シーツを洗う
「この子が、当分、うちに住む事になった、レイネンだ」
ラタリはザック=レイターにそう言われ、レイネンに向けてお辞儀をした。
「今日より、お世話になります。メイドさん。お名前を教えていただいてよろしいでしょうか?」
「ラタリと申します」
そう言い、ラタリは頭を下げた。そう言うと、レイネンも頭を下げて言う。
「私はレイネン=リッターと、申します」
その物腰は、昔からその動きを仕込まれているように、軽やかだった。
『いいとこの子だろうか……?』
その動きを見て、そう思ったラタリ。
「それじゃ、後は頼んだよ」
「それでは、客間にご案内します」
ザックレイターが言うのに、ラタリが答えると、レイネンはお嬢様が見せるような、綺麗な笑顔をした。
「ありがとうございます」
綺麗な笑顔を見せたのに、ラタリは驚いたほどだ。
『ここまでの相手だと、やりにくいな……』
自分だって礼儀作法くらいは習っている。だが、それはこの家で働く事になって、本を読んで数日で覚えたものだ。レイネンの礼儀作法は、それとは違い洗練された様子に見える。
『ここは頑張らなきゃ……』
ザック=レイターだって、昔は一人の貧乏な画家の一人である。子供の頃から礼儀作法を学んでいたワケでもないし、屋敷にいる時まで礼儀正しく振舞っているワケでもない。
『私がしっかりしないと、礼儀のできてない家だとか思われちゃう……』
さっきから、頭の中に、嫌な思いが浮かびっぱなしである。ラタリは、そう考えながら、自分の後ろについてくる女の子の事をチラリと見た。
その視線に答えて、微笑み返してくるのを見て、ラタリは折り目を正して前を向いた。
それから、その子は客人だというのに、ラタリのしている家事に手を出してくるようになった。
初めて、手を出してきたのは、洗濯である。
このフロウは、本部が水を作っている。たまにぶつかる雲を吸い込み、それを水にし、それを住人に売っているのだ。
水が足りなくなれば、雨雲の多い赤道に近い場所にまでフロウを動かす時もある。蒸留をされた水は貴重で、少ない水で、洗濯をしなければならない。
「ラタリさん。ごきげんよう」
そこにレイネンがやってきた。
ラタリは、「ごきげんよう」なんていう挨拶をされたのは初めてであった。最初はその言葉にい驚いたが、すぐに気を取り直し、立ち上がって頭を下げた。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
とにかく、こう言えば上品に見えるのだろう。そう考えたラタリは普段は使わないような言葉を使って、レイネンと話した。
「失礼なのですが……あのベッドのシーツを交換したのはいつなのでしょうか?」
「はい……?」
ラタリはそう聞かれて考え出した。
あの部屋は来客用で、ほとんど使わない。だから、シーツを変えたのは、前の来客があった時。お客様が帰った後にシーツを取り替えておいたのが、最後の交換である。
「私が入る前に、お掃除はしたのでしょうが、布団のホコリは、それでは落ちません。やはり、新しいシーツを使って欲しいですよ」
そう言い、レイネンはシーツを持ってきた。
「ザック=レイター様の物も、持ってきてあります洗濯をさせていただけないでしょうか?」
おずおず……といった感じに聞いてきたレイネン。
「洗濯なら、私がやっておきます」
そう言い、レイネンの持ってきたシーツを受け取ろうとして手を伸ばした。
「いいえ、私が洗います」
「しかし……洗濯では貴重な水を使いますので、水を好きに使って洗濯されると困るのです」
ラタリはそう言った。高い水である。そうそう無駄遣いはできないため、自分で洗いたい。そう言ったラタリだが、レイネンは首を振った。
「こういう家屋には普通は設置をしてあるのですが……」
それから、レイネンが言った言葉に、ラタリはキョトンとした。




