もしも俺がアイドルと営業することになったら!?(4)
パーティから一夜明けて。
僕とベルさんととらいでんとの三人は、エウレニア城市大通り天守閣前大広場にいた。
広場はサッカーの競技場くらいの広さで、緩やかなすり鉢状の傾斜が設けられている。
普段なら朝早くから露店を開く商人たちと彼らからものを買いつける市民たちでごったがえしているのだが、今朝に限っては城のスタッフによって入場規制が行われ、広場の中にはとらいでんとの関係者しかいない。
広場の端、スタッフたちが持つロープの奥には、物見高い市民たちがひしめいている。その市民たちを目当てに利に聡い商人たちが食べ物の露店を開いている様子もうかがえる。
「……いよいよね」
スーツ姿のベルさんが、やや緊張した顔でそう言った。
今日、とらいでんとは市内限定ライブを敢行する。
市内限定ライブとは、ライブフィールドを用いずに行われる「生」のライブで(生じゃないライブというのも変だけど)、アイドルの場慣れやお披露目を目的として行われる。
つまり、エウレニア城市のトップアイドルとして押していく予定のとらいでんとを、市民の皆さんにお披露目しつつ、いわば身内の場でアイドルに場数を踏ませて「本番」に備えるためのライブである。
だから、本来ならリハーサルに近い代物なのだが、僕はそれだけでは足りないと思った。
「目標は――ウンディーネの召喚だ」
ライブサークルという、システムへの接続はできないがライブフィールドよりは格段にエレメントの消費が少ないアイドルエフェクトを使って、限定ライブの会場からもエレメントを回収する。そして、回収したエレメントのみを用いて、その場でゴーレムユニット――アイドル戦争の主役である魔法の兵隊を召喚する。これが僕の今回のもくろみで、とらいでんとの三人には当日になるまで伏せておいた。
「ウ、ウンディーネですって!?」
ライブサークルの作用でアイドル衣装に着替えたエッテが驚きの声を上げた。
リノもエッテ同様驚いた顔を見せ、クゥだけがよくわからず首をかしげている。
ウンディーネは、水の上位ゴーレムユニットの一柱だ。
こないだのファイアゴーレムくらいなら余裕で蹴散らせる強力なユニットだという。
今日の限定ライブでは、きわめて異例なことながら、ライブサークルによるエレメント回収と上位ゴーレムの召喚までを一気に行ってしまうつもりだった。
「今のエウレニアは、自信をなくしてる。そんな状態じゃ、いくらとらいでんとがいいライブをしても、素直に盛り上がれないだろ」
エウレニアは、キシロニアのプロデューサーが変わった半年前から撤退戦を余儀なくされ、今ではエウレニア城市の郊外にキシロニアのゴーレム部隊が出没するまでに至っている。僕が先日迷い込んだ下町が寂れていたのも、このことと無関係ではない。
何より深刻なのは、危機感と同時に、自国の危機を黙って見ているしかなかった無力感が、市民の間に浸透してしまっていることだ。
こんな状態では、いくらライブを開催したところで多くのエレメントを回収することはできない。エレメントとは、人間の正の感情が結晶化したものなのだから。
だから、エウレニアのトップアイドルであるとらいでんとが素晴らしいライブを行うことで、市民たちに、エウレニアはまだ行ける、キシロニアとも渡り合えると思ってもらいたい。アイドルが戦争の要であるこの世界においては、優れたアイドルを抱えていることは、何よりも自信につながることなのだ。
「それは……そうかもしれませんが。ライブフィールドならともかく、観客の数の限られた限定ライブでは、そんな大量のエレメントを集めることなんて――」
「無理じゃない。知り合いの学者さんに試算してもらった。今のとらいでんとなら、なんとかまかなえる量のはずだ」
具体的には、半日のライブでのべ一万人程度の観客が十分に盛り上がれば、召喚に必要なエレメントは回収できる計算になるらしい。広場の観客収容能力から考えると、半日でのべ一万人は妥当なところだと思う。
……一応、万一足りなかった場合に備えて、城に貯蔵されたエレメントをライブサークルへと流し込む準備もしてはいるが、とらいでんとのみんなには言わないでおく。
「このウンディーネは、新生エウレニアの旗印であり、みんなの希望の拠り所だ」
ここでウンディーネを召喚しておくことには、もっと現実的な意味もある。
ゴーレムユニットは、ユニットメイクと呼ばれるアイドルエフェクトによって生み出される。ユニットメイクには、アイドランドに偏在する「空白」の他に膨大な量のエレメントが必要となる。
だが、「空白」とエレメントがあればすぐにゴーレムユニットが生産できるわけではない。ユニットメイクには相応の時間がかかるからだ。
しかし、一度生産したゴーレムユニットの再生産に関しては、その所要時間が大幅に短縮できる。
これは汎アイドランド・アイドルシステムの側に生産済みのゴーレムユニットの情報が登録されるからだと言われている。システムの実態については、創造者である穂継ぎの巫女の他にわかるものはおらず、あくまで「そういうことになっているらしい」という経験的な憶測にすぎないが、とにかく一度作ったゴーレムは二度目以降はかなり短い時間で再生産できる。
強力なゴーレムユニットほど生産に要する時間は長いので、キシロニアとの戦いが始まるまでに強力なユニットの初回生産――俗に「召喚」とも呼ぶ――を済ませておくことは重要なのだ。
「とらいでんとはまだ新造のアイドルユニットだ。だが、強力なユニットでもある。君たちに足りないのは、経験と自信だけだ」
僕は言って、用意してあった「もの」を三人に渡す。
アルミに似た軽くて丈夫な金属で作られた、長い杖のようなそれは、とらいでんと専用の特注マイクスタンドだ。
スタンドは、トライデント――海神の持つ三つ叉の槍を模したデザインになっている。
「――思いっきり、やってこい」
僕の言葉に、クゥはまだ不安げに、リノは生意気に、エッテは勝ち気にうなずき、ステージへと上っていく。
ゴーレムユニットの召喚とプロデューサーの召喚。
おなじ「召喚」という言葉を使ってはいるが、このふたつはまったく別の系統に属するアイドルエフェクトだという。
ゴーレムの場合は、エレメントと「空白」を素材にして一から創り出すのに対し、プロデューサーの場合は、エレメントと「空白」を素材にする点では同じだが、プロデューサーそのものではなく、プロデューサーの存在する異世界への門を創り出す。
この際、アイドランドとの「縁」のあるなしで召喚対象が決まる、という話だが、その「縁」というのが具体的にどんなものなのかは、それこそ穂継ぎの巫女ででもなければわからない。
ともあれ、僕にその「縁」とやらがあったことは確からしい。だが、「縁」を持っていたのは僕だけではない。僕の父親である立花見極もまた、その「縁」とやらを持っていたことになる。
となると、その「縁」とやらは、アイドルのプロデューサーとしての能力や素質だと考えてまず間違いないだろう。
でも、それは僕個人にとっては素直に喜びにくい話だ。
僕が、ベルさんやとらいでんとのみんなの役に立てていることは、もちろんうれしいのだけど、それを素直に受け止められない自分がいた。
とらいでんとの三人は、虹色に輝くライブサークルの中央で、いきいきと歌い、踊っている。
その溌剌とした姿に、広場に集まったエウレニアの市民たちも次第に活気づき、とくにステージそばに張りつく若い男性ファンたちはとらいでんとの歌に合いの手を入れてライブを盛り上げてくれていた。
そして、そのトライデントの背後には、ゴーレムユニット――ウンディーネを召喚するためのサモンフィールドが展開している。
サモンフィールドは直径五メートルほどの魔法陣のような円で、その上にライブサークルから回収された四色の光の玉が雪のように降り積もり、水色のぼんやりとした光を放つ不定形の塊を作りだしていた。
塊はライブが盛り上がるとともに急速に大きくなり、また、その造形を整えていく。
水妖――その言葉から想像されるとおりの、透き通った女性型の水の妖精が、トライデントを手に歌い踊るとらいでんとの背後に、確かな存在感を持って出現しつつあった。
それはさながら、海神の巫女たちが舞と祈祷によって水の精を召喚しようとしているかのような光景だった。
(……いや、ほんとにその通りなのか。アイドランドの第二の創造主――穂継ぎの巫女に認められたアイドルたちが、ウンディーネを召喚しようとしてるんだから)
ライブサークルの生み出す光と音の中で、とらいでんとの三人はそれぞれの「輝き」を全開にして、観客たちを魅了している。
ステージ向かって右側に立つエッテは、顔とボディラインがいちばん綺麗に見える角度で観客たちに向かってウインクを飛ばす。
ステージ左側のリノは、サビの途中でマイクを観客席に向けて、観客たちにサビの残りを歌わせている。
そしてセンターに立つクゥは、まだ頼りないながらもステージのグルーヴ感に乗りきり、ライブ空間の不動の中心点として音と光とエッテとリノと観客たちをまとめて自分の場所に惹きつけていた。
と、クゥが僕を見た。
クゥの視線は、ステージでの落ち着いたセンターぶりとは裏腹に、ちょっと不安そうで、どこか親猫を探す子猫のような落ち着きのなさがあった。
僕はあわてて背筋を伸ばし、腕組みして、大丈夫だと言わんばかりに大きくうなずいた。
それだけで、クゥの目から不安が消え去り、再び音と光の洪水を受け止める仕事へと戻っていく。
(今はライブ中だ。プロデューサーの僕がしっかりしてないと、みんなが動揺する)
そう思ってライブに集中するけれど、いつもよりプロデューサーモードのかかりが悪い。
(僕が、みんなの役に立ってることはわかる。わかるけど……)
忌み嫌う父親と同じプロデューサーとしてこの場に立っていることに、どうしようもない違和感がある。
躍動するとらいでんとを支えようと、身体の前側で精一杯「それでいい」と伝えようとしながら。
アイドルとしての役割を引き受け、立派にこなしているとらいでんとのみんなに、嫉妬とも焦燥とも罪悪感ともつかないもやもやが、僕の身体の背中側に張り付いている。
僕の前で歌い踊るとらいでんとの輝きがまぶしければまぶしいほど、僕の背中側に張り付いた影は長く濃いものになっていく。
とらいでんとが、予定を遙かに上回るペースでウンディーネの召喚に成功していくのをながめながら、僕は改めて自分が異邦人であることを思い出していた。