五話 輪舞曲
見切り発車過ぎて設定がどんどん変わってどんどん増えていって矛盾が出てきているでござるの巻
時計塔から出た翔とアリシアの二人は、まず避難指示をしているはずの騎士団員を探した。
未だ、街の中は混乱の渦の中にある。
翔が先程時計塔の中に入る前に見た騎士団員は数名。それだけの人数で数千を超える群衆を適切に避難させるなど至難の業だ。恐らくは何も出来ないまま声を張り上げているだろう。
「アリシア、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です・・・」
時計塔から出てくる前もそうだったが、やはり家族の死が堪えているのかアリシアの顔色は優れない。『ゲーム』のようにステータスが見れればいいのだが、今の翔には彼女の頭の上にステータスは見えない。
(そもそもなんで『ゲーム』で使ってた銃が使えるんだ・・・?この間までは何も使えなかったのに)
今の翔は、頭の中で銃の名前を思い浮かべながら手に力を込めれば光が集まり、銃を出現させる事が出来るようになっていた。以前は怒りで我を忘れた一月前の戦いで限定的にしか使えなかった。しかし、今は前述の通り自由に銃を呼び出す事が出来るようになっている。
(もっとも、『亡霊』に戻る気は、今のところない・・・・・・かな)
忌々しい記憶が蘇ってくる前に首を振ってなかった事にする。
今はそんな過去を思い出している暇はないのだ。
彼女を安全であろう場所まで連れて行ってアルフレッドと合流を急がなくてはならない。
「・・・・・・ッ!カケルさん来ます!!」
アリシアが声を張り上げる。
彼女が指を指した方向には十数人の固まった避難民。
そして、その前に出来る複数の魔法陣。
その魔法陣が全て同時に光り、仕込まれた術式が完成する。
状況を分かり切っていない翔を置いて、アリシアはその魔法陣に向かって走り出した。
「しまったっ!」
ようやく状況を把握した翔も、アリシアに数歩遅れて飛び出す。
そして魔法陣から、召喚された魔物が飛び出してきた。
飛び出してきた魔物に、避難民達が叫び声を上げる。
だが魔物が振りかざした棍棒が、避難民に当たることはなかった。
「早くお逃げ下さい!!」
寸でのところでアリシアが抜いた剣が魔物を背中から突き刺したのが早かったのだ。
突然仲間が生き途絶えた事に何ら戸惑うこともせず、アリシアの側に居た魔物がアリシアに向かって棍棒で右から殴りにかかる。
魔物を剣で突き刺したせいで、剣が抜けずアリシアはその棍棒を防ぐ事は出来ない。
咄嗟の判断で行った行為のミスが、自分の死。
あまりにも大きすぎる代償にアリシアは棍棒が自分の腹を殴るまでの時間が遅く感じられた。
「魔物が鎧を着ていて斬り掛かっても弾かれる、そんな時は突き刺すんじゃなくて、剣を投げればいい」
そう、こんな風にね。とでも言わんばかりに、アリシアを狙っていた魔物に向けて翔が首筋目掛けてナイフを投げる。
突き刺す事に特化しているそのナイフは魔物の首を貫き、命を奪う事は容易かった。
(・・・統率が取れ過ぎてる。魔物がやることじゃない・・・・)
唐突に現れて魔物を二匹葬ったアリシアと翔に怖じる事なく、魔物達は避難民達を手に持つ棍棒で襲いかかろうとしていた。あまりにもおかし過ぎる。目的の為に操られているかのようだ。
「操狗の魔法、それにしては高度過ぎる・・・・・・」
おまけとばかりに避難民を狙っていた魔物にナイフを投げつけ、全てを一瞬で仕留めきった翔は1つの答えに辿り着く。
「高度な魔法技術、魔族・・・・・・。それしか、ない」
この混乱を作り、魔物を裏で操り、けしかけている者。人間よりも高度な魔法技術を持つ魔族でしか考えられない。
「す、すごいですわ・・・・・・・」
「僕なんか、どうってことないよ。僕の連れならもっと早くやる」
それは謙遜でもない、本当の事実だ。それに今翔が魔物を倒したのもアリシアが殺されかけていたからであり、有象無象の避難民の事など考えていなかった。
人はいずれ死ぬ。それが遅いか早いか。ただそれだけの事。しかし出来るなら、この手で救えるだけの数を、救えるだけ救いたいのも翔の本音である。もっともそれは夢のまた夢、理想でしかない事も知っている。だから翔は自分が救いたいと思った人だけ助けようとしている。あとで自分が後悔しなければ、翔はそれ以上はどうでも良かった。
「アリシア、行こう」
「そうしたいのは山々なのですが・・・け、剣が抜けないのです・・・・・」
アリシアは必死に魔物に刺した自分の剣を抜こうとしていた。
死後硬直で筋肉が固まって抜けなくなっているのか、それとも元々魔物の肉質が硬くて抜けないのかは分からないが、彼女が一生懸命に剣を引っ張っても抜けていない。
それを見かねた翔はアリシアの代わりに剣を引っ張る。先程までは全く抜けなかった剣も、まるで嘘のように安々と引っ張り抜いてみせた。
「流石は殿方ですね。お力がお強いようで」
「お世辞はいいよ。とっとと避難しないと」
「あの方たちはどうなさるのですか?」
アリシアが聞いているのは襲われていた避難民達の事だ。どうやら彼らも一緒に連れて行けと言っているらしい。
「彼らだって自分のことで精一杯なのに、なんで僕らが気を使わなければいけないんだ?」
「カケルさんには力があります、その力は弱き方々の為に使うべきなのでは?」
「そんなもの、知らないよ」
「では、なぜ私を助けて下さって、あの方々はお助けにならないのですか?」
そこを突かれると痛い。避難民達だって、アリシアだって翔にとっては翔の気分が悪くならない為に助ける対象になる。しかしアリシアにこれだけ気を使っているのは翔があの少女を助けられず、せめてその家族だけでも助けようと思ったからである。たったこれだけの理由でも、翔が避難民達に手を貸さない理由にはなるが、アリシアからすれば弱い理由だろう。
先程彼女は避難民達を助けようとした。恐らくこのまま翔が断り続けて彼女が折れても、彼女は避難民達を助けようと一人で動くだろう。そうすれば翔はアリシアを助けられなくなる。また悪夢の種類が1つ増えるのは懲り懲りだ。
結局翔が折れ、連れて行く事を決めたその時、また地面に魔法陣が浮かび上がってきた。
1つ、2つ・・・・・・10、20。その数はどんどん増えていく。
「街攻略に本腰、入れられた」
「そんな・・・この数はとても抑えられません・・・・・・」
アリシアと避難民達の顔色がどんどん青くなっていく。避難民の子供は我慢出来ずに泣きだした。
「・・・はぁ。もう、やりたくないのに。どうしてこうも・・・・・・」
「カ・・・カケルさん!は、はやく逃げませんと!」
「もう戦いはいいんだよ。たくさんなんだよ。もう僕を向こうに帰してくれよ」
「カケルさん・・・・・・・・・?」
アリシアの声も、避難民達の怯える声も、子供の泣き声も。全てを遮るように翔はぶつぶつと独り言を呟いていた。アリシアも、翔に何が起こったのか分からない。もう頼れるのは自分しかいないと震える足と手に鞭を打ち、翔に抜いてもらった剣を構え、魔法陣から召喚されてくる魔物に備える。
「アリシア、砦方向から来る騎士団員に合流して。砦と街を繋ぐ橋が爆破されたらしい」
翔がそう言った直後、橋のある方向。魔族領側から爆発音が聞こえてくる。
「ここは僕が受け持つ。早く行って」
「しかしこの数は・・・」
「行け」
翔が口から出した二文字の言葉に、アリシアは背筋を震わせた。先程まで無感情に喋っていた少年が吐き出す言葉ではない。まるで呪詛のような、冷たく響く言葉だった。
「・・・・・・お約束下さい、必ず・・・必ず生きて私に合流すると」
「分かった誓うよ。早く行け」
冷たい言葉を受けながら、アリシアは避難民達を連れてその場から駆け出した。
後に残ったのは翔と、無数の魔法陣。
「100以上はあるかな。まぁ、いいや。どうせ、どうせ帰れないならさ」
手に光を集め、その光で頭のなかに思い浮かべた銃を作り上げていく。
「殺してよ、『俺』を」
銃を作り上げるのと同時に、魔法陣が完成し、召喚された数多の魔物が魔法陣から飛び出してきた。翔はただ笑っていた。その笑顔は恐怖を消すために笑った笑顔ではなく、狂気と歓喜に埋められた笑顔だった。
「さぁ、踊ろう。僕を殺すダンスを踊って、どうか僕を殺してくれ」
その言葉もまた、狂気に満ちていた。