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もしも俺がアイドルユニットを作ることになったら!?(2)

お風呂回!

 かぽーん……と、鹿威しの音が鳴る。

 ここはエウレニア城市天守閣の外郭にある露天風呂である。

 露天風呂の扉は、ガラガラ……と日本人にはおなじみのあの音を立てて開き、とらいでんとの三人が浴室に入ってきた。


 ……最初に断っておくけど、僕は今、この場にはいない。これは、ずっとあとになって、クゥやベルさんからこういう話があったと聞いた話である。


「つ、疲れたぁ~っ!」


 バシャーンと派手な音を立てて湯船に飛び込んだのはもちろんリノ。


「行儀が悪いですわよ、リノ」


 その後ろからバスタオルを胸元に巻いたエッテが現れる。

 濡れたブロンドの毛先がかかる胸元は豊かで、もしこの場に居合わせた幸運な男がいたら、生唾を呑んで凝視していただろう。


「人前ではちゃんとするから大丈夫だって。……ああ、クソ、あのプロデューサー、こっちが大人しくしてりゃ言いたい放題言いやがって。マジで殺すいつかコロス」

「大人しく……してましたかしら?」


 化けの皮が剥がれてしまった後のリノはかなりわがまま放題だった。


「エッテだって、難しい顔してたじゃん? ホラ、『すべてを失っても気高さだけは失わない高貴なる姫君』って辺りで」

「……よく見てますわね。まあ、率直に申し上げて心中複雑なところがありますわ」

「ま、確かにりのから見ても、エッテはもっと打算的に振る舞ってもいいんじゃない? って思うことあるよ。気高さだけじゃ生きていけないっしょ」

「言ってくれますわね。でも、リノはもっとわがままで構わないというのは同意見ですわ。あなたは少し、いい子すぎます。その歳からそれでは、早く老けますわよ」

「うー、あのプロデューサーの言いなりになるのも癪だけど、老けるのはヤだなぁ」


 話しながらエッテは湯船に入りリノの隣に座った。

 リノは洗い場に向かってぐだぁっとうつぶせになると、


「ていうかあいつ、クゥのことひいきしすぎじゃね?」


 洗い場で背を向けて頭を洗っているクゥに向かってそう言った。


「へ……っ、ふぇ……? んっくしゅ! 痛たっ、目にシャンプーがぁ……」


 突然話しかけられたクゥが動揺して、あたふたとよくわからない動きをする。


「ち、ちょっと、落ち着いてっ!」

「す、すみません……っ」


 クゥは手さぐりでシャワーのノズルをつかみ、髪を流す。

 そのまま身体についた泡まで流すと、クゥはおっかなびっくり湯船に入っていく。


「何よぅ。とって食べたりしないから、近くに来なって」

「そ、そうですよね……っ」


 クゥがおそるおそるリノのそばに近づく。

 湯から出た上半身はほっそりしているが、胸元にはいくらかの膨らみがある。


「……むぅ」


 リノが難しい顔で自分のまだ発育していない胸を押さえた。


「……気にすることはありませんわ。リノはまだ十をすぎたばかりではないですか」

「じゃあ、エッテはりのくらいの歳の時、どうだったの?」

「それは……まぁ、ええっと……」

「ふんだ! 持てるものには持たざるものの気持ちはわからないんだッ!」

「そう気にすることでもないでしょう?」

「だってぇ、アイドルとしてはやっぱりいちばんわかりやすいアピールポイントじゃん」

「それは否定しませんが、それだけと思われてはたまりませんわ。胸ばかりでおつむはからっぽ、などと言われないように発言ひとつ取っても油断できません」

「そういうものかぁ~」

「そういうものですわ」


 会話はなんとなくそこで途切れて、三人は湯の中でぼんやりと座っている。

 クゥだけは、出会ったばかりの二人の前で、ちょっと緊張しているようだったが、エッテとリノは、さすがというべきか、手足を伸ばして存分にくつろいでいる。


「……タチバナ、ミホシ、ですか」


 エッテがぽつりとつぶやいた。


「お兄ちゃんって、プロデューサーやってる時だけ、なんかカッコいいよね」

「カッコ……いい、ですか? たしかに、人が変わったようではありますが」

「なんか、目が違うんだよね。りのたちの外も内も余さず見抜いてやるって感じの、ぐわってした目じゃん? なんか、あの目で見つめられるとドキドキする」

「……リノ、あなたまさか……?」

「えっ……? い、いいいいやあ、違うよっ!? そういうんじゃないって! なんていうか、ちゃんと服着てたっけ? って感じになるんだよッ!」

「ふ、服、ですか?」

「ち、ちがっ……じゃなくて……ああ、もうっ! なんていうか、なんていうか……!」


 赤くなったり青くなったりしながら髪を両手でかきむしるリノに、


「……なんとなく、わかります。見星さんの前だと……その、裸になったような気分になるんです。すべてお見通しというか」

「そ、そそ、そうッ! それだっ!」

「はぁ、なるほど。わたくしはそれほどには感じませんが、仕事の時のミホシ様は、気骨があっていいような気はしますね」

「……あ、エッテこそ、ああいうのが好みなんだ?」

「え、ええっ!? そ、そんなことは……あり、ませんわ」

「ホントにぃ?」

「本当ですっ」


 覗きこんでくるリノから、エッテは赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。


「それにしたって、仕事の時のお兄ちゃんは変わりすぎだよね? 二重人格?」


 リノが頬に人差し指を当てながら首をかしげる。


「――本人によれば、何かに集中するとスイッチを切り換えたように人が変わるんだそうよ」

「……ベル」

「はぁい。お邪魔するわね」


 リノの言葉に答えながら、ベルさんが浴室に入ってきた。


「あなたたちも見た通り、本当に人が変わったみたいになるから、普段から人前では何事にも集中しすぎないようにしてるらしいわ」

「……それはそれで難儀ですわね」

「私としては、やっと肩の荷が下りた気分よ。普段のミホシ君も気が優しくて好ましい少年だけど、プロデューサーを任せるには、やっぱりあれくらいの強引さがないと不安だものね」


 ベルさんは洗い場で身体を流すとクゥたちの輪から少し離れた湯船の縁に腰掛けた。

 ぼんやりと露天風呂から見える星空を眺めていたクゥが、ぽつりとつぶやく。


「わたしは……いつもの優しい見星さんの方が好き、かな」


 クゥの発言に、エッテとリノが顔を見合わせる。ベルさんも、興味深げにクゥの顔を見つめている。ベルさんにとってもクゥはまだまだ謎の多い少女だった。


「ほう? クゥはミホシ様のことが好き、と?」

「ち、違いますっ、そういうんじゃなくて……っ」

「じゃあなんなのさ?」

「仕事の時の見星さんは、何かに取り憑かれてるみたいで……ちょっと怖かったです」


 クゥが寒気を感じたように腕を抱きしめて小さく震えた。

 頭の上のネコミミもわずかに伏せたように見える。


「取り憑かれてるということなら、あなたの方がよっぽどですわよ、クゥ」

「え?」

「そうそう。歌ってる時のクゥ、すごかったけど、怖かった」

「そ、そうですか……?」


 クゥが不安げに顔を曇らせる。


「でも、あなたのことは認めるしかありませんわ。レッスンで合わせた時、わたくし、わたくしたちに足りなかったものがなんだったのか、なんとなくわかった気がしました」

「りのも、なんとなく、ああ、この感じがほしかったんだ、っていうのはあったよ。上手く言えないんだけど」

「わたしは……エッテさんやリノさんと一緒に歌ったり踊ったりしていると、時々、おふたりから何かが入ってくるような気がしました。ビリビリって痺れる電気みたいなものが」

「ライブフィールドでは、ユニゾンと呼ばれる、アイドル同士の交感作用がごくまれに起こるそうですけれど、ひょっとしたらその類いかもしれません」

「……うん。それもそうかもしれないけど、そういうとくべつな何かがなくったって、りのたちなら――とらいでんとならやれるって、りのは思ったよ」


 ほんの数時間前に顔を合わせたばかりの三人は、互いを見つめ合って、ちいさなうなずきを交わしていた。

 ひとり蚊帳の外に置かれたベルさんは、三人の様子にぽかんと口を開け、次の瞬間、やわらかい笑みを浮かべた。


 ――本当の意味でとらいでんとが結成されたのは、もしかしたらこの瞬間だったのかもしれない。

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