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もしも俺がオーディションの審査員になったら!?(2)

 オーディションが終わり、ベルさんたちと必要な打ち合わせを済ませた後、僕は自室へと引き上げた。


「……まあ、期待はしてなかったけどね」


 オーディションの結果は、予想の域を出ないものだった。まずまずの応募者はいて、城お抱えのマネージャーがプロデュースすることにはなったが、エッテやリノとともにユニットを組めるような応募者は残念ながら見当たらなかった。


「どの子も、ピンと来なかった」


 つぶやいて、自分の傲慢さに嫌になる。

 「ピンと来なかった」? ただの高校生が何を偉そうに。そう思うと恥ずかしさで顔がほてり、思わず城から逃げ出したくなるが、そんなわけにはいかない。


(とりあえずは、自分を信じてやるしかない)


 プロデューサー召喚のアイドルエフェクトは、召喚者の求めに最も適した者を選ぶという。元の世界で敏腕プロデューサーとして知られていた父――立花見極ならともかく、どうして僕なのか。何かの間違いではないのか。


(ベルさんは、プロデューサー召喚は完璧に発動したから、間違いなどありえないと言っていた。それは穂継ぎの巫女を疑うことだと)


 ただひとつ、僕が選ばれるにふさわしかったと思えなくもない理由はある。

 他でもない「輝き」のことだ。


(もう間違いない。「輝き」はアイドルの素質だ。アイドルとしての素質に恵まれた人ほど、輝いて見えるんだ)


 エッテやリノは強く、鮮明に。

 ベルさんは淡く、おぼろげに。

 オーディション応募者の何人かも、それぞれ異なる色のぼんやりとした「輝き」を発していた。

 ベルさんに頼んで、オーディションの合間に他のアイドルやアイドル候補生、さらにはアイドルから引退してしばらく経った女性たちを観察させてもらったのだが、現役アイドルはエッテやリノほどではないが目に見える「輝き」があり、候補生になると少しぼやけ、引退した元アイドルは「輝き」がややあせて見えた(ひとりだけ現役アイドルより輝いてる人がいたけど、その人は引退後ピアニスト兼歌手として現役時代以上の成功を収めているのだという)。

 これがハイディーン・クロニクルなら、友人のプレイヤーたちにも頼んで、「輝き」に関係のありそうなパラメーターについて片っ端から検証を加えていくところだけど、これだけの証拠があれば、とりあえずの仮説は立つ。


(「輝き」は生まれ持ったもので、磨くと鮮やかになる)


 現役アイドルと候補生、元アイドルの間に、光の強さの点では、大きな差がなかった。

 しかし、「輝き」のピントのようなものがあるらしく、現役に近い人ほど「輝き」が鮮やかだった。


「輝き」の色は、おそらくエレメントの属性に関係しているのだろうというのが、ベルさんや昨日の学者さんの推測だった。

 僕は改めて今日見た女の子たちを思い出す。

 最初に思い浮かぶのは、やはりエッテとリノだった。


(あの二人はいけるな)


「輝き」を見るまでもなく、一級のアイドルだ。

 ただ、あの二人だけではたしかに「何か」が足りない。


 ベルさんも二人も、その「何か」がどんなものなのか見当がついていないようだったが……僕には何となくだがわかる。

 エッテもリノも、そしてベルさんも、完璧すぎるのだ。しかも、それぞれが完璧主義者だから、自分の完璧でないところを見つけては、自分はまだまだだと反省している。


 なぜオーディションの時にそれぞれの自己評価など聞いたのか、といえば、このことを確認したかったからだ。

 案の定、二人とも自己評価がベルさんの評価より低かった。

 僕のような取り柄のない人間からすれば、エッテもリノも、あるいはベルさんだって、僕にはないものをいくつも持っているように見えるのに、だ。

 もちろん、より優れたアイドルを目指す気持ちは大切なものだが、あまりそれが透けて見えるようだと、見ている方が苦しくなってしまう。悪くすれば、観客の劣等感を刺激して反感を抱かせてしまう可能性すらある。

 だから――


(悪いけど、あの二人には引き立て役になってもらわないといけない)


 二人をセンターに据えては、角が立つ。

 もちろん、それぞれに魅力的だからファンは付くだろうが、常に上を目指して進む二人のエネルギーは、僕のような凡人には時に毒だ。そして、この世界においても、人口の圧倒的多数を占めるのは、彼女たちのような天才ではなく、僕のような凡人だろう。


(あの二人を左右に立たせて……)


 真ん中のスペースに、オーディションに来ていた女の子たちを置いてみる。

 案の定、左右の二人に「食われて」しまった。


(……やっぱりダメだ。何かが足りてない)


 それぞれにかわいい女の子たちだけど、これはアイドルなんだ。


(ただかわいいだけじゃダメだ)


 僕は視野を広げてみることにした。

 アイドランドにやってきてから目にした女の子たちを思い出す。

 ダメでもともとのつもりで、僕は彼女たちをひとりひとりセンターに配置してみる。

 やっぱり、ほとんどの子はオーディションに現れた女の子たちにすら劣る。

 見た目で女の子の優劣を論じるなんて虫酸が走るが、今はそれをあえてやらなくちゃならない。

 僕は猛スピードで、アイドル志望ですらない女の子たちを思い浮かべては、彼女たちを望んでもいないステージの上に立たせてその反応を観察し、厳しい批評とともに切り捨てていく。


 吐き気がする。

 これじゃまるでクソオヤジだ。

 女の子たちの顔がスロットマシンのロールのように高速で回転していくが、そこに当たりは見つからなかった。


 ベルさんのことを思い出して、スロットの回転速度が一瞬落ちた。


(……いや)


 ベルさんは確かに綺麗だが、それだけに近づきがたさが先に立つ。

 華のあるセンターのそばに置いたらそれはそれで映える可能性もあるが、本人がそれを望まないだろう。

 そして実際、ベルさんにはこれまで通り経営やマネージメントに専念してもらう方がずっといい。


 次に、城のメイドさん。

 何かと親切にしてくれるし、僕のことを異世界から来たプロデューサーとして尊敬のまなざしで見てくれるいい子なんだけど、ステージに立たせてみると萎縮して動けなくなってしまった。


(……ごめんね)


 僕は心の中で謝り、またスロットのロールを回していく。

 残りは少ないから、ひとコマずつゆっくりと確認する。

 そして――


(……この子、じゃないか……?)


 その子が、奇妙にも――ハマった。

 なんてことのない女の子だ。

 女の子らしいかっこうなんてしてない。いや、普段はどうかしらないけど、あの時は目の大きい市松柄のフードをかぶり、店の制服らしい質素なワンピースの上にエプロンをかけていた。


 そう。僕にパイを恵んでくれた、あの女の子のことだ。

 亜麻色の髪は、ショートカットというより、伸びたものを適当に切っただけ。

 容姿で印象に残ったところといえば、淡い水色の瞳くらいだろうか。

 でも、どうしたわけか、その子をセンターに据えるとすべてがぴたりとハマって見えた。


(な、なんで……?)


 客観的に見て、ごくふつうの女の子だ。

 純朴そうで飾らないかわいさはあるかもしれないけど、けっして目立つ子じゃない。

 センターに必要な「何か」なんて持ち合わせていないように見える。

 でも、


(ハマる)


 ジグソーパズルのピースのように、その子の存在がセンターにハマった。


 だからといって、よく知りもしない相手をユニットのセンターに推薦できるほど、僕は自分の感覚を信じ切れてはいなかった。


(「輝き」は、目に見える)


 アイドランドに来てから備わった「能力」だということもあり、わりとすんなり、その効果のほどを信じることができた。

 でも、パン屋の女の子がエッテやリノといった超弩級のアイドルを押さえてエウレニアの将来を決する看板ユニットのセンターを務められるだなんて、とても信じることができない。「輝き」を見る能力とは異なり、こっちは僕自身の感覚にすぎないのだ。


 僕は思いついたアイデアをベルさんに伝える勇気もなく、深夜のエウレニア城内をうろうろしていた。


 そして、いつのまにか、下りのスロープの続く長いトンネルじみた回廊へと迷い込んでいた。


(……こっちに来てから迷ってばかりいるな)


 そのままの意味でも、比喩的な意味でも、道に迷ってばかりだ。

 回廊は昨日の城下町とは異なり、アップダウンがある以外は一直線に伸びているので、戻りたいなら一八〇度身体の向きを変えればいいだけだ。

 でも、


(行き着くとこまで、行ってやる)


 迷うことにもいい加減うんざりしていた僕は、その回廊を前へ前へと進んでいく。

 そのまま二、三十分は歩いただろうか。

 いつまでも果てることのない回廊にさすがに後悔しはじめた頃になって、ようやく出口が見えてきた。

 出口へ続く短い石段を登り切ると、そこには幻想的な風景が広がっていた。


「うわ……っ」


 最初は、海かと思った。

 でも、潮の匂いがしないことからすると、巨大な湖なのだろう。

 回廊の出口の外は、静かな砂浜になっていて、その奥には月明かりを受けて輝く波頭が見える。

 全体としてはこじんまりとした入り江で、奥には白っぽい天然の岩が優美なアーチを描いている。そのアーチの下を通って、アーチの向こうにある「海」から波がやってきては砂浜を洗い、濡れた砂を引きずりながらまたゆっくりと引き返していく。


 ちょうど、空には大きな月がかかっていた。

 元の世界のものとは異なる、青白くて大きな月だ。


 そして、その月の下に。

 あの子が、いた。


 僕ははじめ、自分の目を疑った。

 その子のことばかり考えていたから、ありもしない幻覚を見たのだろうと。


 でも、たしかに、その子がいる。

 月の下で、フードも、服も脱いで、一糸まとわぬ姿で、湖に向かって両手を広げ、気持ちよさそうに歌っている。


 そこで、僕はおかしなことに気がついた。

 いや、それまで気づかなかったのがおかしいのだが、少女は僕に背を向けて歌っている。

 だとしたら、僕はそれが少女だとわからなかったはずだ。

 でも、わかった。


 もう一度少女を観察してみて、ようやく気づいた。少女はごく淡い水色の「輝き」を身体中から放っていたのだ。

 いや、「放つ」という感じじゃなくて、もっと滲み出るようなゆったりとした浸食で、これだけ強い「輝き」だというのに、僕はその気になって見るまで、少女が輝いていることにすら気づかなかったくらいだ。

 そして、その「輝き」の色は、パン屋で追いかけてきてくれた少女に見たものと同じ色だった。


 エッテやリノの「輝き」は、もっと色が鮮やかで、まさしく「放つ」という言葉がふさわしい勢いで周囲へと発散されている。

 この少女の「輝き」はもっと静かで……そう、まさしくこの入り江に押し寄せる波に似ていた。


 服を脱いだ少女の身体は華奢だった。

 背はリノよりちょっと高い程度で、歳としては小柄だろう。

 肉付きは薄いが、月明かりに照らされた肩から太ももにかけてのラインが綺麗だ。

 細い肩に触れるくらいの長さの髪は、泳いだ後なのか濡れていて、少女が頭を動かすたびに揺れて月光を散乱する。

 少女の歌はなだからに、のびやかに広がり、入り江を、僕を、世界を包み込んでいく。

 僕は少女の歌に聴き惚れてしまっていたので、少女がこちらを振り返るまで、歌が終わったことにすら気づかなかった。


「…………」

「…………」


 振り返った少女と、目が合った。

 少女の白い顔が、みるみる赤く染まっていく。


「きゃああっ!」


 少女は悲鳴を上げてしゃがみこみ、身体を隠そうとした。

 少女はそのままの姿勢で近くの砂浜に置かれたフードに手を伸ばし、


「う、うにゃあっ!」


 よくわからない声を出して、その場でひっくり返った。


「だ、大丈夫……!?」


 僕が慌てて駆け寄ると、


「だ、大丈夫です、大丈夫ですから……見ないでぇっ!」


 少女はどたばた暴れてまた転ぶ。

 僕は少女が自分の頭とおしりを隠そうとしていることに気がついた。

 一度気づいてしまえば、隠そうとしているものは、どうしたって目に飛び込んでくる。

 それは――


「ね、猫耳……と、しっぽ……?」


 少女の頭には銀色の猫耳が、尾てい骨の辺りからは同じ色のしっぽが生えていた。


「いやぁぁぁっ! 見られた、見られちゃったぁぁっ!」


 その場にうずくまって泣き出す少女をなだめるには、たっぷり三十分くらいの時間が必要だった。


「ご、ごめんなさい……」


 服を着てフードをかぶりなおした少女がしょんぼりと頭を下げる。

 僕と少女は砂浜に流れ着いた流木に並んで腰掛けている。


「い、いや……僕の方こそごめん」

「そんな……! 勝手にこの入り江に入り込んで、そ、その……は、裸で歌ってたわたしが悪いんです!」


 少女によると、この入り江は城の裏手に当たり、エウレニア城市によって一般人の立ち入りが禁じられているのだという。

 それから、これは後でベルさんから聞いたことだけど、僕がさっき通ってきた回廊は、旧史時代――アイドランドがアイドルシステムの支配下に置かれる以前の時代に作られた、王族用の緊急脱出路だったらしい。

 少女は夜陰に乗じて入り江に忍び込み、裸になって歌を歌っていた、ということになる。


「まぁ、たしかに意味がわからないけど」

「うぅ……」


 少女は膝を抱えたままますます小さくなってしまう。


「ひょっとしてだけど……その、耳としっぽのせい、かな?」

「……っ!!」


 僕の言葉に、少女が顔を起こした。

 ふだんはフードで耳を隠していて、夜人目を忍んでここで裸になっていたのだから、少女が耳としっぽのことを秘密にしているのは明らかだろう。


「お、お願いです! なんでもするから誰にも言わないでください!」

「な、なんでも……」


 そう言われると邪なことばかり思いつくのが思春期少年の悲しい性だけど、そう言ってくれるならやってもらいたいことははっきりしている。


「どうして、耳としっぽを隠すの?」

「姉さんたちが……みっともないから見せるなって」

「みっともないって……」


 それで、僕に耳を見られた時に、あんなにうろたえていたのか。


「さっきの歌は?」

「え? あれですか? あれは……よく、わかりません」

「わからない?」

「はい……わたし、拾われてあのパン屋さんで働いてるんです。小さい頃、お母さんが歌ってくれていたのが、あの歌、みたいです」

「……そうか」

「――『星を見つけて』」

「え?」

「歌の名前です。それだけしか、知りません」


 少女はそう言ってうつむいた。


「……こういうのも、奇遇、って言うのかな」

「奇遇、ですか?」

「僕は、見星って言うんだ。星を見る、と書いて見星。……あ、この世界の言葉じゃわからないか」

「見星……さん」

「うん」

「……いい名前です」

「そうかな」


 少しの間、会話が途切れた。


「それで、そのぅ……黙ってて、もらえますか?」


 少女が、おずおずと聞いてくる。

 僕はたっぷりともったいをつけてから、


「……そうだね。じゃあ、僕のお願いを聞いてくれるなら、秘密にするよ」

「ほ、本当ですかっ!?」


 少女がぱっと顔を輝かせる。


(うっ……胸が痛い……)


 けど、たぶんこうでも言わないと、この子は引き受けてくれないと思う。


(これじゃベルさんのことを悪く言えないな)


 ベルさんも、僕をプロデューサーとして利用するべく僕を断りもなくこの世界に召喚したわけだけど、僕だって本人の意思を無視してこの子をアイドルにしたいと思っている。


 利用しようとしていることは否定しない。

 でも、僕は本気でこの子がステージに立つところを見てみたいと思っていた。

 センターにあてはまるから、というだけじゃない。

 さっき海に向かって歌っていた少女は本当に綺麗だった。

 裸だったわけだけど、劣情なんて催す間もなく魅了された。

 ――この子には、エウレニア城市のトップアイドルになれるだけの価値がある。

 プロデュースがどうのという次元を超えて、僕はそう確信していた。


 だから、僕は言った。


「――僕の、アイドルになってくれ」

「…………」

「…………」


 気まずい沈黙が落ちた。


「…………………………………………え?」


 少女が言葉を発するまでに、たっぷり数十秒はかかったと思う。


「だから、僕のアイドルになってほしい。そうしたら、君の耳のことは黙っているよ」


 ……なんか、すごく最低な言い分のような気がする。


「……え? アイドル……え?」

「そう、アイドル。僕に君をプロデュースさせてくれないか」

「そ、それは、『僕だけのアイドルになってくれ』みたいな、遠回しなプロポーズ……ですか?」

「い、いや、違うよ! 文字通りに、アイドルになってほしいんだ! 僕は今、エウレニア城市のプロデューサーをやっていて――」


 彼女にひと通りの事情を説明する。


「……というわけで、新しく作るユニットのセンターが必要なんだ! それを、君にやってほしい」

「ええええええええええええ……っ! って、あひゃぁっ!」


 大声を上げながらのけぞった少女が、そのまま後ろへとひっくり返った。

 僕は砂まみれになった少女に手を差しのべながら、


「だ、大丈夫……?」

「大丈夫じゃありませんっ!」


 少女ががばっと起き上がる。


「どうして、なんで、わたしが、ア、アアア、アイドル、なんてことになるんですかああああっ!」

「お、落ち着いてよ。説明するからさ」


 僕は少女をなだめてもう一度流木の上に座ってもらう。


(意外とおもしろい子かも)


 さっきの印象が強すぎて、大人しくて神秘的な子だと思ってたんだけど、経験を積めば化けるかもしれない。


「今、エウレニアにはすごい才能を持ったアイドルが二人いるんだ」

「エッテ様とリノ様、ですか?」

「あ、知ってるんだ」

「エウレニア城市に住む人なら誰でも知ってます」

「そっか。あの二人は、もちろんいい。アイドルとして超一級の素材だよ。でも、それだけに彼女たちと組める相手がなかなかいない。今日のオーディションでも、それにふさわしい応募者は見当たらなかった」

「オーディション……姉さんたちも参加してました」


 少女がぽつりとつぶやいた。


「姉さんたち?」

「覚えてませんか? あなたがパン屋にいらした時に……」

「ああ、そういえばいたな。気づかなかった」


 思い出してみると、オーディションに出場していた四人姉妹の一人が、あの時のパン屋の店員さんとそっくりだった。


「気づかなかったって……四人とも綺麗で、男の人にはよく声をかけられるんですよ?」


 言われてみれば、忙しく動き回るはずの仕事にしてはずいぶん身綺麗にしていた。

 でも、オーディションで見かけた時も、パン屋で話した時も、彼女たちからは「輝き」を感じなかった。エッテやリノと組ませることも、悪いけどちょっと考えられないと思う。

 僕は少女の手を取って、言う。


「僕が欲しいのは、君のお姉さんたちじゃなくて、君なんだ。君でなくちゃいけないんだ」

「ほ……ッ、欲しい、ですかっ!? あわっ、はわっ、はわわわわぁぁっ!?」


 少女は僕の手を振り払って砂浜へと駆け出した。


「ま、待って……待ってよ!」

「ま、待ちませんっ! で、できるわけないじゃないですかぁ!」

「何でだよっ!」

「何でって……何でもです! できませんっ!」


 首を振りながら逃げる少女を僕は必死に追いかける。


「そんなのは、やってみなくちゃ……わからない、だろっ」

「やらなくてもわかりますっ! できませんっ!」


 少女は思いのほかすばしっこかった。追いすがる僕が伸ばした手を、少女はするりと抜けて波打ち際へと逃げていく。


「できないって、ことは……できるなら、やりたいんじゃ……ないのっ!?」

「そ、それは……っ!」

「やりたく、ない、とは、言わなかった!」

「やりたく」「ない」「とは」でそれぞれ手を伸ばすが、少女はスカートのすそからはみだしたしっぽを振りながら僕の手をかわしてしまう。


「そんなの……、そんな……こと……っ」

「歌ってる、君は、とても、綺麗でっ……いつまでも、見て、たいって……! そう、思ったんだ、よっ!」

「そんなの知りませんっ! 勝手に見たんじゃないですか!」

「その、ことは……謝る、からっ!」

「じゃあ、やめてください! これ以上っ、わたしを……惑わせないで、くださいっ!」


 少女のフードが外れ、濡れた亜麻色のショートヘアがきらきらと輝く。

 猫のようにすばしっこい少女を捉えきれず、僕はあっという間に息が上がる。


「受けて、くれない、なら……バラすぞっ!」

「さ、最低です……っ! パイを食べて、おいしいって言ってくれて……いい人だと、思ってたのに!」


 少女の息も上がってきたのか、僕の手を逃げる動きにキレがなくなってきた。


「立ち入り、禁止の、入り江で……すっ裸、になるのが、好きな……変態、だって……言いふらしてやる!」

「さ、最低……ばかっ! 変態! 人でなし!」

「それが、嫌だったら……僕の、アイドルに……なれっ!」

「で、できません! でき――」

「危ないっ!」


 足をもつれさせて転びそうになった少女の腕をとっさにつかむ。

 が、足に来ていたのは僕も同じだ。倒れる少女に巻き込まれ、僕も砂浜に倒れ込む。

 さいわい、僕らは波打ち際まで来ていたらしく、濡れてやわらかくなった砂が少女と僕の身体を受け止めてくれた。

 僕は、少女に覆い被さるような姿勢で四つん這いになっていた。


「……つかまえた」

「……ずるいですっ」


 笑いかける僕に、少女は頬をふくらませて顔をそらした。


「――僕が、君のことを一人前のアイドルにしてみせる」


 不安はあった。

 いくら敏腕プロデューサー・立花見極の息子だと言っても、すごいのはあの父親であって僕ではない。

 もちろん、幼い頃から否応なしに見てきた世界だから、わかることもある。

 だが、元の世界の芸能界における常識が、この世界の「アイドル」にも通用するとは限らない。

 ベルさんはできる限りサポートすると言ってくれてはいるが、


(……怖い)


 気を抜くと、手が、足が震え出す。

 目の前が真っ暗になって逃げ出したくなる。

 でも、目の前で震えてるこの女の子は、もっと怖いはずなんだ。

 だから、ハッタリでもいい……今だけは強がって、この子を安心させてあげたかった。


「……本当に?」

「ああ、本当だ」


 僕は結局、元の世界では両親に振り回されるだけの存在だった。

 いくら父や母に反発してみたところで、社会的には名プロデューサーであり大女優である両親に対して、僕はまだ何者でもなかった。

 取り立てて得意なものもない。

 勉強もスポーツも人並みだし、人に自慢できるような特技もない。これといった趣味もない。

 しいていえば、ハイディーン・クロニクルでちょっとは名の知れたプレイヤーであることくらいだが、それだって両親の名声に比べれば霞んでしまう。

 子役に、という話はあったが、断った。

 それは僕のことを評価してくれてるんじゃなく、立花見極と千曲清海の子どもに興味があっただけだ。ひょっとしたら、両親におもねるためにそんな話を持ってきたのかもしれなかった。


 僕は、僕にしかない「何か」で誰かに認めてほしかった。

 天才プロデューサー・立花見極(みきわめ)の子としてでもなく、大女優・千曲清海(ちくまきよみ)の子としてでもない、僕自身――立花見星という独立した人間として僕のことを見てほしかったのだ。


 この世界では、立花見極の名も、千曲清海の名も知られていない。僕はこの世界ではただの立花見星であって、誰々の息子ではない。

 そのことに開放感を感じると同時に、寄る辺を失った不安も感じている。


 もちろん、クソオヤジに対する反発もある。芸能界になんて一生関わりたくないと思っていた。

 そういう気持ちはまだなくならないが、それでも、やってみようと思った。

 僕のことを見込んでくれたベルさんやエッテやリノの気持ちに応えるためにも。

 こんな僕でも役に立てるなら、やってみようと思ったんだ。


「……震えてます」

「うん。けっこう、緊張してる」


 笑って、震えを誤魔化した。


「……本当に……わたしなんかで、いいんですか?」


 少女が、かすれるような声で聞いてきた。


「もちろん。むしろ、君じゃないと嫌だ」


 僕の言葉に、少女が顔を僕へと向けた。


「……かり、ました」

「……え?」

「わかりました。どうせ、アイドルにならないとバラすんでしょう?」

「そんなことは……」


 言いかけて、少女の表情に気づく。


「いや、そうだよ。アイドルになってくれなきゃバラしてやる」


 僕は笑って、少女へと手を差し出した。

 少女は両手で僕の手を取り、その場に立ち上がる。

 直後、波が僕たちの足下を洗って、僕たちはそろって叫び、砂浜へと逃げ戻った。


「……ひとつ、聞き忘れてた」

「……何ですか?」

「君の名前は?」


 僕と少女は声を合わせて笑った。


「……クゥ。クゥ・アリシアナです、プロデューサー」

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