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もしも俺がゴーレムと戦うことになったら!?(1)

 一夜明けて。

 僕はエウレニアの城下町にいた。


「――ですから、城下町、というのは正確な表現ではありませんの。エウレニアの街そのものが、ひとつの巨大な城となっているのです」


 案内役としてつけられたエッテの解説を聞くともなしに聞きながら、僕は通りを行き交う人々を観察する。

 昼を前にしたエウレニアの表通りはにぎやかだった。東京の雑踏に比べれば余裕があるけれど、気をつけていないと肩をぶつけてしまいそうなくらいには人通りがある。道の左右には行商人が露天を開き、行き交う人々にさかんに呼び込みをかけている。


(……この平和な街が、存亡の危機にある、か)


 昨日、話し合いがものわかれに終わった後、僕は城のメイドさんに客室へと案内された。

 貴賓を泊めるための部屋だというその客室は物語に出てくる王侯貴族の私室のような広く豪華なものだった。ベルさんの僕にかける期待のほどがひしひしと伝わってきて、正直ものすごく居心地が悪かった。もっと小さい部屋でいいと言ったのだが、メイドさんは城代から言いつかっているのでと譲らず、一晩だけという約束でその部屋を使わせてもらうことにした。

 ふかふかのベッドは居心地の悪さを吹き飛ばすほど快適で、僕は服を替えるのも忘れてそのまま寝入ってしまった。


「――ゴーレムが戦争の主役となって以降は城壁のある街はめっきり減りました。大きな馬力と巨躯を持つゴーレムに、城壁だの濠だのは役に立ちませんから。したがって、エウレニアはアイドランドの旧史時代の遺構を残す貴重な街として…………ふぅ」


 解説を中断してため息をついたエッテに、僕は物思いをやめて向き直る。


「……どうしたの?」

「ろくに耳に入ってないご様子ですもの」


 エッテがぷくっと頬をふくらませて言ってくる。


(……こんな表情もするんだな)


 いつも優雅に構えているエッテだけに、ふとした子どもっぽい動作がすごくかわいく思える。エッテの身体を覆うルビー色の光が、すこしだけピンク色にうつろって輝いた。

 ちなみに今日のエッテのファッションは、昨日とは打って変わって、スポーティなタンクトップにデニム、サマーカーディガンとベレー帽というカジュアルなもの。涙滴型の大きなサングラスをかけているけれど、素地の良さは隠しきれず、さっきからすれ違う男性がちらちらとエッテに視線を向けているのがわかる。


「いや、聞いてたよ」


 僕はとっさに誤魔化した。

 いや、実際半分くらいは聞いていたのだけど、知らない用語が次々に出てくるせいで途中からついていけなくなったのだ。


「何か、気になることでも?」

「ああ……例の、『輝き』のことだよ」

「わたくしやリノがまぶしく見えるとおっしゃっていた、あれですか?」

「そう、それ」


 エッテにも敬語を使わなくていいと言ったのだが、「仲良しこよしではいけない場合もありますわ」と言って、エッテはいまだに折り目正しいしゃべり方を崩さない。


「通りを行く人たちにも、それが見えるんだ。もっとも、エッテやリノよりずっと弱いし、色もくすんでるんだけど」

「その、『輝き』が見える人々に、何か共通点はないのですか?」

「共通点?

 そうだね、『輝き』のある人は……なんていうか、輝いてる人だね」

「……?

 おっしゃる意味がよくわからないのですけれど」

「ああ、ゴメン。こっちの世界ではどうかわからないけど、他人を惹きつけるような魅力のある人のことを、比喩的に『輝いてる』って言うんだ」

「それが……見える、と」

「どうもそうみたいだ」


 僕は肩をすくめた。


「すばらしい能力ではありませんか!」

「……君たちにとっては、そうかもね」


 首を振る僕にエッテはしばし口をつぐむ。


「……どうしてミホシ様は、そんなにも頑なにプロデューサーになることを拒むのです?」

「僕にはそんな力なんて――」

「ない、とは思えません。『輝き』の話だけではありません。昨日からのやりとりだけでも、アイドルの素質を見抜く才能の片鱗くらいはうかがえますわ。わたくしはやはり、召喚のアイドルエフェクトは正しい相手を選んだのだと思いますけれど」

「……買いかぶりだよ」


 僕の目をまっすぐに覗き込んでくるエッテから逃れるように、僕は顔をそらした。


「案内してもらったから、あとは一人でも大丈夫だよ」

「……遅くなるまでにお戻りくださいね。エウレニアは治安のよい街ですから、おかしな路地に入り込まなければ危険な目には遭わないと思いますが、旧史時代の名残で道が複雑なのです」

「わかった。どうもありがとう」


 僕はエッテに背を向けて、通りを街の外側へ向かって歩きはじめた。

 エッテだけじゃなく、街の中心――城の天守閣にあたる部分から逃げ出すようにして。




 ……結論から先に言おう。

 迷った。


 日暮れ時、影が濃くなり、街の様子ががらりと変わった。

 天守閣はどこからでも見えるから帰りは大丈夫――そう思っていた僕は、ろくに道を覚えようともせずに歩いていた。そのせいで、天守閣が夕日の影に隠れただけで方角すらわからなくなった。

 エウレニア城市はひとつの城をなしているとエッテが説明していたが、街の郊外に近づくほどそのことが実感できる。高い城壁がうねり、突然の長い石階段があり、道はアーチの下をくぐったり、逆に他の道をアーチで跨いだりしている。エウレニアの街は、最近のRPG(ロールプレイングゲーム)にも滅多にないような立体的な迷路になっているのだ。

 さすがにそれでは不便なのか、いくつかの城壁にはトンネルが掘られたり、はしごがたてかけてあったりするのだが、突然迷い込んだ異邦人にとっては、かえって迷路を複雑にしているようにしか思えない。


「……とりあえず、高い場所を目指すか」


 僕はそう方針を決めて階段やはしごを重点的に攻めてみるが、上ったと思ったら下がるようなひねくれた道ばかりで、かれこれ一時間くらい、上ったり下りたりを繰り返すはめになった。

 ……後でベルさんに聞いたところによると、エウレニア郊外の城壁は旧史時代に敵兵の侵入を防ぐために作られたものだが、万一侵入された場合には中枢までたやすく接近されないよう錯視や錯覚まで利用した巧みな迷路になっているのだという。

 そのようなことになっているとは知らない僕は、先人たちの知恵に敵うはずもなく、微妙に狭くなる道、微妙に湾曲している道、微妙に直角で交差しない角、微妙に傾斜している坂などに翻弄されて、完全に迷子になっていた。


「……何が『あとはひとりでも大丈夫だよ』だ」


 エッテがちゃんと道が複雑だと注意していたではないか。


「それにしても……お腹がすいた」


 朝食はあてがわれた城の部屋で食べたが、昼食は食べそびれていた。

 エッテと別れた後に、この世界のお金を持っていないことに気づいたのだ。

 その後、ふらふらと街をさまよい歩いていたら、いつの間にか日が傾いてきた。僕はあわてて戻ろうとしたが、その時点で既に郊外の迷路に迷い込んでしまっていた。

 下町は中心街とは違ってさびれていた。シャッターの下りている商店や人気のない民家が並ぶ界隈を歩いていると、だんだん心細くなってくる。


 だから僕が、風に乗って漂ってきた匂いに反応してしまったところで、何の不思議があるだろう。


「お兄さん、ここらじゃ見ない顔ね。うちのパンはいかが?」


 道の向かいにあったこじんまりとしたパン屋の窓から、若い女の店員さんが顔をのぞかせ、僕に声をかけてきた。

 僕はつい、ふらふらと店員さんの方へと向かってしまう。


「どう? こっちのパンを食べてみてくれない?」


 言われるままに、バスケットに入った淡い紫色のパンを口にする。

 元の世界のパンより塩気が強いが、道に迷ってくたくたになっていた僕には、その塩気がありがたい。


「何よ、ずいぶんお腹を空かせてるわね。見慣れない格好からして、お兄さん、旅人さんだね? おおかた、この辺りの道に迷ったんでしょ」


 僕はパンを勧められるままに食べながら、小さくうなずいた。

 店員さんはパンにむしゃぶりつく僕を微笑みながら見守っていたが、僕がパンを食べ終えるのと同時に、にっこり笑ってこう言った。


「じゃ、お代をちょうだい?」

「おだ……い?」


 僕が顔をこわばらせるのと、それを見た店員さんが顔をこわばらせるのとは、ほとんど同時だったと思う。


「ご、ごめんなさい……勧めてくるから、サービスだとばかり……!」

「あぁん? そんなわけがあるか、このクソガキが! 人様からものをもらうには金を払わなくちゃいけないってママに習わなかったか、コラァ!」


 そこからはただひたすら平謝り。悪気がなかったことはなんとかわかってもらえて、罵詈雑言とともに追っ払われるだけで済んだ。

 結局、食べたのは最初に勧められたパンひとつだけだったので、お腹が膨れたかというと微妙だ。


「……ふぅ。弱ったな」


 ため息をついて、思わずその場にしゃがみこむ。


 その僕に、後ろから影がかかった。

 振り返ると、一人の少女が立っていた。

 フードで頭を隠した、背の低い少女だ。年齢はたぶん、僕よりいくつか下だけど、リノよりは上、というくらいか。

 フードの隙間から、淡い水色の『輝き』が、一瞬だけちらついた。


「……君は?」

「……これ」


 鈴の鳴るような声とともに、少女は手にしたバスケットを僕へと差し出した。

 中身は、まだ温かいパイのようだった。


「いや、お金、ないから」

「いいんです。……失敗作、だし」

「失敗作?」


 少女はこくりとうなずいて、


「さっきのお店に拾われて、働いてるんです。いつかお店を持ちたくて、練習してるんですけど、姉さんたちはこれじゃダメだって」


 僕は少女をまじまじと見る。

 フードの奥の顔は整っていて、亜麻色のショートカットと水色の瞳が印象的だ。

 無言で見つめる僕をどう思ったのか、


「ご、ごめんなさい……やっぱり、わたしなんかの作ったものじゃ、食べたくないですよねっ。わ、忘れてください……っ」

「ま、待って……!」


 顔を赤くして逃げだそうとした少女の肩をとっさにつかむ。

 少女は「あぅっ」とうめいてつんのめる。僕はあわてて少女を支え、バスケットから飛び出したパイをすんでのところでキャッチする。


「ご、ごめんなさい……」

「僕の方こそ、ごめんね。

 君の作ったパイ、食べていいの?」

「は、はい……お口に合わなければ、は、吐いてくださってもいいですからっ」

「い、いや、さすがに吐いたりはしないと思うけど」

「でも、姉さんたちはわたしのこと、汚い、汚いって……」


 少女はそう言ってうつむいてしまう。その表情はフードに隠れて見えない。


「……そんなことないよ。……ぁむ」


 僕は思いきってパイにかじりつく。

 もぐもぐと味わってから、


「……なんだ、おいしいじゃないか」

「ほ、ほんとですかっ!?」


 少女の顔がぱっと輝き――同時に、淡い水色の光が弾けた。


「本当だよ。すごくおいしい。さっき食べたパンは、たしかに洗練された味だったけど、君のパイは、素朴な味わいで、食べてて胸が温かくなる感じだ」


 正直な感想だったのだが、少女は僕の言葉に暗い顔をした。


「……ルーシィ姉さんは外国で本格的なパン職人の修行をしてるから」

「へえ」


 この辺りは天守閣からも遠くて下町的な雰囲気の界隈だ。ルーシィさん――たぶんさっきの店員さんだろう――のパンはたしかにおいしいけど、ちょっと場違いな気もする。


「わたしは、みんなに喜んでほしくて、町の人たちの感想も聞きながら、パイを作ったんです。でも、姉さんはこんなのパイじゃないって」

「……こんなにおいしいのに」


 僕は手にしたパイの残りをあっという間に平らげた。

 それから、僕はポケットの中をあさる。こんなおいしいものを食べさせてもらって何もあげられないのは悪いと思ったのだ。

 ポケットから、何かが落ちた。


「あ、これ……」


 それは、一枚のカードだった。

 ベルさんが、「身分証のようなものだから」と言って僕に渡してきたものだ。


「――ちょっとあんた!」


 いきなりの声にびくりとする僕。


「何よ、ちゃんとクレジットカード、持ってるんじゃない!

 って、これ……城代の貴賓向け無限信用(ゴールド)カードぉっ!?」


 そんなことを言ってきたのは、パイをくれた少女の姉らしい、さっきの店員さんだ。

 まだ文句が言い足りなかったのか、妹を連れ戻しにでも来たのか、いつのまにか僕の後ろにいた。


「く、クレジットカード?」


 ベルさん曰く、通訳妖精とやらの効果でこの世界の言葉が自動的に僕の世界の言葉に翻訳されるらしいけど、それにしたって身もふたもない。


 店員さんはバンバンと僕の背中を叩きながら、


「なぁんだ、そういうことなら言ってくれればよかったのに! 小さな店だけど、クレカくらい通せるわよ!」

「いや、その……」


 店員さんは僕の言葉も聞かず、店に戻ると、


「はい、遠慮なく持ってって!」


 どっさりとパンを詰め込んだバスケットを渡してきた。

 そして、


「クゥ! あんた城代の貴賓さんになんてもん食わせてんのよ! ごめんなさいね、気の利かない子で」


 まだいくつかパイの残っていたバスケットを少女から取り上げてしまう。


「いや、僕は……!」

「あ、城代の貴賓さんってことは、新しくなるっていうプロデューサーも知ってるのよね!? それなら、パティスリー・アリシアナの看板娘、ルーシィ・アリシアナをよろしく言っておいて!

 ええっと、歳は一九歳、よく色が白くて顔が小さくて目がぱっちりしてて羨ましいって言われるの! 身長は一六九センチ、スリーサイズは上から――」

「い、いや、僕はそういうんじゃ――」


 まくし立てる店員さんをあわてて止める。


「とにかく、よろしくね!

 ほら、クゥ! あんたもご挨拶なさい!」


 店員さんは少女の後頭部を押さえてむりやりお辞儀させると、


「ま、こんな子じゃアイドルなんて無理でしょ?

 あたし、四人姉妹の中でもいちばんの美人だって噂だから、絶対アイドル向きだと思うのよ!

 ね、そう思わない?」

「え、あ、その……」


 ぐいっと顔を寄せてくる店員さんは、まぁ、綺麗な方だとは思うけど……。


「じゃあ、そういうことで! ルーシィ・アリシアナ、ルーシィ・アリシアナをよろしく!」


 なんか選挙の応援みたいに名前を連呼する店員さんから逃れるように、僕は一段と暗くなった通りへと逃げ込んだ。

 最後の瞬間、フードの少女が恥ずかしそうに頭を下げていた。


 バスケットいっぱいのパンは、たしかにおいしそうな匂いを立ててはいたけれど、


(……あのパイ、もうひとつ食べたかったな)


 少女の不格好なパイを食べ逃したことの方が、ずっと惜しかった。


 ……しばらくしてから、道を聞けばよかったことに気づいて、ちょっと落ち込んだ。

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