選挙に行こう
「――うそ、やろ……」
朝ごはんを食べながら、何気なくつけたテレビで見たそれは箸を落として画面に目を釘付けにするに十分な衝撃をおれに与えた。
『北朝鮮が発射したとみられる水素爆弾は、大阪中心部の上空100メートルで爆発し……』
ニュースキャスターの白井紀子がヘリコプターから映し出された中継映像をバックに、爆心地の状況を伝えている。彼女は新進気鋭の美人アナウンサーで、おれも朝のこの番組で彼女の麗しい姿を眺めることで一日の英気を養っているのだが、今日ばかりは彼女の温室育ちの上品な顔立ちは目に映らなかった。
中心部は鉄筋コンクリートさえも跡形もなく消え失せてクレーターとなり、上流部から流れてくる川の水が蒸発して大量の蒸気を発している。
西日本最大を誇る大阪のビジネス街と繁華街も見事に消え失せて、再開発によりきれいになったと評判だった大阪駅周辺も見る影もないがれきの山となっていた。
「あれが、うめだ? ……冗談っ」
そうだ、電話。
ポケットに入れていたスマホの存在を思い出して、おれは慌てて実家に電話おかける。
――プルルルルル。プルルルルル。プルルルルル。プルル……
「くそっ。繋がらないっ!?」
そうだ。こういう大災害が起こった時はみんなが一斉に電話をかけるから回線が込み合って繋がんなくなるんだった。
落ち着けっおれ。
まずは状況を把握することが重要だ。
震える指でスマホからブラウザを立ち上げる。ニュース欄は既に水爆のニュースで埋め尽くされていた。
おれにとって重要なのは、まず家族の安全だ。
おれの実家は市内ではない。関空よりの下町でもしかしたら、被害を免れているかもしれない。
もしかしたら……。
おれは3人兄弟の長男で去年の春から都内の私大に通い始めたが、それまでは生粋の大阪人だった。下には高2の弟と高1の妹がいる。どちらも大阪市内の学校に通っている。親父だって勤務先は市内だったはずだ。
……無事だろうか。
悲惨な被爆地の状況を見世物にするだけで一向に被害地域の話や被害者の詳細を語らないテレビ番組を無視して、おれはネット記事を漁っていく。
「被害状況、……400万人以上っ!?」
そこには、関西一帯の地図と大阪市を中心に3つ4つの円が書かれていた。
きっとこれが被害地域なんだろう。
「……入ってるやん……」
その中の2番目に小さい円が実家の住所を囲っていたことを確認して、ため息をつく。
今日たまたま、学校とか仕事とかサボって旅行とか言ってたりしないかな。
……ないよな。
おれんちみんなまじめだし、平日のなんもない日に旅行とかありえんだろう。
――マジか。
やべぇ、泣きそう。
ていうか、もう無理だわ。
だって、目がぼやけて画面みえねぇし。指が震えてページ切り替えられんし。
「っ! ――なんでやねん!? なんで大阪やねん? ソウルとかやろ、普通っ!!?」
ミサイルを撃ち込んだ北朝鮮に対する怒りがこみあげてくる。
ボケに対するツッコミなどではない。怒りだ。憤りだ。
だって、おかしいだろ。なんで日本に撃ってくるんだよ。
お前んとこの敵は韓国だろ? アメリカだろ?
なんで日本に撃ってくるんだよ。なんでおれの町に撃ってくるんだよ。
「ふざけんなよ……」
バンとテーブルを叩いた拍子に味噌汁がこぼれてしまったが、それでもバンバンと叩く。
怒りの矛先ははっきりしている。
はっきりしているがどうにもすることができない。
国はどう対応するだろうか。
救助活動は進んでいるんだろうか。
――あいつら、生きてんのか。
決して兄弟仲がよかったわけではない。
優秀な弟と妹に比べて、おれはおちゃらけてたし、親にも結構迷惑をかけていたと思う。
中学の頃から始まったおれの反抗期は結局収束することのないまま、家族から逃げるようにして東京までやってきた。
しかし、なぜだろう。地元で仲の良かった友達の顔よりも先に、おれに対してそっけなかった弟や妹の顔が真っ先に浮かぶ。
寒い。
震える体を抱えるようにしてベッドにもぐりこむ。
服も食べかけのごはんも汚れたテーブルもそのままだが、食べる気がしない。
もう、何も考えたくない。
★
――そういえば今日の外国語、小テストって言ってたな。
ぼんやりと思いながら、あれこれとこれからのことを考えてみる。
――行きたい。帰りたい。
交通手段はあるだろうか?
関西国際空港は大阪の中心から相当離れたところにある。
今はたぶん飛んでないだろうけど、すぐに再開するんじゃなかろうか。
そう思って少し気の落ち着いてきたおれはスマホに手を伸ばす。
18:43。
ロック解除画面に浮かび上がった時刻を見て、おれは自分が十時間以上ベッドの中で時間をつぶしていたことを知る。
こんなにもろかったのだろうか。おれは。
「新しい情報は……」
一日を終えて大体の情報が出揃ってきているようだった。
ミサイルを打ったのはやはり北朝鮮で、意味の分からない声明を出していた。当然、国連や諸外国は北朝鮮の行動を批難する声明を出し、アメリカを中心としたPKOが武力による制裁を行うらしい。
爆心地は大阪市の道頓堀周辺で、大阪市はおろか周辺30キロメートル以内は壊滅的な被害を受け、爆風は60キロメートル以上先にも及んだそうだ。
被害者の正確な人数はわからない。が、被害を受けた地域とその人口からおおよそ400万人をこえているだろうと言われている。今も生と死の狭間をさまよっている被害者たちが大勢いるはずだが、大量にばらまかれたであろう放射線と、現地の凄まじい熱によって救助団が近寄ることはできない、らしい。
何を言っているのだろう、と思う。
比較的被害の小さかった地域はどうなっているのだろうか。水素爆弾の凄まじい威力を面白がるように説明している記事がほとんどで、救助が必要な人たちのことなどに全く関心がないように感じられる。
「どうなってんだよ」
爆発があったのは午前8時。まだ親父や弟たちだって、家に残っていた可能性も十分にある。大けがをして助けを呼んでるかもしれない。
「はよ助けに行けや……」
簡単な話ではないのだろう。わかっている。
自分だって何もせずに、耳と目を閉ざして一日を無為に過ごしたのだ。国を責めることができるかどうかといわれると、苦しい。でも、それでも早く救助に向かってくれよと叫びたい。
何とかして、情報を集めなければ。
そう思って開いたのは2chだった。大学生になってから、暇さえあれば訪れるようになった掃きだめのような場所だが、スレによっては真剣に論議をしているところもある。
水爆関連のスレを漁っていると、心無い言葉が目に付く。
『まあ、大阪って日本じゃねえし。良いんじゃね?』
『これでムカつく民国人が一層されたなw よくやった金将軍!』
『おまいら不謹慎すぎww でもおれも隣でニュース見てた関西出身の奴が倒れて超わろた』
『これで首都圏への一極集中がさらに進むなww』
『マジか~w、夏休みにUSJ行こうと思ってたのに、残念やで』
『正直、関西出身以外の奴で本気で悲しんでる奴なんていないんじゃねw』
被害の状況や連絡手段などの話題に紛れて、ちらほらと混じるふざけ半分なレス。
反応しても意味のないことを頭ではわかっていても、イライラして仕方ない。
気づけばおれはそんな無駄な犯行に時間を費やし、スレを荒らしてしまっていた。
だが本気で許せない。コイツらマジでぶっ殺してやりたい。
そんな際限ない負の感情が押し寄せて、スマホを放り投げる。
2chなんて見たから悪かったんだ。
大人しくテレビでニュースを見よう。どうせ今日は一日中どこの局も水爆関連だろう。
そう思ってつけたチャンネルで、タカ派で知られる首相が答弁をしていた。
「今こそ憲法九条を改正し、報復するべきです。3度目の原爆被害を被った日本が、諸外国に北朝鮮の制裁を任せきりでいていいはずがありません。日本の威信と被害者、遺族の悲しみと怒りにかけて、日本人はわたくしたちの手で彼らに制裁を加えなければなりません」
なぜそうなる?
北朝鮮どうこうよりも、現地の救出作業が先だろう。そんなことを言っている間にも何万人という人が生と死の間をさまよっているはずなのだ。こんなことを言っている人間に政治家を任せていて良いのだろうか?
「そうだ、選挙に行こう」