もしも俺が異世界で帝国と戦うことになったら!?(2)
少し時間を遡って、エウレニア側。
払暁――朝靄を裂いてキシロニアのゴーレムたちが現れる。
エウレニアのかけた〈橋〉の彼方、これまたエウレニア側の生み出した霧の奥から、見覚えのある輪郭が見えてきた。
僕がこの世界に召喚された日に目撃した、キシロニアの火属性中位ゴーレムユニット・ファイアゴーレムだ。
霧の奥、数十メートルほどの間隔で、十数体のファイアゴーレムが続々と現れる様は圧巻だった。
前回と同じくそれぞれ十体ほどのゴブリンを取り巻きにして現れたファイアゴーレムだが、よく見ると前回と異なる部分もある。
「……前よりも、少し大きくない?」
僕のつぶやきに、学者さん、もとい作戦参謀が答えてくれる。
「前回郊外に出没したファイアゴーレムは、エレメントを節約した量産型だよ。今回のものはエレメントを追加的に投入することで体躯と膂力を向上させた改良型だ」
僕も作戦参謀もそれぞれ小型の双眼鏡を使って敵陣の様子を観察しているところだ。
「右肩の番号は?」
「あれは……番号なのか。だとすれば、キシロニア側についた異世界のプロデューサーの指示だろうな。なるほど、ゴーレムの個体識別にはよい方法だな」
ファイアゴーレムたちの右肩には蛍光色のスプレーで1から15までの数字が殴り書きされている。通訳妖精のおかげでつい忘れそうになるけど、アイドランドの文字はもちろん日本語の文字とはまったく異なるものだ。だとすれば、ファイアゴーレムの肩に数字を書くよう指示したのはキシロニアのプロデューサー――立花見極に他ならない。
(そういえば……)
父は、七九人というとんでもない数のアイドルを集めたユニットをプロデュースしていたことがある。
が、それだけアイドルがいては名前と顔を一致させるだけでも大変だ。
そこで父は、アイドルたちを区別するため、アイドルたちに番号入りの腕章をつけさせた。そして、
「――十把一絡げのアイドルの名前なんぞ、覚えてられるか」
そんな暴言を吐いて、10番以下のアイドルの名前は覚えないと宣言してのけたらしい。
そのアイドルユニットは、はじめは敏腕プロデューサー・立花見極の覚えをめでたくしようとする候補生たちの競争によって勢いを持ったのだが、最後には仲間内のもめごとが頻発して空中分解することになった。その頃にはもう、あのクソオヤジはプロデューサーを降りていたらしいから、人間性はともかく、あの人の機を見る目だけは認めないわけにはいかない。
ともあれ、父――プロデューサー・立花見極がキシロニアにつき、しかもプロデューサーとしてかなりの権限を持っていることは、これでほぼ確実になった。
この世界の人たちには読めない数字なのだから、あの数字は立花見極のためだけに書かれていることになる。同時に、立花見極はあの数字を見てゴーレムたちの動きを指図できる立場にいることにもなるからだ。
そのファイアゴーレムたちの影から、今度はすさまじく大きな影が現れようとしている。
体長三、四メートルほどのファイアゴーレムより、高さにしてひとまわり、幅に至っては比較にならないほど巨大な体躯を持つそのゴーレムユニットは、ステゴサウルスのようなずんぐりとした竜だった。その数は、全部で数体だろうか。
「――アースドラゴン。地属性上位に属する大物のゴーレムユニットだ。ストーンブレスという強力な攻撃スキルを持つユニットだが……いや、あれは違うな」
「違う?」
「うむ。……ところで、君はゴーレムユニットの『スキル』については知っていたな?」
「ええ。ゴーレムユニットにはそれぞれ、汎アイドランド・アイドルシステムに登録された、スキルと呼ばれる固有のパターン化された戦闘手順が存在する、と」
「タチバナ君は優秀だな。そのスキルだが、エレメントの追加投入によって別のものに変化させたり、逆にスキルを捨てることで召喚に必要なエレメントを節約したりできる」
「……そのことも教えてもらいましたけど、それがアースドラゴンと関係が?」
「あのアースドラゴンは、ストーンブレスを外し、突進というスキルに変えている」
「突進?」
「ストーンブレスは連発が効かない上、隙が大きいからな。こちらに大型ユニットが少ないと見てスキルを入れ替えたのだろう。突進は、その名の通り巨躯を生かした体当たりを行うスキルで、体当たり中身体の前面にほとんどの攻撃を無効化するバリアを展開する」
僕はそのことについて素早く検討してみる。
……大丈夫、それくらいで狂うことはない。
その間に、サラマンダーと呼ばれる中位火属性ユニットが、戦場の両翼に展開している。
名前から想像されるとおりの巨大な火トカゲで、その大きさにもかかわらず機敏な動作でいち早く持ち場につき、動きののろい(サラマンダーと比較して、だけど)他のゴーレムユニットの到着をみじろぎもせずにただ待っている。
「サラマンダーは無改造のようだ。低い姿勢と変則的な動作の持ち主ではあるが、つまり、歩兵集団に突入して戦列を掻き乱す騎兵的な役回りだと思えばいい」
僕がわかりやすいように、作戦参謀はアイドランドでは何百年も前になくなった人間同士の戦争で喩えて説明してくれる。
「――ミホシ君。そろそろ始まるわよ」
「……ベルさん」
霧の中に霞む敵方のゴーレムユニットを睨んでいた僕の後ろから、ベルさんが声をかけてきた。
僕たち――僕とベルさんと作戦参謀は、今、とんでもない場所にいる。
僕らの足下には、虹色に輝く継ぎ目のない巨大な透明の板が見渡す限り続いていて……その下には、エウレニア城市とエウレニア湖、そしてキシロニアの第三都市イカロスとを結ぶ〈橋〉とが、眼下数百メートルの位置に見下ろせる。
メガライブフィールド――アイドル戦争のために展開された極大のライブフィールドは、エウレニア城市の上空に浮かんでいる。
その大きさは、エウレニア城市そのものより大きいくらいで、形は以前見たライブフィールドと同じく卵形をしている。
そのメガライブフィールドの、周囲がもっとも太い部分のまわりに、ちょうど土星の輪のようなかっこうで、虹色のガラスのような円盤が浮かんでいる。
つまり、僕は今、エウレニア城市の上空に浮かぶ、直径数キロは優にありそうな、巨大な卵のまわりをめぐる、これまた見渡せないほど大きい輪の上に乗っているのだ。
ここからでは、歩くとあれだけ広かったエウレニア城市もジオラマのようだし、イカロスとの間に生み出した〈橋〉――決戦のためのバトルフィールドもまた、その全貌を一目で見渡せる。
双方のゴーレムユニットが出揃いつつあるバトルフィールドは、ここからでは砂漠の彼方に揺らめく蜃気楼のように、周囲の「空白」から浮かんで見える。
それこそゲームのような、現実離れした光景だった。
「……ん? あのゴーレム、何を持ってるんだ?」
僕の言葉に、ベルさんが答える。
「あれは……噂に聞く、破城槌かしらね。ゴブリンが持っているのは、投石機かしら」
「破城槌に投石機……あれもエレメントで?」
僕の問いに、ベルさんは首を振った。
「あれは、エレメントで作ったものではないわ。人の手になるものよ。あのようなものをアイドル戦争に使うという発想は、キシロニアに現在のプロデューサーが現れる前にはなかった発想ね」
「今のプロデューサーになってからのキシロニアは、アイドル戦争に、ゴーレム以外の兵器を持ち込むようになった。また、人間兵による特殊部隊も抱えていて、いざとなれば、システムによって規定された停戦手続きをすっ飛ばして敵軍の〈陸〉へと進入し、敵首脳を捕虜にしてしまうという話だ」
「……強力なアイドルやゴーレムと原始的な暴力との組み合わせが、キシロニア帝国隆盛の成因というわけね」
そのような戦略を採り始めたのは、やはり異世界人である父・立花見極の影響だろう。
「……それより、とらいんでんとよ。ライブの前にミホシ君の声が聞きたいって」
「僕の?」
とらいでんとのみんなとの絆は、この二週間でかなり強まったとは思うけど、クゥあたりはともかく、エッテやリノがそんな殊勝なことを言い出すとは意外だ。
僕はその場にライブビジョンを生み出して、とらいでんととテレビ電話をつなぐ。
『……あ、お兄ちゃんだ』
『やっとつながりましたの? もう、こちらから呼びかけても全然応えてくださらないから、焦りましたわ』
画面にはリノとエッテが現れた。
「ごめん。どうもライブビジョンの回線が混雑してるみたいだ」
メガライブフィールドは、アイドランド全土と通信して観客の召喚を行うために、「空白」の膨大な帯域を占有している。「空白」は容量無制限・即時の通信が可能だけど、帯域が重なると混線が起こることはあるから、その防止のための仕様らしい。
『じゃ、クゥと代わるね~』
『クゥ、ミホシ様とつながりましたわよ』
二人に押されてクゥが画面の中央に出てくる。
とらいでんとの三人は、すでにライブフィールドによる変身を済ませている。
今日は特別なライブだから、アイドル衣装もいつもとは異なるものだ。白を基調に、それぞれのトレードカラーである青、赤、緑をところどころにあしらったもので、露出した二の腕と、ワイヤーで膨らませたミニスカートからのぞく脚が目にまぶしい。
「どうしたの、クゥ」
本番前でナーバスになったのだろうか、と思ったが、最近のクゥの成長はめざましい。新しくなったアイドル衣装にも負けず、これから始まるライブへ向けての意気に満ちているように見える。
『……あの、ライブ……ちゃんと見ててくださいね?』
「ああ、もちろん。バトルフィールドも見なくちゃだけど、ライブはずっと見てるよ」
『なら、いいです。……えっと、がんばります!』
「あ、ああ……がんばって。今のとらいでんとなら、絶対大丈夫だから」
取り繕うようなクゥの様子に首をかしげつつ、僕はテレビ電話を切る。
「……そうは言っても、心配ね」
ベルさんが言う。
「さっきのランドメイクで、エウレニアの貯蓄してきたエレメントは、ほぼ底をついたわ。これから先、ゴーレムユニットを動かしたり、再召喚したりするためのエレメントは、とらいでんとにライブで稼いでもらうしかない」
「だからこその、メガライブフィールドです。大丈夫、とらいでんとは、向こうのアイドルより優秀ですよ」
そう話している間に、ライブフィールド内ではとらいでんとのライブが始まった。
そして、
「……始まった」
バトルフィールド内のキシロニアのゴーレムたちが、徐々に数を増やすエウレニアのゴーレム目がけて進撃をはじめていた。
緒戦は、予想通りの展開だった。
ファイアゴーレムと取り巻きの部隊が、こちらのミズチとぶつかる。
向こうの遊軍であるサラマンダーは、こちらの切り札であるウンディーネが追い散らす。
そして、キシロニア軍の中核たる数体のアースドラゴンは、大量のワームやスライムにたかられて、ほぼ動きが止まっている状態だ。
本来、上位ゴーレムユニットであるアースドラゴンが、下位ユニットであるワームやスライムに手こずるということはありえない。
実際、今回の戦いでも、アースドラゴンは鬱陶しそうに尾を振り、爪で切り裂き、巨大な体重で押しつぶして、ワーム、スライムを圧倒している。
では、何が違うのか。
「――しかし、スライムBとはね。そんなことは、この世界の人間には思いつかない。なまじゴーレムユニットについて知っている分、最初からその可能性を除外してるんだな」
作戦参謀がつぶやく。
スライムBというのは、スライムに追加的にエレメントを投入することによって召喚できる、特殊なスライムのことだ。
このスライムBは「受け流し」という珍しいスキルを有している。
三~四割ほどの確率で物理攻撃を無効化するという強力なスキルなのだが、その引き替えにスライムBは通常のスライムより耐久力が四割以上も低い。これでは下位のゴーレムユニットの攻撃ですら、当たり所が悪ければ即死する。そのせいで、このスライムBは「使えない」ゴーレムユニットの代表格とされている。
しかし、である。
「アースドラゴンの攻撃を受けたら、通常のスライムだって即死ですよ。上位と下位――この絶対的な能力差の前には、耐久力の多少の差なんて何の意味もない。それなら、三、四割であっても一撃を凌ぐ可能性のあるスライムBの方がいい」
「逆にワームは、一般に召喚される毒持ちのワームBではなく、エレメント消費を抑えるために通常版のワームというわけだ。通常版のワームにも、『巻きつき』という相手の行動を阻害するスキルは備わっているのだからね」
作戦参謀の言葉にうなずく。
スライムとスライムB、ワームとワームBは、ぱっと見では区別ができない。これがアースドラゴンなら、さっき作戦参謀がやっていたみたいに、ブレス用の頬袋の有無で保有しているスキルの種類が推定できるのだけど。
だからきっと、キシロニア側は、こちらのスライムがスライムBであることにも、ワームが通常版のワームであることにも気づいていない。
実際、スライムをスライムBに、ワームを通常版にした効果は、目に見える形ではわかりにくいものだ。
スライムは三、四割の確率でアースドラゴンの攻撃を受け流すが、六から七割は即死する。また、一度受け流したスライムも、次の受け流しの再使用可能時間が間に合わなければ、次の攻撃でやられてしまう。
ワームに至っては、毒持ちのワームBとやられる速度は変わらず、単にこちら側で召喚可能なワームの量が多いというだけである。
ただ、あらかじめバトルフィールドに創っておいた「運河」を使い、追加で召喚したワームやスライムBを適切な場所へと送り込んではいる。運河をスライムやワームが流れていくさまは、霧による煙幕がなければちょっとした見物だっただろう。ちまちまとした「補給」なので、これについてもキシロニアは見逃してくれているかもしれない。なにせ、10番以下のアイドルは覚えない人が、プロデューサーをやっているくらいなのだから。
バトルフィールドをながめながら、ベルさんがつぶやく。
「着眼点はすごいのだけど……地味な作戦ね」
「まあ、現段階では、そうですね」
下位ゴーレムユニットであるミズチは、中位ゴーレムユニットであるファイアゴーレムに食い下がってはいるが、もとより勝ち目などない。
ウンディーネは時折向こうのサラマンダーに打撃を与えているけれど、向こうのサラマンダーは逃げに徹する作戦らしく、倒しきるには至らない。
そして、大量に召喚したワームとスライムBは、アースドラゴン相手にゆっくりと負け続けている。
見るべきところのない戦いだ――今のところは。
僕は改めてライブビジョンを呼び出し、ライブフィールド内で行われているとらいでんとのライブに注意を向ける。
「ミホシ君。こっちは見ているから、会場に入って見てあげなさい」
「……わかりました。お願いします」
ベルさんの申し出に甘えることにして、僕はその場に座って目を閉じた。
一瞬の、激しいめまいに似た感覚に襲われる。
目を開くと、僕はライブ会場にいた。
プロデューサー専用の六畳ほどの広さの観客席(観客室?)から、僕は熱気の渦巻くライブ会場を見渡してみる。
以前見たライブフィールドと同じく、宇宙空間に似た黒い背景のスペースを、シアターの二階席とも船ともつかない形の観客席が縦横無尽に飛びまわっている。
が、今回の会場は、武道館ほどの広さだった前回の会場よりもずっと広い。
広い……というか、果てがない。
とらいでんとの走り回るサッカーコートくらいのステージを中心に、ライブフィールドは果てなく続き、飛び交う観客席も百や二百ではきかない数だ。
『――ヘイヘイヘイ! もっとりのたちと歌って!』
リノの声がフィールドに響くと、数え切れない観客席から一斉に声が上がった。
『次は、わたくしの持ち歌ですわ! ダンス、皆さん、覚えてくださいまして?』
エッテが踊るのに合わせて、観客たちの中にも身体を動かす人たちがいる。
『今度は、わたしです! 聴いてください、『キミがいるから』』
クゥも自然体のままパフォーマンスができていて、男性のみならず女性や子ども、年配の観客までもが、クゥの歌に心地よさそうに肩を揺らしている。
「……あれっ?」
今日のクゥは、なんと耳を出していた。
レッスン中は出してもらうことにしていたけど、本番ではアイドルエフェクトで誤魔化せばいいと言ってきたし、クゥもそのつもりだと思っていた。
銀色の体毛を持つネコミミが、クゥの淡い水色の「輝き」をまとって生き生きと動くさまは、アイドルエフェクトによる音や光の効果の中でも抜群に目を引いている。
(どういう心境の変化だろ?)
クゥだけではバランスが悪いからか、リノはウサギの耳を、エッテはイヌ耳を頭につけている。本番前にテレビ電話した時は、三人とも耳なんてつけてなかったのに。
僕が首をかしげていると、
『クゥ!』
エッテとリノが同時に声を上げた。
と同時に、二人はセンターで歌うクゥに目配せしてから、ちらりと僕の席を見た。
いや、けっこうな高さにいるし、会場には数え切れないほどの観客席が飛び交っているから、そう簡単には見つけられないはずなんだけど。
クゥは、僕の方を見ないままで、今歌っているラブソングを最後まで歌いきると、トライデント型のマイクスタンドをステージに置いて、ゆっくりと深呼吸した。
クゥの動きに釣り込まれたように、会場がしん……と静まった。
『――今、この場に、わたしの歌を、聴いてほしい人が来てくれてます。その人は、優しくて、でもレッスンの時は厳しくて、でもでも、厳しさの中にもちゃんと優しさがあって。ええっと、つまり……とっても、優しい人なんです』
つっかえつっかえのクゥの語りは聞き取りにくいが、それだけに伝えたいという気持ちが痛いほど伝わってくる。
『わたし、ほんの少し前まで、アイドルになるとか、考えたこともなかったんです。エッテやリノみたいな、本物のアイドルと一緒にステージに立って、こんなにたくさんのお客さんの前で歌えて……今、わたし、とっても幸せです』
観客たちが、どよめきとともにパラパラと拍手する。
『でも、わたしひとりじゃ、今この場にいられなかったと思います。わたしにとってアイドルは、遠い夢みたいなもので、わたしなんかが追いかけちゃいけないものなんだって、ずっと思ってました。お星さまを追いかけて海に落ちた、おとぎ話のきつねさんみたいに……興味はあったのに、高望みはだめだって、ずっと自分に言い聞かせてたんです』
クゥはそこで一度言葉を切った。
『……そのわたしに勇気をくれたのが、その人なんです。本当はやりたいんだろう? そうその人に聞かれて、見透かされたみたいで悔しかったけど、でも、その時はじめてわかったんです。わたし、アイドルになりたかったんだって』
クゥの目に涙が浮かんだ。目をグローブでぬぐって微笑むクゥに、観客席から「がんばれー!」と声援が飛ぶ。
『だから……だから。今日、これだけは伝えたかったんです。思い切ってエッテやリノに相談したら、二人も賛成してくれました』
『……ま、お世話になってることは確かだし?』
『わたくしも、たくさんのことを教えていただいたと思っておりますわ』
クゥの目配せに、リノとエッテがそう答える。
クゥはくすりと笑って、
『もう。素直じゃないんだから。せーの、で言いましょう』
クゥの言葉に二人がうなずく。
『……見星さん』
『ミホシ様』
『お兄ちゃんっ』
『――わたしたちを育ててくれて……ありがとう!!』
わあああぁぁ……っ!
観客席の歓声を押さえるようなタイミングで、音楽がスタートする。
聴いたことのないイントロだ。
『とらいでんと!』
『うるとら』『スーパー』『リミックス!』
『――星を、見つけて』
ドン……ッ、と腹に響く重低音とともに、聴き覚えのあるメロディが流れはじめる。
しかしそのメロディは、前に聴いた時とはまったく違う、アップテンポでエッジの効いたものだった。
僕の麻痺した脳みそが、しばらくしてから気がついた。
これは、僕がクゥと再会した時――夜の砂浜でクゥが歌っていた曲だ。
ゆっくりと広がっていくようなあの歌は、アイドルの歌としてはあまり向いてないと思ってたんだけど、一体いつの間に準備したのか、とらいでんとが今歌っているのはアイドル向けのポップなアレンジバージョンだった。
(……まさか、ベルさんが入場を勧めてきた理由って……)
どうやら、ベルさんまでグルだったらしい。
でなければ、こんな段取りを用意できるわけがない。
「や、やられた……」
自分がプロデューサーなのだから、仕掛けるのは自分側だとばかり思っていた。
「……ははっ」
僕は、笑っていた。同時に、泣いてもいた。
衝撃的すぎて、自分が今すごく嬉しいのだという単純なことに、なかなか気づけなかった。
プロデューサーをやりながら、僕はずっと影を引きずっていた。
忌み嫌う父と同じプロデューサーとして求められることに、ずっと居心地の悪さを感じていた。
でも、そんなくだらない影は、今この瞬間に、あとかたもなく吹き飛んだ。
とらいでんとのプロデューサーでよかった……!
この絶対的な感動の前に、父だの子だの、僕だの俺だのが入り込む余地なんてない。
僕は不覚にも号泣しながら、とらいでんとのステージを、はじめてアイドルのライブを見た子どものように、俺ではなく僕として、食い入るように見つめていた。
そして、僕は恥も外聞もなく大声で叫ぶ。
「とらいでんとは……最っ高だああああああああああああああ――っ!!」