますね・・・。じゃあ、気付かれないように出ますか」
「そうだな。そうしよう。金は・・・」
「テーブルの上にでも置いていれば良いんじゃないですか?」
「よし、出るぞ」
「ごちそうさまでしたぁ・・・」
俺は《幽寂閑雅》を使い気配を完全に遮断し、店を出る。
うん。食った食った。飯は美味かったんだがなぁ・・・。
「んじゃあ、薬草採取行くぞ」
「何か飯食っただけなのにどっと疲れたような気がする・・・」
「おまえダヂ!!うおーーありがどう!!」
ガシッ!
どうやら本格的に疲れているようだ。
まさか、店内からオッサンの咽び声と抱き合う幻聴が聞こえるなんて・・・。
「ハァ・・・」
名前 なし
種族 風来坊
性別 個体による
年齢 個体による
称号 《渡り鳥》《自由奔放》
『種族スキル』
【気配感知】・・・
敵意を持って近付く者の気配を感知する。
【気配察知】の上位互換。
【気配遮断】では防げない。
「解説」
・葉っぱに近い緑色の羽を持つ鳥型の魔獣。
・種族としての性質で一所に留まることが出来ない。
・基本1羽で行動し、群れることをしない。
しかし、繁殖期になると大きな群れを作り互いに警戒し合い、【気配感知】に引っかかった者がいると全員で【風魔術】を放つ。
・長時間飛行を行うため、翼の筋肉が発達し、脂身が少ない。同じく木に長い間掴まっているために、足の筋肉も発達している。