右耳の君。
耳に付けたイヤフォンからは、シャカシャカと音が小さく聞こえた。
たしか、バラード。
いや、ロックだったかもしれないなと思う。
左耳にだけイヤフォンをつける。
片耳はもう、使えないから。
ハートはずっと、1つだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アオハルもそれ聞くの?」
と。
最初の言葉はコレだったはず。
合っていたらいいな。
確か、登校中のバスで、
確か、中学2年になって初めて同じクラスになった、
確か、高木 侑斗という男子に。
確か、―――声をかけられた。はず。
“アオハル”というのは私のあだ名で。
気さくな彼は、初対面から私をあだ名で呼んだ。
「え、……あぁ、これ?」
「うん、ソレ。」
[ソレ]というのはきっと私が聞いてる音楽のことなんだろう。
何でイヤフォンで聞いてるのが彼にまで聞こえたんだとか、
寝起きのぼやけた頭で考えるのもしんどくなって諦めた。
ただ投げやりに、うん聞くよ、とだけ返したはず。
すると彼はパァッと顔を輝かせる。
…どうやら、彼と私は音楽の趣味が合うらしかった。
コレが、きっかけ。だったような気がする。
◇◆◇◆◇◆
侑斗と私が付き合い始めるのに、あまり時間はかからなかった。
いくら侑斗が気さくで接しやすいからといって漫画のヒーローみたいにモテモテな訳じゃないし。
私にもそれなりに人望はあったし。
ごく普通のカップルが1組出来上がった―――ただそれだけの話だった。起承結、みたいな。
「アオハルー」
「何、侑斗」
「新曲入った!聞かしてやるっ」
「そりゃどーも…どんな曲?」
「確か、―――」
記憶はそこで途切れた。というか、単純に思い出せなかった。
何を聞いていたんだっけ?ポップスかな、ラップかもしれない。
まぁいいや。
侑斗と私は、2人で音楽を聞くのが日課で、それでつながっていた。
それでも小さなスピーカー1つで聞くのじゃ周りにも音が漏れてしまうから、
侑斗はある日イヤフォンを1つ、買ってきた。
もしかしたら私たちは、音楽という2人の世界を誰にも邪魔されたくなかったのかもしれない。
その日から私たちは、イヤフォンを2人で分けて、音楽を聞いた。
少しだけ距離が近くなったような気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
あっさりと付き合い始めた私たちは、別れるのもあっさりしていた。
理由は、「高校が別々だから。」 2年生から付き合って、3年生で終わる。あっけなかった。
不仲ということはなかった。
侑斗はちゃんと私を愛してくれたし、私もちゃんと侑斗に溺れていた。
クリスマスにはプレゼント送って、誕生日はケーキ食べて、指輪も買った、
普通のカップルの、普通の終わり。
侑斗と連絡を取らなくなってから1ヶ月後、彼から届いた小さな小包には
あのミュージシャンのCDと、白いイヤフォンが入っていた。
耳のところに真っ赤なハートが印刷されていた。両耳に。それぞれ1個ずつ。
呻きも涙も出なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――今思い返してみても面白みの欠片もない恋愛だったと思う。
勿論、2人で居るとドキドキしたし、キスもしたしそれ以上もして。
楽しかったし、幸せだった。はず。
今、聞いているのは思い返せばあの日、侑斗と聞いていた曲だった。
イヤフォンの右耳は、侑斗の場所だった。
侑斗の場所には、ただ朝特有の冷たい空気があるだけだった。
別れた日から、イヤフォンを貰った日から、右耳を使っていない気がする。
あの日からずっと、ハートは2つ揃わなかった。
私は、おもむろにイヤフォンの右耳を嵌めた。
片耳の時よりも厚く聞こえるその曲は、れっきとした。
恋の歌だった。