四話 殺意
反応が示した場所は時計塔だった。
ザルスガル城塞都市の中央部の広場の真ん中。
そこにそびえ立つ大きな時計塔。
いつもは人や屋台で賑わう広場も、今ばかりは誰も居ない。
耳に聞こえるのは遠くに聞こえる爆発音、剣戟の音、そして逃げ惑う人々の声。
その音を尻目に、翔は時計塔の扉を蹴り破る。
先程の音の中に少女の叫び声と、肉を切り裂く音が聞こえたからだ。
(頼む頼む頼む頼む。生きていてくれ・・・・・・!!!)
僅かな希望を胸に、翔は時計塔内部の階段を駆け上がる。
どうせなら気付きたくなかった。
気付かないところで死んで欲しかった。
しかし翔が感じた違和感がそれを許さなかった。
知らなければ見て見ぬ振りを出来た。
知らなければ、この惨状を見てまた殺意が芽生える事もなかった。
先程と同じように、『味方察知』で少女を認識した部屋のドアを蹴り破り、翔は部屋の中に飛び込む。
そこで目に入ったのは腕をもがれ、衣服を破られ、二匹の豚の顔をした魔物に嬲られている少女の姿。
そんな姿を見せつけられて翔は我慢出来るはずもなかった。
「あああああああああああああああ!!」
心の奥底から、憎しみが溢れ出して口から慟哭となって翔の口から飛び出す。
半秒も掛からずにカケルは魔物の一匹に飛び掛かり、顔を思い切り殴った。
断末魔の声さえ出させぬ早さで魔物の豚のような顔を抉り吹き飛ばす。
魔物の顔が吹き飛ばされた時の血がもう一匹の目に入ったのか仲間の魔物は目を抑えながら豚のような悲鳴をあげていた。
頭を吹き飛ばした魔物の返り血を身体中に浴びた翔はその血を拭う事もせずに右手を広げ、力を込める。
すると右の掌に光が集まり、やがてこの世界には存在しない武器に変形していく。
それは銃だった。翔が『ゲーム』で愛用していた高い威力を持ちながら、改造されたロングマガジンのお陰で装弾数も3倍に跳ね上がっている『45グレードハンドガン』。
近未来を舞台にした『ゲーム』にしか存在しない形の銃だ。
それを生きている魔物に向けて構え、そして乱射する。
何発も何発も何発も。腕の肉を裂き、足の骨を砕き、腹を食い破っても翔は射撃を止めない。
やっと射撃が終わったのはマガジンに装填されていた全ての弾丸を打ち切り、45グレードのスライドストップが掛かった時だった。
「くそ・・・」
こうなっているのは時計塔に入る前の『味方察知』で分かっていた。脳内に浮かぶ青色の味方表示が死亡を示す灰色の表示になっていた時から、予想はついていたのだ。
それでも、その表示を信じられずに時計塔を登り、目の前で涙を流しながら無念の中で死んでいった少女が、せめて生きていることを望んで翔はここに来た。
間に合わなかった自分の頼りなさ、無力感を悪態をつくことによって表す。
「くそったれ!!」
30発もの弾丸をその身に受け、絶命している魔物に思わず蹴りを入れる。胴体に当たった足はそのまま胴体をえぐり飛ばし、腹から上は壁を凹ませる程の威力をもって吹き飛んだ。
「ごめん、もう少し早ければ・・・」
翔は息のない少女に近寄ってその目を手で閉じ、涙を手の甲で拭ってやった。その代わりに、少女の顔は翔が浴びた魔物の返り血で汚れてしまう。
もう一度手で拭おうとしたが、それも逆効果になると思い、顔に伸ばした手を戻して強く握る。
顔を逆に汚してしまったことに謝ろうと思ったその時、金属がぶつかり合い重い音を奏でながら時計塔の階段を登ってくる足音が聞こえてきた。敵か味方か分からない。もう感知は機能していなかった。何があってもいいように翔は45グレードに新しいマガジンを装填してスライドストップを外す。弾丸が薬室に送られ、スライドが閉まりながら軽い金属音を奏でた。そして翔が蹴り破った扉に銃口を向け、狙いを定めた。
「ミーア!ミーア大丈夫なのですか!?」
翔が居る恐らく時計塔の管理人部屋に入ってきたのはプレートメイルを着込んだ冒険者らしい格好の女性だ。年はカケルより年上だろうが、二十歳には満たないだろう。
「ミ・・・ミーア・・・・・・?」
この部屋に入った彼女は絶句したように目を見開き、顔を蒼白に染める。
銃口を向けている翔の事など目に入っていないようだ。
翔はその事を咎めず、ただ魔物でなはないと判断して銃を下げ、懐に仕舞う振りをして光に戻す。
特に意味のない行動だが、自由に武器を取り出せると思われては宜しくない。
現状、翔は目立ちたくないのだ。
「彼女の、保護者?」
「あ、貴方は・・・」
「すまない、守れなかった」
申し訳なくカケルは頭を下げる。
「この時計塔を、魔物が登ってきたとは考えにくい。たぶん、召喚魔法。それも無差別の」
ミーアと呼ばれた少女の亡骸を抱き上げながら翔はなぜここに魔物が居たのか推測する。
先程言ったように、まだ魔物は城塞都市に侵入できるほど近付けていない為、自力でこの時計塔に登ってきたとは考えられない。
それに態々時計塔に隠れていたのであろうミーアという少女を襲いに行くとも考えにくい。
そして決定打として魔力の残り香が、血と硝煙の匂いのスキマから匂ってきたのだ。
十分に、召喚魔法で召喚された可能性はある。
「・・・・・・行こう。無差別に招喚されてるとすると安全だと確信出来る場所はないけど、もし別の場所に召喚された魔物で、ここの匂いを嗅ぎつける奴が居たら・・・ここは少なくとも安全とは言えない」
これは翔が『ゲーム』で、匂いに敏感なエイリアンと1年以上も戦って得た経験則だ。
魔物も鼻が良く聞く。翔の判断は間違ってはいない。
「でも、でも・・・それではミーアが・・・・・・」
「今は、駄目。もし連れて行けば、それこそ襲われる」
翔は腰にぶら下げていた水筒の蓋を開けて、頭から水を被りながら冷酷ながらミーアの家族であろう少女に現実を突きつける。もし、少しでも生きていれば翔はこのまま運び出して治療するつもりだった。
けれど、それも死んでしまっては出来ない。この世界にも、ゲームの世界にも蘇生薬や蘇生魔法なんて便利なモノはない。
「でも、彼女がもう、襲われないようになら・・・出来る」
「えっ?」
今にも泣き出しそうな少女は、死んだ家族を抱きしめながら疑問の声を上げた。
翔はその声に答えるように、掌に光を集める。
「女神の巫女ミラ・セタ・メビウスよ、今ここに貴方の力を貸し与え給え。『姫巫女の結界』」
翔が唱えた呪文は、掌に集まった光を分散させ、部屋の中を包み込む。
そして魔物は消し去り、そこら中にべっとりと付いた血も翔が被った魔物の血もその匂いも。全てをかき消した。
残ったのは翔と少女と、今は亡き幼い少女だけになった。
「聖魔法・・・!」
「僕が、使った訳じゃないけどね。言葉通りの、借り物、なんだ」
どこか遠くを見るような眼をして、翔は少女にそう言う。
「もう、彼女は安全。僕ら以外は魔物も入れないし、余程の聖職者出ない限り入る事は出来ない」
「あ、ありがとうございます・・・・・」
「・・・行こう。そうじゃないと、彼女も悲しむ」
「そう、ですわね。ここで死んでしまえば、ミーアに笑われますわ」
目に浮かんだ涙を拭いながら少女は笑いながら答える。
この分なら大丈夫だろう。彼女はもう死人の目をしていない。
二人はそのまま部屋の外に出て、時計塔の階段を下り始める。
少女は何度か結界を貼った部屋に振り返っていたが、翔は何も言わなかった。
言えるはずもなかった。家族が死ぬ辛さは、誰にでも厳しいものなのが分かっていたから。
「そういえば忘れていましたわ、貴方のお名前は?」
「網谷翔。カケルでいい」
「カケルさん、ですわね」
「・・・カケルだけでいいよ。何だか、こそばゆい」
「すみません、我が家の家風なのです。どうかお許しを」
気難しい少女の口調にこっ恥ずかしい顔になりながらも、翔はじゃあいいよ、と許可を与える。
「ありがとうございます。私の名前はアリシア・フランポート。アリシアとお呼びください」
「分かった、ちょっとの間だろうけど、よろしく」
階段を降り切り、二人は丁度挨拶を終えた。
翔は、騎士団に保護してもらうまでの付き合いだと思っていた。
しかしこの出会いが、翔に大きな変革を与えるのは女神しか知らない。