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天使の証明7

静寂が支配する廃屋にギシリ、ギシリ、と足音がこだまする。上下左右、いたるところから聞こえてくるその足音はまるで家中に緊張という糸が張り巡らせていくかのようであった。

足音の主の一人は小声で言う。


「おい、ここに置いてあったライターがなくなっているぞ」


「あの2人組がこの部屋に来たことは確定だな…昨日のあの女が仲間を連れてきたのか?」


隣にいるもう一人は適当な返事を返す。

彼らにとって侵入者は誰であろうと構わない。

そいつを見つけ出して殺す、それが彼ら窃盗グループ「綺理素斗(キリスト)」の共通見解であった。

戦後の火事場泥棒で勢力を伸ばしてきた「綺理素斗」は一時期、戦前から続く暴力団と肩を並べるほどの力を誇っていた。

だが彼らは日本が安定期へと移行する流れについて行くことができず、現在の構成員たったの20人、物の見事に没落してしまった。

アジトはおろか今や物資すらもまともに調達できなくなってしまった彼らを支えるある物がこの廃屋にはあるのだ。

それこそが、ガラスで構成された扶帝製CONNECTデバイス「零型」、その持ち主の名簿だ。

CONNECTが発表されたと同時に販売された零型は技術的欠陥を理由にすぐに回収され、現在ではプレミア価格がつくほどになった。

ただ彼らはこの名簿を売るつもりはない、自らがそれを盗りにいくのだ。

それは彼ら「綺理素斗」としてのちっぽけなプライドである。


『一階…異常なし、上はどうだ?』


ベッドルームを調べている男達の耳に仲間からのネットを介した通信が入る。

僅かに入るノイズを気にすることもなく一人が返事を返す。


「ベッドルームに置いてあったライターが消えているのを確認した」


『そ…か、カメラの映像…見る限り二人組は外には出て…ないようだ』


「じゃああいつらはやはり……」


『ああ、隠…部屋で何かやってい…だろうな』


その後二、三言を交わして通信を切る。

彼らは下の階に行き残りの三人と合流すると廊下に設置された不自然なクローゼットへと向かう。

銃弾すら買えない彼らの手には銀色に輝くものが握られていた。




「綺理素斗」の探す二人組はやはり隠し部屋で息を殺していた。

部屋の外から縦横無尽に聞こえる意図的に殺された足音はまるで蛇の如く二人の心を締めつけていく。

彼らの手にはスタンガンと鉄パイプのみ、対する相手は証言通りならナイフを所持している。

武器は対等かもしれないが人数的には不利と考えるのが妥当だ。

ふと、その足音が止まった。

奴らはいよいよこの隠し部屋に突入するのだろうと予測する志賀の背中には嫌な汗がじんわりと染みていく。

クローゼットの壁であり隠し部屋の扉となっているベニヤ板が少しだけ音を立てる。

その音に反応を示したのが佐々木であった。

彼女は鉄パイプを握る手を一回開き、ゆっくりと握る。

自身の感覚が末端まで行き届いていることを確認すると彼女は自分を落ち着かせる為に目を瞑り、頷く。

その瞬間、クローゼットではなく壁が蹴破られ、そこから男たちが一斉に狭い部屋に突入した。

もし佐々木の助言がなければ集団はクローゼットからくるという予想が外れて狼狽えていたところを一発で仕留められていたのだなと部屋の中央に棒立ちしている志賀は戦慄する。

だが彼は重要なことを忘れている。

それは部屋のど真ん中で立っていれば一瞬で相手に見つかるということだ。

突然現れた5人組の視線は当然の如く志賀の元へと注がれ、そして当然の如くナイフを向けられる。

極度の緊張で思考回路がショートしている志賀は数秒後にその事実に気づき


「うおぉっ!!何だお前ら!!!」


彼らは志賀のその様子に特に驚きもせず彼を部屋の端へと追い込むと集団のリーダーと思わしき人物が尋問を始める。


「お前、昨日の仲間だな?」


「き、昨日ですか?確か昨日は僕は部屋の片付けをしていました」


「ふざけてねえで質問に答えろ!!!!」


ヤクザの怒号に志賀は早くも失神しそうになる。

志賀が適当に視線を集める間に佐々木が不意打ちをかけるという作戦だったはずなのだがこれって囮なんじゃないかなと今更な発想が彼の頭を埋め尽くす。


「いいから質問に答えろ!!!昨日の女がここを教えたんだろ?」


「昨日の女といわれましても…あっ、もしかしたらあなた方昨日パソコンをリビングに置きっ放しにしていませんでしたか?」


「そうだけど…それがどうしたっていうんだ?」


彼らの言う昨日の女が表だと志賀は確信した。だから何だと言われればそれまでなのだが今に彼にはそれくらいしかできないのだ。

それにしても佐々木が見当たらない。

もしかしたら自分を置いて一人で逃げてしまったのでは?という嫌な考えが志賀の脳裏をよぎる。


「それがどうしたって聞いてんだよ!!!!」


「そ、その女性が僕の勤め先に来てこの家のリビングで名簿を見たとおっしゃっていまして」


志賀はそう言いながら自分が取り返しのつかないことをしてしまったと後悔する。

勢いに圧されて全部喋ってしまったがここを通りかかったときにそれを目撃したとか知らぬ存ぜぬで通せば殺されずに解放された可能性も0ではなかったのだ。

しかしもう遅い、言葉を聞き逃さなかったリーダーは最後の仕上げと言わんばかりに志賀の目線にナイフを合わせ笑う。


「その女について詳しく教えろ…全部話せば死ななくて済むかもしれないぞ?」


洗いざらい話してもどうせ殺される、そんなことは分かっているのだがついつい話してしまいたくなるのが人間の性だ。

できるだけ時間を稼いで所長達を待つという選択肢もあるのだが向けられたナイフがじわじわと迫っていることから稼げる時間もおそらく僅かしかない。

静けさと暗闇が混じり合う空間にミシミシと家が揺れるような音が響く。

そんな中でさらなる追い打ちをかけるかのようにリーダーが口を開く。


「……………ん?なんだこの音は?」


最初に音に気づいたのはリーダーであった。志賀に突きつけていたナイフを手元に寄せて辺りを警戒し始める。

限りなく長い一瞬の後、突如何かが爆発するような音と共に志賀の目の前が灰色の滝で覆い尽くされた。

リーダーを含む男二人はなす術なく滝に飲み込まれていく。

滝の正体は天井が破れて降ってきた埃であった。

天井に空いた穴から降り注ぐ埃が広めの部屋を満たしていく。その中から凛とした声が響く。


「先ほどの質問にお答えしましょう」


埃の中から飛び出す銀色の一閃が部屋中に満ちる灰色を吹き飛ばした。

埃が晴れると小さな窓から月の光が待ってましたと言わんばかりに部屋に入り込む。

その光が10畳ばかりの部屋に人影を淡く輝かせた。


「その"昨日の女"が私達にあなた達を捕まえて欲しいと依頼をしたんです」


そこにいたのは佐々木であった。

月明かりに照らされる彼女の横顔からは普段からは想像もつかないほどの殺気が滲み出している。

埃の滝から逃れた3人はその美しくも恐ろしいほどの気迫にしばし圧倒される。


「おいお前ら何突っ立ってんだ!さっさとこの女をぶちのめせ!!」


声の主は佐々木の足元にいたリーダーであった。その声でメンバーの3人は我を取り戻す。

だが時すでに遅し、佐々木から放たれる銀の軌跡が3人の腕を、脚を、顎を一瞬で正確に貫いた。彼らはその必殺の一撃に声を出す間も無く倒れていく。

佐々木の圧倒的な強さをまじまじと見せつけられた志賀は思わずその場にへたり込んだ。

その目線の先にはなにやら泣きそうな顔をしているリーダーの姿があった。




「綺理素斗」、文字通りキリストから名付けた何とも罰当たりな窃盗グループは悪あがきの末高校生に壊滅させられるというあっけない最期を迎えた。

だが疑問は残る。彼らがどうやって名簿を手に入れたのかということだ。

その答えは彼らの所有するパソコン二台の中にある。

膨大なデータ量のおかげで志賀一人ではどうにもならない故、今はけやき探偵事務所のメンバーの加勢を待っている状態だ。


「なんか通信がやけにもっさりしてる…佐々木さんのはどう?」


「私のもです。でも所長とのコンタクトには成功しているので多分大丈夫ですよ」


そう言う佐々木は志賀と一緒にリビングにある机に体を預けていた。

彼女は今回の人生初の喧嘩という極度の緊張から解放され体に力が入らない状態であった。

志賀もヤクザに囲まれた緊張から先ほどから体が言うことを聞かない。

そんな二人の目の前には「綺理素斗」のメンバーが手錠で繋がれていた。

もちろんその前には渡会とその鎧の片倉がいた。

彼女らはまるで自分たちの手柄であるかのように写真を撮ったりしているが二人も「綺理素斗」の5人もそれをとやかく言う気力もない。


「綺理素斗さん、黙っててもいずれバレるんですしどうやってあの名簿を手に入れたのか教えてくれませんかね」


志賀は少しでも自分の手柄を増やしたいのか彼らから情報を引き出そうと質問をする。

彼の問いにリーダーがぼそぼそと答える。


「お前、絶滅間際の俺たちが何をやっていたか知っているか?」


「いえ、でも名前は聞いたことがあります。戦後の混乱期に美術品なんかを盗み出して一大勢力を築いたんですよね」


「まあ其の後は中々買い手やブツを見つけられずにどんどん弱体化していったんだけどな」


リーダーはそう言って手錠をかけた手でタバコをポケットから取り出した。

一言入れることもなく一服すると再び語りを始めた。

彼曰く、きっかけは半年前であった。

衰弱しきってわずか20人という弱小勢力にプログラマーが加わったのだ。

そのプログラマーは「綺理素斗」に入るや否やただひたすらにプログラムを書いていった。

それがもう少しで完成するというそんな時、彼らに警察の捜査のメスが入った。

プログラマーはプログラムごと警察に持っていかれ、残り人数わずか5人、彼らには絶望しか残らなかった。

そんな彼らの元にあるメールが届いた。発信元は世界各地から、あの名簿が添付されて送られてきた。

その宛先人の名前は"Angel"であった。


「最初は俺たちもまさかと思ったよ。宛先人の名前が名前だしな。だけど実際にその住所に行ったらあったんだよ、件のガラス板が」


「それで味を占めてけやき探偵事務所を荒らしたんですか…」


「そういうことだ。あの女に名簿を見られた時から覚悟はしていたがまさかこんな早くに見つかるとはな」


そこまで話したところで事務所のメンバーが廃屋にたどり着いた。

所長はミステリー愛好会のメンバーを見るなりものすごい嫌そうな顔をしているが彼女らはそれにまるで気づいていない。

志賀は入ってきた那須野を見るなりパソコンへと向かう。


「貴様らがうちの可愛いメンバーに手を出したゴミ共か。さっさと知っていることを全部吐け」


「それはもうあのガキに全部言った痛い痛い!何の躊躇いもなく人の頭を踏むな!」


そんな所長とリーダーのやりとりがリビングから聞こえてきたが志賀と那須野は自分には関係ないかといったようにパソコンを調べていく。


「これ全部テキストファイルか…ん?名簿リストから後のデータが意味不明だなこりゃ…なんで化け物の定義とやらが送られてきているんだ?」


「マサさん、そんなことより容量を見てくださいよ。名簿の後から段々とでかくなってませんかこれ」


そんなことを話しつつ彼らは今もなお送られ続けているデータの解析をしていく。

それを整理していると、志賀は何かに気づいた。


「あれ、これだけ画像だな…」


何気無くそれを開いた彼のの手が止まる。

その画像は、彼が掲示板で見たあの天使であった。

読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆

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