とある少女の恋 前編 (エディの幼馴染視点)
初めて見た時、私は良くできた人形がそこに立っているのだと思った。
宝石のような青い瞳に、太陽の光をキラキラと反射させる金色の髪。その髪はふわっと癖がついている。肌は白くて、でも病的ではなくて、頬のあたりはピンクに紅潮していた。そして金色のまつ毛で囲まれた目と高くすらっとした鼻とふっくらとした赤い唇は絶妙のバランスで配置されている。
とても綺麗だけれど、その人形は息をしていて……人形ではないのだという事に驚いた。
「はい。皆注目。今日からここで一緒に暮らすことになるエディ君だ。仲良くしろよ」
先生がそう紹介したが、エディと呼ばれた少年は一言も言葉を話す事なく、じっとうつむいていて、こちらを見ようとしない。青い瞳は本当に宝石がはまっているだけかのように、何かを映している気がしなかった。
「エディはDクラスで【電脳空間把握】の能力の持ち主だ。両親に暴力を振るわれて、ここで生活する事になった。少し人と関わるのが苦手だが、ゆっくりと慣れていくと思うから、お前ら苛めるんじゃないぞ」
私が過ごしている、【自由の里】はいわゆる親から捨てられた子供が集められた施設だ。BクラスやCクラスの子がいないわけではないけれど、大抵がDクラス。だからエディがDクラスと紹介されてもとりわけ変わった事ではない。
そしてここの先生は、最初に入ってきた時に、包み隠さずどうしてここへやって来たのかを説明する。私の様にDクラスの子供を育てたくないからと理由で捨てられる場合もあるし、エディの様に暴力を振るわれてやって来る子もいる。
結局のところ入ってきた理由は似たり寄ったり。
決してこの施設に入ったからといって家族になるわけではない。私たちは他人だ。だから相手の気持ちは分からない。でもほぼ同じような理由で、能力階級も同じクラスだから、仲間同士助け合っていけと教える。嘘偽りなく話ができる同志になれと。
私たちは大人になってこの施設を出た後も、楽な暮らしができるわけではない。先生は正直に、この先の厳しい現実も伝える。Dクラスはヒエラルキーの最下位に属し、職業も低所得なものにしか就けず、上のクラスのものからは無駄な見下しをされるなど、社会に出た時に苦しまないようにありのままを伝えるのだ。
そしてだからこそ、Dクラスは寄りそっていけと教える。
「初めまして、エディ」
私はまったくこっちを見ようとしないエディに声をかけた。見た感じエディは痩せていて小柄だけれど、たぶん私と同じぐらいの年ではないだろうか。
握手をしようと手を差し出すが、エディはその手を掴もうとしない。私なんで見えていませんというかのように、視線も合わせない。
「エディ。そんなきょぜつしたって、ここに入れられたのは変わらないよ」
私は何もかもを拒絶するかのようなエディの様子が気にいらなくて、声をかける。
「私もDクラスだから、これからきょうりょくして生きていかないといけないの」
何も喋らないエディの方が私よりも子供っぽく見えて、私はお姉さんぶって話かける。ここの施設では、先輩だという気持ちもあった。
だからこっちを向けという意味で無理やり私がエディの手を握った瞬間だった。
「うわあぁぁぁっ」
私をドンと押して、エディは叫んだ。
一瞬何が起こったか分からないかった。ただ私は手を握ろうとしただけなのに、私はエディに拒絶されたみたいだ。その様子は酷く怯えていて、まるで苛められたことのある野良猫のようにも見える。でも、ムカッとした。
優しくしようとしたのに、手を引っ掻かれたら誰だってムッとするのと同じで、私も腹が立つ。折角声をかけてあげたのに。
「何するのよっ!」
押し倒されたので、立ち上がった私は同じようにエディを押し返した。
というか、ムカッと来たじゃなくてムカつく。自分だけが不幸だみたいに思ってるんじゃないわよ。
「うわぁぁぁ」
「うわぁぁぁじゃないっ! 人間の言葉でしゃべりなさいよ」
私がそう言って睨むと、突然立ち上がったエディは私をもう一度押し倒し、そのまま走って部屋を出ていく。
「って、何するのよっ!!」
私はエディを追いかけて、同じように部屋を出た。
その後殴り合いの喧嘩になり、結局先生に止められるまで、私とエディは戦い続ける事となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
エディが施設にやって来てから、数ヵ月たった。
相変わらず、エディは施設に馴染まない。でも馴染まないのは施設だけではない。学校にもなじまない。
ひたすら全てを拒絶して、不幸の主人公を気取っている。
私はそれが気に食わなくて、何度も突っかかってみたけれど、結局のところ喧嘩別れになるだけだった。可愛らしい天使のような姿をしているのに、行動は悪魔のようだ。時には噛みついてきたりもして、まるっきり野生動物である。
先生はエディはかなり頭が良いと言っていたけれど、まったくもって、そうはみえない。アイツの行動は野猿レベルだ。
ただかなり心に傷を負っているのは……一応分かる。昼間にうとうとして居る姿を見て、おかしいなと思い様子を見ていたら、夜中にうなされているとエディと同じ部屋の子に教えてもらった。
たぶん、あまりよく眠れないのだろう。
どんな夢を見ているのか知らないが、予想では夢の中で、過去に暴力を振るわえていた時間を繰り返しているのだろう。夜中にうなされながら、小さな声で「止めて」などの言葉が聞こえたから。私には、相変わらず一言も話さないのに、夢の中の人物には話をかけるだなんて、本当にムカつく。
だから私は今夜、この馬鹿の本拠地に乗り込もうと思う。
「夢の中にいつまでも引きこもってるんじゃないわよ」
せめて引きこもるなら、現実で引きこもれというのだ。でも夢の中なら誰にも邪魔されないと思ったら大間違いである。
私の能力を使えば、乗り込みなんて簡単だ。
私はエディが眠ったのを確認して、自分の部屋に戻ると同じく布団に入って目を閉じる。そしてエディの顔を思い浮かべて、暗闇の中であるものを探す。
瞼の裏は勿論真っ暗だ。でもそこで目を凝らしていくと、星が見えてくる。この星は、全て誰かの夢だ。一つ一つにちゃんと世界がある。
この中でエディの夢を探すのだ。
エディを思い浮かべて探していくと、青色に輝く星が自己主張をするかのように光った気がした。その青はエディの瞳の色によく似ていて、これだと思う。
私はその星に向かって手を伸ばす。すると私の体がその星に吸い込まれる。ただし私の体は部屋の布団の中で眠っているので、移動しているのは意識だけだけど。
私の能力は【夢渡り】で、人の夢の中を行き来する事ができるだけの能力だ。現実には何の影響も及ぼす事ができないからDクラスに分けられた。
そして親はそんな使えない私を育て続ける事ができなくて、早々に捨てたのだ。
イライラして、エディの様に暴力を振るわれなかっただけましかもしれないけれど。でも同じくエディだって、もう一方的な暴力を振るわれる事はないのだ。
私と殴り合いの喧嘩になったとしても、それは決して一方的なものではない。
星の中に入ると、真っ暗な星空の世界が一気に変わり、部屋の中に変わった。
「どうして上手くできないのっ!」
そして、すぐに甲高い女性の声が聞こえた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
エディの姿はすぐに見つかった。顔がぼやけて良く見えない女に一方的に殴られながら、体を縮めて耐えている。
いつもそうしていたのか、それともそうすれば母親が近くに居てくれると思ているからか。……だとしたら、殴っても連れ出さなければ。
それは間違っているし、周りに居るのはもう母親じゃなくて、私たちなのだ。
いつまでも私たちから目を逸らすなんて、いい度胸じゃない。
「エディッ!!」
私はこちらを見ろという意味を込めて、逃げ続けるエディの名前を、叫ぶように呼んだ。