ある画家の過去
ラタリは屋敷に戻ると、この屋敷の主人から声をかけられた。
「家の門で、随分賑やかそうにしていたね」
「だ……旦那様!」
かしこまるラタリに向けて、楽しそうに顔をニヤつかせたこの屋敷の主である、ザック=レイターが言う。
「タイムカプセルに入っている手紙の内容を、当ててみせようか?」
主人がそう言うと、体をピシリと固くした。
「お戯れを……」
ラタリがそうするのを、楽しそうにしながら見ているザック=レイターは、楽しそうにしながら言った。
「ズバリ! あの、郵便配達のブロック君へのラブレターだね?」
「ちょっと……違います……」
だが、当たらずとも遠からずといった感じのようだ。それを汲み取ったザック=レイターは、ニヤリと笑った。
「これは、妻にも教えていないことなんだが……ついてきなさい……」
楽しそうにしながら言うザック=レイターは、ラタリを連れて、自分のアトリエに向かっていった。
「この絵なんだが……」
そう言い、アトリエにラタリの事を連れてきたザック=レイターは壁にかけてある一枚の絵を指した。
「この絵は、私が若い頃の恋愛を思い出して描いた絵なんだ」
少年と少女がキスをするところを描いた絵であった。
「旦那様にもこんな思い出があるんですね……」
興味深そうにマジマジとその絵を見つめるラタリ。
「彼女とはキスをできなかったし、手をつなぐのがやっとの関係だったけどね」
それから話が始まった。ザック=レイターの思い出話は、どこにでもありそうに聞こえる恋物語だった。
学校で、となり同士になる事も多かった彼女と、意気投合し、それから一緒に行動をするようになった。
「知らず知らずのうちに、お互いが理解したんだ。『自分達は、恋愛をしている』んだって……」
ザック=レイターは、彼女と話をするのは楽しかった、家で起こった事を教えあったり、辛いめに遭ったときはお互いに励ましあった。
話のネタがなくなったら、二人で並んで公園のベンチに座った。二人で並んで座っているだけで、心が温まった。
だが、ふと頭の中をよぎるものがあった。
書きかけであった絵が、手をつけられずにそのまま放置をされているのを見て、思ったのだ。
自分は画家になる事を目指している。それなのに、今日はデッサンの一つだってしなかった。
彼女と一緒に話している時間のために絵を描くための時間がなくなってしまったのだ。
学校に通いながら、空いた時間で絵を書いている身である。誰からも理解をされていない自分は、早く人から評価を受ける画家になりたいのだ。
彼女と一緒に過ごしている時間が過ぎると、まったく進んでいない絵が目に入り、後悔に沈むのだった。
それを何度も繰り返し、ザック=レイターは、彼女と別れる決心をした。
別れを告げると彼女も泣いた。自分も涙ぐみそうになった。だが、ザック=レイターはその涙を噛み殺して彼女の前から姿を消したのだ。
「この話をするのは君が二人目だよ」
ザック=レイターは話の締めにそう言った。
「私が言いたいのはだね……」
ラタリにそこまで話をしたのを恥ずかしがっている様子のザック=レイターは、言う。
「『若い頃の恋愛はいいものだ』って事かな」
今の話をしたザック=レイターは何を思っていたのだろうか?
ラタリは少年のように恥ずかしそうな顔をするザック=レイターを見て、顔が綻んでいった。
「旦那様の話は、すごく切ないですね。羨ましいです」
お世辞なしにそう思ったラタリは言った。
「だから、タイムカプセルの事があるなら、その日は非番にしてあげるよ。若いうちの恋はいいものだから」
そう言い、最後には黙り込んだザック=レイター。
「分かりました。遠慮なくお暇をいただきますね」
ペコリと頭を下げて、ラタリはそう言った。




