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カウントダウンのその日まで

作者: 慧奈

自分の寿命は、自分にも、他人にもわからない。

例えば大きな病気にかかり、余命宣告をされたとしても、長生きする人もいればその逆も有りうる訳で、人の命というものは誰かのモノサシでぴったり計れるほど都合よく出来てはいないはず。

しかし、そいつは音もなくそして優雅に、空を歩いてやってきた……


「おやおや、鳩が豆鉄砲食らった様な顔をしながら鯉のモノマネができるなんて、見事な顔芸ですねぇ、ナイスリアクションです!」


にこやかな笑みのままスーツ姿の長髪男は、顔を合わせるなり言い放った。

あまりにも自然に空を歩くものだから、驚くしかできない。

それに、普通人は空を歩けるものではない。

もしかしたらワイヤーか何かで吊られているのかもしれないと思って頭上を見るが、それらしい物はなく…

はて、なんでしょう?みたいな顔で、それでいても尚笑顔でこちらを見ている。

言葉が出てこない。なるほど、鳩やら鯉のモノマネと言われたのが何となくわかる。


「申し遅れました、わたくし、こう言う者です」

灰色のスーツの内ポケットから黒い名刺入れを取り出し、中から名刺を1枚差し出す。

そこにはこう書かれていた。


「死期知者 12月課 十鞠」


「なにこれ」

「書いてある通り、死期を知らせる者です。十鞠とかいてトマリです。突然やって来てこんなことを言うのは失礼なのですが、残念ながらあなたは12月を以てお亡くなりになります。」


医者にも言われなかった宣告。

頭が真っ白にならりながらも、手はナースコールに向かって伸びようとしている。

しかし、その動きはさらに頭が混乱する一言で止められてしまう。

「誰かを呼んでも無駄ですよ。私の姿はあなたにしかみえていません。」

そんなはずは無い、と思って周りを見てみるが、他の入院患者の反応と言えば、誰もいないのに誰かと喋っているぐらいにしか思われていない。

不思議そうな顔をしてこちらを見る目が痛い……

「ご理解いただけましたか?私が見えるのはあなただけだと。ご理解できたのなら今後の説明を簡単にお伝えします。」


淡々と、そしてにこやかに十鞠は言葉を続ける。


「先ほど説明した通り、私は死期を知らせる者です。

そして、12月課とは死ぬ月の担当、月ははっきり確定していますが日にちは間近にならないとわかりません。わかるのは亡くなる5日前、そこから避けられない死へのカウントダウンが始まります。」

「あんたは、要するに死神なの?」

「私をどう思うかはあなた次第です。ですが、まあ死神と言われてしまえばそうかもしれません。死の宣告を告げにやって来ているわけですし。」

「12月…来月?来月にならないといつ死ぬかわからないのか?」

「その通りです。日にちは間近にならないとわかりません。なってすぐ死ぬのか、しぶとく月末まで生きるか、はたまた中途半端に半ば頃に死ぬのか。」

「……」

「今日はのことだけを伝えに来ました。

私の事が信じられないのはわかりますが、避けられない事です。時間はまだまだありますから、ゆっくり考えてください。後悔しない生き方を。では、カウントダウンのその日まで。」


十鞠は言うだけ言って、軽やかに空を歩き出した。

その後ろ姿をただ見るだけで、何一つ考えが浮かんでくることはなく、来月死ぬと言う突然の宣告だけが頭の中を埋め尽くしていった。


その日から、何となく後悔しない生き方を考える日々。

出来る限りやりたい事をして、食べたいものを食べて、遊べるだけ遊んで…でも、どれだけ考えても果たしてそれが後悔しない生き方に繋がるか微妙で、中途半端に考えを放置して…持て余した時間が戻ってくることはなく、気がつけば12月はすぐそこまで迫っていた。



「ねえ、加賀美さん死神って信じる?」


体温測定の為に病室に来ていた看護師の加賀美さんは、質問を聞いて不思議そうな顔をしながらも真面目に答えてくれた。

「死神かぁ、もしかしたらいるかもしれないって思うなぁ」

予想外の答えが返ってきた。

すかさず理由を聞く。

「なんで?」

「私がここに来てしばらくした頃、夜間の見回りで病院内を歩いていたら、個室から声が聞こえたの。お願いだまだ連れていかないでくれって。気になって部屋に入るとそこには患者さんしか居ない、でも、ひどく怯えていて大の大人が大粒の涙を流してこう言ったの。俺はあと2日で死ぬ…死にたくないって。なんとか落ち着かせようと必死に声をかけたけど、死にたくない、死にたくないってそればっかり……結局その患者さんは言っていた通り2日後に亡くなってしまったけれど……泣きすぎて腫れた目、あの顔を今でも忘れられない。だから今思うのは、あの夜、あの患者さんにしか見えないなにかが居たとしたら、それはもしかしたら死神なのかもしれないって事かな。」


きっと、その死を伝えたのは、あいつらだ。

加賀美さんの話はそれで終わり、以後そう言った患者を見ることはなかったと言う。

死に顔が泣き顔なんて、悲し過ぎる……。

そんな残酷な死の宣告をどうして告げる必要があるのかわからない。

けれど、期限は迫っている。

いつまた現れるかわからない十鞠を思い出す。

"後悔しない生き方"なんて言われても漠然としていてどう生きれば良いかわからない。

考える事は今までの自分。振り返るとなんだか虚しくなってきた。

そして、また考えを放置する。と言うより放棄した。

考えることをやめてしまったのだ。

結局何もないまま、これと言った生き方を選べないまま、12月はやってきてしまった。



「ごきげんよう」


来た。

死の宣告、カウントダウンが始まった。


「お久しぶりです、その後、後悔しない生き方はできましたか?」

「何もしてない。」

「おやおや、生きることに執着のない方ですねぇ、死ぬ事が怖くありませんか?」

「死ぬのは嫌だ。でも、何をすれば後悔しないのかがわからない。」

「はぁ、そうですか。では、どう死にたいかを考えては如何ですか?」

「死ぬのが怖いのにどう死にたいかなんてフツウ考えない」

「まぁ、騙されたと思って」


十鞠は相変わらずニコニコと笑顔で話してくる、

死へのカウントダウンを告げているのに、どうしてそんなに笑顔でいられるのか。ちょっとイラッとしてしまう。


「とはいえ、残念ながらカウントダウンスタートです。

また明日」


必要な事だけを伝え、さらに混乱するような事を言い、そして十鞠はまた空を歩いていった。


「……はぁ」


ため息しか出てこない。

またいつものように、考えを放棄して目を瞑った。

吸い込まれるように眠りにつき、気が付けば深夜を迎えていた。

寒いとはわかっていたけれど、少し外の空気が吸いたくなって病室を出る。

すると、別の病室から声がある聞こえてきた。


「そうかい、じゃあ本当に連れていってしまうんだね。」

「見れないと諦めていた孫の顔が見れたんだ、後悔はないよ。」

「また明日。」


老人が誰かと会話をしているのが聞こえる。

けれど聞こえてくるのは老人の声だけで、会話の相手の声は聞こえない。

気になってドアをノックする。


「だれですか?こんな時間に」

「ごめんなさい、今誰かと話してましたか?」

「あぁ、聞こえてしまいましたか。今ここにね、可愛らしいお迎えが来ているんですよ。」

「お迎え?」

見えない。けれど、この人には見えている。

「私は、明日死ぬんです」

「え……?」

「もう決まっている事らしくてね、でも良いんです。孫の顔が見れるまで生きれた、それどけで十分なんです。」

老人は笑う。もう十分生きたと。諦めるのではなく、死を受け入れている。

自分とは違う……笑顔で死を語る老人を見ていたらどうしてか涙が出てきてしまった。

「あら、どうしたの?」

「わからないんです。自分も、きっともう少しで死んでしまうのに、どうすればいいのかわからないんです。

十分だと言えるものはないし、やりたい事だってそれなりにあるはずなのに、全然決まらなくて、ただ無駄な時間を過ごして、気がついたら残された時間は無くなってて……」

言葉にするだけで、涙が溢れてくる。

とまらない、止め方がわからない。

老人はそっと背中に手を当ててくれた。

そして、こう言った。

「楽しいことを考えなさい。少しでも、楽しくなる事を。何でもいいの。笑顔になれる事を考えてご覧なさい。」

老人は、生まれてくる孫の顔がただ楽しみで、それだけを考えて頑張って生きたと言う。医者から受けた余命宣告よりも、お迎えの言葉を信じてただ楽しみにしていたのだと。

上下に動く手が温かくて、老人の言った言葉が混乱していた頭にすっと入って来て、不思議と落ち着いて、気が付けば涙は止まっていた。


「楽しいことを考える」


ただそれだけで、満たされる心がある事を老人は教えてくれた。


「ありがとうございます」

「もう、大丈夫?」

「はい」

「そう…窓にいる子も心配してずっとあなたを見ていたけれど、大丈夫なのね?」

「はい、ありがとうございます」


引き攣りながらも笑顔を作る。

下手くそな作り笑顔をみて、老人は笑う。

「さぁ、お部屋に戻りなさい」と促され老人の病室を出る。

ひらひらと手を振って笑う顔が何となく頭に焼き付いた。

そして、老人は翌日息を引き取った。


それから、放棄していた考えは楽しいことに向かうようになり、本を買ってきてはにやにやと気持の悪い顔をするようになった。

悔しいことに、十鞠がどう死にたいか考えてみてなんて言っていた事をふと思い出す。

今の自分は、楽しいことを考えて、笑顔でいたいと思うようになっている。老人のおかげだと言うのに、なんだか腑に落ちない……けれど、考えるのはやはり楽しいと思うことばかりだった。

「……おやまぁ、昨日は不貞腐れていたのに随分な変わりようですね、気持ちが悪いです。何かありましたか?蛍ちゃんがあなたの事を心配していましたけれど」

「蛍ちゃん?」

「可愛らしいお迎えですよ。」

「………あぁ、やっぱりそうなんだ。」

「ちなみにあなたの命はあと4日です。」

「知ってる。あと、楽しい事考えてんのに気持ち悪いとか言うなよ。」

「何を言いますか、自分でも気持ち悪いと思ってるくせに。」

あーだこんだ言いながらその日は十鞠と始めてまともな会話をした気がした。

周りの目は痛々しいものだったけれど、そんなことは気にしない。

あれだけ混乱していた頭は、残る日々を楽しいことでいっぱいにするように過ごしてから、気が楽になっていた。


そして、1日前ー。


「こんばんは、あなたは明日でお亡くなりになります」

「知ってるよ。身体がだるいし、頭もぼーっとするし」

「そんな状態で、何を考えていますか?」

「でっかい雲に寝転べたら気持ちいいだろうなぁ、って考えてる。」

「それは結構。……眠りますか?いつもなら起きている時間ですが。」

「寝る前に、なんであんたいつもそんなににこにこしてんの?」

「……前は違ったんです。前はもっと冷酷にものを言っていたんです。ですが、ある時担当した人はとても生きる事に執着する方で、最後まで死にたくないと言い続けていました。

そんな方は初めてだった。タイムリミットを迎え、強引に魂を切り離し、空っぽになった体に残されたのは泣き腫らした目と、涙の跡。魂となったその人には散々いろんなことを言われました。散々言われ続けて、それから何を言われても笑う事にしたんです。私が笑うのは、自分のためです。」

自分勝手でしょう?と、笑いながら笑顔の理由を語る。

加賀美さんが言っていた患者さんの担当は、十鞠だったのか、なんてのんきなことを考えながら、あの時の老人の言葉を思い出す。

楽しいことを考えてご覧なさい。と。

その言葉に救われて、残りの時間を後ろ向きにならずに済んだ。だから、出会った時にやれ鳩だ鯉だと言われたお返しのつもりで言ってやった。


「ざまあみろ」

って。

笑いながら、言ってやった。

一瞬ぽかんとした顔をしてすぐに、顔を掻きながら「その通りですね」なんて言うもんだから、言い損した気分になった。

その日はそのまま眠ってしまった。生きて眠る最後の日は、とても安らかな気持ちだった。



「さて、よく眠れましたか?」

「まだぼーっとする。って言っても死ぬから当然か」

「眠りは大切です。最後になにか言いたいこと等はありませんか?」

「別に無いかな、ギリギリだったけど、楽しいことたくさん考えたし、やりたいことはあるけど、写真でやった気分にはなれたから、大丈夫。」

そうですか、と言って十鞠はしばらく黙り込む。

何をそんなに考え事をしているのかと尋ねると…

「いやぁ、間接はダメだよな」

と、意味不明な事を呟いた。一瞬意味がわからなかったが、理解してハッとした。

まてまて、まさかあれか?あれなのか?間接ってそう言う意味か?間接がダメなら直接か!?

と、ひとりでパニック状態に陥っていた。

「ごめんなさい、命の取り方言ってなかったですよね?」


聞いてねぇよ!!


「まあ、簡単に言ってしまうと、アレです。ちゅーです。」

「可愛らしく言ってごまかそうとするなよ……」

「オブラートに包んだと言って欲しいですね」

「それしか方法ないの?」

「心臓に手入れられて魂抜くところが見たいんですか?」

「結構です!!」と言うか、断固拒否だ。

「目を瞑っていればすぐ終わります。触れるだけ、触れるだけ♪」

「変態……」

「失礼な!」

「でも、それで終わるんだな?触れるだけなんだな?」

「はい、触れるだけです。舌を入れてどうこうなんてしませんよ。して欲しいなら別ですが……」

「誰がそんなことして欲しいか!」

ケラケラと笑う十鞠を見て、釣られて思わず笑ってしまうのが少し悔しかったけれど、仕方ないと言って観念して目を瞑る。


本当に触れるだけだった。


「はい、目を開けてください」

「……」

さっきまで重かった身体がウソのように軽くなっている。

言われて目を開けると、そのには笑顔で横たわる体があった。あぁ、本当に死んだのか。

こんな顔をして笑っていたのかと、まじまじと抜け殻となった自分を見る。

すると、タイミングが良いのか悪いのか、加賀美さんがやってきた。異変に気付いて身体のあちこちを調べ、血相を変える。

それを見て、聞こえないごめんなさいを言った。


「行きますか?」

「うん。」


十鞠に手を引かれ、晴れ渡る空を歩く。

「おや、気が付きませんでした、あなたの手、とっても綺麗なんですね」

自分の手を褒められて、なんだかくすぐったいような気持ちになる。


嬉しいと思った事は、絶対に言ってやらない。

そして、笑顔のまま、空を歩く。

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