三話 アルフレッドという男
「前衛盾構え!!オークの突撃を抑えろ!!」
ザルスガル砦の前、最終防衛線と言える場所で、各国から集められた精鋭の騎士団が魔物の軍勢と対峙していた。その数、騎士団の臨時団長を務める者が確認出来るだけで1000を超える。
対してこの最終防衛線の死守を務める騎士団員は27名。
数だけで見れば圧倒的に不利な騎士団であったが、そこは各国の精鋭の中から集められた精鋭中の精鋭。持ち前の剣技と魔法でなんとかギリギリのラインで進行を抑えていた。
「左翼!2歩前進しろ!!!ヤツらに呑まれたいのか!!!!」
騎士団の少し後方で、騎士団臨時団長の男が怒鳴る。
その声に叱咤された左翼の騎士団は、大地に足をめり込ませるほどに力を入れ、臨時団長の命令通り2歩前進した。
しかし、それもすぐに押し戻されそうになる。
質は量に勝てない。それも防戦なら尚更だ。
相手は斬り伏せても、攻撃魔法の直撃を食らわせても、なお前に前進してくる。
目の前の全てを喰らい尽くすように、全てを焼き払うかのように。
(まるで死兵だ・・・、外道の兵法だ。なぜ、魔物如きが・・・!!?)
臨時騎士団長も理解が及ばなかった。
本来、オークやゴブリンといった魔物は群れをなすものの強い敵には立ち向かわない。
それは500年という時間と、その間殆ど攻撃を受けていないザルスガル砦が証明している。
その証明が今、瓦礫が崩れるように崩壊していた。
オークとゴブリンの混成した千を超える群れ。
いや、もはや「軍勢」と言っても過言ではないのかもしれない。
本来あり得ぬ、魔物の軍勢。
500年間存在しなかった存在が今、目の前に広がっていた。
(魔族が条約を破ったのか・・・!?そうでもないと説明が・・・ッ!!)
中央に展開していた騎士団員が遂にオークに押し倒される。
悲鳴と共に飛ぶ真っ赤な血。
防衛線に開いた穴から、一気に流れ込んでくる魔物達。
鉄砲水の如く飛び出した魔物は一気に騎士団の命を刈り取っていく。
「これまでか・・・」
臨時団長はこれ以上生きる事を諦め、腰に差していた剣を鞘から抜き取り、魔物共に突っ込む。
周りに居た生き残りの騎士達もそれに続き、盾を捨て、剣を握りしめ、突撃する。
その時だった。一陣の風が、彼らの前に現れたのは。
「こんなところで命落とそうとしてんじゃねぇ!!民間人の避難はまだ終わってねぇんだぞ!!」
フードを被った人影。声からして男。それも若い青年だと分かる。
「ザルスガル砦にこだわるんじゃねぇ、てめぇらは『民の盾』だろうが!ここは俺に任せて城塞都市だけ守る事を考えろ!!」
フードを被った男は、無詠唱で右手から魔力を解き放つ。
この世界において、戦略級に分類される【獄炎の風】と呼ばれる攻撃魔法。
巨大な炎が、1000を超える魔物に狙いをつけて範囲内の全てを焼き尽くしていく。
この魔法に焼かれれば、骨も残らない。残るのは焼き焦げた大地の匂いだけだ。
10秒も掛からず、魔法は魔物達を燃やし尽くし消えていった。
「残りは・・・来ないか・・・・・・」
死兵となった魔物達も、男の放った魔法に怯えて背を向けて逃げていく。
あとに残ったのは焼き焦げた大地と、生き残った騎士団員10数名。そして魔法を放った男。
「あ、貴方は・・・・・・」
「今はどうでもいいだろ。今は城塞都市と砦を繋ぐ橋を爆破するのが先だ」
フードを被った男が言う事は正論である。
魔族領側からザルスガル城塞都市に入るにはザルスガル砦を通り、川幅が50m近くある川に架けられた橋を通らなければならない。
それを爆破してさえしてしまえば、城塞都市に入る事は出来ない。
「そうだな・・・総員、注目!我らはこれより城塞都市防衛に任務を移行する。ザルスガル砦は現時点を持って放棄、砦と城塞都市を繋ぐ橋を爆破して魔物共の侵入を防ぐ!」
臨時団長は声を張り上げ、生き残りの騎士団員達に命令を飛ばす。
半時間にも満たない戦闘時間で疲弊しきった騎士団員達の足取りは重いが、男の言った『民の盾』という言葉が身に沁みたのか、顔を覆う鉄兜の下から見える眼には希望の色が浮かんでいる。
全員が立ち上がり、移動を始めたところで、臨時団長は死んでいった騎士達に黙祷を捧げた。
後方に居る民間人の為に命を捧げた彼らに対する、今出来る精一杯の事だった。
「我らの女神アリアよ。今日召されます者達を天高きところにて極楽を与え給え」
臨時団長は胸元で十字を切って男に向き直る。
「お助け頂き、ありがとうございます」
「良いって事よ。ほら、さっさと行かないと俺達が渡り切る前に橋が爆破されるぜ」
フードを取りながら男は笑う。
ブロンド色のショートヘアをした男はニカッと笑う。
「詳しい事は撤退しながら話しましょう。私はベールゼン・フォルトナ。ザルスガル騎士団の臨時団長を務めています」
「俺はアルフレッド。アルでいい・・・が」
アルフレッドは眼を細め、魔物達が撤退していった森の中を見る。
「・・・・・・どうかしましたか?」
「もう逃げたと思ったけどな。もう立て直したか」
アルフレッドは腰に差していた剣を抜き、構える。
その構えには一片の隙もなかった。
「ベールゼンさん、早く騎士団を城塞都市まで撤退させて橋を爆破しろ。それまでアイツらをここで食い止める」
「しかしッ!」
「いいから行け。足手纏いだ」
「くっ・・・ご武運を・・・・・・!」
アルフレッドの言葉のまま、ベールゼンはアルフレッドに背中を向けて走りだす。
それを確認したアルフレッドは真面目な顔をいつものやる気のない顔に戻す。
「カケルは大丈夫かねぇ・・・まぁなんとかなるか」
アルフレッドは自分の心配はしていない。
魔物だろうと魔族だろうと、例え魔王であっても彼は自分の身の心配はしない。
「合流は遅れるなぁ。あぁやだやだ。勇者ってのは辛いね本当にさ」
森の中から、魔物の雄叫びが聞こえ始める。
アルフレッドは剣を右手で構えながら、左手で魔力を集める。
その魔力は次第に紫色に染まり、アルフレッドの左腕全体を包み始めた。
「お前らもさ、そう思うだろ?」
森から飛び出してきたゴブリンの頭を右手に持った剣で切り落としながら、アルフレッドは魔物の群れに問いかけた。