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もしも俺がゴーレムと戦うことになったら!?(3)

「ふー。お疲れ様、お兄ちゃん!」

「あ、ああ……お疲れ様」


 やり遂げた顔のリノに、僕は半分呆けたままで言った。


 あれからおよそ半時間後。

 ゴーレムたちを前に突如開催されたライブには、途中から駆けつけたエッテも参加し、大盛況のまま終わりを迎えた。


 ライブの熱気に溶かされたかのように、ゴーレムとゴブリンたちは四色の光の玉に分解され、あんぐりと口を開けたリノのペンギンゴーレム――ペンちゃんの喉の奥へと吸い込まれた。


 ゴーレムの消滅後、リノとエッテは観客のアンコールに応えてもう一曲を披露した後、ライブフィールドを解除した。


 夢と光の小宇宙だったライブフィールドはあっけなく弾けて消えた。


 まるでそれがうたかたの夢だったかのように。


 ライブフィールドの黒い半球の代わりに現れたのは、満天の星空だった。

 現代日本に住む僕からすると、これはこれで夢のような眺めだったが、周囲に目を転じれば、ゴーレムに破壊された納屋や踏み荒らされた紫の麦、陥没し裂け目の走った地面などが目に入ってくる。


 が、そのゴーレムたちはライブの間に消滅し、今、月の光を浴びながらライブの余韻を噛みしめているのは、普段着に戻ったリノとエッテ――二人のアイドルだった。


(これが……アイドル?)


 ここに至って、僕はようやく理解していた。

 僕の思っていたアイドルと、この世界における「アイドル」が、まったくの別物だということを。


 いつまでも呆けている僕を見て、エッテが言った。


「――これが、アイドランドのアイドルですわ、プロデューサー」


 エッテの言葉に、僕は返す言葉が見つからない。

 悠然と微笑むエッテの隣に、リノがやってきて大きく胸を張った。


「お兄ちゃん。これでもまだ、りのたちにはプロデュースする価値がないって思う?」

「い、いや……。それは……」


 エッテとリノ。二人は今、最高に輝いていた。ルビーのような赤とエメラルドグリーンの光が、二人の身体から噴きだし、循環している。


 だけど、そんなのは問題じゃない。

 二人の自信と自負に満ちた態度と言葉に僕は圧倒され、まるでさっきのファイアゴーレムのように後じさり、視線を宙にさまよわせる。


 その視線が、何かを捉えた。

 いや、そんな大仰なことじゃなくて、誰でも気づくような変化だった。


 夜空に、大きなスクリーンがあった。

 エッテとリノの後ろの空――僕からエウレニア城市を見る方角の空に、半天を埋め尽くすほどの巨大な長方形の幕が広がっている。

 その幕は、雲のような質感だが、雲ならこんな人工的な長方形にはならないし、それ自体が光ったりもしない。


 その「雲」に、何かが映った。

 何か――いや、人だ!


「エッテ、リノ……あ、あれ!」


 僕の言葉に二人が振り向くのと同時に、「雲」に映った人影が、急にピントを結んだ。


「雲」のでこぼこした表面で歪んではいるけど、それは若い女性の顔だった。


「ライブビジョンっ!?」

「あれは……キシロニアの……!」


「雲」のスクリーン――リノによればライブビジョン? に映し出されたのは、二十代後半くらいのキツい顔の美人だった。

 ファンタジーに、ダークエルフ、という種族が登場するけど、この人は典型的なダークエルフ然とした容姿をしている。

 尖った耳、紫の混じった銀色の髪、そして浅黒い肌。

 目鼻立ちがはっきりしていて、切れ長の目をしている点ではベルさんと同じだが、受ける印象は対照的だ。

 ベルさんは怜悧そうに見えても人当たりはよく時折笑顔も見せるけれど、この女性は意志の強そうな眉を険しくしかめ、唇を固く結んでいる。視線は鋭く、その先にいる敵を睨み殺そうとでもしているかのようだ。


 その女性が、厳かに口を開く。


『――私は、キシロニア帝国宰相、サラ・マグナブである』


 よく響く声が、空から降ってきた。

 どういう理屈かしらないけど、ライブビジョンというらしい「雲」のスクリーンと同じで、空のどこかにスピーカー的な何かを作りだしているのだろう。


『私は再三に渡ってエウレニアに降伏を勧告してきた。

 しかしエウレニアは、私の合理的な勧告を拒んだばかりか、我が帝国の斥候であるゴーレム部隊に危害を加える始末である。

 このことははなはだ遺憾であると、我が皇帝陛下もおっしゃっておられる』


 カメラが、キシロニアの宰相? を名乗る女からパンし、赤と金でけばけばしく飾り立てられた玉座を撮す。

 そこには、玉座に浅く腰掛け、身体を背もたれと手すりに預けた姿勢で宙をぼんやりと眺める、十歳ほどの少年の姿があった。


 が、僕の注意を引いたのは、その少年ではなく、パンする間に一瞬画面に映り込んだ人影だった。


「……まさか、ね」


 僕のよく知るある人物に似ているように見えたのだが、そんなわけはない。

 あいつは元の世界の人間なんだから、アイドランドの、それもキシロニアとか何とかいう悪の帝国の玉座の側に控えてるなんてことはありえない。


「……斥候? 斥候ですって? システムが禁じている、破壊工作員ではありませんか!」


 エッテがそう叫んで歯がみした。


『だが、寛大なる皇帝陛下は、天下の趨勢を見極められぬ愚かなエウレニアの指導者に対しても慈悲深い。

 二週間。皇帝陛下は類い希なる寛大さで、それだけの期間をエウレニア城市に授けるとおっしゃった。

 この間に、エウレニアは我がキシロニア帝国の勧告を受諾し、降伏せよ。

 ……さもなくば』


 スクリーンの女は、そこで視線を泳がせ、言葉を切った。

 自分の言葉が相手に染みいり、相手の心に恐怖が起こるのをじっと待っている。


 その時、カメラががたりと揺れた。

 たぶん、スクリーンの女の恐ろしいまなざしに、カメラマンが動揺して手元が狂ったのだろう。カメラは一瞬、四十五度ほど左に流れた。


 そこに、先ほどの人影が映った。

 人影は、自分がカメラに写っていることに気がつくと、ニヤリと笑ってこちらに向かってピースした。

 無精髭の生えた、日焼けした顔の中年男で、派手なアロハと白いチノパン、ブランドもののサンダルと頭にかけたサングラスのせいで、繁華街にいるチンピラのようにしか見えない。

 その男が、無邪気な笑みを浮かべて、カメラに向かって執拗にピースを繰り返している。


 カメラが元に戻る。


『……フン。さもなくば、戦争だ。

 我々としては結果の見えている戦争などして、エレメントを浪費したくはない。本来、民草のために用いられるべきエレメントを、勝ち目のない戦につぎ込むなど、為政者として我らが皇帝陛下の足下にも及ばぬ愚者と呼ぶほかあるまい。そもそもエウレニア城市は――』


 女が、自らのスピーチを締めくくろうとしているが、その内容はほとんど僕の頭には入ってこなかった。


 ライブビジョンが消え、辺りには静けさが戻ってきた。


「何あれっ!? 勝手なことばかり言って……きぃ~っ!」

「……許せませんわ」


 大きな月のほか、篝火ひとつない麦畑のあぜ道で、リノは地団駄を踏み、エッテは拳を握りしめてしずかに怒りをこらえている。


 が、怒りをこらえかねたのだろう、エッテは夜闇の中僕に詰め寄ると、僕の胸ぐらをつかみあげて言った。


「プロデューサー!」

「…………」

「これが、キシロニア――わたくしたちの敵です! これを見てもまだ、あなたは元の世界に帰るとおっしゃるのですか!」

「…………」


 エッテに胸ぐらを揺さぶられながら、僕は無言でライブビジョンがあった辺りを睨み続けていた。


「ち、ちょっとエッテ! ダメだってば!」


 あわててリノが止めに入るが、その前にエッテは僕の胸ぐらを放していた。

 僕は道端にあった藁の上に尻餅をつく。


「お、お兄ちゃん、大丈夫?」


 言ってリノが差し出してくる手に首を振り、僕はゆっくりと立ち上がる。

 噛みしめた歯の隙間から、唸るような声が漏れた。


「立花……見極(みきわめ)……っ」


 ――それは、僕の父親(・・)の名前だった。

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