もしも俺が異世界に召喚されたら!?
気がつくと、僕は見知らぬ場所にいた。
「…………………………………………へ?」
たっぷり十数秒は戸惑ってから、僕は間の抜けた声を漏らした。
「――ようこそ、おいでくださいました。救世主様」
突然の声に、僕は慌てて振り向く。そこには、
「……エ、エルフ?」
金髪碧眼長身美人とんがり耳と来て、ピンとこない人はいないだろう。
僕の目の前にはシックなスーツに身を包んだエルフの美女が立っていた。
二十代半ばとおぼしい端整な顔立ちと切れ長の目をしたそのエルフ? は僕に値踏みするような視線を向けている。有能な秘書、というのが僕の第一印象だ。
なぜ、エルフなのに現代的なスーツを着ているのか、という疑問は浮かんだけれど、この場にはその正解を知る手がかりになるようなものはいっさいない。
と、いうより、この場? には「もの」というものがひとつたりとも存在しない。
「ほう。エルフのことをご存じでしたか。一般に救世主様はこちらの世界の知識を持たないと聞いていたのですが。さすがは救世主様です。私は――」
「ち、ちちち、ちょっと待って! これは一体……」
「ですから、それを今からご説明申し上げるのです」
「あ、ああ……そう、なんだ……いや、なんですか」
「私相手に敬語は不要ですわ、救世主様」
「いや、その……救世主、様? っていうのは、勘弁してほしいな。それと、僕の方が年下なんだから、そっちも敬語はいらないよ」
ファンタジーの中のエルフのように見た目より高齢かどうかは知らないけど、見た目通りだとしても僕より年上だろう。
「そう、ですか。いえ……そうね。じゃあそうさせてもらうわ」
エルフの女性はさばさば言って微笑んだ。
その笑顔のやわらかさに僕はどきっとしてしまう。
「じゃあ、あなたのことはどう呼べばいいかしら?」
「あー……見星、でいいよ」
「ミホシ様、ですね」
「敬語はいいって」
「あら、失礼。ミホシ君、でいいかしら?」
エルフさんはこほんと咳払いをして、
「私はベアトリーチェ・コンスタンツ。ベルでいいわ」
「わかった。じゃあ、ベルさん」
「ええ」
「これは一体、どういうことなんです? まったく事情が飲み込めなくて」
僕は改めて周囲を見回した。
周囲は――白一色だった。
やわらかい光を放つ白色の卵か繭のような何かに、僕とベルさんが包まれている。卵は直径五メートルかそこらで、閉じ込められているのに不思議と圧迫感はない。
「それは――」
ベルさんが口を開きかけたその時、
「ねえ、ベル! 召喚は成功したの!?」
「ライブフィールドはもう解いても構わないでしょう? エレメントの消費が思ったよりも激しいわ」
「え、ああ……構わないわ。召喚は成功よ。ひとまずは、だけれど」
繭の外からかけられた声にベルさんが答えると、僕たちを包んでいた光の繭が霧散した。
その奥から現れたのは、
「……これが、そのプロデューサーなの?」
「リノ、失礼ですわよ。アイドランドへようこそ、プロデューサー」
まったく意味のわからないことを言って優雅な礼をしてくれたのが、僕より二、三歳年上らしい金髪の少女で、その隣で訝しげな視線を僕に向けてきているのが、小学校高学年くらいのピンク色の髪(!)の少女だ。
金髪の少女は青いシックなドレス姿、小学生(この世界に小学校があるかは不明だけど)の方はキャミソールとサスペンダー付きのショートパンツという動きやすそうな格好をしている。
つまり、今この場には僕とベルさんと金髪少女とピンクの女の子がいることになる。
この場――白い光の繭の向こうにあった空間は、光の繭やらエルフのお姉さんやらお姫様みたいな金髪少女やらピンク髪の女の子やらと比べたら、ずっとふつうだ。
床は、ビニールとゴムのあいのこみたいな質感のよくあるベージュ色のつるつるしたもので、部屋の広さは学校の体育館の半分くらい、四方の壁のうちのひとつは鏡張り、天井は西洋の古い教会にあるような石造のアーチがいくつも走る優美なものだ。
なんとなく不釣り合いな空間だけど、そんなことより僕の心に突き刺さったのは、繭の向こうから現れた少女たちが口にした言葉だ。
「プロデューサー……だって?」
「では、改めて自己紹介を。私はベル。ベアトリーチェ・コンスタンツよ。この城とその城下町――エウレニア城市の城代を務めているわ」
僕は食堂らしき場所へと案内された。二十人くらいまとめて座れそうな縦に長いテーブルのある細長い部屋だ。
雰囲気としてはだいたい西洋風だけど、椅子の背だとか、テーブルクロスの柄だとか、キャンドルの形だとかが、僕の知る「西洋」とは少しずつ違う。
(つまり、西洋「風」の世界だってことか。それこそ、ハイディーン・クロニクルみたいな)
ハイディーン・クロニクルというのは、僕のハマってるオンライン戦略SLGのことだ。
とはいえ、もちろんハイディーン・クロニクル(中毒性の高さからネットでは『廃人』と呼ばれる)の世界に入ってしまったなんて話じゃない。『廃人』の世界はもっと抽象度が高くて、戦略を考えるのに必要のない細部は削られている。
もちろん、僕だって突然こんなことになって驚いているのだけど――事態があまりにも突拍子ないせいで、我を忘れるタイミングを失ってしまった。
(……あれこれ考えてもわかりそうにないね)
僕は事態を合理的に理解する努力をあきらめて、とりあえずベルさんの言ったことを咀嚼する。
「ジョウダイ?」
僕の疑問に答えたのは、金髪のお姫さまみたいな方の少女だった。
「城主代行、つまり、エウレニア城市を一時的に預かる地位ですわ。今は城主は空位ですので、ベルは実質的にこの街の最高権力者ということになります。市長、あるいは国王といったところかしら」
「こ、国王!」
「そんなに構えないで。あくまでも代理だし、エウレニア城市はアイドランドに点在する都市の中では小さい方だから」
「アイドランド……」
「この世界の名前よ。
でも、それは後回しにしましょう。
まずは互いの紹介が先よ。……エッテ、リノ」
ベルさんが呼びかけると、二人の少女が椅子から立ち上がって一礼する。
「わたくしはエテルフラウ・ウィス・ロキサンドリア。エッテで構いませんわ。以後お見知りおきを、プロデューサー」
そう言って優雅に微笑んでみせたのは、僕より少し年上の金髪の少女だ。
背は僕と同じくらいだから、女性としては高い方だろう。見るからに高級そうな赤紫のサテンのドレスが、抜群のスタイルをさらに強調している。
その瞬間、僕の視界がちかりと瞬いた。
(……何だ?)
まばたきすると、視界の瞬きは元に戻ったが、エッテの身体がぼんやりと赤く光って見えるようになっていた。
僕は思わず目をこすり、「プロデューサー」という言葉につっこみそこねてしまった。
「りのは、リノだよ! リノ・リンレイ! よろしくね、お兄ちゃん♪」
「お、お兄ちゃん?」
ピンク髪の少女はその場でくるんと回って僕にウインクしてみせた。
さっき僕を疑わしそうに見てたのが嘘のような変わりようだ。
(……っ。また……)
視界が瞬き、それが元に戻るとリノがエメラルドグリーンの光に包まれているように見えた。
(……瞬きは、消えたけど……?)
視線を移すと、ベルさんの身体にも、淡い黄色の膜のような光が見える。
僕はまばたきしながら部屋のキャンドルや三人の身体を見比べてみるが、単なる光の加減のようには思えない。三人の光は強くなったり弱くなったりする。強い時は、目を細めないと少しまぶしく感じるくらいだ。
その間に自己紹介を終えた二人が席に着き、じっと僕の方を見つめてくる。
そういえば、僕の自己紹介がまだだった。
「僕は、立花見星。見星が名前で、立花が苗字。見星でいいよ」
とりたてて特徴のない、ふつうの男子高校生だと思う。中肉中背で、勉強も運動もほどほど。
強いていえば、『廃人』――ハイディーン・クロニクルではちょっとだけ名の知れたプレイヤーで、動画投稿サイトに縛りプレイ動画(ゲームを一定の制約条件の下にプレイする動画)を上げて、それなりの数の人に見てもらえていることが、とりえといえばとりえだろうか。
ハイディーン・クロニクルは、三から六人のユニットを複数編成して部隊を作り、他のプレイヤーと対戦するゲームだが、シンプルな仕組みながら奥の深い戦略性があって多くの中毒者を出している。
僕は癖がありすぎて嫌われているキャラクターを戦略に組み込むことに楽しみを見いだしていて、使い道がないと言われているキャラクターを使って上位のランカーに勝負を挑む、というコンセプトで、もうかれこれ百本近いプレイ動画を上げている。
でも、そのことが今僕がここにいることと関係しているとは思えない。
(それ以外は、本当にただの高校生なんだけど。……いや)
……もうひとつ、ふつうの高校生とは違うところがあるにはあるが、それは僕自身が特殊だったり特別だったりするわけじゃない。
僕は首を振って、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「……ところで、ちょっとまぶしくないですか?」
エッテやリノが自己紹介した時、目が妙にちかちかした。
ちかちか、というか、二人が何か光を発したような気がしたのだ。
部屋自体はキャンドルの灯りだけのどちらかといえば薄暗いくらいの部屋なんだけど。
僕の言葉に、ベルさんが首をかしげる。
「まぶしい? いえ……そんなことはないけれど」
「ひょっとすると、元の世界はアイドランドほど明るくないのではないかしら?」
と、エッテが聞いてくる。
「いや、こんなものだったよ。むしろ、照明はもっと明るかったくらいだ」
「……え? じゃあ、何がまぶしいの、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんって……まあ、いいけど。
まぶしいのは、君たちだよ。エッテとリノ。それからベルさんも……かな」
僕の言葉に、三人は一瞬動きを止めて、
「あら、まあ。真面目そうな方かと思っていたのですが、なかなか口の達者な方だったのですね」
「あははー……お兄ちゃん、それ、狙いすぎだよ~」
エッテは少し頬を赤らめて顔を背け、リノはひらひらと手を振りながらちょっと嬉しそうに顔を緩ませている。……ベルさんだけは、視線がちょっと冷たくなっていた。
「い、いや……そういう意味じゃなくて!
文字通り、なんかキラキラしたものが見えるんだよ、三人から。
ひょっとして……魔法? か何かを使ってるんじゃ……」
僕の言葉に、ベルさんが真剣な顔になった。
「……まさか、召喚に用いたアイドルエフェクトの影響で……?」
「召喚……? アイドルエフェクト?」
「ええ、多少話が前後してしまうけれど、異世界からプロデューサーを召喚するアイドルエフェクト――まあ魔法のようなものと思ってくれていいけれど、これはかなり高度なものである上に、使われる機会の少ないものだから、予期せぬ効果がないとも言い切れないのよ」
「ち、ちょっと待ってください! そんな、安全かどうかもわからないもので、僕を呼び出したんですか!?」
「それは――」
「まあ、お待ちになってください。ベルにはベルなりの苦衷があるのです。とりあえず、話だけでも聞いていただけませんかしら?」
思わずベルさんに詰め寄る形になってしまった僕を、エッテがなだめてくる。
「あ、うん……すみません、ベルさん」
「いえ、こちらこそごめんなさい。いきなり訳もわからず呼び出されては、戸惑うのも当然だわ。私は自分のことばかり考えて、そんなことにも思い至らなかった……」
ベルさんはそう言って目を伏せてしまった。
「い、いや……その。
……そうだ、異世界? だっていうのに、言葉が通じてますけど、これはどういうことですか?」
「それも、プロデューサー召喚のアイドルエフェクトの効果よ。通訳妖精と呼ばれる超小型のアイドルエフェクトを、被召喚者の脳内に常駐させるものね。仕組みはよくわかっていないけれど、被召喚者の言葉をこの世界の言葉に置き換え、またこの世界の言葉を被召喚者の言葉に置き換えるらしいわ。細かいニュアンスが伝わらないこともあるらしいから、もし私たちがミホシ君にとって失礼と聞こえることを言っても、許してちょうだいね」
「今のところは、大丈夫みたいです。
――それより、話してもらえませんか。プロデューサーだとか、アイドルだとか……それからもちろん、僕を召喚した目的を」
ベルさんは小さくうなずいて、語り始めた。
僕の声にこめられた硬いものには気づかないままに。
「単刀直入に言うと、あなたにアイドルをプロデュースしてほしいのよ」
……もちろん、これまでの話の端々から想像できたことではあった。
異世界への召喚、というファンタジックな事態と、アイドルをプロデュースするという俗っぽい(人によってはファンタジックかもしれないが、僕にとっては違う)仕事との間の落差から、まさか、と思っていたのだけれど。
僕の奥歯がぎりっときしんだ音を立てた。
「今、このエウレニア城市は、深刻な危機に陥っているの。それというのも、強力なゴーレムを率いるキシロニア帝国が近隣の友邦を併合して――」
ベルさんがなにやら重要そうな説明を始めるが、凍り付いた僕の頭には入ってこない。
ベルさんを遮り、僕は自分でも驚くほど冷たい声で、言っていた。
「……そんなことのために、僕を呼んだんですか?」
「そんな……こと?」
ベルさんが説明を中断して僕を見る。
「そんなこと、ですって!? わたくしたちにとって、これがどれほど重大な問題か、わかって言っているのですか!?」
「……待ちなさい、エッテ。自然に話せているように見えても、ミホシ君との間に認識の齟齬が生じているのかもしれないわ」
僕に食ってかかるエッテを、ベルさんが制止する。
「認識の齟齬? アイドルだとか、プロデューサーだとかについて、どんな認識の齟齬があるっていうんです? そんな人たちに費やす時間なんて僕にはないですよ」
「待って、ミホシ君。私たちにとって有力なアイドルの育成は死活問題なのよ」
「……どうしてです? アイドルなんて、いてもいなくても構わないでしょう」
冷たく切り捨てる僕に、今度はリノが噛みついてくる。
「いてもいなくても構わないって……じゃあ、他の誰が街を守るって言うのさ!」
「街を守る……? 何を言ってるのかわからないけど、僕の答えは決まってる。僕はアイドルだのプロデュースだの、そういう浮ついた話に関わるつもりは一切ない」
「そんな……!」
ベルさんが顔色をなくして立ち上がる。
「そんな……召喚は、召喚者の求めに最もふさわしい者を選ぶはずじゃあ……」
ショックを受けた様子で愕然とつぶやくベルさんに、さすがに胸が痛む。
それでも、僕にとってこれは絶対に譲れないことなのだ。
代わってエッテが聞いてくる。
「ミホシ様。あなたはアイドルというものを勘違いしていませんか?」
「アイドルがどんなものか、そんなことはどうだっていい。よりにもよって、僕にプロデューサーになれだって? 悪い冗談だ。頼む相手をまちがえてるよ」
「本当に、そうでしょうか? あなたはアイドルによくないイメージを持っているようですが、もしあなたがアイドルにまったく関わりのない人間でしたら、こうまで激しく拒まれるはずがありません」
「それは……」
エッテの冷静な分析に、僕は返す言葉に迷った。
「この場にいる、わたくしとリノが、そのアイドルです。わたくしたちではあなたがプロデュースするのに不足でしょうか?」
「……そんなことは言ってない。僕はそもそもプロデューサーじゃないんだ」
エッテとリノがアイドルだってことに不思議はない。それくらいかわいい女の子だし、人を惹きつける輝きがあると思う。
ただ、
「……二人だけ?」
思わずつぶやいてしまった僕の言葉に、エッテが食いついてくる。
「やはり、おわかりではないですか。わたくしたちでは、足りないのです。デュオとしてはアンバランスですし、人を加えてユニットにするにしても――」
「……二人の間――センターに立てるだけの華の持ち主はそうそういない、か」
二人の現実離れした容姿のせいか、僕はハイディーン・クロニクルのことを思い出していた。
エッテとリノ。それぞれとんがったキャラクターの持ち主で、二人だけではうまく機能しないように思える。二人の性格の凸凹を跳ね返すか、吸収してしまうような力のあるセンターがいなければ、ユニットとして活躍するのは難しいだろう。
「わかっているではありませんか。わたくしとエッテでは、どうしても『何か』が足りないのです。その『何か』を埋めていただこうとわたくしたちは――」
「……それでも、僕には関係のない話だ」
頑なに首を振る僕に、エッテがうなだれる。
選手交代とばかりに、今度はリノが立ち上がる。
リノはテーブルを回って僕の正面に立つと、
「……お兄ちゃん、りののこと助けてくれないの?」
「……うっ」
目をうるうるさせて僕のことを見上げてくる。
その潤んだ瞳と悲しげな表情に、ぐらっとこない男はいないだろう。
だけど、僕にはそこにある「嘘」がわかる。
嘘だ、演技だと見破った瞬間、リノがまとっていたエメラルドグリーンの光が灰色によどんで見えた。
「……演技する相手が違うよ」
僕が冷たく言うと、リノは額にぴきっと青筋を浮かべて、
「や、やだなあ、お兄ちゃんが何言ってるのか、りのわかんなーい」
努力して微笑もうとしているが、目が完全に据わっている。
――この野郎、下手に出てればつけあがりやがって。
そんな本音がダダ漏れだ。
「ピキりながら言うな」
「こ、この……っ」
ぐっと拳を握って振り上げたリノの腕を、ベルさんが後ろからつかんで首を振った。
「……とにかく、ミホシ君としては、私たちの要請を受けてはくれないということね?」
「ええ。それだけは、どれだけ頼まれても無理です。僕の中で生き方の筋が通らなくなってしまうから」
「そこまでのこと、か。ねえ、すぐには答えを出さずに、エウレニアの現状を見てから、もう一度考えてもらうわけにはいかないかしら?」
「ダメです。どちらにせよ、譲歩はできません」
あくまでも拒絶する僕に、リノが目を吊り上げる。
「お兄ちゃん! 自分の立場、わかってるっ!? エウレニアのアイドルがキシロニアに負けちゃったら、お兄ちゃんだって元の世界に帰れなくなるんだからね!」
「そんな脅しには屈しないよ。絶対にプロデューサーなんてやらない。死んでもだ」
「そんなこと、言うものじゃないわ」
「僕にとっては、それだけのことです」
僕とベルさんはしばし睨み合う。
切れ長の目のベルさんが、笑みを消して真っ向から僕の目を覗き込んでくるのは、正直言ってかなり怖い。
若くして城主代行を務める辣腕政治家の眼光は、僕の瞳からはたして何を読み取ったのだろう。ベルさんの目がふいにそらされた。
「……わかったわ」
「ベル!?」
「今この場で何を言っても、聞いてはもらえないと思うわ。無理強いしても、いい結果にはならないでしょうし」
「それは、そうですけど……」
「ミホシ君にとって、これが受け入れられない提案だということは理解したわ。でも、私だって膨大なエレメントを消費してミホシ君を呼び出した以上、はいそうですかと引き下がるわけにはいかないの」
「それは……」
「ええ、それは私の事情ね。だから、ミホシ君には、ここにいる間の寝食は保障するし、エウレニア城市の中なら、好きに出歩いてくれて構わないわ」
「……それは、ありがとうございます。でも、僕としては元の世界に還してくれる方が、ありがたいんですけど」
「それは、できないわ」
「どうして?」
「どうしてもこうしても……エウレニアの現在のエレメント貯蔵量では、あなたをこの世界に呼び出すだけで精一杯だったのよ。いずれエレメントが貯まったら帰してあげられるけど……正直、いつになるかわからないわね」
「はぁっ!? どういうことですか、それ?」
思わず言葉が荒くなってしまった。
「異世界から召喚したプロデューサーの指導でキシロニアとの”偶像戦争“に勝ち、キシロニア側の蓄積した膨大なエレメントを接収、そのエレメントを使ってプロデューサーを元の世界に送還する、というのが、私たちの筋書きだったのよ」
アイドル戦争、という大げさな言葉にすこし引っかかったが、それ以上に、
「じゃあ、還す見込みもなく呼び出したんですか!?」
「ええ。でも、呼び出してしまったものはしょうがないわ。すぐには帰れないから、しばらくこの街にいてちょうだい」
「……っ、そんな……」
あまりのことに、僕は愕然とした。
「……アイドルをプロデュースしないと還さないってことですか」
「それはすこし違うわね。あなたにやる気がないのなら、無理強いしても仕方がないもの。
ミホシ君がどう思ってるかはわからないけど、エッテやリノには、この城市の運命がかかってるの。元の世界に帰りたいからしかたなくやる、というのなら、むしろこちらからお断りすることになるわ。その場合でも、キシロニアとの戦いに勝ったら、責任を持って元の世界に還してあげる」
「……負けたら?」
「さあ、負けてしまったら、私にできることなんて、何も残ってはいないでしょうね」
「そんな、無責任な……」
「それについては、申し訳なく思うわ。でも、私も手段を選んではいられなかったの。それに、召喚のアイドルエフェクトは、こちらの求めに最適の人物を召喚するはずだから、まさか被召喚者がプロデューサーになることを拒むとは、思いもしなかったのよ」
「…………」
黙り込んだ僕を、ベルさんは気の毒そうに見て、立ち上がった。
「城内に部屋を用意させるから、まずは休んで、気を落ち着けてちょうだい。おいおいこの世界のことについても知ってもらって、その上であらためて、話を聞いてくれないかしら?」
「……でも、僕は……」
「無理強いするつもりはないわ。あなたにやる気がないのなら、かえって有害ですもの」
ベルさんとエッテ、リノが僕に一礼して部屋を出て行く。
一人だけになった後も、椅子に座ったまま、僕はしばらく呆然としていた。