六話 殺戮という狂気
『ゲーム』時代、ふと思ったことがある。「自分はもしかして殺人鬼の素質があるのではないか」と。最初にそう思ったのは、『ゲーム』内で初めてプレイヤーをキルした時だ。その時の風景は今でもハッキリ覚えている。エイリアンとのVSモードであるにも関わらず、エイリアンとの戦闘中に何を思ったか影に隠れてプレイヤーをキルしていた者の頭を吹き飛ばした時だ。周りの者は誰も気付いていなかった。目の前のエイリアンとの戦闘に集中していたからだ。
最初は協力しなければいけないのに、態々PvPモード、所謂プレイヤー同士で対戦するモードで遊ばないで、エイリアンVSモードでプレイヤーキルしている事に理解が及ばなかった。純粋に仲間と戦う事に楽しみを感じていた翔にとって、それは侮辱にも等しい行為だったと覚えている。
しかし、そんな中でプレイヤーキルしても責められないという不思議な感覚。エイリアンと戦うのもいいが、プレイヤーを襲撃しても楽しいのではないか?そう思った翔はエイリアンVSモード専用プレイヤーキラーを『別キャラクター』として作成した。
そして廃墟で夜を明かそうとしていたパーティを襲撃。結果、翔は無傷でパーティ6人を全員キルした。その時の感覚もまた、今でもハッキリ覚えている。そう、エイリアンという共通の敵が居ながら、プレイヤー達の敵になり、プレイヤーをキルするという快感、優越感。まさに麻薬とも言える感覚を得てしまった翔は、プレイヤーキラーとして『ゲーム』をプレイする時間の方が長くなった。
「なぁ!殺してみろよ!!僕を早く!早く!!!殺して!!!くれよ!!!!!」
翔は叫ぶ。『ゲーム』で得た快感を得る為に。先程までの恐怖心の塊だった翔はもうどこかに行った。今ここに居るのはプレイヤーキラーとして悪名を馳せていた時の翔そのものだ。
左手に光を集め、それをマガジンとして形作らせる。45グレードがスライドストップすると同時に空になったマガジンを捨て、左手に持った新しいマガジンを装填して、スライドストップを外してまた撃つ。それを繰り返しながら、翔は狂気に染まった笑顔で、魔物を蹂躙していった。
近づく者が居れば蹴りを入れて頭を弾き飛ばし、盾を構えたならばダブルタップの初弾で盾を砕き、二発目で盾を構えた魔物の頭を撃ちぬく。まるでダンスだ。魔物の血で彩られた劇場を舞台に、狂気に染まった主人公が踊りながら魔物を殺していく。この世界の劇でも、これ程美しくも残酷なものはないだろう。
「ハハハハハ!!いいぞ、殺してくれないなら惨たらしく死んでいってくれ!!」
もう自分を殺してくれる事は叶わない。そう思った翔は集団で盾を構えてかたまっていた魔物の群れに向かって梱包爆薬を投げ込む。投げ込まれた梱包爆薬は魔物の群れの丁度真ん中に居た魔物の頭の上に落ち、起爆を示す赤いランプが点灯した。
空気を震わせる爆音が周囲に鳴り響き、梱包爆薬は爆発して、魔物の群れを吹き飛ばした。中心に居た魔物は木っ端微塵になり外側で盾を構えていた魔物も、手足を吹き飛ばされたりその内蔵を表にぶち撒けていた。
鎮魂歌とも言える爆音が鳴り終わ死にかけの魔物の呻き声だけが辺りを、そして翔の精神をエンドロールへと連れて行く。今まで体の中に篭っていた熱も、どす黒い感情も。翔の体からスッと消えていった。
「・・・・・・あぁ、また・・・またなのか」
やってしまった。という思いよりも、どうして?という思いが自身に問いかけてくる。
もう起こらないはずだ。殺意の亡霊はとっくに封印した。黒歴史とも言えるプレイヤーキラー時代の亡霊が、全てを背負って眠ってくれたはずだった。なのにどうして、また殺意という快感に浸ってしまったのだろうか。亡霊が起きてしまったのか?そんなはずはない。だとしたらなんだ?亡霊の残り香か?違う。
「僕自身の、感情なのか・・・・・・」
そう認めるしかなかった。つまりは切っても切れないのだ。一度覚えてしまった殺人の快感は、これからも死ぬまで付き纏い続けるだろう。
「ははは・・・」
翔は乾いた笑いを口から零した。誰と約束した訳ではないが、二度とこの快感には浸らない。そう戒めてきた自分自身への約束を今破ってしまったのだから。
「そこの子供!大丈夫か!!」
ふと気が付くと、翔の周りに騎士団であろう人たちがやってきていた。
「騎士団の方、ですか?」
「そうだ、ザルスガル騎士団に所属している騎士だ。一体この場で何があったんだ?爆発音が聞こえてきたから急いで来てみたが・・・これは・・・・・・」
騎士団員の一人が苦い顔で周りを見渡す。恐らく100を超える魔物の死体がある。
「全部殺した・・・それだけです」
「君が、なのか?信じられん」
騎士団員の言葉はもっともだ。15歳ぐらいにしか見えない少年がこの魔物の数を全滅させた等到底考えられない。
「事実です、あんまり・・・認めたくはないですけど」
「まぁ事実だろうがなんだろうがどうでもいい。君が生きていてくれた。ただそれだけでいい・・・・・・おっと、臨時副団長殿!少年を一人保護しました!!」
背後から駆け足でやってきた一人の女性騎士に翔に話していた騎士団員が呼びかける。
「君、大丈夫かい?」
「えぇ、大丈・・・・・・イリーナ?」
「確かに私はイリーナだが・・・・・・その声はもしや!」
翔はこの女性の事を知っていた。1ヶ月程前に別れたばかりの騎士だった。翔がイリーナと呼んだ女性騎士は、驚いた顔をしながら翔の被っていたフードを少し乱暴に外させる。その翔の顔を見たイリーナは、翔の事をようやく分かったようだった。
「カケル・・・・・・生きてたのか」
「死ねないよ、まだ・・・ミラとの約束も果たせてない」
イリーナ・ベル・ヴァルシア。それが彼女の本名。そして翔がミドルネームを知る数少ない人物。
「ベルって呼んだ方がいい?」
「やっやめろ!人前だぞ」
「すげぇ、イリーナ臨時副団長のミドルネーム知ってるぞあの坊主・・・」「あぁ、ベルってミドルネームだったんだな」とひそひそと話しあう二人の騎士団員にイリーナはゴホン、と咳を払いながらこの少年は翔本人だと認めた。
「本物、のようだな。積もる話はあるが、ひとまず避難所まで来てくれ。今、逃げられない人達を私達三人で必死に集めているんだ」
「・・・・・・分かった、同行する」
久々に会ったイリーナだが、今はそれどころではない。アルフレッドも未だ戦闘中であり、この城塞都市もまた魔物の軍勢に攻められている最中だ。戦える事が分かった翔だが今は休みたい気分もあり、素直にイリーナに着いていく事にした。