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もしも俺がゴーレムと戦うことになったら!?(4)

 その後、どうやって城の自分にあてがわれた部屋に戻ってきたのか、よく覚えていない。

 僕は服も着替えないまま、ベッドにどさりと倒れ込み、仰向けになった。

 ベッドは、昨日の王侯貴族じみた大きなものではなく、ちょっと品がいい程度のセミダブルのベッドだった。


「まさか……異世界に来てまで、あのクソオヤジの顔を見ることになるとはね」


 そう。ライブビジョンでキシロニア帝国の女宰相サラ・マグナブの背後に映っていたのは、見間違えるはずもない、僕の父親である立花見極(みきわめ)だった。


「プロデューサー……そりゃ、あの人のことを思い出したけど、まさか、本当にこの世界でもアイドルのプロデュースをしてるなんて」


 僕の父、立花見極は、芸能に興味のある人なら誰でも知ってる有名なプロデューサーだった。

 主にアイドルのプロデュースを専門としているが、その他の仕事も気が向けばやっていた。

 そして、そのほとんどすべての仕事を成功させているはずだ。

 ソロのアイドルやアイドルユニットはもちろん、女優、子役、歌手、モデル、はてはお笑い芸人まで。あらゆる芸能人のプロデュース(たいていは女性だけど)を手がけ、魔法のような手腕でヒットへと導いてきた。最近では、立花見極がついたという噂が流れただけで、そのアイドルに仕事が入ってくると言われるほどだ。


 が、その敏腕プロデューサーにも欠点があった。

 とにかく酒癖が悪いのだ。

 それでも仕事のあいだは気を張っているらしいのだが、家に帰ってきた途端に泣く、喚く、怒鳴る、暴れる……。その矢面に立たされるのは、僕の母だった。

 母もまた、名の知れた元女優で、千曲清海(ちくまきよみ)と言ったら、一定以上の年齢の男性ならたいていは知っている。


「……最後に会ったのは、高校に入る前か」


 父と母は現在離婚調停中だ。

 僕は父の所有していたマンションの一室を与えられて一人暮らしをしながら高校に通っている。


「父の所有していたマンションの一室」――父はなぜそんな都合のいいものを所有していたのか?

 その答えは、この歳にもなればおのずと察しがつく。


「すべては、あの日から、か」


 あの日――僕が中学卒業を控えたその日に、僕の両親は最後の破滅的な夫婦喧嘩をした。


 その日、例によって酒に酔ったクソオヤジがろくでもないことを言った。


「オレから枕やれなんて言うわけねーだろ? 向こうが勝手に抱かれに来るんだよ」


 なんだかんだで、父は女にモテた。

 敏腕プロデューサーとしての評判もあっただろうが、どこか野性味に満ちたところと、いい歳をして子どもっぽいところとが、一部の女性の庇護欲をくすぐるらしい。


 その頃も、仕事で知り合った若いアイドルとの仲が写真週刊誌にスクープされ、父も母も、そして時には僕までもが、マスコミの「知る権利」とやらを満たすために、昼夜問わず記者たちにつきまとわれるはめになっていた。


 そして、父をなじる母に対し、悪びれる様子もなしに、そんなことを言ってのけた。

 旧家の出らしく、夫に対しては時代錯誤なほどに献身的で辛抱強い母だったが、このときばかりはついにキレた。


 ガラスの割れる音。食器の砕ける音。テーブルの下に隠れた僕の目の前に、勢いよく飛んできた包丁が突き立った。


 その頃情緒不安定になっていた母は、最後には発作的にベランダから飛び降りようとまでした。

 さすがに酔いも吹っ飛んだと見えて、父は母をベランダから引きずり落ろした。

 そして何を思ったか――思いきり、母の顔を殴った。


「てめえがいなくなったらどうやって生きてったらいいんだよ!」


 そんなことを喚きながら、父は母をめちゃくちゃに殴っていた。

 ……今思い出しても、訳がわからない。


 あまりの騒ぎに下の階の住人が警察を呼んだ。

 母親は頬骨の骨折と自殺の恐れがあることから入院、僕は叔父夫婦に引き取られることになった。


 留置所で一晩を過ごした父は、当然のことながらマスコミから猛烈に叩かれた。プロデュース中のアイドルについた大手スポンサーも次々と下り、一時はプロデュース業からの引退までささやかれたのだが……驚くべきことに、半年も経つ頃にはもう元通りの仕事に復帰していた。


「へっ。オレくらいになると、何やったって許されるんだよ」


 もうクソオヤジとは別居して事件後会うこともなかったのだが、なんとなく、そんな風に言ってるのではないかと僕は想像した。


 そして、高校進学を機に、僕は父からマンションの一室を与えられ、叔父夫婦の元を離れて一人暮らしをすることになった。母はあいかわらず情緒不安定で入退院を繰り返していたし、身を寄せていた叔父夫婦は父が僕用にと渡していた養育費をピンハネしていたらしい。

 そんな事情で僕は歳に見合わぬ高価なマンションに住み、父の送ってくる結構な額の養育費で高校生活を送っている。


 僕としては選ぶ余地なくそうしているのだし、養育費の大部分には手をつけず、使った部分も帳簿につけて、将来全額返すつもりでいる。

 とはいえ、そんな事情は外からはわからないもので、ある写真週刊誌は僕のことを親の金で遊び回る放蕩児のように報じていた。


 なぜ父は僕のことを手元に引き取らないのか。

 父の言い分としては、仕事柄時間が不規則だから教育に悪い、ということらしいが(これだって父の弁護士から聞いたんだけど)、コブがない方が女を連れ込みやすいからだというくらいのことは、高校生にもなれば察しがつく。


 そんなわけで、敏腕プロデューサー・立花見極は、まさしくやりたい放題、家庭生活を除けば、この世の春を謳歌しているような有様だった。


 それなのに。

 立花見極は、半年前から、謎の失踪を遂げていた。


 父の失踪については、芸能レポーターや雑誌記者にも何もわかっていなかった。

 もともと移り気で有名な人ではあったが、入れ込んでいた仕事を途中で放り出しての失踪は例がない。さすがに関係者も心配して警察に捜索届けも出されたが、半年前の夜を境にプロデューサー・立花見極の目撃証言は、ぱったりとなくなっているしい。


 今をときめく有名プロデューサーの失踪には、ヤクザに消されただの愛人と海外に逃げただの、さまざまな憶測が流れたが、どれも決め手がまったくない。


 だから、芸能レポーターや記者たちは唯一の手がかりである息子――僕につきまとう。

 いちいち答えてやる義理もないのだが、さすがに鬱陶しくて一度だけインタビューに応じて、父の行方には心当たりがないとはっきり述べた。その時の態度があまり心配してる風に見えなかったらしく、僕が放蕩息子であるという記事がまた週刊誌に載ったけど……もういい加減気にしないで済むようになっていた。

 最近はさすがにあきらめかけているようだったけど、中にはしつこいのもいて、いまだにマンションの前に不審な白いワゴン車が止まっている。


 しかし、警察や記者たちの捜索の甲斐もなく、敏腕プロデューサー・立花見極の行方は杳として知れなかった。


(……わからないはずだよ)


 まさか、異世界に来てるだなんて、誰に想像できるだろう。

 僕はひさしぶりに見た、実の父親の顔を思い出そうとしてみるが……一瞬だったので、細部はよく思い出せなかった。


 僕は首を振ってクソオヤジの幻影を脳裏から振り払うと、ベッドの上に身を起こした。




 僕は城のメイドさんに場所を聞いて、ベルさんの執務室の前にやってきた。

 メイドさんによれば、この時間ならまだ仕事中のはずだという。


(この時間って……時計がないからわからないけど、もう夜中にさしかかる時間だよな)


 それだけ、エウレニアの置かれた状況は厳しい、ということだろうか。


 僕は執務室の厚い扉をノックする。


「……はい?」

「見星です」

「……あら。どうぞ、入って」


 ベルさんの言葉に、僕は執務室の扉を開く。

 ベルさんは山積みになった書類をデスクの脇に避け、紅茶のポットを傾けている最中だった。


「もう、仕事を終えるところでしたか」

「ううん。休憩してからもうひと仕事よ」

「え……、は、はぁ。大変ですね」

「急遽、別のプロデューサーを探さなければならなくなったからね。

 ……それで、ご用件は?」


 ベルさんが、椅子を回転させて僕へと向き直る。


「訊きたいことができたんです」

「訊きたいこと?」


 僕は小さくうなずいて、


「ベルさんは、なんでプロデューサーを召喚しようとなんて思ったんです? ベルさんなら自分でやれそうですけど」


 それは、最初から気になっていたことだった。

 初対面の時から、見るからに有能そうな人だと思っていたけれど、エッテやリノやメイドさん、街の人々の様子から察するに、実際に相当なやり手らしい。

 異世界から来た得体の知れない高校生なんかに任せるより、自分でやった方が早いし、確実なはずだ。

 エレメント、と言ったか。何か、重要なものを大量に消費するようなことも言っていた。

 そんな大博打を打ってまで、どうして異世界のプロデューサーなんてあやふやなものを、ベルさんは求めたのか?


(……僕は、ベルさんの事情を何も知らないままで、拒絶したんだ)


 もちろん、いきなり異世界に呼ばれてアイドルをプロデュースしろ、だなんて言われたら、誰だって困惑する。元の世界でプロデューサーをやっていたクソオヤジ――立花見極だって、最初は驚いたはずだ。

 でも、僕はベルさん側の事情を知ろうともせず、拒絶した。ベルさんが有能で誠実そうな女性だということは、はじめからわかっていたはずなのに。

「プロデューサー」や「アイドル」といった言葉に過剰反応してしまった。


(結局僕は、自分の問題にこだわってただけだ)


 僕の側にベルさんの申し出を受けるべき理由がない――それは事実ではあるのだけど、話を聞くくらいはしたってよかった。

 まして今、僕の側にもこの世界の現実について知っておく理由ができてしまった。


 僕の視線を受け止めて、ベルさんはしばらく何かを考えていたけれど、結局何も聞かず、紅茶のカップを置いた。


「正直、自分でも有能だと思ってはいるけどね、それではダメなのよ」

「ダメ?」

「わかるでしょう? アイドルの輝きっていうのは、客観的に分析できるようなものじゃないの。本物のアイドルには、誰もが理屈抜きに魅了されてしまうのだから。

 逆に言えば、どこがよくてどこが悪いかなんて分析を許してしまっている時点で、アイドルとしては二流ってことね。

 ……でも、私にはわからないのよ」

「わからない……?」

「ええ。私には、たいていのアイドルを分析することができる。いえ、『たいてい』じゃなくて、これまで見てきたすべてのアイドルの魅力を、私は分析することができたわ」

「それはすごい」

「でも、だからこそ、私はアイドルに魅了されない。ものごとを頭で考えてしまう私には、アイドルの魅力は理解不能な幽霊みたいなものよ」

「……なるほど」


 城代としての仕事ぶりからもわかるように、ベルさんには経営やマネージメントの高い能力がある。

 ふつうにアイドルを育てる分には、それで支障はないだろう。

 むしろ、ふつう以上のパフォーマンスを発揮するにちがいない。

 でも、それだけではダメだとベルさんは言う。


「……先代の城主は、とてもいい人だったわ」

「先代の……城主?」


 いきなり飛んだ話に戸惑う僕に、ベルさんは小さく頷いた。


「誰にでもへだてなく接する鷹揚な人で、みんなに慕われていた。本人に特別な能力があったわけでもなければ、頭がよかったわけでも、人心の機微に通じていたわけでも、なかったわ。――でも、みんなに愛される人だった」

「器の大きい人だったんですね」

「それも、どうなのかしらね?

 私は先代の補佐役を務めながら、先代の魅力を可能な限り合理的に解明しようとしたわ。

 でも、できなかった。ただ、そういう風に生まれついたのだとしか言いようがなかった。

 私がこれまででその人間性を見極められなかった人物は、エウレニアの先代城主バーンズ・ウィストフレアただひとりよ」

「…………」


 ベルさんの言うことは、なんとなくだけど、わかった。


 僕は幼い頃、両親のいる事務所や撮影所の楽屋に出入りしていた。

 父は楽屋のタレントやアイドルたちを、僕のベビーシッター代わりに使っていた。今だったら職権乱用と言われそうだけど、当時はもう少しおおらかで、タレントやアイドルたちも僕の世話をおもしろがってやってくれていたらしい。


 僕は気むずかしい赤ん坊だったらしいけど、僕がなついた芸能人はそのあと必ず売れたと、母がよく語っていた。


 もちろん、ふつうに考えれば親の欲目だ。

 でも、父――敏腕プロデューサー・立花見極も、僕にベビーシッター代わりの芸能人たちについてよく「意見」を聞いていたというから、案外、赤ん坊の目には彼らの発する空気のようなものがよく見えていたのかもしれない。


 ――あの人は、キラキラしてるから好き。


 幼い僕は、そんな風に言っていたと、母は語っていた。


 ところが、そんな幼い僕の「意見」と、芸能人たちに対する下馬評は、食い違うことがよくあった。


 かわいい、綺麗、華やかといった外面的な評価。

 歌がうまい、ダンスがうまい、トークがうまいといった能力面での評価。

 そのいずれをもクリアして、はじめて芸能人としてのスタートを切れるというのが、この世界の厳しさで、いきおいプロデュースする側も芸能人たちのそのような側面にばかり目が向きがちになる。


 しかし、幼い僕がなついたのは、そのような評価がかならずしも高くはない人たちだったという。


 ところが、そういう人たちをプロデュースしてみると、なぜか当たる。

 もちろん、プロデュースするのは敏腕プロデューサーである立花見極なのだから、そうそう外れることもないはずだが、その父が、幼い僕の評価を意外に気にしていたという。


 ――大人になると見えなくなるものもあるってこったな。


 あのクソオヤジが肩をすくめてそんな風に言っていたのを、僕はおぼろげながら覚えている。


 そういう、客観的な評価軸では評価できない「何か」を備えた人間が、たしかにいる。

 ベルさんの言う先代の城主も、そのひとりなのだろう。

 そしてベルさんは、そんな「何か」を持ったアイドルを育てたくて、異世界からプロデューサーを召喚するという大博打を打ったのだ。


「その、先代の城主さんは……?」

「……去年、亡くなったわ。私が城主代行としてエウレニア城市を預かるようになったのはそれからのことね」

「なんで、代行なんです?」

「私は、城主の務まるような器じゃないわ。城代になって実感したのだけれど、私は人を分析し、評価し、分類してしまうの。経営やマネージメントには必要な能力だけれど、一般的に、人は自分のことを常に値踏みしているような相手に心を許すことはないわ」

「ベルさんは、優しい人だと思いますけど」

「だとしたら、先代のおかげね。私はもともと流民の娘で、本来ならまともな教育を受けることすらできなかったでしょうね。まったくの偶然なのだけれど、先代は私の才能を見込んでくれて、エウレニア城市の奨学金が受けられるよう取りはからってくれたの」

「へえ……」

「それだけではないわ。そういう環境なものだから、私は常に肩肘を張ってたわ。友達づきあいもせずに勉強に打ち込んでいたから、成績はトップだったけれど、ありていに言って……そうね、クラスに一人はいる、堅物の学級委員長みたいなタイプだったわ」


 ぶ厚いメガネと三つ編みお下げのベルさんを想像してみたが……うん、これはこれで行ける気がする。でも、今の真面目さと優しさがほどよくバランスしているベルさんに比べると、近づきがたいことはたしかだ。


「卒業後、私は城市の官吏として採用され、やがて王のそば仕えをするようになった。それからのことね、まわりから『やわらかくなった』と言われるようになったのは」

「先代さんの影響、ですか」

「先代は、別に私に指導するつもりなんてないのよ。背中を見て学べ、なんてタイプでもない。ただ、近くにいればおのずとわかるわ。人を惹きつけるのは、こういう人なんだってことが。私はつたないながらもそのまねごとをするうちに、少しずつ変わっていった。

 だけど、同時に限界も感じていた。私にはどうしても真似のできない……いえ、うまく分析することのできない領域が、先代の中にはどうしてもあったの」

「……わかるような気がします」

「そうね。ミホシ君にはわかるのでしょうね。私には、なかなかわからなかったわ。城市の学院で在籍中トップを取り続けた私が、よ。ちょっと……いえ、かなりプライドを傷つけられたわね。

 でも、おかげでできるようになったこともあるの」

「できるようになったこと?」

「……他人を敬う、ということ。

 正直言って、学院時代の私は同級生たちを馬鹿だと思ってた。授業中、クラスメイトが解答につまる時、なんでこんな簡単なことがわからないのだろうって、馬鹿にしてたわ。もちろん私だってわからないことはあるけれど、相応の努力をすればすぐにわかるようになるのに、彼らはそんな努力すら怠る。救いようのない愚か者だと思っていたのね。

 ……嫌な奴でしょう?」

「それは……」


 いたずらっぽく笑うベルさんに、僕はあいまいな相づちを打った。


「でも、城代から見れば、私だってそうなのかもしれない。城代は当たり前のように人に接して、相手を虜にしてしまう。私にはそんな真似は逆立ちしたってできない。そのことがわかってから、私は他人を敬うことを覚えたわ。それと同時に、私のアイドル観も変わったの」

「アイドル観……ですか」

「アイドルは、夜空に輝く星のようなものよ。手を伸ばせば届くような錯覚をおぼえるのに、実際は百万光年の彼方にあるの。真似のできない、そのアイドルだけの輝きが、そこにはあるの。そういうアイドルが私は欲しい。そして、今のエウレニアには、そんなアイドルがいなければダメだと思うの」


 そう言って微笑むベルさんの目は、それこそ百万光年先で輝く星を見ようとしているようだった。

 ふいに、その目がかげった。


「……去年、先代が亡くなってから、エウレニアを支えてきた有能な人材が、次々とこの街を去って行ったわ。先代は、その人柄で一癖も二癖もある彼らをまとめていたのだけれど、私にはそこまでのことはできなかった。半年前、キシロニアが新しいプロデューサーを異世界から召喚して勢力を盛り返してからは、なおさらね。櫛の歯が欠けるように、先代の重臣たちがこの街から消えていったわ」


 先代は、その人柄で組織をまとめていたが、それだけに、先代が亡くなった後の組織はもろかった、ということか。


 人が代わっても回るようにするのが組織を作る時の基本だと、父が言っていた。

 しかし同時に、あのクソオヤジはこうも言った。


 ――だがな、オレみてぇな得がたい人材ってのがいると、組織はそいつを中心に回らざるをえなくなるのさ。オレが抜けた後、この組織がガタガタになるのは目に見えてるんだがな、そこまではオレの責任じゃねえ。それまでにたっぷりいい目を見させてやったんだから、ケツくらいは自分でぬぐえってんだ。


 エウレニア城市の先代がそうだと言うつもりはないが、たとえばベルさんであれば、自分亡き後の組織のありようについても打てるだけの手は打っておくはずだと思う。

 しかし、ベルさんでは先代のように「一癖も二癖もある彼ら」をまとめることはできない。


 アイドルも同じで、替えが利くようなアイドルなんて、しょせんそこそこのアイドルでしかない。替えの利かない、目には見えない「何か」を持っているアイドルだけが、本当の意味でアイドルとなれるが……その「何か」が目に見えないものである以上、そういうアイドルを量産することは難しい。


 黙り込む僕をどう思ったのか、ベルさんがデスクから立ち上がった。


「……遅くなってしまったわね」

「すみません、忙しいのに」

「いいのよ。若い男の子と話ができて、元気が出たわ」


 ベルさんは笑って、デスクの上の書類の山を叩く。


「……もう明日にするわ。別に急ぎの仕事でもないし」


 ベルさんはデスクを回り込み、僕の横を抜けて、執務室の扉へと向かう。

 僕はあわててベルさんに続く。

 ベルさんは僕とともに廊下に出ると、顔を見せたメイドさんに施錠を頼み、僕に背を向けた。

 ベルさんは廊下を途中まで進んでから、僕の方を振り返った。


「……明日、ユニットのセンターを決めるオーディションを開くわ。

 気が向いたら、来てちょうだい」


 あまり期待していない口調でそう言って、ベルさんは角の向こうへと消えた。

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