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もしも俺がアイドルと営業することになったら!?(1)

 翌日から、慌ただしい日々が始まった。

 とらいでんとの三人は、レッスンの合間を縫って写真撮影やインタビュー、業界人への営業活動などをこなしている。

 エッテやリノにとっては慣れた作業……かと思いきや、エッテは去年までロキサンドリアの姫としてアイドルとは無縁の生活を送っていたし、リノは芸能活動の経験こそあるもののやはりまだ十を超えたばかりの歳で、エウレニア城市のトップアイドルとしての重圧と激務にかなり参っているようだった。

 この間なんて、レッスンの最中、クゥの技術的にはまだまだの歌が自分の歌より評価されたことに怒って、リノがレッスン室を飛び出すハプニングもあった。厳しく言い過ぎてエッテの機嫌を損ねてしまったこともあるし、慣れないことばかりで戸惑っているクゥに気づけず、レッスン中に泣かれてしまったこともある。


「……アイドルを見る目はともかく、アイドルを扱うことに関してはまだまだね」


 と、ベルさんに説教を食らってしまった。

 だけど、ベルさんの言うことはもっともで、僕にできることと言ったら、どうも幼い頃に身につけていたらしいアイドルを見る目を使ってアドバイスすることだけで、その他の仕事はベルさんにつけてもらったとらいでんとの専属マネージャーに任せきりだ。


 その上、僕に足りていないのはプロデューサーとしての経験ばかりではない。

 この世界についての知識もまた、圧倒的に不足していた。

 オーディションの前夜(から当日の早朝にかけて)にアイドランドの知識を授けてもらったエウレニア城市の学者さんに頼んで、アイドランドについて、アイドルについて、できる限りの知識を教えてもらっている。


 正直言って、この世界は僕の常識を越えている。

 アイドルだライブフィールドだライブビジョンだゴーレムだ、それらだけでも僕は十分お腹いっぱいだったのだが、驚くべきことはまだいくらでも残っていた。


 ある日僕は、学者さんに世界地図を見せてほしいと頼んだ。

 三〇くらいの黒縁めがねをかけた利発そうなエルフの男性が、僕の言う「学者さん」なのだが、僕の頼みに対して彼は眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。そして、


「……世界地図、というのは、つまり、エウレニア城市の周辺図……では、ないのだね?」


 彼には、「世界地図」という言葉が通じなかったのだ。

 それからしばらく、僕と彼とはとんちんかんな問答をくりかえし、ようやく彼の側が僕の言わんとしていることを理解してくれた。


「つまり、タチバナ君は、アイドランド全体を俯瞰できるような、つまり、『世界』そのものを一枚の紙に記した『地図』がほしいと、つまり、そう言っているのだね?」


 セリフの中に間投詞のように「つまり」を挟むのが彼の癖だ。


「ええっと、つまり、そういうことです」


 僕にも彼の癖が移ってしまったらしく、彼にギロリと睨まれた。


「ほう。興味深い。君の世界では、つまり、そのような『世界地図』が可能なのだな」

「世界地図が可能……? つま……、どういうことです?」


 今度はギリギリでキャンセルをかけたが、彼にもう一度睨まれた。


「アイドランドは、つまり、そのように一覧できる世界ではないのだよ。……これを見たまえ」


 彼がそう言って書架から取り出した大型の本を、僕は隣から覗きこむ。

 それは、点と線で構成される、入り組んだクモの巣のような図? だった。


「強いていえば、これこそが、つまり、君の言うアイドランドの『世界地図』に当たるものだよ」


 彼によれば、図の中の点は、国や都市といった人の住む「陸地」を現し、線はその「陸地」と「陸地」を結ぶ「橋」を意味しているという。それぞれ〈(ランド)〉、〈(ブリッジ)〉と呼ばれているらしい。


「アイドランドには大小さまざまな〈(ランド)〉が存在する。大きいものは国と、小さいものは都市と呼ばれる。そして、〈(ランド)〉から〈(ランド)〉へは、その間に架けられた〈(ブリッジ)〉を経由して移動する。……〈(ブリッジ)〉を表す線の上に、小さな数字があるだろう?」


 確かに、〈(ブリッジ)〉の上に小さな数字が添えられている。三桁から、大きいものでは五桁。端数は小数点第二位まで。


「それが、つまり、〈(ブリッジ)〉の『長さ』だ。長さといっても距離ではなく、通行に要する時間で計算されている」

「……なんで、距離じゃないんです?」

「距離では測れないからだ。〈(ブリッジ)〉はアイドルエフェクトのひとつ、ランドメイクによって形成される。〈(ブリッジ)〉の中では〈(ランド)〉とは異なる物理法則が働いているらしく、測りなおすたびに距離が変わる。しかし、通行にかかる時間は一定だ」

「……わけがわからない」

「私たちにとっても、つまるところ、わけがわからないよ。そういうものだと知られているだけだ」

「……あ、そうか。だから、地図にならないのか」


(ランド)〉――都市や国がある「陸地」同士の距離がわからないのなら、正確な「地図」など描きようがない。だから、結果的にこのようなわかりにくい図で把握するしかなくなる。

 ……この図、何かに似てると思っていたが、情報の授業で出てきたインターネットの図に似てるんだな。インターネットにはもちろんサーバーという実体があるけれど、ネットワーク上では実体が世界のどこにあるかは問題にならない。問題になるのはどこから接続できるかということだけだ。


「でも、それじゃあ、この〈(ランド)〉と〈(ランド)〉の間は、どうなってるんです?」

「どうもなっていないよ」

「どうもなって……ない?」

「ああ。どうもなっていない。つまり、そこには『空白』が存在する。だが、この『空白』はただの虚無ではない。つまり、『空白』といっても、何もないわけではない。わかるか?」

「……わかりません」

「『空白』とは、つまり、キャンバスのようなものだ。何もないのではなく、何も描かれていないのだ。〈(ランド)〉も〈(ブリッジ)〉も描かれていない領域、つまり、『空白』だ」

「何も描かれていない領域……」

「先日のライブビジョンを見ただろう? キシロニアの性悪宰相が男と映っていたアレだ」

「……ええ」


 その男が、僕の父親だとは言わない方がよさそうだ。


「あれも、『空白』に描き込みを行う技術のひとつだ。アイドルがシステムに要請して呼び出すライブフィールド、あれも『空白』を利用している」


 キシロニアのゴーレムを倒すためにリノが呼び出していたバーチャルなライブ会場のことだ。ライブフィールドは、『空白』の無限に情報を伝達できるという性質を利用し、アイドランド中のライブ会場をフィールドに接続、瞬時に数十万人規模の観客を仮想的に召喚する技術なのだという。


「汎アイドランド・アイドルシステムとは、つまり、『空白』の管理を行うシステムなのだ。穂継ぎの巫女は、血なまぐさい(いくさ)を嫌って、大地を無数の破片へと分割したもうた。その隙間に入り込んだのが、つまり、『空白』なのだよ。そして、穂継ぎの巫女は『空白』の管理をシステムに委ね、アイドルという名の巫女たちのみに、システムへのアクセス権を与えたのだ。つまり、アイドルは、〈(ランド)〉と〈(ランド)〉――すなわち、人々と人々の間に〈(ブリッジ)〉を架けることのできる、唯一の存在なのだよ」


 どうやら、僕の思った以上に、この世界におけるアイドルという存在は、とんでもないものらしい。

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