『クリア』(ドラゴンクエストⅩ販売開始に寄せて)
『クリア』(ドラゴンクエストⅩ販売開始に寄せて)
タヒツチカ
鋭く部屋に放射するハイビームの液晶画面にすがって生きていた。意図的に暗くした部屋を裂く、核兵器のようなパソコンをただひたすら世界の中心に据えていた。
エアコンを三十度設定にしたとき、僕は地球を守っていた。誇りを掲げ、それに浸っていた。ベランダで微動する室外機の音を聞き分けられなかっただけなのに。ただ、夏に躍動する世間の音がやけに気になっていた。一切、汗をかかない夏だった。
(母が寝起きをする時間、夜、朝、僕は息をひそめ、壁に同化し、死体となってやり過ごす。母が車を駆るまでは。
母が残したリビングには焼けた食パンが皿に載っている。いじけた部屋に戻るまで、僕は背筋に釘を指してみる。痛みはあるが、砂に染みた水のように見えなくなった。
こんがらがったイヤホンをほどくべきだったのだろう。このゲームにクリアはない、ただ草原がしゃんと広がるばかりだ。そこをさまようは人、旅立たずに終わる冒険はなかった。隕石が落ちてくるまで、僕は簡単に死を選べた。
二度寝を繰り返し、微睡みの中に虹を探して幾度も僕は遅刻を繰り返した。いずれすべてを諦めて学校へ行く事もやめた。尊厳を失って、とうとう人間ではなくなった。そんなことが昔あったような、それも微睡みのような、瞬きのような、まだ、)
そんな夏を迎え、
とりあえずの指標として、
詩
的
表現に
迷った
挙句、
僕は
画面を
引っ掻き
エアコン
を
止め
た。
――のだった。
そして僕の耳に届くのは静かな蝉の悲鳴とちちちと鳴く羽虫と切れた街灯の点滅とCPUの回転と断続する瞬きと母の声のみ。
清らかになった気がする。
(うう、浸っていいのだろうか)
なめらかになった僕に響くただひたすらなクリア。
まだ倒していない敵はさんざんいる、でも自分を鞣すようにエンドロールが流れるのを待つのも、面白いのかもしれない。寝返りをうつ度に、迫り来るモンスター。
僕は剣をとり、戦う。