勇者の爆買い
「勇者ロビンご一行様がお買い物にやってくるぞ!」
それは村人Aが不意に上げた一声だった。その言葉に皆が目を輝かせた。久しぶりの外貨の稼ぎ時だ!どの顔もそう語っている。たまたまそこに居合わせた商工部のヘラスカイテスは役場へ走った。
僻地のため旅人が訪れることが少ないこの村でも、時折彼らが落としていくお金は少なからず村人の財布を潤している。それが勇者ご一行ともなれば必要となるアイテムも多く、金払いもいい。爆買いが期待できるというものだ。
「商売の準備を始めろ!」
いち早く勇者来訪の情報をゲットした彼は役場に着くなり叫んだ。それを聞いた瞬間村長以下は総出で外へ駆け出した。勇者のお買い物となればめったにないビッグチャンスである。なかには慌てるあまりはだしで駆け出す職員もいたほどだ。
しかしご存知の通りこの村には道具屋もなければ武器屋もない。あるのは個人商店のよろず屋だけである。村にはろくな特産品がなく、村政は苦しい運営に直面していた。
「コルビン!どうしたものかのう?うちの村にはたいした売り物がないからの」
「どんなものを売ってるの?リストとかある?」
アカリ姫が口を挟む。どうぞ、とヴィスワが書類を差し出した。以下がこの村の売り物リストだ。
よろず屋――
やくそう 10ゴールド
わらのねぶくろ 30ゴールド
あさのふく 50ゴールド
ひのきのぼう 50ゴールド
釘 3ゴールド
――以上
「いや、以上って!これだけ?!」
信じられないと言わんばかりに口に手を当てている。
「ちょっと待ってよ、何、釘って?!もしかしてこれがこの村の特産品?」
「申し訳ないがこれが寒村の現実なんじゃ……」
「こんなのじゃ勇者達は別の村に行っちゃうわよ!」
「そんなわけにはいかんのじゃ!なんとしても村に金を落としてもらわなければ!せっかくのびじねすちゃんすが!」
喚く村長。まあまあと肩を撫でるヴィスワ。父親の扱い方は十分心得ているようだ。
一方でコルビンは苦渋の決断に迫られていた。村政を取るか、それとも村民の安全を取るか、である。
「コルビンは何か考えがありそうね」
「ええ……仕方がありません。この前作ったC4級の回復薬を店先に並べましょう」
「ううむ。確かに仕方があるまい」
村長も頷いた。少し前に薬事部に生産体制を整えさせた回復薬である。山奥から貴重な薬草を取ってくるという危険なオペレーションにも関わらず、当初想定していた週産200個という体制は続いていた。村がモンスターの襲撃にあったとき用に備えているものだ。
「今のところ倉庫には500個ありますぜ」
「それだけあれば足りるでしょう」
「しかしのう、一個いくらにするんじゃ?」
「経費がいくら掛かったかも計算しないといけませんね」
とヴィスワがどこから取り出したかそろばんをパチリとはじく。
「計算できるんですか?」
「……残念ながら」
彼女はそろばんを仕舞い、本当に残念そうに肩を落とした。
「経費のデータは存在していません。そもそも売るということを想定していなかったものですから」
「そうねえ、町だとこれくらいの薬なら一個200ゴールドってとこかしら」
口を挟んだのはアカリであった。
「王女の癖に庶民の懐具合に明るいんですね」
「癖にって何よ?!文句あるわけ?」
「いえいえ。褒めてますよ。皮肉じゃないですってば」
「四の五の言ってる場合じゃありませんぜ。早く店に運びこばなければ!」
村長以下職員達は総出で回復薬を運んだ。村長は以外とフットワークが軽い。
「来た!来た!」
よろず屋の主人が叫ぶ。見ると勇者一行が既に店先に立っていた。村長以下はよろず屋の奥に潜んで商談を見守ることにする。主人は何事もなかったかのようにお決まりの文句を言い放った。
「いらっしゃいませ。ここは旅のよろず屋です」
「何を売ってるのか見せてくれ」
→やくそう 10ゴールド
わらのねぶくろ 30ゴールド
あさのふく 50ゴールド
ひのきのぼう 50ゴールド
釘 3ゴールド
C4体力回復薬 200ゴールド
「うわ、明らかに勇者のテンションが落ちてますよ!」
「そりゃこんなひどいラインアップ見せられればそうなるわよねえ……」
「しっ、何か買おうとしておるぞ!」
勇者は勝ち誇ったように高らかと言いのけた。
「C4回復薬を1,000個くれ」
「!!!!!」
皆は驚愕した。これが勇者の購買力。勇者たる所以。爆買いだ。これが本物の爆買いだ。よろず屋の主人はあまりの規模の違いに気が遠くなった。
「?!どうしたご主人!気分でも悪いのか?」
「あ、あまりに大量なものですから……」
「仕方ないだろう。C4回復薬だと回復量が少ない。うちの回復役が言うには量でカバーしないと安心できないそうだ」
「あ、ありがとうございます!しかしC4回復薬の在庫が500個しかありませんでして……代わりにやくそうをあるだけ持って行ってくださいませ!」
「なに?!ないのか……おい」
と勇者ロビンはパーティを振り返る。回復役のパーティメンバーと思わしき女子がなにやら計算を始めた。
「C4回復薬500個をやくそうで換算しますと……およそ5,000個ですね」
「!!!!!!」
村長以下村人達はすっかり肝をつぶした。ちなみにやくそうの在庫は200個程度しかない。それでもこれまでの基準で考えると多く在庫を積んだつもりだったのだ。
「恐るべし勇者一行、じゃな」
「勇者一行が訪れただけで町を上げての歓迎を示すところすらあると聞いたことがありますが……ここまでお金を落としてもらえるなら頷けます」
「か、回復薬500個で、合計で、じゅ、十万ゴールドになりますっ!どどどっどなたがお持ちになりますかっ?!」
「店主がテンパっておるぞ。500個も誰かが持てるわけなかろうに」
「そりゃ仕方ありませんよ」
「馬車に運び込んでくれ。それとこれが十万ゴールドだ」
勇者が手をくいっとやると、会計係が白い布袋を取り出して店先に置いた。よろず屋の店主はすっかり舞い上がってしまっている。
「は、はあ!じゅ、十万ゴールドいただきました!」
「待て待て、確認してもらいたい」
「あ、あ申し訳ありません!……これはすべてブリギット金貨でございますね。とするとあの秤と重りがいるな……」
店主はぶつくさ言いながら店の奥に消え、しばらく物置をひっくり返した末なにやら古い秤を持ってきた。十万ゴールドともなるといちいち数えていられないので、重さで計るのである。その際どの種類の金貨にどれだけ不純物が混じっているか、つまり金の含有率を考慮しなくてはならない。金貨によって異なった重りが必要になる。
「よろず屋のじじいは妙に詳しいのう」
「よろず屋は村唯一の両替商でもありますからね」
「この村でこのデシマル秤が必要になるほどの取引ができるとは思ってもおりませんでしたが……ええと、ブリギット金貨は一枚あたり3.1gの金を含んでるから……恐れ入りますが磨耗分を5パーセント引きとしまして……」
主人がぶつぶつ言いながら秤の一方に十万ゴールドが入っているという布袋を慎重に置き、もう一方にブリギット金貨用の重りを乗せた。秤は左右に大きく揺れ、やがて両者がぴったり釣り合った……商談成立である。
「た、確かに十万ゴールド頂戴いたしました!商品は責任を持って馬車に積み込ませていただきます!もちろん積み込み料はいただきません!」
「ありがとう。頼んだよ」
「あ、あと釘もいかがですか?!この村の特産品です!」
「……無料でもいらんわ」
勇者にしっかりと釘を刺された形になったが、何はともあれ箱詰めされた500個の回復薬の荷役が始まり、勇者一行は村の散策を続けるつもりかよろず屋から離れた。生まれて初めて大きな取引ができたとほくほく顔のよろず屋店主であったが、二つの黒い影が迫っていた。
「ふぉっふぉっ」
と村長が笑う。
「ふふふ」
とコルビンも思わず笑みをこぼす。
「税金の時間じゃ」
「今年は村政の予算も楽になりますね」
「まったく嫌な人たちねえ」
アカリが呆れている。コルビンが早速計算を始めた。
「まずはこちらの経費を考慮して、回復薬一個当たり180ゴールドを卸値としましょう。次に付加価値税10%、一個当たり18ゴールドいただきます。次に今まで滞納していた事業税などの税金もろもろ900ゴールドを差し引きし……」
「ちょっと待ってくださいよ!」
夢見心地だった店主も慌てて計算を始めた。
「ええと、すると、私の手元に残るのは……?」
「まず仕入れ値と付加価値税で一個あたり198ゴールド、それが500個あるので掛けると99,000ゴールド。他の税金で900ゴールド。合わせて99,900ゴールドを徴収いたします」
「ひえっ!」
「お、鬼だわ!手元には100ゴールドしか残らないじゃない!」
「なお、支払いを滞納されるとろくな目に会いませんのでよろしくお願いします!」
お願いします!とヴィスワも復唱した。まるでかえるの合唱のようだと思うとコルビンは少し笑いを我慢しなければならなかった。
「村人の平均年間所得が100ゴールドじゃからの。これでも店主は一年分の収入を一日で稼いだことにはなるぞい?」
「なるぞい?じゃないわよまったくもう……」
「さて、早速税金の使い道についてじゃが……」
「おっと!村役場の改築ならダメですよ!最後ですよそんなもの。村にもっとたくさん勇者が来て貰えるようにすることで手一杯ですから」
「頼むコルビン!娘と土建屋から頼まれとるんじゃ!宿屋の改築でもいいから!」
「ダークな話はやめて!村の暗部に触れているようで嫌な気持ちよ!」
「早速役場に戻って会議にしましょう!アカリ姫もヴィスワも参加してもらいますよ」
コルビンは勇者の訪れる村作りのためにはまず消耗品、つまり薬や矢などの生産を整えたいと考えていた。しかし行く手にはいろんな敵が立ちふさがるだろう。久しぶりの臨時収入にどの部署も舌なめずりしているに違いない。会議では村長すら敵なのだ。
久しぶりに腕が鳴る……コルビンは決意を新たにして役場の会議室へと消えていった。




