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天使の証明5

表は家出をしたらしい、という情報が一時間に及ぶ宙吊りで引き出せた唯一の情報であった。

引き上げてくれたら全て話すから!お願いだから引き上げて!という懇願する声を愉しむためだけに所長が吊っているワイヤーを引いたり緩めたり遊んでいるため中々事情聴取が進まない。


「所長、早く話聞いて終わらして下さいよ。僕達これから学校あるんですよ」


「私の顔面に蹴りを入れた奴だぞ?このくらい当然の報いだろ?」


「30分後には駅に着いてないと遅刻確定なんですが…」


「チッ、分かったよ、引き上げればいいんだろ」


所長は表を吊るワイヤーが接続されている手首をクルッと回転させる。

ワイヤーを固定する機能は故障しているが巻き上げる機能は生きていたようでものすごい速さで屋上まで上昇しマグロの一本釣りのように宙を舞って屋上に引きずりあげられた。


「さーて、引き上げてやったんだから知ってることを全部話してもらおうか」


「分かりました…でもその前にこのワイヤーほどいていいですか?」


表は所長に伺う。所長が頷くと少しだけ嬉しそうな顔をする。


「あたし、家出してて、とりあえず何処か泊まるところ探さなきゃなって思って」


「それで僕達の事務所に入ったんですか?」


「違うに決まってるじゃない、あんな酷いテナントが入ってるところに誰が泊まろうと思うのよ」


「脱線しなくていいからさっさと続きを話せ」


「そっちがフってきたのに…それで、ソーラーパネルが屋根に付いてる廃屋を見つけたからその日はその家に泊まろうとしたんです」


足に結ばれたワイヤーをほどき終わった表は志賀にガラス板のレプリカを返す。

志賀以下メンバーの全員がそれが偽物だと分かっているのだが彼女が本当に名残惜しそうな顔をしているためそれを切り出せない。


「それで、丁度家の窓が割れてたんで、そこから入ってとりあえず電気の補給をしようと思ったんです」


「うん、不法侵入と窃盗だなそれは」


「分かってますよそんな事くらい…コンセントを探しに居間に行ったら、置いてあった机の上にパソコンが置かれていまして。それを覗いたら何やらガラス板の画像と名簿リストが映し出されていたんです」


「は?お前がここのアホがガラス板を未だに持ち続けているって調べたんじゃないのか?」


「いや、あたしはそういった情報系は全く興味ないんで、私が興味があったのは名簿の方です。それを眺めてたらここから近い住所が映し出されていたんです」


「それが私の事務所だった、ということか」


「その通りです。それの住所を眺めている時に、持ち主らしき人が数人が帰ってきてしまいまして、その人達から逃げてる時にあの事務所のことを思い出して、そこら辺を上手く逃げれば勝手にその事務所に逃げ込んだと思わせられるんじゃないかなってやってみたら成功しまして」


「運が良かったんだねー。そういえばその人達は銃とか持ってなかったの?」


未だに志賀の背中に跨る芹沢が聞く。


「あー、そういえば家を漁ってたけどそういうのは出てこなかったかも…でもバタフライナイフとかは置いてあった気がする」


「一対二までなら棒を持てばナイフまで私は何とかできますよ」


「ユイ、それは心強いが対峙するときはこちらもそれなりの武装をするから安心しろ。さて、問題はこいつの処遇をどうするかだ」


所長はそう言うと那須野に合図をした。那須野はそれを汲み取ると尻ポケットから黒い手錠を取り出し表の手にそれを掛ける。


「あ、あの、もしかして…警察に連れて行かれるんですか?」


「私の顔に物理的に泥を塗ったんだから当たり前だろ。じゃあ後は私とマサに任せてお前らは副業に専念しろ」


それじゃあ撤収ーと所長は手を叩き皆に解散を宣言した。

それを受けて芹沢はやっと志賀の背中から降りた。物理的重荷から解放された志賀は佐々木に一言かけると一緒に出口へと向かった。

日が放つ朝特有の白く柔らかい光が彼らを包む様は何となく青春映画を彷彿とさせられる。


「えっ、ちょっと待ってよ!あたしに対する擁護とかは全然ないわけ?」


「僕に変なクスリぶち込んだくせに今更何言ってるんですか?」


「それに関しては謝るから!あたしも自分にぶち込んだしそれでチャラにしてよ!」


「おっ、所長の推理が見事に的中しましたね。僕達はこれから学校に行かなきゃいけないんでそこの人達に交渉して下さい」


志賀は振り向くことなくそう告げると佐々木を横に据えて再び歩き始めた。

その姿はまるで古い女に別れを告げる男のようであった。




それからの志賀はご機嫌であった。

3時から起きていたため既にテンションは上がっていたというのもあるが、自身が囮となった作戦が成功したし、なにより朝から佐々木と一緒だというのもあった。

その佐々木と新しいCONNECTデバイスを買って登校したため普段よりも時間はかかったが、それはそれで彼にとって嬉しいことでもあった。

学校に着いてからも志賀のテンションは月にまで到達しそうな勢いであった。

その毒牙の最初の餌食となったのは同クラスの西野である。


「ねんがんの あたらしい こねくとでばいすを てにいれたぞ!!」


「………朝の挨拶も無しにいきなりなんだよ。今まで散々旧式のCONNECTデバイスを使ってたくせに…最近佐々木ちゃんと仲良いからって調子乗るなよ」


「所長から資金まで貰っちゃったら買わないわけにはいかないでしょ。それより西野テンション低いな」


「お前らが会長の変な依頼を受けたせいで私を見るなり『依頼進んでるの?天使について何か聞いてる?』って聞いてくるんだよ…今朝だって大変だったんだぞ」


「あー、それはザッツトゥーバッド!ってやつだな。こっちも昨日空き巣にあったしお互い様だ」


「全然お互い様じゃないなそれ、むしろお前らの方がお気の毒様だね。とにかく、さっさと終わらしちゃってよ。愛好会の定例会に出るのはもうたくさんなの」


「いやそれは出ろよ。そもそも西野は何でミステリー愛好会なんかに入ったんだ?」


「あの会長に強制的に部室まで連行された挙句軟禁されたんだよ、それも夜の10時まで」


「片倉だったらすごい喜びそうなシチュエーションだな」


「あのエロ坊主はどうでもいいからさっさと依頼をこなしちゃって私を会長から解放してくれ」


そんなやりとりをしていると教室の外で何かをしていた佐々木がドアから顔を覗かせ志賀を見つめていた。話があるからこちらに来て欲しいという彼女なりの意思表示だ。


「なんだよイチャイチャする様を私に見せつけるなよ。こんなモテそうな格好しているのに全然男から声を掛けられない美少女の身になれよ」


「西野、お前みたいな格好の奴は基本的に逆ナン安定なんだぜ」


私にそんなはしたない真似ができるか!という西野の嘆きを無視して志賀は佐々木の元へと向かい、そのまま接続室へと歩みを進めた。

接続室というのはCONNECTを使用できる専用の部屋だ。

インターネットを使用するだけなら校内どこで使ってもいいのだが、CONNECTを使用する際には意識を情報世界に飛ばしているため下手なところで使用すると思わぬ事故に繋がるため制限がかけられている。

喫煙場所のようにガラス張りにされた接続室の中にはやはり人はいなかった。

もうすぐ始業のチャイムが鳴というのもあるが、まず第一に学校でCONNECTを使う人は殆どいない。ここまで来るのは億劫だし、なによりCONNECTを通さなくてもインターネットは使える。彼らはそれらの事情を踏まえた上でここに来ている。

志賀は話といってもどうせ仕事関係だろうと読んでいたがやはりそれは的中した。


「先程所長から連絡がありました。帰り際に私達に調べて欲しいことがあるそうです」


「調べて欲しいことってやっぱり表の言ってた廃屋の件かな…あれ、なんで所長は僕に連絡を寄越さなかったんだろう」


「だって志賀君のやつは今日買ったばかりでしょ?今私のデータをそちらに送りますからちょっと待っててくださいね」


そう言って佐々木はクスリと笑う。志賀は照れたのか彼女と一緒に買ったコンタクトレンズ型のデバイスを庇うように手を目に当てる。

彼の目はデバイスの影響を受け黒目の部分が紫色に染まっていた。

その目に彼女から転送された情報が次々と流れ込んでいく。

事務所のメンバーのアドレス、天使の案件の状況、そして所長からの連絡がスクリーンとなった彼の目に映し出された。

紫色の光を放つ彼の目を見て佐々木が興味を示す。


「それ、どんな感じなんですか?」


「本当にモニターが宙に浮いてるみたい…流石お値段30ま…ん?」


「どうかしたんですか?」


「なんか視界にノイズが走ってる気が…気のせいかな?…おおっ、なんか視界がズームされた!佐々木さんのきめ細やかな肌がくっきりと見える!」


新しいおもちゃで遊ぶ彼にそう指摘された佐々木は爆発的に顔を紅潮させ顔を手で覆った。

だがその手も所詮地肌むき出しである。顔と手の違いは一体どこなのだろうかと志賀の頭には今日も女子に関する謎が増えていく。




放課後、志賀と佐々木はいつも通り電車に乗って帰っていた。

車窓から差し込む夕暮れの橙は誰も座らない長椅子を、中に漂う独特の香りを、美しく色付けしていた。

このノスタルジックな感じに包まれて佐々木やその他大勢と帰る時間が志賀のお気に入りであった。

ただし、それはミステリー愛好会が絡まなければの話である。

思い返してみれば帰り際に会長の渡会に捕まったのが運の尽きだった。

観念した二人が天使の件に進展がないことと、これから別件の調査に赴くことを正直に話すと私も連れて行けと駄々をこね始めたのだ。


「片倉君、カメラとスタンガンとエアガンは持った?」


「勿論です会長!会長の目となり盾となり剣となり鎧となる準備はできております!」


「よし、その心意気だ!窃盗グループなんて全員ぶち殺せ!」


「うるさいぞアホ共!お前達には電車を楽しむということができないのか!」


「なんだ志賀?俺が会長の鎧になることに嫉妬してるのか?」


「お前は本当に何処までも………」


そこまで言うと志賀は古ぼけた椅子に腰掛け、全ての出来事から逃避するように目を瞑り、新しく買ったコンタクトレンズを起動した。

輝きを増す彼のレンズに呼応して彼のポケットの中に入っている本体が僅かに音を響かせる。

志賀は今朝のノイズにちょっとした違和感を覚えていた。

コンタクトレンズ型はディスプレイとなるレンズ部分も小さくドーム状になっているため初期不良というのも珍しくないのだがなにせ30万の高級品だ。

電波障害なども考えられるが「接続室」と銘打った部屋で電波が悪いというのは如何なものか。それに大規模な障害が起こったというニュースはない。

そうなると残る可能性はこのレンズの設定なのか?…………と設定画面を瞼の裏に映し出していると右端に佐々木の顔が映し出された。

その顔の下には「通話要請」の文字が表示されている。

目を開けて横を向くと佐々木は本を読んでいた。だがその耳には黒いイヤホンのようなものが付いている。あれもCONNECTデバイスの一種である。

彼は座り直し目を閉じると右端に映る彼女に目線を合わせた。

その瞬間、凄まじい量の情報が一気に流れ込み志賀の脳を焼き尽くす。

相変わらず慣れないCONNECT起動の副作用に彼は思わず顔を歪める。

脳を炭酸水で洗うような感覚から立ち直り、目を開けると彼はスーツ姿へと変わっていた。電車の中に差し込む日の光も宝石のように青く輝き、椅子の柄も変わっている。

車外を見ると線路や建物が草木で若葉色に彩られていた。まるで童話の世界に迷い込んだみたいだな、と志賀は思う。

隣には先ほどと同じように佐々木が座っていた。だが服装は志賀と同じように服装が変わっている。

制服から童話に出てくるような青いドレスになり、彼女の最大の特徴である茶色がかった銀のブロンドもいつの間にか椅子に流れるくらいまで伸びていた。

またその姿がその世界に驚くぐらいに似合っていた。

CONNECTを通せば情報を感覚的に受け取れる。これは情報を渡す側の感覚がそのまま相手に伝わることと同義だ。

今の場合、端的に言えば佐々木の世界に志賀が入っているようなものである。

つまり何が言いたいのかというと佐々木の作り出した世界観なのだから似合っていて当然だ。

これはCONNECTを通さなければただの「通話」なのだが、これを通すだけでここまで変わるのだ、人々がこぞって使うのも納得だ。

なんだかお姫様と執事みたいだな、と志賀は感じつつ話を始めるために姿勢を正す。


『所長から何か連絡があったの?』


『いえ…あの二人を連れていっていいんでしょうか?』


『それは別にいいんじゃないかな。一応書類にサインもしてもらったし、ここからは自己責任だよ』


『でも、表さんの証言が本当だったら結構危ないんじゃ』


『それに関しては大丈夫だよ。隠れ家の場所が他人にバレたわけだし、その人達も拠点を移しているはずだ』


『あー、確かにそうですね。でもそのグループを探しにきた人に対する罠が仕掛けられたりってことはないんでしょうか?』


『うーん、どうなんだろう…そもそも罠を仕掛けられるほどの資金があるなら廃屋じゃなくてちゃんとした隠れ家を持ってる気もしなくもないし』


『なるほど、さすが所長さんの助手ですね』


あれ、僕は探偵じゃなくてその助手なのかなと志賀は一瞬思ったが褒められたことを素直に喜んだ。


『それじゃあ渡会先輩も呼び出しますか?』


『そうだね、面倒なことになりそうだけど呼んであげよう』


志賀のGOサインを得た彼女は前に手をかざした。

すると何もないはずの空中からやはり彼女に似合う黒いステッキが飛び出した。

そのステッキを一振りすると向かい側に向かって光の粒が飛び出した。

その粒は一つの場所に集まりボンヤリとした影を落とす。

その影は輪郭と輝きを徐々に増していき、やがてメリハリのある肢体を、そしてそれは渡会へと姿を変えた。


『ん、いつまで経ってもこの感覚は慣れないなあ……お、これは佐々木ちゃんのホームかな?ほぉー、こういう趣味があるのか』


『う、うるさいですよ先輩!今は私の部下だってことを忘れないでくださいよ!』


『後輩からの脅しには決して屈しない。それはともかく片倉は呼ばなくていいの?』


『彼には意識が飛んだ私達の見張り役を頼んであるので問題ないです。それより今回の捜索現場を確認して下さい』


佐々木はそう言ってステッキを振る。すると三人の中心に何やらボロボロの二階建ての一軒家が浮かび上がらせた。

何やら本格的になってきたじゃないの、と渡会はにわかに活気付く。

お願いだから何も出てこないでくれよと志賀は探偵業務に支障が出そうなことを只々願うばかりであった。

読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆

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