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Detective  作者: 朝日マコト
1/1

部員

昨日の不可思議な事件に心も体も全く踊らず、これから先のことを考えるとまるで心臓がワルツを踊りそうになる。


誰が定めたのか分からない自分達の運命に賢はただ待つこと以外思いつかなかった。


いつも通り学校へ行き、いつも通り放課後が始まり、そしていつも通り……ではないが部活動を始める。


ただし賢達の場合はまだ創部前であるため、教室に集まり今後のことを考えることが部活動ということになる。


2年1組の教室で賢、優花、伊勢は部を創るために必要なあと二人の部員、そして部活の内容のことを考えていた。


伊勢はあまり運動ができる方ではないため、運動部は望ましくない。


それと南野先生以外に顧問になってくれる先生がいないため、南野先生に頼むしかない。


それはつまり先生のソフト開発の作業を手伝える人が必要ということになる。


だがそんなことができる高校生がいるかどうかは分からず、いるとしてもすでに別の部に所属しているかもしれない。


賢は自分がやらなければならなくなると思い、少しプログラムの勉強を始めていた。


最初は別に創るつもりはなかったのだが、それを言うと伊勢との約束を破りそうになる。


賢は人との繋がり、特に私生活にも関わるほどのものはとても大切にする性格だった。


その性格から、何としても部を創ろうと気合いも入っていた。


「ソフト開発のことはどうとでもなるだろうから、今はそのことを気にせず部員を集めよう。」


「そうね、パソコンに強い人がいなくても賢がきっと何とかしてくれるわ。」


「そうですよね、大丈夫ですよね。」


優花は笑いながら言い、それを聞いた伊勢は頼もしそうに賢を見るが、賢の顔は下を向いていた。


流石にに何とかできる程の技術は持ち合わせていない。


勉強していると言っても入門編であり、実際にプログラムを組んだことなど一度も無い。


そう思っていた賢は優花の笑みや伊勢の信頼の眼差しが痛かった。


「じゃあ、とりあえず部員募集のポスターでも貼るか。」


「この時期に部員募集ねえ、難しいわよ。」


「それにできてもいない部に入ろうなんて考える人はいないと思います。」


伊勢は自分の行動を否定するような発言をした。


勿論賢はそんなことは解っていた。


今は5月の終わりで新入生はもうそれぞれの入りたい部活に入ってしまっている。


2、3年生で帰宅部であれば、今更部活をしようと思わないだろう。


しかし賢の狙いはどちらでもなかった。


伊勢のようにあまり人付き合いの無い人であれば、別の部から引き抜くことも可能だと思っていた。


ポスターの内容をそういう意味を含めて書けば、自然と訳ありの人達が集まるだろう。


だがある程度解決出来るような問題ならば、部に入れるつもりは無かった。


三人とも不可解な現象に関わっているため、その三人のいる部に入ればその影響を免れることはできない。


その方がマシだと思う人はまずいないだろう。


「ここはお悩み相談と題して相談に来た生徒を誘うことにしないか?」


賢は一見ひどく思える言葉を並べて提案した。


「賢……、まるで獲物を罠にかけようとする猟師みたいよ……。」


優花がそう言うと、伊勢も目でそう言った。


「流石にそれは駄目ですよ。」


「そうよね、人として駄目だわ。」


「じゃあ、どうすればいいんだよ……。」


「やっぱり地道に探した方が一番良いんじゃないですか?」


結局普通の結論に辿り着いてしまった。


南野先生の催促もあり、なるべく早く部を創らなければならなかった。


そのため、地道にという訳にもいかなかった。


「それじゃあ各自一人ずつ見つけて、その中でいけそうな人を誘いましょう。」


優花の提案に伊勢は納得した。


賢はというと自分と伊勢は交友関係が狭いため、実質優花一人で探すことになると予想していた。


だがそれ以外に勧誘の方法は思いつかないため、それで納得するしかなかった。


それから一週間、三人は部に入ってくれそうな人を探した。


そしてまた集まり、それぞれ良いと思った生徒を発表した。


賢が見つけたのは2年7組の志賀祐介。


陸上部に所属しているが、最近は全く顔を出さず、図書室で本ばかり読んでいる。


あまり運動が得意でないのか、良い記録が出せず、下級生からもバカにされているらしい。


優花が見つけたのは2年2組の和田亮平。


目つきが悪く、いつも一人で誰かと話すことも無く、どこの部にも所属していないが、優花は寂しがっていると推測している。


勉強や運動神経のことはさっぱり不明で、何か武道をやっているという噂もあるが本当のことは誰も知らない。


伊勢が見つけたのは2年3組の宮崎綾。


勉強が出来、クラスの皆から慕われており、生徒会執行部に所属している。


容姿端麗でどんな仕事でもこなせるその様子からは、一種の憧れを抱かせる。


こうしてそれぞれが見つけた部員候補を発表し、意見の出し合いが始まった。


まず祐介について話し合った。


「図書室にいるってことは結構暇なのかもしれませんね。」


「勉強とかじゃなくてただ本を読むだけだから、誘えば入ってくれるかもしれないな。」


「でも陸上部のことを考えた上で決めないといけないわ。」


祐介に関することではあまり進展せず、まず会ってみないと何とも言えないという結論になった。


次に亮平について話し合った。


「あいつ友達いないと思うけど、そんな奴を何で誘おうと思えるんだ?」


「人は見た目によらないって言うでしょ。それに、あっちに断る理由は無いでしょうから。」


「話せるようになれるといいんですけどね。」


情報も少なくて分からないことが多いので、亮平は一番最後に誘うことにした。


最後に綾について話し合った、がこんな人を誘うなんてことは叶うことのない夢だとして、賢も優花も無駄だと言った。


だが伊勢はクラスで唯一気軽に話しかけてくれる人だから、と強く主張したので、一応誘ってみることにした。


「じゃあまずは志賀君からいってみましょうか。」


いつもいるという図書室へ向かうと、予想通りいるのはいるのだが、何だか黒いオーラを纏っているように見えた。


それが悩み事が原因だと思った賢は事情を聞いてみることにした。


同じ学年とはいえ、接点は全くといって無いので最初は何も話してくれなかった。


優花のしつこいお節介とも言える気遣いに、遂に祐介は折れてしまい話してくれることになった。


「俺陸上部に入ってるんだけど、最近行ってなくてさ、それで昨日顧問の先生に続けるか辞めるかはっきりしろって言われたんだ。」


「志賀はどうしたいんだ?」


「勿論続けたいさ。でも結果が出せないんじゃ続けても虚しいだけだろうし……。」


祐介はどっちを選ぶべきか迷っている。


それは分かりきっていたが、それだけとも思えなかった。


気になった賢は他にもあるんじゃないかと尋ねた。


その質問に祐介は何も無いと答えた。


そう言った時の表情からして、嘘をついているようには見えなかった。


他に部でやっていた競技や部内での友人関係を聞いてみたが、普通の生徒と特に変わったところは無かった。


ある程度話を聞いた賢達は、今度は陸上部の方に行ってみることにした。


そこで顧問の先生に話を聞いてみると、祐介の言っていたことと、一つ違っている部分があった。


前は結果が出なくても悩むことはなく、練習を続ければいつか結果もついてくると本人も言っていた。


なのに、部活に来なくなって理由を聞いて初めて結果の出ない虚しさを打ち明けられたという。


ずっと気持ちを隠してきたのかと思うが、それを友人に相談したということもない。


何でも言い合える友達もいて、何度か相談されたことはあるが、そのことについて話したことは一度も無いという。


下級生にバカにされ始めたのはつい最近のことなので、そのことを聞くと、バカにされるのは祐介だけでなく誰もが経験していることだという。


「急に性格が変わったのか?」


「でも何かきっかけか何かあるんじゃないの?」


いつまで経ってもこの疑問は終わらない。


そこでもう一度図書室へ言って詳しく聞いてみることにした。


図書室に戻ったがすでにおらず、先生に聞いてみると誰かと一緒に出ていったらしい。


いつもの行動パターンまでは調べていなかったため、どこへ行ったのか予想出来なかった。


「もしかしたら陸上部のところじゃないですか。行き違いになったのかもしれません。」


伊勢の言葉の通り陸上部のところにまた行ってみると、祐介は顧問の先生と話をしていた。


「志賀、どっちにするか決めたか?」


「はい、俺、辞めます。」


遂に祐介は辞めると決めてしまった。


それを聞いた賢は何も力になれなかったと少し悔しくなった。


「どうする、賢、志賀君を誘う?」


「誘わない……、誘えねえよ。」


その日はもう空気が悪くなってしまったので今日の部活動はそこまでとなった。


賢は今日は一人で家に帰った。


いつも一緒に帰っている優花も、話題が見つからず、気まずくなりそうで先に帰ってしまった。


帰り道の途中で立ち止まり、賢はふと考えた。


自分は何のために祐介の問題を解決しようとしていたのか。


部を創るのに必要な部員を探すため、純粋に悩んでいる人の力になるため。


自分でもどっちなのか分からなくなってきた。


賢は家に帰ると食事と風呂以外はずっと部屋で考えていた。


かかってくる電話にも気付かず、動かずただ考えていた。


気付くと2時間も連続で考えていた。


眠くなり、そろそろ寝ようかと横になった。


そこから眠りにつくのは長くなかった。


朝起きるとまた同じことを考え始めた。


学校に行く途中の出来事も一切頭に入らなかった。


途中から一緒にいた優花は、何度話しかけても返事が無いので、大声で怒鳴りつけた。


その声でやっと気付いた賢は何も知らずどうしたのかと聞いた。


「もう、朝からずっとそうじゃない。どうしたのよ。」


「別に、ただ俺は昨日何のために動いていたのかなって考えてたんだ。」


「そんなこと、どうでもいいじゃない。」


確かにどうでもいいことなのだが、賢はどうにも気になってしまった。


「今日は宮崎さんを誘うんでしょ。」


「ああ、でも俺よりお前が誘った方が良いんじゃないか?女同士ならいけるかもしれないし。」


賢は会うのは遠慮するが、全員で行かないと相手もちゃんと分かってくれないだろうと言われて、それもそうかと納得した。


放課後に生徒会室に行き、会長等他の人の前で堂々と勧誘した。


綾は生徒会の仕事で忙しいから部活には行けないと丁重にお断りした。


こんな人を誘うこと自体が失礼に値すると賢は伊勢に言った。


そう言われても彼女ぐらいしか良い人はいない、と伊勢は自然に周りの人を傷つける反論をした。


とにかく諦めるように伊勢を説得し、次の亮平を探すことにした。


周りと友人関係を築こうとせず、いつも一人でどこにいるか分からないのに、何故あいつなのかと賢は疑問に思っていた。


一人でいたいのなら無理に誘っても鬱陶しがられるだろうと優花に言った。


「あれはきっと自分がいていいと思える世界が周りに無いのよ。」


優花は誰かさんもそうだったと付け足してそう言った。


実はどこにいるのか大体想像がつくという。


優花に連れられてやって来たのは屋上だった。


予想は的中し、亮平はそこにいて、ただ座っているだけだった。


「和田君ね、ちょっと話があるの。」


亮平はゆっくり振り向いて重く深みのある声で何だと応えた。


部活のことを説明すると、それに対する返事を言う前に何故自分なのかと聞いてきた。


優花はそれにさっき賢に言ったことと同じことを言った。


それを聞くと、優花の分析を否定した上で完全に拒否した。


賢はもう諦めて帰ろうと言うが、優花はそのまま勧誘を止めなかった。


「昔あなたと殆ど同じ感じの人がいたわ。


 その人は周りと触れ合おうとせず、いつも本ばかり読んでいた。


 会話にもその気持ちが表れていた。


 やっと仲良くなって、最初と比べると周りとの関係を意識してるわ。


 あなたもきっと変われるわよ。」


賢は横を向いたままで帰ろうとしていなかった。


むしろ勧誘に関しては前向きに考えていた。


「今言ったのは俺もよく知ってる奴なんだけどさ……。」


賢が話し始めると優花は笑いながらそれを見ていた。


「そいつは他人どころか自分のこともどうでもいいと思ってて、そういう性格だから周りに自分を理解してくれる人もいないし、しまいには世界に絶望しそうにもなったんだ。


 でも今は周りの人のことで悩んだり一緒になって困ったりしてるんだ。


 きっかけがあれば人って変われるんだよ。」


それを聞いた亮平は少しの間考え込み、そして一言言った。


「感動しない。」


賢と優花は確実にいけたと思っていたのでその言葉に凄く驚いた。


「何にも心に響かねえよ。」


そう言って屋上から去っていった。


伊勢も心には来なかったと言った。


賢と優花はしばらくの間固まっていた。


特に賢は、犠牲になったものが大きくて何とも言えない気持ちになっていた。


「もうちょっと話を聞けてから話すべきだったわね。」


優花はごめんと言って伊勢を連れて亮平を追いかけていった。


賢はどうすればいいか分からず座り込んだ。


まるで亮平と入れ換わったようだった。


そこへ綾が来て、亮平はどこか聞いてきた。


知らないと答えると、じゃあ東君でいいから手伝ってほしいといわれた。


最近学校に不審者が侵入しているようで、それを捕まえるのを手伝ってほしいという。


もうすることは無くなったので、特に考えず了承した。


「そう言えば宮崎さんって和田と知り合いなんですか?」


「ええ、前に生徒会の仕事で体育祭のポスターを描く時に暇なら手伝ってっ頼んだら手伝ってくれたの。」


何と誰とも関わらない男だと思われていた亮平は意外と学校に貢献していたりしていた。


しかもポスターは殆ど亮平一人で仕上げたという。


「それから生徒会の仕事を何度かしてもらって、さっきもちょっと頼みに来たの。」


週に一回の頻度で会っていて多少は仲良くなったようで、この前は何故いつも一人でいるのか聞いてみたらしい。


すると一人でいた方が気楽だと答えたという。


事実はいつも単純なことで、ただ周りが複雑な事情を想定していただけだった。


亮平は頼まれたことを断ることはなく、話しかけられても無視したりしない。


自分から歩み寄ろうとしないのを誤解され、何時しか誰とも接しないようになってしまった。


それなら賢の悲しい過去を話しても全く心に響かないのも理解できる。


「じゃあ、次はもっと軽い気持ちで接してみるよ。」


「そうね、それがいいわ。」


話しているうちに先生や生徒会の集まっている会議室に着いた。


そこでは不審者について話し合われていて、生徒の目撃情報を元に捕まえる策を練っていた。


生徒が被害を受けた訳でなく、いるだけで何もしてこなかったので見かけたら注意するということにはなっていたが、教師の前には現れず、生徒の前にしか現れない。


よって対策として生徒が捜す役割に当てられ、教師はあまり関わらないようにした。


亮平はいつも一人でどこにいても怪しまれなさそうだったので、今回手伝ってもらおうと思ったという。


「でも和田君どこにいったんだろう。いつもあそこにいたのに。」


賢はその疑問に対して何も言うことができなかった。


「和田君には不審者の特徴を教えてないのよね……。」


「次会ったら伝えておくよ。」


賢は曇った表情になった。


目撃情報によると、不審者は校庭やグラウンドに現れてちょっと経つといなくなる。


その後どこへ行ったかは誰も見ておらず、神出鬼没の存在として一部の生徒は気味悪がっている。


どこかで待ち伏せすることもできないので、学校内を歩き回るしかできなない。


生徒全員でやればすぐに解決しそうなのだが、生徒の中に事情を知る者がいれば捕まえられなくなるかもしれない。


それでは不安だけ残ってしまい、学校の外にも影響が出てしまう。


「でもただ歩いてるだけで見つけられるとは思えないんですがね。」


「私達以外にも捜してる生徒はいるわ。それに二人でいた方がいざ捕まえようとなれば一人より簡単だしね。」


見つけることなら一人ずつ散らばった方が効率は良い。


しかし相手の素性が不明の状態では二人でいるのが危険を避ける可能性が上がる。


今は情報をできるだけ多く集めることが事態の解決に大きく貢献する。


二人で歩いていると、前から優花と伊勢が歩いてきた。


「あれっ?東君、今までどこに行ってたんですか?」


「そうよ。こっちは和田君見失って、賢もいなかったりで大変だったんだから。」


綾は亮平のことに注目した。


「どういうこと?あなた達が和田君がいなかった原因だってこと?」


「宮崎さん!何故こんなところにいるんですか、しかも東君なんかと一緒にいますし……。」


優花は黙って賢を睨んでいた。


それは無言の圧力とでも言えそうなものだった。


何故二人が一緒にいるのか、何故部活のことを放っておいて綾との行動を優先するのか。


目でそれを訴え、手はグーになっていた。


優花達にこれまでのことを話し、お互い納得したところで、不審者捜しを続けるために二手に分かれることになった。


綾は優花の殺気を察して自分は伊勢と一緒に捜すと言った。


それを聞いた優花は満足げだったが、伊勢はあまり納得していなかった。


「私は東君と一緒に捜します。」


他の三人は呆然としていた。


伊勢の意図がよくわからなかった。


「色んな人と話をしたいし、それに自分からも周りと触れ合おうとしなければいけませんから。」


綾は感動したと言って伊勢の意見を了承した。


優花は残念がったが、賢はどうでもよさそうな感じだった。


それから二手に分かれ、それぞれ話をした。


賢と伊勢は声の主のことについて話し合っていた。


「一体何者なんだ?あれから何の接触も無いし。そう言えば伊勢さんってあいつを呼びだしてましたよね?」


「はい、でもあれは事件のことを報告する時だけで、今は無理なんです。」


やはり正体を探るのは容易ではなく、地道に仕事というものをこなして真実へと近づいていくしかない。


自分達と同じような立場にいる人が六人いるが、その人達ともいつか会うことになるかもしれない。


もしかしたらとんでもない事件がこれから起きていくことも有り得る。


二人は気を引き締めて、今は目の前の問題に集中しようと気合いを入れた。


伊勢は元々気合いが無かったので、入った途端やる気になって走り出した。


「おい、こけたらケガするぞ。」


二人は張り切って捜索を再開した。


その頃優花と綾は女の子らしくガールズトークで盛り上がっていた。


優花の目はさっきのような嫉妬の目ではなくなっていた。


むしろ恋愛に関して語り合うにまでなっていた。


優花は賢のことで相談していたが、綾はそれを羨ましいと言った。


いつも皆のために働いて、皆に慕われているのは良いが、愚痴を言える相手がいなくなってしまうという。


「じゃあこれからは私が愚痴を聞いてあげるわ、っていうか部活に入ればいつでも聞けるわよ。」


こんなときでも勧誘を忘れていなかった。


「ごめんなさい、やっぱり無理だわ。他をあたってくれる?」


優花はがっかりして、歩幅が小さくなった。


部活や恋愛の話もしたが、話は陸上部のことへと変わっていった。


「ここだけの話だけど、陸上部の友達に聞いたんだけどね、最近プロの陸上選手が学校に来たらしいの。」


これには優花もすごく驚いた。


そんな目立つようなことが一切耳に入っていなかった。


「皆喜んで色々なこと聞いてたみたいよ。」


「それって最近辞めた志賀君も?」


「ええ、でも何を聞いたか知らないけど、その次の日からちょっと元気が無くなってたらしいわ。」


祐介のことに関係していると思い、優花はそれを聞いてすぐに賢に電話をした。


電話をかけて話そうとしたその矢先、優花達の前に不審者らしき人が現れた。


顔はサングラスとマスクで覆われていてよくわからないが、体格からして男であった。


「賢、いたわ。今私達の目の前に不審者がいるわ。」


「わかった。今どこにいる?」


不審者が現れたのはグラウンドの隅で、そこは陸上部の練習場所の近くだった。


捕まえるために後ろの方に回り込み、一気に仕掛けようとした。


不審者は陸上部の練習を見ていて後ろのことには気が回っていない。


捕まえるには最高のチャンスだった。


二人は後ろから同時に飛びかかったが、その瞬間に不審者はそれを避けて逃げていった。


追いかけるが、不審者は足が速くて捕まえようとしても触れることすらできない。


周りの人に捕まえてくれと叫んでも、それをかいくぐって逃げていく。


そしてようやく賢が来た。


だが道の片方に若干寄っていたため、その隙間から逃がしてしまった。


次に伊勢が捕まえようとしたが、横を指さし、それを見てしまうという単純な罠に引っ掛かり、伊勢もまた逃がしてしまった。


不審者はそのまま校門へ走っていくが、そこには教師がいた。


慌てて引き返そうとするが、すぐそこには賢達が迫ってきている。


仕方なく不審者は校舎内へと逃げ込んだ。


ここまで来れば後は簡単に捕まえることができる。


賢はそう確信して校舎へと入っていった。


前から歩いてくる生徒達に誰かとすれちがわなかったか聞いてみると、誰も来てないと答えた。


では別の道かと思えばどの道も同じ答えだった。


「賢、もしかしてトイレに入ったんじゃないかしら。」


トイレなら誰かとすれちがう前に入り、窓から出ていくことが出来る。


窓の外は人があまり通る道ではないのでそこからなら逃げ出すことも不可能ではない。


トイレに入ろうとしたら、中から亮平が出て来た。


「和田、ここに不審者が来なかったか?」


「不審者?ああ、さっき窓から出ていった奴のことか?」


「何故捕まえなかった?」


「いや、あっという間だったからな。ああ、そういや窓から出た後、上着を窓にかけていったよ。」


それを見てみると、確かに不審者の着ていた上着だった。


どこにでもありそうな物で、誰の物かは特定出来なかった。


いくつかの手がかりは掴めたものの、今回は捕まえることが出来なかった。


トイレから出ると、優花は何か話があるようだった。


その内容は陸上部にプロ選手が来た時のこと、そして亮平が不審者の正体ではないかということだった。


もし亮平であれば、逃げたとみせかけることも可能で、どこにいても皆から怪しまれない。


だが決定的な証拠があるわけでもないので、そう簡単に決めつけることはできない。


「この前みたいに、お前であるとしか考えられないとか言って、誘導尋問でもしてボロを出させればいいじゃない。」


「あれは、三人っていう少ない人数だから言えたことだし、それに例えあいつだとしても簡単には尻尾を掴ませてくれないさ。」


不審者の正体はおそらく学校内部の人間なのだろうが、容疑者を絞り出すまではいかなかった。


亮平はもう行っていいかと聞いてきたが、賢はここで疑いの真偽を確かめようとは思わなかった。


その場を離れる理由が、いつも通り一人でいたいからなのか、それともこの場から逃げ出したいからなのかはわからない。


しかし賢は亮平を行かせるつもりは無かった。


「悪いが俺と一緒に不審者捜しをしてもらう。いいな?」


「何で俺なんだよ?」


「いいじゃない、東君が手伝ってほしいって言ってるんだから。いつも暇でしょ?」


亮平はわかったと言って賢に同行することにした。


宮崎は別の仕事があると生徒会室へ行った。


優花と伊勢はまた二人での行動となった。


亮平は自分が疑われていると感づいていた。


その疑いの目は勿論賢も持っているだろう、だから自分の近くにいさせて見張っているのだろうと思っていた。


そう思うと何か手を打たなければならないと考えた。


そこから少し離れた場所で、誰かが賢達を見ていた。


それは祐介で、しばらくしたらすぐにどこかへ行ってしまった。


正体不明の影を追って、賢は本腰を入れて調査を開始した。

物語の中で呼び方を変えるのは下の名前が判明した時です。

伊勢の場合は千秋が二人いるので例外です。

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